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虹色のカケラ  作者: 桐谷瑞香
第八章 虹色のカケラ
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8‐20 魔法と想いを繋ぐ橋

 一時であるが、幸せな時間を過ごしていた。だが現実を見れば、そんな幸福感に満ちた状態でもない。このままシェーラだけでなく、クロウスも共に息絶える可能性だってあった。押し倒しそうな勢いのクロウスを目で制止していると、急に彼の内ポケットの異変に気づく。

「ねえ、ポケットに何を入れているの?」

「ポケット? ああ、崩壊の直前にカケラを集めて入れた気が……」

 クロウスが視線を下げ、内ポケットから光を発しているカケラを六つ取り出した。

「どうしてまた光っているんだ? 源は、魔法は無くなったはずだろう?」

 そして逆側にあるポケットから虹色の書を取り出した。そこに埋め込まれている赤色のカケラにも微かに光が灯っている。

「綺麗ね……」

 その光にシェーラはつい見とれてしまった。虹色の光はこの真っ暗な中でさらに鮮やかに煌めいている。プロメテに授けられてから三年間、苦い記憶を思い出してしまうから、極力見ないようにしていた。だがそれはもったいないことだった。こんなにも美しいものをじっくりと見ていなかったなんて。瓦礫に埋もれて、永遠に見ることができなくなるのを防いでくれたクロウスに感謝したい。

 光の先を何気なく見てみると、驚きのあまり思考が停止した。なんと水がささやかだが湧き上がっているのが見えたのだ。耳を澄ませば、本当に消えゆくような水が流れる音が聞こえてくる。

 それを見るとシェーラとクロウスは我慢してきた喉の渇きが一気に現れるのを感じられた。クロウスはおぼろげな足取りで水の元に行ってしゃがみこみ、水をすくい上げ、喉に通す。

「……水だ。シェーラ、水だよ!」

 それを聞くとシェーラの手がゆっくりと動いた。クロウスはその手を取り、やさしく抱えながら水が湧き上がっている場所まで連れていく。そこまで辿り着くとシェーラは恐る恐る水を触り、ほんの一口分だけ持ち上げて口に含んだ。

 紛れもなく水だった。全てを癒すような冷たい液体に、シェーラは思わず再び涙が出そうになる。血で広がりつつあった体内が水で潤わされた。やがて二口目へと移り始める。

 二人はひたすらに水を飲み、ほんの少しだけ体力を回復させた。

 するとそれを見計らっていたかのように、あのカケラ達から出る光が少しずつ移動しているのを見て瞠目する。

 船上で道が開かれた時と同じような現象に、二人は目を丸くしながら光の先に視線を移した。

 その光の先には、亜麻色の長い髪がゆったりと流れている女性が微笑みながら立っているのだ。見た者を優しく包み込むような笑顔に、シェーラとクロウスは釘づけになる。

「どうかしましたか? あら、もしかしてお邪魔でしたでしょうか?」

 それを聞くとクロウスは顔を赤らめながら、ぱっとシェーラから離れた。そして立ち上がり、突然現れた女性を若干警戒しながらじっと見る。穏やかな物腰だがどこか芯のしっかりとした声にシェーラは聞き覚えがあった。

 しかし二人の思惑など全く意に介さず、女性は引き続き口を開く。

「お二人とも少し歩ける? 歩けるのなら、少し連れていきたい所があるの」

「ちょっと待って下さい。その前にあなたは一体何者ですか?」

 シェーラがまだ座り込んでいる状態で、クロウスははっきりと言い放つ。その脇でのろのろと立ち上がろうとすると、クロウスが慌てて支えに入った。女性はきょとんとしていたが、すぐに頬を緩ます。

「そちらの彼女さんとは一度お会いしましたけど、覚えていないかしら?」

 すがりながら立ち上がったシェーラに女性の視線が行く。会ったことがあるかもしれないが、その記憶の部分に霞みがかかっており上手く思い出すことができない。視線を下にして考え込んでしまう。

「一瞬でしたし、夢の中でしたからね。覚えていなくてもしょうがないですよ」

 夢の中――、それを聞いてシェーラの目は見開いた。微笑みがあの人と被る。

「彼の方は初めましてね。私はセクテウスの妻であり、アテナとイリスの母、ユノ・ベーリン。こんな風に普通に話しているけど、一応幽霊みたいなものだから。しばらくの間、よろしくね」



 ユノと出会った後、シェーラはクロウスの肩を借りながら、彼女の後を着いて行っている。始めはユノの告白に驚きもした。だが話しているうちに特に害もないし、何より行く当ても何もなかったため、彼女に連れられて暗い通路をひたすら歩いているのだ。

 誰しも心惹かれる雰囲気をユノは出している。その雰囲気や微笑む様子は以前にも似たような人から感じたことがあった。

「イリスはユノさんに似ているって、よく言われましたか?」

「ええ、とてもね。アテナはセクテウスに、イリスは私と雰囲気や性格が似ているって言われたわ」

「そうですか……」

 久々に触れるあの雰囲気にシェーラとクロウスは少しだけ嬉しかったが、逆に心が痛くなっていた。まだ意識が戻っていないであろう少女のことを考えるだけで。ユノはそんなシェーラを一瞥しながら、別の話題を取り上げる。

「ここの道、一体何だと思う?」

 ちらりと振り返りながら、ユノは二人に意見を求める。首を左右に動かしながら、見渡した。綺麗に整えられているとは言えない通路であり、四人以上横に並んでいたら邪魔になる幅である。それを考えると人為的にできたとは考えづらい。

「昔の地震によって偶然できた産物か何かですか?」

 知識を振り絞りながら、クロウスが思いついたことを何気なく言う。それに対してユノはふっと笑みを作った。

「そう、ここの通路は三百年前のあの大地震で偶然できたもの。地震が起こり、島が四つに分裂した時、残された孤島の内部では劇的な変化が起きていたのよ。地下に大きな空洞ができ、そして削り取られるように通路が出来たと言われている」

「すごい。そんな不思議なことが起こっていたなんて。一体どうしてそんなことが……」

「そんなの考えるまでのことじゃないと思うわ。シェーラさんに聞いてみたらどう?」

 突然話を振られたシェーラは少しだけ首を傾げた。だが、意味深な笑みを浮かべるユノがクロウスではなく、シェーラに強く求めると言うことはあの関係しかない。

「……もしかして、魔法による流れ?」

 ユノは軽く首を振った。

「魔法による流れだって? どういう意味だ」

「何度か言ったことあるでしょう。魔法は自然の大きな循環を利用することで出すことができるって」

 シェーラが風を操るのも、目に見えないが感じられる大気を利用している。レイラはそこに存在している水分子の流れを、ダニエルも地脈を使っていると聞いたことがある。

「三百年前に地震があった際、魔法の源はほとんど閉じられた存在になった。あれだけの魔法の塊、どこかに力を発散しなければ孤島内は飽和状態になってしまう。だから空気や分子、魔法の元となるものが流れ出るよう、通路を作る必要があった――そういうことですか?」

「ええ、その通り。さすがセクテウスが見込んだお嬢さんね」

「先生がいつもそういう風に言ってくれましたから」

 決して自然の循環に逆らわずに風を使いなさいと、しつこいほどに言われた記憶があった。それは頭だけでなく、体に直接しみ込んでいる。今も魔法は使えなくても、何となく風の流れは感じることができた。

 ユノは再び前を向き、歩きながら話を続ける。

「魔法が使えるようになってから、多くの人がこの不可思議な現象の原因を解明しようとした。それこそ国を挙げて。すぐに魔法と地震時に出た光の関係の因果が結ばれたわ。それで納得し、魔法の利用に発展する人もいた。でも、まだ疑問に思うことはたくさんあった。――そして百年前、ある大きな出来事が疑問を解決した表れとしてできたわ」

「その出来事とは、祈りの石を埋め込まれた島々の橋が作られたことですか?」

「あら、クロウス君は知っているの?」

 ユノはクロウスの発言に少し意外そうな顔をしていた。シェーラも橋の石の件に関しては、クロウスから少し聞いただけで詳しいほうではない。おそらくスタッツから直接聞かされたクロウスのほうが詳細を知っているだろう。

「少しだけです。けど、ユノさんのほうが知っていますよね。俺達、まだ推測の域から出られなくて気になっています。教えてくれませんか、石と橋、そして魔法について」

 立ち止り何度か瞬きをして、ユノはクロウスを見た。そして試すような口調で一音一音しっかりと発音する。

「私がそれを知っているとは限らないのに、どうして聞くの?」

「いえ、知っているはずです。そうでなかったら、祈りの石の前で息を引き取ろうと思わないでしょう」

 数瞬、沈黙が走る。だがすぐにユノは口に軽く手を添えて、笑い始めた。

「うふふ、クロウス君は冷静に物事を分析するのね。いいでしょう、目的の場所に到着するまで少しだけど、私が知っていることを教えてあげる」

 ユノはそう言うと、進むよう促す。目的の場所とは一体何処なのか尋ねたかったが、それより先にクロウスが持っている灯りの範囲からユノが消えてしまう。慌てて早歩きをしながら近寄った。

「百年前にもこの通路を発見した人がいたわ。その人達は魔法の源を発見し、様々なことを実験し、一つの書に魔法のことをまとめ上げた。それは貴方達が持っている魔法の書、“虹色の書”のことよ」

 クロウスは胸元に入れてある虹色の書にそっと触れる。

「そしてその人達は虹色の書や魔法の源を誰か悪意しそうな人の手に渡るのを防ぐために、魔法の源によって影響を受けた特別な石、祈りの石を利用して書や源を封印しようとした。当時、本格的な橋の建設も始められた時期で、封印しようとした人はそれらを上手く利用できないかと思った。橋を強固なものにするために、祈りの石が全て壊されても完全なる封印は壊されないように、そして国の人々がその橋を大切に思えるものにするために――」

 その想いが幸か不幸か夜の軍団が上陸する一因となってしまったのは、しょうがないことだろう。憎悪に溢れ、簡易の石や血で魔力を底上げさえしなければ、魔法により強固に作られた橋がそう簡単に壊されるはずはない。

「そして石と想いという二重の封印の元となった今の橋ができた。災害が起きて橋が壊されたとしても、国全体が恐怖で覆われなければ。もしくは恐怖で覆われたとしても橋が壊れなければ、封印が解けないように。――それから九十年近く、この地に足を踏み入れた人はいないらしい。……私が知っているおおよそのことは以上よ。ごめんね、私も聞かされた程度のことしか知らないから」

 それでも推論をより強固に裏付けられたような気がする。全てが一つに繋がりそうな、そんな感触を得られていた。

 感慨深く浸っていると、突然ユノは振り返り笑みを零す。

「やっと着いたわ。ランプを奥まで掲げてみて」

 クロウスは頷き、火の加減を大きくし、ゆっくりと前のほうに突き出す。

 そしてその光の先には――ユノと同じ亜麻色の髪の四十過ぎの男性と、二十歳前後の女性が立っていた。



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