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虹色のカケラ  作者: 桐谷瑞香
外伝 明日へ伸びる橋
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外伝‐4 夜の帳が下りる

 ルクランシェからスタッツとの過去を聴かされた翌日、特にスタッツと接触することはできなかった。決して広い町とは言えないが、時間が限られている中で探すには難しい。

 そしてむしろ町中以外を探す必要があった。裏で動いている者がそうそう町中にいるはずがない。何が目的で現れたかは分からないが、スタッツもすでにそういうことを考えているはずだから、町の外を中心に探しているだろう。

「スタッツさんから接触してくれればいいなと思ったけど、そう簡単にはいかなかったか」

 誰に聞かれるでもなく、ただ自分だけに聞こえるようシェーラは呟く。

 追悼式の説明やレイラの頼まれごと、この町での魔法残渣の影響などを調べたりしているうちに、あっという間に一日は過ぎてしまった。今晩の夕食はシェーラとクロウス、イリス、アルセドだけで過ごしている。昨日の半分になってしまった人数ではあるが、アルセドが永遠と喋っているので、話には事足りない。

「また新たな橋が架けられるなんて、素敵ですね。ようやく世の中も落ち着いてきたからできたこと。きっと多くの人が注目しているはずです」

 イリスが手を組みながら、優しい笑みを浮かべる。

「そうだね、聞くところによれば明日はたくさんの記者も来るらしい。著名人は忙しいからそんなにいないけど、それでも注目しているのは変わりないはずさ。明後日の記事にはおそらく載るぞ」

「そんな素敵な式に立ち会えるなんて、本当に光栄です」

「俺はイリスと一緒に立ち会えるのがすごく嬉しいけどな」

「うふふ、ありがとうございます」

 見慣れた光景を適当に流しながら、隣に視線を向ける。クロウスは底が見えているカップをじっと見つめていた。

「あら、ごみでも入っているの?」

「いや、そうじゃない。ただ気になっていただけだ」

「何を?」

「どうしてこの時期、そしてこの場所なのか。偶然でなく必然であるのなら、もしかしたら明日の式に関係があるんじゃないのか?」

 その言葉にシェーラは目を見開く。言われてみればそうだ。死んでいたかもしれない人がわざわざ出てくるなんて、それ相応の理由があるはず。暗殺者であった人が表の世界にちらつくときは、たいてい誰かを暗殺することが多い。

 シェーラがそこまで読み取り蒼白な顔をすると、クロウスは真剣な顔つきでしっかりと頷いた。

「明日は大変なことになるかもな」

「……それは私達の力量次第かもね。ただ自分たちの仕事をするだけよ」

 平穏無事な日々から一気に地獄へ叩きつけられるかもしれない。それを思うだけで、胸が痛くなりそうだ。

 それを振り払うかのように、シェーラは飲み物を追加した。紅茶ではなく、コーヒーを。

 何も知らないイリスとアルセドは陰鬱な雰囲気に始めはきょとんとしていたが、クロウスがアルセドに話を振ると面白いように話し始める。

 それを横目で見ながら、砂糖を入れるのをほどほどにして、熱めのコーヒーを喉に通した。



 明日の式は昼過ぎから。だがその前に移動などがあるため、朝食後には出発することになっていた。そのため夜のおしゃべりも早々に切り上げて、シェーラとイリスはベッドに潜り込む。昼間、歩き回っていたせいか、イリスはすぐに小さな寝息を立て始めている。

 シェーラは熟睡しているのを確認すると、ゆっくりと起き上がり、寝巻からいつもの服に袖を通す。そして色々なものが入った腰につけるポーチ、そして短剣を腰に納め、フードを被って静かに宿から出た。

 日付が変わる前後――、通りには酒を飲んだのか、真っ赤な顔をしていたり、千鳥足の人がちらほら目に入ってくる。そんなに肌寒い気温ではないとはいえ、外で寝てしまえば風邪をひくであろう。心配した食堂のおばさんが、酔いつぶれて外で座り込んでいる人を中に入れるほどだ。

 ――少しだけ、夜の状況を。

 そう思い立ったのが、さっきの会話であった。もし、グリス・テマイトが明日のために動くのならそれはきっと夜のはずだ。それはスタッツも同じこと。ルクランシェには探すなと言われたが、明日世にも恐ろしいことが起こるかもしれないと考えると居ても立ってもいられなかった。

 おそらく何も得ずに終わる可能性が高い。だがそれでよかった。ただの自己満足のために動いているのだから。

 話しかけてくるいい歳のお兄さん、おじさんをあしらって、左右に目を光らせて歩き回る。だがこれと言って特に妙な人はいない。

 やがて人の往来も少なくなり、懐中時計で時間を確認すると大分日付がかわった頃になる。

 これ以上は歩いても無駄――と判断した時、ちらっと横を通り過ぎた女性に目が止まった。赤黒い髪に、豊かな胸の膨らみ。一度見たら嫌でも忘れられない、美人に入る部類の女性。先の町でクロウスを虜にしようとした人だ。

 何故こんな町にいるか、そんなことを冷静に考える暇はなかった。視界から消えようとしたので、足を忍ばせつつも慌てて追いかけ始める。

 仕事柄、尾行には自信があった。例えどんな人であっても、相当の手合いではなければばれないと自負している。しかも町中、隠れる場所はいくらでもあり、尾行をする側にとってはやりやすい。

 女性は夜中であるというのに、澄ました顔をして通りを歩いている。もちろん寄ってくる男達はいたが、それに見もくれず、ただひたすら歩を進めていた。裏路地に入ったり、何度も角を曲がり、一体何を考え、どこに向かって歩いているのかと不思議に思う。むしろ道に迷ったのではないかと脳裏によぎったが、それでも堂々と歩いている姿はそうではないことを否定しているようだ。

 時折立ち止まり、左右の道を眺めている。後ろに向かれても気づかれないよう、そっと壁に寄り添った。しかし何もなかったかのように歩き続ける。

 ちらっと時計を見た。さっき確認してから一時間ほど経過していた。いい加減そろそろ戻る必要があると思いつつも、何故か追いかけるのをやめられない。

 喧騒も聞こえなくなり、光も無くなりつつある。ただあの赤黒い髪と不思議な気配を頼りに歩いていたが、気が付けば町の外に出ていた。踏み出すと靴が草を押しつぶす音。

 頭では引き返そうと思っていたが、何だかもう少しだけ行くべきだと、体が言うことを聞かない。木に手を添え、暗闇の中を進み始める。聞こえるのは自身の足音だけ。

 その時、急に鳥が鳴きながら、木々の上を飛んでいくのが聞こえた。そこでようやくシェーラは我に返って立ち止まる。

 女が歩いていたらしい道を改めて見たが、そこには誰もいない。いつしかあの気配も消え、また違った殺気を一瞬感じたのだ。

 瞬時に警戒を強めて、辺りをざっと見渡す。

 誰もいない。

 それは当り前だ。こんな時間に町の外を歩いている人など、そうそういるはずがない。すぐになくなった殺気、そして静まり返っている風景にシェーラは少しだけ肩の荷を下ろし、気持ちを緩めた。

 その瞬間、誰かが即座に近寄ってくるのを感じ取った。改めて警戒態勢に入ろうとしたが、あっという間に首にきつく手を回され、そして何らかの薬品をしみ込ませた布を鼻と口に一気に押し当てられた。

 必死にもがくが、びくともしない。大きな手、そして力加減から男であるだろう。

 一体誰が――そんなことを考える余裕もなく、意識が遠のき始めたのをシェーラは何となく感じていた。

「まったく他愛もないことね。平和ボケの風使いを相手にするのは」

 どこからかあの女の声が聞こえた。だが視界で確認する前に、抵抗する気力もなくなり腕をだらりと下げる。

 誰もいないはずの静かな森の中で、シェーラの意識は夜の闇に包まれた――。



 * * *



「クロウスさん、クロウスさん、いらっしゃいますか!?」

 すでに目覚めて、支度をしていたクロウスはイリスの騒々しい声に目を丸くする。その音でようやく起きたアルセドは、寝癖いっぱいの状態で起き上った。

「イリス、朝からどうしたんだ?」

 何かあったであろう慌てように、クロウスはすぐにドアを開けた。そこにはまだ寝間着姿のイリスが今にも泣きそうな状態で立っている。

「何があったんだ?」

「……シェーラさん、そちらに来ていませんよね?」

「来ていないけど」

 そう言うとイリスの顔が見る見るうちに蒼白になっていく。少しだけ整えた髪でアルセドはそんな彼女に近づいた。

「イリス……、顔色が悪いよ」

「ああ、どうしよう……。シェーラさんが見当たらないんです! 朝起きたらベッドにシェーラさんがいなくて、しわが残っているから、どこかに散歩でも行ったと思ったんです。でも、ベッドはすっかり冷え切っていたし、何よりいつも着ている服、そして短剣までなかったんですよ!?」

「冷え切っていたということは、夜中か明け方に部屋を出たということか?」

 イリスはこくりと頷いた。それを見て、クロウスの心の中が不穏な空気が流れ始める。

「そう言えばシェーラのやつ、昨日に限ってはコーヒーを飲んでいたな。いつも紅茶だけなのに。夜遅くに何か作業でもしたかったのか?」

 アルセドの言葉を聞いて、クロウスの中で雷が落ちた。そしてベッドの脇にあった長剣を引っ手繰り、イリスを差し置いて、慌てて廊下に飛び出す。入口に向かおうとしたが、その前に思いとどまり、二個隣の部屋のドアを激しく二度ノックした。

「おはようございます、ルクランシェ部長! クロウスです、話があります!」

 すると隣のレイラ達が泊っているドアが開かれた。そこには険しい表情をしたルクランシェが立っている。

「何があった。朝からイリスちゃんが慌てているのと関係があるのだろう。簡潔に言え。他言無用のことでも構わない。私が許可する」

 その後ろにはレイラとダニエル、そしてメーレが心配そうに立っていた。ルクランシェは薄々勘付いているのだろう。だからすぐに安心して吐き出せた。

「シェーラが昨夜から見当たらなく、今日もまだ会っていません。おそらく夜中に一人で町に出て、そのまま帰ってきていないと思われます」

「シェーラがいないだと?」

「今から言うのは俺の推測です。違っていたらシェーラを責めないでください。――シェーラはおそらく、グリス・テマイトを探すか、何らかの情報を得たいがために、夜、行動をしたのではないかと」

 言葉を出すうちに、悔しさが溢れ出てくる。シェーラに今日の式でグリス・テマイトが何らかの行動を起こすかもしれないと、呟いたのはクロウスだ。それを本気で受け取れば、あの正義感の強いシェーラが何もしないはずがない。夜なら昼とは違った情報を得ることができる――、そう考え、敢えてコーヒーに砂糖を入れずに飲み、眠気が来ないようしていたのだろう。

 ルクランシェは少しだけ額にしわを寄せる。だがすぐに肩をすくませた。

「何を言っても、君はシェーラを探しに行くだろう」

「もちろんです」

「私も行きたい所だが、式で何か起こって、レイラ達に危険が及んだ場合、それに対処しなければならない。ダニエル部長だけでは、相手にできないかもしれない」

 ルクランシェもすでに気づいているのだろう、式で何かが起こる可能性が高いということを。クロウスは始めから、手を貸してもらうつもりなどはなかった。

「大丈夫です、俺一人で探し出します。もしかしたら道に迷っているだけの可能性もありますし。……それに俺が守るって誓いましたから」

 もう二度と彼女を生死の淵に漂わせない、守りきるとクロウスはしかと誓った――。

 ルクランシェはクロウスの右肩に手を乗せ、そして真っ直ぐな瞳で向ける。

「頼んだぞ」

「はい!」

 はっきりと返事をし、翻ると、一目散に入口に向かって走り始めた。イリスやアルセドが声を掛けようとするのにも目もくれず、横を通り過ぎ、外に出る。少しずつ人が出て来た通りをクロウスは、駆け出し始めた。



「ねえ、ルクランシェ、何を隠しているの?」

 予想していた言葉を聞いて、やれやれと思いながらルクランシェは振り返った。レイラが腕を組みながら、にっこりと笑いかけている。

「シェーラが消えた理由とあなたが最近極秘で調べているのと関係があるのでしょう?」

「……気づいていたのか。あんなに忙しそうにしていたのに、意外だな」

 だが言った瞬間に後悔した。レイラは目を瞬かせて、手を口に当てているのだ。

「あら、本当だったんだ」

「まさか……鎌をかけたのか?」

「まだまだ私の話術も鈍っていないというところね」

 笑顔で答える辺りが、怖いところである。局長となり、様々な公の場で駆け引きをする機会が増えたため、以前より上手くはなっていた。だがそれでもはめられることはなかったが、こんな機会にかかってしまうということは、それほどルクランシェが焦っていることを示唆しているのかもしれない。

 部屋の隅に備え付けられている時計を見る。時間はあまりないが、話さなければ意味もなく襲われる可能性もあるだろう。

 レイラだけには後で詳細を伝えるとして、他の皆と一緒に、今後起こりうるかもしれない出来事をルクランシェは話すことにした。


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