外伝‐1 始まりを告げる風
こんにちは、お久しぶりです。
本編が完結してから二カ月近く、皆さまから頂いた感想や足跡に嬉しさを噛み締めがら、ゆっくりと休ませていただきました。本当にありがとうございます。
そんな中、人気投票の方が終わりまして、結果は主人公二人が断トツという結果でした。
それを元に外伝を……と思っていますので、おそらく雰囲気は本編とあまり変わらないかもしれません、主人公二人がもちろん主役の話ですから(笑)
始めはまったりと更新しつつ、少しずつ加速していきたいと思います。
よろしければ短い間ですが、またお付き合いして頂けると幸いです。
では、本編完結後二年後の舞台から始まる、「虹色のカケラ」をお楽しみください。
一つにまとめている長い黒髪を風にたなびかせている女性は、遠くを眺めながら壁に寄り掛かっていた。緑系統でまとめられた服、腰には使い古された短剣が二本、足元には少し大きめのショルダーバック。引き締まった体つきと隙がない様子から、彼女はただものではないことを物語っていた。
ちらっと懐中時計を見ると、彼女は少し不機嫌そうな顔をする。ある人から頂いて二年程、いつも肌身離さず持っていた時計をぎゅっと握りしめた。
「まったく意外に時間には適当なんだから」
短針が間もなく一番上を刺そうとしていた。その時、一人の青年が慌てて駆け寄ってくるのが目に入る。薄茶色のローブを羽織っている黒髪の青年。すでに二十歳は超えているが、その慌てぶりは十代に見える。
「ごめん、ダニエル部長が急に――」
「あのね、これが馬車を使う話だったらどうするのよ! ぎりぎりっていうのは、こっちだってイライラするの」
「だからごめんって謝っているだろう」
青年は女性の追随をやんわり受け流しながら、彼女のショルダーバックを軽々と担ぎあげた。自分のリュックも背負っており、質量もそれなりにありそうだ。
「あ、ちょっと……」
「ほら、行くぞ。こういう時間ももったいないだろう」
そう言われると女性は頬を膨らませて、歩き始めた青年に急いで追いつこうとした。
「待ちなさいよ、クロウス!」
「あとで小言は聞くから。早くしろ、シェーラ」
シェーラ・ロセッティはやっとの思いでクロウス・チェスターに追いつくと、酷く機嫌が悪そうな顔を向けた。だが逆に微笑みながら謝られる。
「ごめんな」
「な……っ! わ、わかればいいのよ……。って、ずるい! もう、先に馬小屋に行っている!」
無茶苦茶なことを言いつつ顔を伏せながら、シェーラはクロウスの横を通り過ぎる。機嫌が悪かったのも一瞬で消されてしまった、あの微笑で。優しく、包容力があり、いつもシェーラを大切に思っている青年。そんな彼に笑顔を向けられて、不器用なシェーラが何も感じないはずはない。
いつもの行動に自分自身で呆れ、溜息を吐きながら、空を見上げた。澄み渡る青空、そしてどこからか吹いてくる心地よい風に思わず顔をほころばせる。
そして走る速さを少し上げながら、馬小屋へと駆けて行った。
* * *
それは突然の知らせであった。
魔法管理局局長レイラ・クレメンが情報部部長ルクランシェと、事件部部長ダニエル経由で、シェーラとクロウスに伝えられたものだ。徐々に下から上に伝えられていると凄い事例のように見えるが、実際はレイラが直前までその知らせを言うのを忘れており、そしてちょうど局を空けていたため、直接言う暇がなかったらしい。時折抜けている新しい局長にシェーラ達は肩をすくめるしかなかった。
そうした経緯できた知らせは、とある式に出席するように、というものだ。
二年前に破壊されたソルベー島とノクターナル島を繋ぐ橋の追悼式と新たなる橋造りの開始を告げる声明発表に。
島国であるエーアデ国を発展させた原動力である魔法が消えてから、早二年――。
当たり前のように頼っていた魔法がなくなったことは、当時の人々にとって衝撃的であった。だが新たな道を進み始めた活力ある人々と月日によって、その感情は薄れつつある。
意外にも魔法がなくても生活していける、むしろ魔法がないほうが差別などのいざこざがなくなってよかったという人さえいた。どうやらそれぞれ思うことは違うようだ。
魔法管理局以外の局や島長などの助けもあり、ここ数カ月は幾分落ち着いている。今、局では主に書物部を中心に魔法についての事実を本として残したり、実験部や探索部を中心に魔法の有無についての環境の変化、そして情報部や事件部は少しずつ仕事が減りつつも魔法残渣の処理を引き続きしていた。
そろそろ部や局の名所も変えてもいい時期かもしれない……とレイラがぼやいていたのをシェーラは聞いていたほどだ。
時代は風のように流れている――そう感じていた頃、これから新たな道が開かれる一歩になる式に出席しないわけはない。意気揚々と準備をし、今日という日を迎えていたのだ。
クロウスやイリス・ケインズ、アルセド・スローレンも出席することとなっていたが、先に宿などの細かな手続きをする必要があった。そのため、シェーラとクロウスが先行している。
馬を二頭借り、優雅とはいかなくてもいつもより少しだけ速度を落として、二人は走っていた。シェーラとクロウスは違う部署とはいえ、よく行動を共にしている方ではあるが、最近は個々の部での仕事に引っ張られて思うように会えてはいない。だから久しぶりの二人で行動する数日間に胸が高鳴っていることをシェーラは決して否定しないだろう。
「なあ、その橋の最寄り町までどれくらいで着くんだ?」
より逞しくなった顔つきになったクロウスが視線をちらっとシェーラに向けながら、質問してくる。
「デターナル島を一日くらいで出て、ソルベー島に入った後は三日くらいで着くと思うわよ。皆が着くのはその次の日、式はさらに二日後。余裕を持って着けるわ」
「結構のんびりした日程だな。昔はそんな風に行動した記憶はないが」
「忙しい日々はもう過ぎたのよ、クロウス。なあに、忙しいほうが私と会わなくて済むから、そっちのほうがいいの?」
悪戯っぽくシェーラはクロウスを覗き込む。それに対して頭をかきながら、困ったような顔をして返してくる。
「シェーラ……、本当にエナタに似てきたな」
「はい?」
「……いい意味だと捉えてくれ」
クロウスに素っ気なく言葉を発せられて、シェーラは首を傾げる。そして急にクロウスが走る速度を上げるものだから、そんなことなどすぐに忘れてしまった。クロウスが照れ隠しをしていることなど知らずに。
* * *
道中は至って穏やかだった。天気が悪くなることなく、順調に歩を進められている。
シェーラとクロウスの会話もいつも通り他愛もない近居やイリスやアルセドなど、かつて魔法が無くなったことに関わった人たちの話だった。
あと一日程で目的の町に着くというところで陽も暮れてしまったため、近場の村で宿を取ることにする。温かな雰囲気が漂う、小さな村だ。
そんな村の入り口近くにある宿のドアをクロウスが押そうとすると、急にドアが開いた。
中から出て来た人は目の前に現れたクロウスを見ると、目を丸くする。赤黒い色で肩を過ぎる長さの髪に、黒の長いスカートとジャケットを着こなす女性。クロウスより若干視線が下くらいの長身で、口紅の赤色がやけに目につく。
「あら、ごめんなさい」
「いえ、こちらこそ……」
クロウスの視線が若干下がる。その理由にぴんときたシェーラは眉をしかめる。女性のぴったりとした服は体全体のラインを綺麗に全面に出しているのだ、豊かな胸の膨らみを始めとして。
ささっとクロウスが動き、女性の前に道を作る。それを横目で会釈すると、一歩前に踏み出した。シェーラは態度が豹変したクロウスを睨みつけようとしたが、次に耳に入った言葉を聞いて表情を強張らせる。
「いい男ね」
「なっ……!」
シェーラが小さく声を発したのにも気にせず、女性はそっとクロウスの顎に手を添え、顔を上げさせて、じっと見つめる。
「優しく真っ直ぐな目と信念。とても素敵よ」
吸い込まれるような女性の瞳に射止められたように、クロウスは固まっている。ちらっと目線を落とせば、柔らかな胸の膨らみ。
シェーラは一瞬止まってしまった空気を無理矢理こじ開けようと、女性に向かって一歩踏み出す。だがそうする前に、女性は一歩下がっていた。
「またお会いしましょう」
ふっと妖艶な笑みを浮かべると、シェーラが口を開く前に早々と立ち去ってしまった。
一瞬の出来事に驚きよりも怒りが先行している。横をふと見ると、クロウスが呆然と立ち尽くしていた。
「クロウス……」
かなり低い声で呼びかけるが、特に返事はない。
「……クロウス、……クロウス・チェスター!」
「は、はい!」
大声を出してようやく返事をする。だが依然シェーラの不機嫌さは変わらない。
「そんなにあの人が素敵だった?」
「そういうわけじゃ……」
「じゃあ、どうしてあの人の受け入れを拒否しないの!」
「拒否できなかったんだよ、突然だったし、何より……」
シェーラは咄嗟にクロウスに持たせていたショルダーバックを取り上げる。
「……クロウスの馬鹿!」
それと共にクロウスの後頭部に向かって、渾身の力を込めて思いっきり叩きつけた。
「痛っ……!」
唸りながら座りこむのが視界に入りつつも、シェーラは背を向けて宿のドアを引き、音を立てて閉めた。前を向くと、受付をしていた男性がぽかんと口を開けている。
「お客様……?」
「一人部屋で一泊!」
その気迫に押された受付は、慌てて必要事項を記入させるための書類をシェーラに差し出す。それをむすっとしながら書き始めた。
「……シェーラ、思いっきりやりやがったな……」
クロウスが頭を触ると、大きく膨らんでいる部分があった。コブでもできたのだろう。視線を通りの方に向けると、慌てて視線を逸らして立ち去って行く人が多数いた。注目されても仕方がないか……っと、溜息を吐くしかない。
シェーラがああいう行動に出たのもクロウスは分からなくもなかった。普段の性格を見れば、すぐに熱くなりやすいのは分かっている。だが、何も聞かずに一方的な行動に出られるのは癪であった。
「思わぬところで油断したな……」
女性に見つめられ、クロウスの頭の中で警報が鳴った時には遅かった。あの女性の独特の雰囲気にもう引き込まれていたのだ。完全に引き込まれていれば、ナイフが胸を貫くのに気づくにも数瞬要するかもしれない。
「女性とかそういう問題じゃない。もっと危険だ、あの人は」
十分ほどし、痛みも治まってきた所でシェーラの後を追おうとした。だが、突然出て来たすまなそうな顔をしている男性を見て、止まってしまう。
「お客様……、何があったかは存じ上げませんが、お連れ様は酷く機嫌を損ねていらっしゃいます。本日は一緒のお部屋にはお泊りにならない方が賢明かと……」
「いえ、いつも同じ部屋とは限りませんが……」
「どちらにしても今晩はお会いにならない方がいいですよ。私も昔、似たような経験をして、苦い思いをしましたから」
「はあ、そうですか。どうもありがとうございます」
そしてそっと男性は宿の中へと招き入れてくれた。温かで包み込むような照明だが、それよりもどこか居心地が悪い。
明日以降どう会って、どう理由を言って、過ごせばいいのかと考えるだけで、クロウスは頭が痛くなりそうだった。