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虹色のカケラ  作者: 桐谷瑞香
第八章 虹色のカケラ
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8‐18 信じる者の行く末

 あの日から、一週間が経過していた。

 歴史的に大きな転換期となり、そして魔法管理局のある局員が二人行方不明になった、あの日から――。

 その日以来、エーアデ国の全ての人が魔法を使うことができなくなった。あの時、山から発せられた光は国中の至る所を包み込んでいた。家の中にいる者や洞窟の中にいる者など、隅々まで光は広まり、全ての人がその光に触れたらしい。

 魔法を使えた人、特に純血の人は体調を悪くしたが、すぐに元通りになっている。ただし魔法が使えないということは除いて。

 多くの人が、何故魔法が使えなくなったのかということに大きな疑問を思っていた。だが、直後の魔法管理局の声明により、その理由ははっきりする。

“魔法は有限のものであった。それが夜の軍団と呼ばれるもの達によって力を独占され、国を支配しようとしていた。それを防ぐために止むを得ず、今回の判断に至った”

 その言葉に反論する者はもちろんいた。直後は局に対して激しい暴動もあった。だが島々の長達が理由の詳細について説明していったため、そして実際にノクターナル島を繋ぐ、ソルベー島とネオジム島の橋の近くでは夜の軍団が魔法によって人を傷つけ、死者までも出ていたという話が流れ、その判断に渋々納得したのだ。

 そうは言ってもまだまだもめ事が起こっている毎日である。総合部の人が率先として動き、事件部や情報部をうまく使って、各地に散らばらせて、沈静化にあたっていた。それを副局長は承諾し、送り出すしかしていない。

 そして自由に航海ができるようになってからは、探索部や事件部を中心に壊れてしまった魔法の源の発掘と安否が知れない人の捜索が行われ始めている。夜の軍団の幹部達もそうだが、特にシェーラ・ロセッティという娘とクロウス・チェスターという青年の捜索が主であった。

 二人と親しかった副局長は人前に出るときは平静を装っていたが、ひとたび一人になれば見ていられないほど意気消沈していた。そして行方不明の二人をよく知る、事件部や情報部の部長達でさえ、当初は酷く塞ぎ込み、声をかけるのも躊躇するほどだ。

 それでもどうにか感情を抑えて、職務に影響を与えないほどにまでなっている。

 まだまだやることは山積みだ。今が一番の耐え時でもあり、やり時でもある。そう無理矢理叱咤しなければ、動くのはままならないのかもしれない。



 * * *



 魔法がなくなって一番影響の受けたのは、おそらく発電所と鉄鋼等を採掘している所だろう。採掘の資金提供をしていたゲトルもその影響を受けていた。セクチレ茶を飲みながら頭の思考を冷やす。

 亡き友と共に発見し、今の商売の大元を担っているセクチレ。あの虹の光が出た後、そのセクチレに不思議なことが起こったのだ。茶の味が変わっていたのである。味はまろやかになり、より飲みやすくなっていた。しかもまだ正確な報告が入っていないからはっきりとは言えないが、虹色の書があった洞窟では膨大な量が生えているらしい。

 それはまるでセクテウス・ベーリンの想いと共に、一斉に咲き開いたのではないかと思ってしまう。

「ご休憩のところ、失礼します」

 どきっとしながら、ゲトルはカップを置き入口を見る。そこには静かにトルナが立っていた。

「何かあったのか?」

「島長のノルデン様から書類が届きました。今回の件に関して、より多くの人に詳細を知ってもらうためにできる限り届けているそうです。また魔法管理局の方から、お手紙が」

 机まで寄って来たトルナがゲトルに二通の手紙を渡す。そのうち魔法管理局から届いた小さな手紙の封を切る。それは副局長からの直筆のものだった。首を傾げながら読み進めるが、徐々に険しい顔になっていく。

「どうかしたのですか? 副局長さまかららしいですが」

「――魔法がなくなった今のノベレの状況の心配と、行方不明者のお知らせだ。重傷を負わせた夜の軍団の幹部級の人達が消息不明、そして――ロセッティさんとチェスター君が行方不明らしい」

 トルナが息を呑み込んだ。

「もしかしたら助かって、ここに訪ねてくるかもしれないから、保護をしてくれというお願い付きの手紙だ」

「二人は生きているのでしょうか?」

「わからない」

 硬い表情のままセクチレ茶を飲む。薄々こうなるかもしれないということは分かっていた。何かに対するあの二人の意志の強さは見習うべきものがある。

 急に二人のことを思い出すと、他のことに思考が行った。

「……そうだ、島長達が中心となって孤島の探索を始めたのだろう。私達もそれに対して物資や資金提供くらいできるんじゃないか?」

「喜んで受けてくれますと思いますが」

「わかった。是非、お願いしてくれ」

 レイラからの手紙を一番上の引き出しの中に入れた。

「時代は次に進んでいる。今は彼女達の生命力を信じ、できることをすぐに実行するんだ。過去の偉人達に見られても恥ずかしくない行動をするために」

 小さく笑みを浮かべながら、心配そうな顔をしているトルナに受け応える。そしてゲトルは島長からの手紙に手を付けた。



 * * *



「親父、ちょっと訪ね人が来ている」

「一体誰だ。忙しいんだよ」

「魔法管理局の人だよ。そんなに忙しいって言うのなら、適当に話を付けるけど」

「待て、今行く」

 腰を掛けて、ひたすらに目の前にあるものを打っていたビルラードは、作業を中断し、叫んでいた息子アストンの元に駆け寄る。隣には懐かしい顔が飛び込んできた。

「久しぶり、ビルラード」

「ダニエルじゃねぇか。何だよ、突然。剣でも打って欲しいのか?」

「残念ながらそういうわけでもない」

 今でも時々手紙を交わす仲の男性に思わず顔をほころばす。だがそれとは逆に、ダニエルの顔からは沈鬱な雰囲気が漏れていた。

「顔色良くねぇぞ。何か悪いことでもあったのか?」

「……ビルラード、一週間前に起きた、孤島から出た虹色の光のことを知っているか?」

「ああ、もちろんだ。というか、皆知っているだろう」

 当たり前のことを前座に出されて、若干腹が立つ。

()らすな。何でここに来たんだ?」

 ダニエルが歯を噛み締めながら口を開く。

「……その孤島にあった山が崩壊したんだ。それに巻き込まれて――シェーラとクロウスが行方不明になった」

 アストンが後ろで目を丸くする。

「それで聞きたいんだ。シェーラやクロウスの剣はお前が想いを込めて打っただろう。それを通じて、所有者に何か起こったとかわからないのか? 剣が折れたとか、そういうのを感じるとか!」

 今にも飛び付きそうなダニエルに対して、ビルラードは首を横に振るしかできなかった。そんな超人的な能力、一介の鍛冶屋ができるわけでもない。

「すまん」

「そうだよな……。ああ、ごめん。無理なことを聞いて悪かった」

 肩を竦ませながら、落胆を隠さずに背を向けられる。ダニエルにとってシェーラという娘は相当親しい間柄ということは知っていた。よりいい短剣を与え、間接ながら守りたいという想いが溢れるほどに。

「きっと生きているさ」

 ダニエルが不思議そうに振り返る。ビルラードは照れながら、視線を逸らす。

「根拠なんてねぇ。ただ――、俺が認めた程の精神の奴らがそう簡単にくたばるはずねぇと思っただけさ。そんな顔していたら、嬢ちゃん、驚いちまうぞ」

 ダニエルは虚を突かれたように固まってしまう。それをふっと鼻で笑いながら、ビルラードは自分の持ち場へと戻って行く。

 工房の煙突から出ていた煙はゆらゆらと風に吹かれている。その吹き先はどこからかはわからない。だがどこかに続いているのは確かである。



 * * *



 情報部の部屋の一角では、ふらりとルクランシェを訪ねてきたスタッツが人員不足の情報部を手伝っていた。情報部では今、総合部などと連携をとりながら様々な情報を集めている。

「手伝ってくれると言ったのは有り難いが、もう少し速くしてくれないか? 本気を出せば半分以下の時間で処理できるだろう」

 スタッツがゆっくりと書類を捲ったりしているのに顔を歪まざるをえない。澄ました顔で書類とその内容をまとめたものをルクランシェに渡す。

「お前はずっとここにいるのか?」

 突然の質問に目をぱちくりする。

「まあな。魔法管理局は大切な場所だから。昔のように自由奔放も悪くはないが、やはりどこかに納まる方が性に合っているらしい」

「そうか。てっきり惚れた女の傍にずっといたいのかと思った」

「……どうしてお前までそういうことを言うんだ。それとこれとは別だ」

 不機嫌な顔で次の書類を渡す。

「それよりもお前はどうするんだ? もしできるのならここで働いてくれると有り難い。あの少年の指導もまだ何だろう?」

 その言葉にスタッツは目を細めた。予想通りの言葉を出されたためか少し嬉しそうでもある。

「全く、昔からそういう風にいつもはぐらかすよな」

「俺は変わらない心の持ち主だからさ。さてと、ここら辺で終わりにさせてもらう」

「待てよ、まだ数時間しか――」

 ルクランシェの顔にさっきの書類を突き出される。

「忙しそうだったから良心に従って動いたまでだ。それ以上のものは何もない。まあ、気が向いたらまた来るよ。頑張ってな、部長さん」

 書類を受け取ると、スタッツはドアの方に歩いて行ってしまう。それを見て、慌てて聞きたかったことの一つを尋ねる。

「お前は、いつまでここにいるんだ?」

 スタッツは振り返りもせずに、腰に手を当てて返した。

「剣と風が戻るまではここにいるさ」

 その言葉に呆然としながら立ち尽くす。そして止める暇もなく、さっさとドアを押してスタッツは廊下へ出て行ってしまう。

 ルクランシェは自分以上に意味深な言葉を使うスタッツに対して肩を竦めた。そして書類を持って自分の椅子に戻ろうとする。その時、大人数で廊下を歩く音が聞こえてきた。

 間もなくして、情報部の一団体が戻ってきた。



 * * *



 総合部では未だに重い雰囲気が漂っていた。毎日ひっきりなしに鳴る電話の音、届けられる手紙の量にうんざりしている。だがそれよりも皆が気になっていることはある一点のことだ。

 副局長のことである。

 ほとんど総合部にも現れず、副局長室で一人悶々と仕事をしていた。その様子といったら見ていられないほど暗い。

 まだ仕事をすれば少しは気が紛れるかもしれないとメーレは思い、固く閉ざされている副局長室をノックしているのだ。か細い返事が聞こえてから中に入る。

「サブ、次の派遣先について相談がありまして……」

「わかったわ。さあ、座って」

 レイラの机の上には何時間か前にメーレが淹れたコーヒーが手つかずに置いてある。そして机には元局長の日記帳が散らばっていた。

「ごめんなさい。何だか全く仕事をしていなくて」

「そんなことないですよ。サブは見守り、承諾する役です。雑用は私達にまかせて下さい」

「ありがとう、そう言ってくれて」

 メーレから資料を受け取り、以前程の速さではなかったがすらすらと読み込んでいく。そして最後のページまで捲り終わると、丁寧に返した。

「いいわよ、この人選で。けど、そろそろ人も足りなくなってきているんじゃない? 治安維持局やそれぞれの島長にも頼むわよ。あの人達、私が言って、実行したことを認めてくれたから、力になってくれるわ」

 一週間前にあった島会議などが遥か昔のように振り返られた。レイラの気丈な姿にメーレは首を横に振る。

「まだ大丈夫です。本当に足りなくなったらお願いしますので。……それよりサブ、一度ベッドで横になった方がいいんじゃないのですか? ここ数日、副局長室からほとんど出ていませんし、寝ていないって聞いていますよ。無理しないでください。そんな状態でいられても、気が気で仕事にはなりません」

「そうね……。少しだけ自室に戻って仮眠をとるわ。また数時間後来るから、よろしく頼むわよ」

 メーレの肩に乗せられる手はより痩せ細っていた。精神の病みが体力まで削っている。このままではいけないと思い、もう一度呼び止めようとすると、副局長室のドアが激しく叩かれた。その特徴的な叩き方には覚えがある。

「アルセド君? 大丈夫よ、入って」

 レイラが中に促すと、ドアが勢いよく開く。そこにはまだ青年とは言い難い少年が息を切らして入ってきていた。目はキラキラと輝いている。

「今、大丈夫か?」

「だから大丈夫よ。どうしたのかしら?」

「会わせたい人がいるんだ。レイラさんは忙しいから、余計なことは言わないでくれって口止めされていたけど、急に顔が見たいって言われて連れてきた」

「誰が……?」

「ちょっと待って。まだ一人じゃ動けないんだ」

 そう言って、再びドアの向こうに消えてしまう。メーレはレイラの様子をちらりと見る。何も心当たりがないのか、首を傾げていた。あの少年の顔からして、悪いことではなさそうだが、気になるところである。

 すぐにドアは大きく開かれた。車椅子に乗せられて、ある人物が入ってくる。

 その人物を見て、レイラはあっと声を漏らす。そして目には薄らと涙を浮かべていた。

「あの出来事の結果が、何も悪いことばかりじゃない……。大丈夫よ、きっと二人は生きているわ」

 自分自身に言っているような内容だが、それはメーレや全ての人にも言えることだ。

 入ってきた人は、まるで絶望の中に射す一筋の光のようであった。



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