終章 空に虹は架かる(挿絵有)
絵師 かみおさま
その日は朝から雨が降っていた。ミッタークの端にある建物の中で、徐々に雨足が弱くなるのを眺めながら、シェーラは不機嫌を露わにしている。
「まったく雲の流れから今日は晴れるって思ったのに、何この状況!」
「まあまあ、天気なんて気紛れだろう。日が暮れるまではまだ時間があるから」
「早く回したいのよ。風を感じたいのよ!」
クロウスが宥めるのをかわしながら、シェーラは近くにあった椅子に座り込んだ。そしてしとしとと降る雨を睨みつける。
魔法が使えなくなってから、一年が経とうとしていた。各地では魔法がなくても生活ができるよう対応し始めている。だが時々不平を言う人は未だにおり、それの対処でダニエルはいつも飛びまわっていた。
シェーラも普段はルクランシェの指示のもと、遠征することもあったが、なぜかクロウスと組まされることが多い。違う部署なのにこんなに頻繁に組まされると、もはや疑問に思うこともなくなっていた。隣にクロウスがいることが当たり前であることも。
だが今日はルクランシェの指示ではなく、レイラの頼まれごとだった。
「シェーラさん、クロウスさん!」
柔らかで明るい声が耳に入ってくる。入口に目を向けると、亜麻色の髪の少女が笑顔で中に入ってきた。
「あら、イリス、仕事は?」
「ミッタークの図書館に本を返しに行く途中です。ちらっとこの風車を見上げたら、シェーラさんが顔を出していたので気になって」
「そうなんだ。それよりも早く行った方がいいんじゃない? 雨が小降りのうちに。これから本降りになっても知らないわよ」
「大丈夫です。そろそろ晴れますよ」
イリスからの思わぬ言葉にシェーラは目を瞬かせた。その言葉の根拠はどこにあるのか疑問に思ったからだ。そんな彼女を真正面から見て、シェーラはつくづく思うことがある。
この少女はここ一年で随分精神的にも肉体的にも大人びた成長をしている。出会った当初は子供だなと感じるところがいくつもあったが、今では堂々と意見する様子、そして可愛いよりも美しいという方が似合う女性へと変化しているのだ。イリスに言い寄ってくる男達も出始めている。さすがのアルセドも誰かに捕られないかと冷や冷やしているようだ。
「そういえばアルセドは? 最近見ていないんだけど」
「探索部の調査で局を離れています。明日には帰ってくるそうなので、夕飯でも作って待っていようと思います」
「いいわね、きっと喜ぶよ」
「そうだシェーラさん達も一緒に食べませんか?」
「ごめん、レイラさんとすでに食事の約束しているんだ。久々なんだし、二人で仲良くやりなよ」
「そうですか……。わかりました。レイラさんお元気そうですか?」
「この前軽く立ち話をした時は割と元気だったよ。自分で決めたことだから、責任を持ってやりこなすって意気込んでいた」
昔以上に話す時間がなくなったレイラ。半年ほど前に、部長達や他の局に直接話して、自ら地位を上げることになったのだ。
副局長から、局長を名乗るということに。
誰も反対をする人はいなかった。むしろ遅すぎることに不満を言われたくらいだ。局長を名乗ることに躊躇いがあったレイラだったが、魔法を巡る様々な出来事を通じて精神的に大きく成長し、本格的な改革を前にして自らの意識を変えたのだろう。
「皆さん、本当に凄いですよね。現状に満足することなく、更なる高みを求めていて。スタッツさんも自分に適した環境へと戻って行きましたからね……」
レイラが局長を名乗る少し前に、スタッツは旅に出ると言い、ふらりと消えてしまったのだ。アルセドが着いて行こうとしたがそれは制止され、たった一人で行ってしまった。
いつものことだからと、クロウスは肩を竦めていたが、少し残念そうであった。その際にいくつか意味深な言葉を残している。それを解釈していくと、どうやらそろそろ久しぶりに顔を見せそうだ。
シェーラは視線をイリスから外へと向けた。雲が風によって流されている。その隙間から薄らと光が漏れていた。
水溜りには波紋が広がらなくなっている。雨宿りをしていた人々は少しずつ通りを歩き始めた。
雨は雲が通り過ぎるのと同じくらいに止んだ。一気に日の光が辺りを照らし始める。
心が躍るような様子にシェーラは窓を開けながら、にやりと笑みを浮かべた。
「よし、いい風が吹いたら、回し始めましょう!」
風車の一室で腰を掛けていたシェーラ達。この風車は何日か前に止まり修理をしていたが、今日になってようやく回せる状態になったのだ。それに局から立会人がいた方がいいということで、シェーラとクロウスが駆り出されたのである。
意気揚々とシェーラは部屋から出て、動力室の方まで行こうとした。
「シェーラさん、ちょっと待ってください!」
思わぬ呼び止められ方に、躓きそうになる。
「……って何よ、イリス。急に何なの?」
「こちらに来てください」
手を拱いて、外の方を見るよう促している。ちらちらと何かを気にしているようだ。
「だから、一体――」
イリスが促した先を見て、シェーラは目を丸くする。そして窓から身を乗り出しそうな勢いで、その先に続く光景に感嘆の声をあげた。
「なんて綺麗な……虹」
目の前に広がるのは美しい七色で彩られている虹。
視界に入る家をかぶせるように、滑らかな弧を描いている。
雨上がりの際に見ることはできるが、これほどはっきりと立派なものは今まで見たことがなかった。朝日が昇る瞬間も確かに美しいが、これもまた違った観点で綺麗だ。
シェーラとイリス、そしてクロウスは顔をほころばせながら、その光景をじっと見ていた。
どこまでも果てしなく続きそうな虹は、今だけでなく過去から未来へと続いているのかもしれない。
その時を超えて架かる虹は、各色の間に明確な境界を引くことなく映し出されている。生まれた時から決められた色として生きていくのではなく、他と混じり、共存しながら新たな色を作っているのだろう。
有限であり魔法の元であった、魔法の源を壊すきっかけとなった七つのカケラは、今はもう光を失っている。ただの若干色が付いた石となっていた。
だがいつまでも輝き続けるものはある。
そう、虹色のカケラは多くの人の想いと共に、今生きている人達の中で永遠に輝き続けるのだ――――。
了