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虹色のカケラ  作者: 桐谷瑞香
外伝 明日へ伸びる橋
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外伝‐6 囚われの身

 シェーラが薄らと目を覚ますと、そこには黒い服で身を包んでいる二人が、一人は椅子に座りながら、もう一人は立ちながら話をしていた。

 椅子に座っているのは赤黒い髪の女性で、この人を尾行している最中に捕まったのだと思いだす。

 家の柱のような所に両手を後ろ手にしてきつく縛り付けられた状態。外は昼間なのか、微かに光が漏れている。一体ここはどこなのかと首を動かすが、体の痛みにより思わず呻き声を上げた。

「あら、ようやくお目覚め? 風使い」

「そろそろ起きなきゃ、無理にでも起こしてやろうと思ったが……まあいい」

 風使いという言葉に眉をひそめ、何か言いたかったが、猿轡を噛まされていて言葉を出すことは叶わなかった。立っていた細身の男はにやにやしながら、部屋の奥へと歩いて行く。女も右にある机の上で作業をしているようだ。すぐにシェーラをどうするかはしないらしい。

 ここでは二度目の目覚めだった。森の中で意識を失ったあと、ここに連れてこられたシェーラは夜が明ける前に一度叩き起こされたのだ。そこでようやくこの女はクロウスではなくシェーラの情報が目当てだったのだと気付いた。

 やがて両手、両足を縛られた状態で尋問をさせられ始める。最初は簡単なものだった。名前や職業など、お決まりの内容。だがそんなことにも決して口を開かなかったシェーラに対して、拷問が向けられた。それに耐え抜いているのを見られつつも、引き続き尋問が続けられる。

 どうやら何かの情報が得たいようだ。

 だがそれをはっきりと問われる前に、本格的な拷問が必要だとわかったらしい。ひとまずその場は終わりにして、続きは時間を空けてからにしていた。その間、シェーラはひと眠りつくことにしたのである。

 前にも捕まったことはあるが、今回のように狙われ、拷問をかけられたのは初めてであった。

 情報部ではあるがそんなに重要な情報を持っていないから狙われない、何かあっても対処できる、と自惚れていたのが今の状況に繋がってしまったのだろう。

 だが何か文句を言われても、多少は反論できる。普通の相手なら対処はできた。しかし今、目の前にいる相手は雰囲気からしても常人ではない。おそらく裏の世界の人間だろう。独特の雰囲気のわけがようやくわかった。

 そんなことを考えるよりも、今はここから脱出しなければならない。誰かが助けに来てくれるかもしれないという可能性にすがりたいが、この広く慣れていない町を探し出されるのは困難だ。最終的にはシェーラ自身でどうにかしなければならないと悟り、隙をついて逃げ出したいが――その前に体の自由が全く効かないのだ。

 両手がしっかり縛られているのはもちろんのこと、縛られた両足も前に投げ出されており、動くに動けない。その上、相当の技量を持ち合わせているだろう二人に対して、一人で挑むのは心許なかった。

「さて、そろそろ口を開いてくれる気にはなったかしら?」

 いつのまにか女はシェーラの前に立っており、猿轡を外して、顎を指先で掴んで上を向かせた。見下すような視線を突き付けられる。だがそれに対して視線だけは負けないと、強い意志を持った真っ直ぐな目を向け返した。

「こんな状況になっても、まだ吐かないのね。嫌な人」

 呟き、手を離した女の足が、空いているシェーラの腹部を痛烈に蹴った。そのまま飛ばされれば少しは緩和されたものの、蹴り以外にも背中から衝撃が伝わる。

「う……かはっ……」

 吐き出すような声が出て、シェーラは悶絶する。

 深々とみぞおちにつま先が入り、まともな声を出すことができなかった。だが、これから起こる逃れられない拷問と比べれば、たいした痛みではないとどうにか己を保たせる。

「まったく……虹色のカケラを所有するにはそれなりの忍耐力が必要なのかしら?」

 その言葉を聞いて思わず目を見開いた。それを女は見ると、不気味な笑いをする。

「やっと答えてくれた……。もう虹色のカケラを知らないとは言わせない」

 ――謀られた……! この人たちはあの情報が目的だったなんて……。

 相手の真意が薄らとわかったが、動かせるのは頭の中ぐらい。悔しいが、それから行動には起こせなかった。

「あなたは魔法管理局情報部に所属しているシェーラ・ロセッティ。魔法が無くなる前までは短剣と風を操っており風使いと呼ばれていた。やがて虹色のカケラと呼ばれる魔力増幅の石を持ち、国の中央にある孤島でのグレゴリオとの攻防では最前線で戦った。しかし、魔法が無くなってからは一転。あまり乱戦に駆り出されることなく、表面上の情報を得ることに徹されていた――。まあ戦いを除けば昔とは変わらないことね」

 すらすらと述べるシェーラの生い立ちにぞっとした。普通の人では知らないことまで知っている。特に虹色のカケラの存在は局でもほんの一部しか知らないはず。

「私も情報屋。あなた、一度ノクターナル島の研究所で虹色のカケラと書を使用したでしょう。口止めはされていたけど、あんなにも人がいたら口を開く人もいる。いえ、口を開かせた方が正しいわね」

 澄ました顔で言うが、おそらくこのまま沈黙を続ければ、慈悲などまったくないことをすると、言っているようなものだった。

「時間もないから、単刀直入に聞くわ。虹色のカケラと書は今、どこにある? ――言いなさい、さもなければ――」

 女の手から隠しナイフが取り出される。そしてシェーラの頬に縦に一直線傷を付けた。

「一生動けない体にしてあげる」

 嘘ではない、本気の声。冷たい目に見降ろされながら、恐怖が表情に現れる。だがここで口を開いてしまっては、局の人達に顔を向けられない。

「……知らないわ」

 震えを隠しながら否定する。意地でも言うなと脳内で必死に命令していた。

 その言葉を聞いた女は表情を変えずに、シェーラの左肩にさっきのナイフを深々と刺し込んだ。

「うっ……」

 久々に味わう刺される感触に苦悶の表情を浮かべる。痛みが全身を駆け巡る前にナイフが引き抜かれた。それにより声にならない悲鳴を上げる。刺された辺りから、赤黒い血が滲み出ていた。だが女はその姿を見ても嘲笑いもせずに、ただ冷たい視線を突き付けるだけだ。

「話せば悪いようにはしない。言えばいいのよ、ただ魔法の源の一つであるその在り処を言えば」

 一体どこまでこの人は魔法について知っているのだろうか。まるであの魔法を巡る争いを脇から見ていたようである。

 虹色のカケラ――シェーラがプロメテから得た魔力を封印していた腕輪やペンダントも含めて、すべて局のあるところに厳重に保管されていた。もう必要のないものであるが、プロメテ達からの想いが詰まっている物を適当に扱うなんてできない。

 なにより、もし万が一魔法がこの国に戻ってきた場合、あのカケラ達は戦乱の元になるだろう。特に赤いカケラが埋め込まれた虹色の書など、魔法の力を得たい人達には喉から手が出るほど欲しいはずだ。

 未だ沈黙を守っているシェーラに、女は痺れを切らしたのか、右肩にも同じくナイフを突き刺し、抜いた。感覚が麻痺し始めたため、さっきよりもあまり痛みは感じなかったが、それでも痛いのには変わりない。歯を食い縛りながら、静かに痛みに耐える。

「まだ反抗するつもり? 強情な人」

「まあまあ、一応同業者なんだ。情報は死んでも話さない、それが基本だろう?」

 横から現れた細身の男が女の脇に立っていた。明るい茶髪で、にやけている様子がどこか気持ち悪い。

「……時間だよ。あとは俺に任せて行ってきな」

「あらそう、残念。意外に強情よ、この女。好きに遊んでも構わないから、できるだけカケラや局に関する情報を絞り出しなさい。あとは臨機応変で構わない」

「遊んでいいなんて、俺に言っていいのか?」

「いいわよ。この女、お子様だから、そっちの方が効くかもしれない」

「ありがとうございます」

「それじゃあ、頼んだわよ」

 刺したナイフを床に落としながら、女は背を向けて歩き始める。やがて軋む音がし、光が薄らと入ってきたところで、ドアが音を立てて閉められた。

 尋問役を交替したというところか――、息を整えながら男の様子をじっと見た。雰囲気からして、さっきの女よりはあしらい易いかもしれない。それでもおそらく専門的な情報屋、油断はできないだろう。

 しばらくドアを見つめていたが、やがて男は視線を離し、シェーラの目線に合わせて座りこむ。じろじろと覗き込んできた。その不快感から顔をそむけたが、顎を手で掴まれて無理矢理男の方に向けられる。

「こっちを見ろ。抵抗なんて考えるな。どうせ逃げられない」

 指ですっとシェーラの頬から流れる血を取ると、それをニタニタしながら舐めた。女とは違った恐怖が感じられる。必死に下がろうとするが、ただばたつかせるだけで効果はない。むしろ男のにやにや度を上げさせただけだ。

「怖がるなよ。吐いてしまえば解放するさ。なあ、虹色のカケラはどこにあるんだ? 局長のお姉さんは、お前を大切にしているんだよな。お前を盾にすれば、一体どこまで要求を呑みこむんだ?」

「あなた達、一体何がしたいの!? 私は情報部であるけれど、あなた達が期待するような情報を持っていないし、私を人質にとっても意味なんてない!」

 じりじりと近づいてくる男から遠ざけるように声を上げるが、あまり効果はない。

「そうは言っても、お前は魔法管理局に十年以上いるだろう、努力家の風使い。いつかは部長階級になるはずだ。そんな人を優しい局長さんは放っておけるのか?」

「放っておくわよ。あの人は私情を公的なことに入れはしない」

 正直言って出まかせである。今もおそらくレイラは真っ青な顔をして、シェーラを探しているかもしれなかった。だが本当の目的がシェーラではなくレイラなら、そこに矛先を向けさせてはいけない。

 男と女の真意がどうもわからない。だが今はこの男だけだ。意図的にシェーラの方へ意識を持っていかせようとする。

「あなた、森で私を眠らせた人よね。どうして私のような下っ端を捕まえたの? 選択でも間違えたんじゃない」

「いや――間違えていない。お前が適任だからさ」

 反論しようと口を開くが男の左手で口を塞がれ、足に男の体重がかかる。気が付けば荒々しく上着を脱がせられた。

 突然のことに、叫ぼうとしたがきつく抑えられてくぐもった声しか出せない。これから起こることに薄々勘付くと少しずつ顔が青くなってくる。

 そして男は顔を近づけて、耳元で囁いてきた。

「悪いが俺はあの女とは毛色が違った情報屋だ。情報も得るが、機会があれば女は――」

 その後に続く言葉に恐怖を覚え、急いで逃げなければと思った。だがふいに首元を舌で舐められて体が竦んでしまう。肩を始めとして、全身は憔悴しきっている。抵抗はする気力はない、しかし決して情報を漏らすつもりはなかった。

 男がシェーラの体に手を伸ばそうとする――。

 だが突然、何者かがドアが開いた。

 クロウスかとシェーラの気分は高まったが、そこに現れたのは焦った表情をしているまん丸の顔の男。

「もうやつらが来たぞ。急いで撤退して、あちらの作戦を優先しよう」

 細身の男は舌打ちをしながら、手を引っ込めて立ちあがり、その男に近づいた。

「おいおい、いくらなんでも早すぎないか? 俺の囮作戦は失敗だったのか?」

「知るか。とにかくそこから凄い勢いで走ってくる馬が見えた。下に一人見張りで付けているが、時間なんて稼げない。俺は先に行っている」

「わかった。――さて、もうこの女は相手にできないな」

 ぎりっと歯を噛み締めている。とりあえず誰かが来ているのは間違いないらしく、少しだけ安堵したが、その感情は続かなかった。

「本当は連れて行きたいところだが、時間もない今、邪魔なだけだ。顔も割れてしまったし、俺達の真意を汲み取っているかもしれないから、生かしておくわけにはいかない」

 男は短剣を取りだしながら、再び歩み寄ってくる。貴重な情報よりも、自分達の保身の方が大事――らしい。

 シェーラは悔しさを呑みこみながらも、近づいてくる男をただ睨み続けた。声でも出そうとしたが、目にも止まらぬ速さで目の前に近づかれる。

 息を飲む間もなく、短剣の鋭い刃が僅かにきらめいた。


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