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虹色のカケラ  作者: 桐谷瑞香
第一章 風の導き
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1‐12 そして日は昇りきる

 クロウスがシェーラのもとに辿り着いたときは、彼女の肩が青年の剣によって貫かれた瞬間だった。鈍い音がしっかりと耳に届き、青年がもう一本の剣を振り下ろそうとしたとき、この上ない速さで駆け寄っていた。そして力任せに剣を振っていたのだ。

 クロウスはシェーラの方を見ると目が合った。彼女は肩を押さえ、じっと痛みに耐えている。命にかかわる怪我ではないらしく、眼にはまだ力強さが残されていた。

 それを確認すると、シェーラから離れるように少しずつ足を動かし始める。青年は剣を振って血を払い、その剣をじっと見つめて、それを鞘に納めた。そして、もう一本持っていた剣を右手に持ち直す。

「お言葉通り、あなたを先に殺すことにしよう」

 緊張の戦慄が三人に走る。



 シェーラは自分に剣を向けた青年と、それを止めた青年を交互に見ていた。体格的には同じくらいだが、歳はクロウスの方が若い。おそらく剣術の年数もクロウスの方が短いだろう。幾分クロウスの方が分は悪いと思い、急いで肩の傷の痛みに慣れ、戦闘に加勢しようと決める。

 不意に青年の剣が消えた。そして、クロウスが隙なく剣を構えると、カキンと鳴り響く。

 青年はすでにクロウスの目の前にいたのだ。何回か鳴り響き、クロウスは押されながらも的確にさばき返す。

 どうにか剣の動きは見えなくもないが、次の斬撃の方向が予測しにくかった。それを器用に受け止めているクロウスは、やはりただものではないとシェーラは実感する。

 そして唐突に思う。二人の剣術がどこか似ているということを。ちゃんとしたクロウスの剣の打ち合いは初めて見たが、それは少なくともデターナル島で広まっている剣術ではなかった。

「あなたとは以前、どこかで会ったことがあるか?」

 青年は攻撃の手を緩めず、クロウスに対してポツリと言葉を零す。

 そういえば、クロウスはこの青年のことを知っているようだ。それなら一度くらい剣を合したことがあってもおかしくはない。だが、クロウスの答えは極めて曖昧だった。

「どうだかな。もしかしたら会っているかもしれない」

 何回か青年は突きを入れたりして、クロウスを翻弄しようとする。だが、そこにできた隙を逃さず、逆に反撃を加える。

 シェーラとイリスが見つめる中、二人は手を止めることもなく時が過ぎて行く。

 だが、二人の戦いは急に幕を閉じる。

 青年は突然攻撃の手をやめ、クロウスから数歩離れた。あまりのことにクロウスは眉を顰める。

「どうやらあなたとの戦いはここまでのようだ。このままでは無駄に時間が過ぎて行ってしまう。それに、私はあまり大勢の人に見られるのは好んでいない。今日はイリス嬢のことは見逃してやろう。次に会うときは……遠慮はしない。まあ、自慢の剣がこうもヒビが入っていると、気分が乗らないのもあるが」

 そう言うと、先ほどしまった剣をちらりと見せた。微かにヒビがたくさん入っている。

「そちらの女性にも少々侮っていましたね」

 シェーラを横目で見ながら言う。何回か攻撃をした時に、剣自体に対しても負荷が掛かるように風を調節していたのだ。

「では、また会う日まで」

 青年は剣で地を切りつけ、激しい土ぼこりを発生させた。激しい砂埃に思わず目を閉じてしまう。

 そして、その土ぼこりがなくなった後には青年の姿はどこにも見当たらなかった。

 辺りはすっかり明るくなっており、日は昇りきっていた。



 殺気がなくなったことを確認すると、クロウスはシェーラの元へと駆け寄る。イリスもそれを見て、慌てて駆け寄った。シェーラはふうっと息をつくと、少しだけ微笑んだ。

「傷なら大丈夫よ。しばらく左腕は思うように使えないだけだから。それにしても、あの男一体どういう意味で去ったのかしら」

「さあ。たくさんの人が来るみたいなことを言っていたけど」

 その言葉通り、次第に激しい足音が聞こえてきた。三人はその音の方向を見る。

 すぐに、木の脇から人々が血相を変えて飛び出してきた。恰好は胸当てをしていたり、腰に剣をつけていたりして、ノクターナル兵士にどこか似ているところがある。クロウスは警戒しようとした。だが、シェーラはとある人物の顔を見ると、思わず叫んだ。

「ダニエル部長!」

 そう呼ばれた焦げ茶色の髪の男性はシェーラを見るなり、すぐに近づいてきた。引きしまった体格で、いかにも剣を使い慣れていそうだ。だが、顔は穏やかな笑みを浮かべており、人の好いおじさんという印象も受ける。

「シェーラ、無事であったか!?」

「私は左の肩と腕を斬られただけ。ただ、護衛についていた男性が意識不明の重体で……」

「ああ、彼なら俺たちがイリデンスに辿り着いたときには意識が戻っていたよ」

「ほ、本当ですか!?」

 突然脇から出てきた言葉に驚くダニエル。イリスが発した言葉だった。シェーラは慌てて付け足す。

「この子は純血のイリス・ケインズさん。どうにか連れて行かれるのは阻止しました」

「そうか、ならよかった。……では、ないな。シェーラ、お前はまたどうして勝手に物事を進めているんだ? 俺らが来るのを大人しく待っていればよかったものの……! これで何か命に係ることになっていたらどうするんだ!?」

「時間がなかったんですよ。部長達がいつ来るかもわからないし、イリスさんがいつ連れて行かれるかもわからないし。結果的にはよかったじゃないですか」

「よかったじゃない! サブからも散々言われている身になってみろ。『シェーラは無理をする娘だから、くれぐれも気をつけてあげて』って。結果論だけじゃなくて、過程もしっかりしてくれ。二十人以上を一人で蹴散らすなんて……、無謀にも程があるぞ!」

「一人ではありません。正確には二人です」

 クロウスにシェーラの視線が向けられた。突然の振りにびっくりしてしまい、咄嗟の応対ができない。ダニエルはクロウスをなめ回すようにじっくりと見る。

「お前は一体何者だ?」

「クロウス・チェスターと言います。イリスさんの護衛をしている一人で、シェーラさんがイリスさん救出を一人でやると言ったので、今回それに同行しました」

「ほう。君は敢えてシェーラを止めずに、一緒に賛同したわけか」

 ダニエルの顔は笑っていた。だが、むしろそれが怖い。

「賛同と言いますか、あの状況では――」

「黙れ。後でじっくりと話を聞いてやる。おい、シェーラ。ひとまず村に戻るぞ。ここじゃまともに治療もできないからな。まずは止血だ。おい、タオルを持ってこい」

 ダニエルは受け取ったタオルを慣れた手つきでシェーラの肩の傷を止血し始めた。クロウスにとってはなんだか釈然としない事態になりそうである。表情もどんな顔をしたらいいか、わからないという微妙な顔をしているだろう。

 おそらくダニエル達はシェーラの仕事仲間、つまりデターナル島の増援だ。武装した様子から、そういう手合いに慣れている集団だろう。

 一つ、今聞かなくてはならないことを思い出した。

 傷口が痛むのか、顔をしかめながら止血されているシェーラに尋ねる。

「シェーラ、君は人の心を操る魔法があるということを聞いたことはあるか?」

「人の心を操る……?」

 うーんと言いながら、首を傾ける。そして、彼女は難しい顔をしながら答える。

「ああ、何か聞いたことがあるかも」

「本当か!? じゃあ、その魔法を解除する方法は?」

「そういう魔法があるかもって聞いたことがあるだけで、そこまでは知らない。第一、魔法を使う上での掟をバッサリ破っているのに、そんなのが実在するかなんて定かじゃないし」

「掟……?」

「魔法は風水地火などを操ること。つまり、魔法は自然現象を操ることが掟の中にあるの。ここで人の心を操る魔法なんてあったら、一体どういう自然現象を操ればいいのかしら? もしあるのなら、きっと相当無理するような感じでしょうね」

「実際にあるようだけど……」

「実例を知っているの?」

「ソレルがその被験者みたいなんだ」

「本当なの?」

 シェーラは見定めるようにクロウスを見てくる。

「嘘は吐いてなさそうね……。ひとまず彼の様子を見てみよう。見張り塔にいるのよね」

「シェーラ、安静にしていろ。俺らで見張り塔に行くから」

 ダニエルの言葉をシェーラは聞こえないふりをして、イリスに話しかけた。

「イリスさんは部長と一緒に村に戻っていようか」

「おーい、シェーラ」

 もはや、無視。

 だがイリスはシェーラの思惑とは逆に首を横に振った。

「私も見張り塔に行ってもいいですか?」

「え? もしかしたら、また兵士達が動けるかもしれないのよ? そしたら、あなたの身が危ないし」

「でも、さっきと違って、みなさんがいるから大丈夫じゃないでしょうか? 少し気になるところがあるんです。お願いします」

 シェーラはダニエルではなく、クロウスに意見を求めた。苦笑いを浮かべながらシェーラに伝える。

「イリスさんは意外に頑固だよ。俺が彼女の傍についているから」

「それならわかったわ。クロウスなら、大丈夫だし。じゃ、行きましょうか」

 シェーラはゆっくりと立ち上がったが、思わずよろめいてしまう。クロウスは慌てて支えた。

「大丈夫か?」

「うん。ちょっと、魔法を使いすぎただけだから」

 シェーラは青年との戦闘中に外した腕輪を再びつけた。

 ダニエルはやれやれという顔でシェーラの肩を叩く。

「俺も行くから、無理しないでくれ。ただ、見張り塔までの道のりはよくわからないから、先導頼むよ」

「わかりました」

 爽やかに受け答えるシェーラの様子から、ようやく事件は一段落を向かえそうだと言うことを意味していた。



 見張り塔につくと、依然意識が戻らない兵士達が転がっている。

「一人一人、厳重に縄で巻きつけておけ。もし抵抗するやつらがいたら、遠慮はしなくていいぞ」

 物騒なことを言いながら、ダニエルは支持を仰ぐ。次々に縄で結びつけられて、身動きを封じられた兵士たちが中から外へと出てくる。三人はその作業をしばし見ながら、待たされていた。

 そして、十八人の兵士が外に並んだ。中からダニエルが顔を出した。

「シェーラ、残っているのは例の操られているかもしれないっていう、剣士だけだとよ。あと、一人事切れている人がいるんだが……」

「それは、ちょっと色々あって……。丁重に扱ってください。剣士の様子は?」

「意識は戻っている。ただ、真っ青な顔をしている。本当にお前が手こずったやつなのか?」

「詳しくは報告書を読んでください。クロウス、イリスさん、行きましょう」

 二人はしっかり頷く。そして、さっきまでノクターナル兵士で敵の本拠地であった塔へと再び入って行った。

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