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虹色のカケラ  作者: 桐谷瑞香
第八章 虹色のカケラ
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8‐16 虹の章

 シェーラはノクターナル島の研究所で脱出する時のイリスの言葉を思い出していた。

 “光の章は創造に関すること。闇の章は破壊に関すること。そして虹の書は未来に関することでしょうか”

 あの時、目の前に立ち塞がった壁を普通の魔法で壊そうと試みたが、壁の再生能力が高すぎるため突破するのは無理だった。だが、虹色の書の特別な呪文を使うことでどうにか壊すことに成功したのだ。その時、イリスが虹色の書を読みながら呟いた言葉である。

 あの時と状況が似ていた。もしここで呪文を唱えれば壊せるかもしれない、そうシェーラは思う。

 今は翻訳したものも挟んであるため、イリスでなくても誰でも呪文を読むことができる。

 光の章を見向きもせずに、闇の章にちらっと目を通す。呪文を唱えるのは初めてであるが、落ち着いて読めば大丈夫だろう。

 ただ、詠唱後に気を失う以上のことが起こるはずだが――。

 シェーラは噛み締めながら、書を固く抱きしめる。

 クロウスは近寄って来たグレゴリオに向かって、スタッツと共に斬りかかっていた。さすがにある程度技量が分かったのか、迂闊に飛びこまず、黒い炎の隙を付いて攻めている。そこにダニエルまで参戦していた。少しの間は時間が稼げるはずだ。

 突然シェーラは軽く肩を叩かれた。横を向くとレイラが柔らかな笑みを浮かべて立っている。

「何か掴んだのかしら?」

「はい。この書の呪文を使えば、おそらくこの源を破壊できると」

「でも相当術者に負荷をかけるでしょうね。それでもやるの……?」

「やります。それはきっと私が進む道であるから」

 泣きそうなレイラはそれを呑みこんで、ただ微笑んで頷き返す。シェーラを抱きよせて、毅然と振舞っている娘を優しく包み込んだ。

「――ごめんね、シェーラにその役目を押し付けて」

「違います。進んでやっていることですから気にしないでください。……また美味しいものを奢って下さいね。それでは安全な所に避難を」

 ゆっくりとシェーラはレイラの体を離すと、その手には紫色のカケラが乗せられていた。

 そのカケラからレイラや、今は亡きユノの想いが伝わってくる。それをぎゅっと握りしめた。レイラが口をつぐんでいる間にシェーラは背を向け、よろよろと歩き始める。

 攻防を繰り広げている所からゆっくりと離れ、詠唱をするのに適切な場所を探し始めた。

 クロウスもスタッツ、そしてダニエルも酷い怪我であるはずなのに機敏に動いている。最後の力を振り絞っているように感じられた。

 三人はグレゴリオを奥の方に追いやっていたため、シェーラは最初にグレゴリオが立っていた場所に辿り着くことができる。そこには魔法の源がそびえていた。視線を下に向けると、ナータが口を尖らせて立っている。

「そこをどいてくれないかしら?」

「それに従うと思いますか? 私もグレゴリオ様の意見に賛同する者。それを妨げるあなたにどうして易々と道を開けなければならいのですか」

「あなたもこの国が滅亡するのを望んでいるの?」

「ええ、もちろん。こんな国、なくなってしまえばいいのですよ」

 ふわっとナータはフードを脱いだ。それを見てシェーラは続ける言葉を失ってしまう。黒いフードの下から現れたのは、透き通るような限りなく白に近い金髪の女性だった。そして彼女の顔の右半分は焼け(ただ)れている。

「何故驚いた顔をしているのです。フィンスタ、フェンスト姉妹の話を聞いていないのですか? 生まれてから決められている生い立ちによって、こういう姿になる人もいるのですよ。珍しい白髪によって随分虐げられてきました。ですが私達は魔法が使えないので、対抗できずにいました。そう、今や影の世界なら誰もが恐れをなす人々は、実は逆純血でしたのよ?」

 その言いようにシェーラは解きほぐされる事実に目を丸くした。

「夢のために散々自身を実験台にしたグレゴリオ様の体はもう長くはありません。最後に好きにやらしてもいいじゃないですか?」

「好きにやると言っても、それによって誰かが犠牲になるのなら、やってはいけない。それに魔法は有限であるものを今まで大切に使ってきたもの。それをこんなに使い尽していいの?」

「魔法が有限? まあ、興味深い事実を聞きましたわ。でもね、有限であろうがなかろうが、国を滅ぼさせるための量は充分あるでしょう。なら関係ない。今あればいい。未来なんて私達の辞書にはないのだから」

 このまま説得するのは無理だとシェーラは悟る。ならば強行突破で行くしかないと、駆け寄ろうとした。しかし足がぴくりとも動かない。手を、腕を動かそうとするが全く動かない。

「どうして私が長話をしたかわからないのかしら? 私は封印を解くのが専門ですけど、封印を作る、つまり足止めもそれなりに知識を得ているわけです。――一人の命も、国の命も同じこと。だからあなたも国と共に一緒に滅んだらいいのです」

 ナータが簡易のナイフを取り出す。拙い手の動きではあるが目は殺意に溢れている。シェーラは固まったまま立ち尽くしていた。

 レイラや彼女を支えているルクランシェがようやくその異常事態に気づき、慌てて駆け寄ってくる。

 だがそれよりも前にナータに対して――少年の飛び蹴りが入った。咄嗟のことで防御できなかったナータは勢いよく飛ばされる。それと同時にシェーラを(むしば)んでいた呪縛も解かれた。

「一人の人間の命と、国の命を一緒にするな!」

 アルセドが拳を握り、噛み付きながらナータを睨みつけている。只ならぬ形相にシェーラはすぐには駆け寄れなかった。

「命はそれぞれ別個のものだ。だから誰かが命を張って、国の命を守るということができるはずなんだ。同じだったら彼女はあんなことはしない――」

 アルセドの心に浮かんでいる少女が手に取るようにわかる。

 そして、大きな声で一喝した。

「いい加減にしろ、お前達の自己満足なやり方のせいで、一体何人犠牲になった!? 自分がやられたからやり返す。いい御身分だな! そんな考えじゃ、人間だけじゃなく、この世の全てから愛想尽かされるぞ!」

 辛そうな顔をしながら立ち上がろうとするナータを、アルセドはすかさず蹴り付けた。何度も何度も、力を込めて――。ようやくシェーラは駆け寄り、必死に抱きとめた。アルセドはばたつかせながら、逃げようとする。

「何するんだ、放せよ!」

「頭を冷やしなさい。今のアルセドの姿、絶対にイリスに見せられない! ――泣くわよ、あの子は!」

 はっとした表情をしてアルセドは動きを止めた。ナータはすでに意識を失っている。焼け爛れていない頬の一部には(あざ)が浮かび上がっていた。アルセドの抵抗する手が緩む。シェーラから少年への想いが溢れ始める。

「あんたはどうして力を得たいと決めたのよ……。こんなことをするため? 人を傷つけることしか考えていない人に、人を助けることなんてできない!」

 シェーラがアルセドと出会ってから様々な衝突があった。それは彼を想うが故の行為である。危なっかしいくらいに真っ直ぐ過ぎて、昔のシェーラと本当に似ていた。だから道を外してほしくない。シェーラだって考えを間違えれば、そっちの方に行っていたかもしれないから――。

 アルセドの四肢の力が急に抜ける。全体重がシェーラにかかってきた。そんな少年をゆっくりと座らせて、顔色を窺う。呆然としていた。

 この状態ではしばらく何もできないだろう。そう思うと、立ち上がり、急いで源の前に行こうとした。

 だが突然手が引っ張られる。そして掌に温かみのあるものが乗せられた。振り返り、掌を見ると黄色い石のカケラがあった。

「それ……必要なんだろう。イリスさんと俺の想いを……頼む」

「わかった」

 それだけ言うと、カケラを握り返し、踵を返して源の元へと走り始めた。

 今、シェーラの手元に六つのカケラが揃っている。それぞれのカケラに込められた想いが伝わってきていた。

 人の想い全てが相手に伝わるものではない。想いは細かなカケラとなって、それぞれの人に伝わって行く。そしてこの石のカケラもある想いを込めて、人の手を転々としている。

 再び源の前に辿り着く。魔法の源は色鮮やかに光っていた。その周りにある七つの石も各々の色を出している。

 書に視線を落とし、再び呪文のページを開く。しかし何故か知らないが、闇の章ではなく虹の章を自然と開いていた。

「虹の章――、未来に関すること」

 呟きながら視線を上げると源の一部に変化が表れていた。今までは所々に単色で光っているだけだったが、今は円弧を描くように七色が並んで浮き上がっているのだ。それはまるで、雨が降った後などに光が分解されて複数の色ができる、自然の中でできる虹――。

 ある国では七色ではないらしいが、このエーアデ国では虹は七色のもの、赤、橙、黄、緑、青、藍、紫であると認識されている。その虹達は人々に感動を与えて来た。雨上がりの鬱蒼とした空気を一瞬で消し去ってくれる。

 これがこんな状況でもなかったら、うっとりと見惚れていたかもしれない程、その光景は美しかった。

 気が付くと、視界に一人の青年が入り込んでくる。真黒な髪には血がこびり付いており、険しい顔をしていた。その青年を見ると、決然としていた意識が壊れそうになる。

「この源をどうやって破壊するか、考えはまとまったのか?」

「どうにか」

「そうか、ならいい。もう少し足止めをしてくるから、その間に――」

 行こうとするクロウスの服をシェーラは思わず握ってしまう。クロウスは不思議そうな顔をしながら、首を傾げた。

「どうしたんだ?」

 優しすぎる青年によって、一気に恐怖という想いが出てきてしまった。動くことがままならない。だがこのままクロウスのシェーラへ託した想いを止めてはいけない。彼はまだグレゴリオを戦闘中なのだ。

 そうわかってはいても、口から隠していた本音が出てきてしまう。

「お願い――、傍にいて。すぐに終わるから」

 何て身勝手な言葉だろう。すぐに冷静なシェーラが出てきたときには、クロウスの服を離し、視線を逸らしていた。

「ごめん、何でも――」

「いいよ」

「え?」

「一緒に源を壊そう。俺が付いているから心配するな」

 そして微笑みながら、橙色の石のカケラをシェーラの手に乗せた。

「ありがとう、そう言ってくれて」

 笑顔で返し、さらに流れ出る想いをそっと押し込める。

 やがて皆から受け取った、六つのカケラを二人の周りに円になるように置いた。書に埋め込まれている赤色の石のカケラに再び光が灯る。

「魔力は私のを使うけど、もしかしたらクロウスにも迷惑を掛けるかも」

「そんなの構わないさ。迷惑なんていつも掛けられているし」

「それはもっともだわ」

 ふふっと笑いながら返した。

 魔力を高めて、それにさらに込める余裕なんて殆どないだろう。ただ詠唱に想いをのせるだけになるはずだ。

 ――そう、虹色のカケラ達に想いを込めるだけ。

 虹の章とイリスが訳したものを見比べる。深呼吸をして、精神を抑えた。

 そして、シェーラは詠唱を始める――。



「虹色の書、虹の章――」


 始めると同時にシェーラの体から魔力が出ていく。だが隣にいたクロウスは平気そうだった。逆純血であるがために、影響を受けていないのだろう。


「風は大気と穏やかさを、地は大地とぬくもりを、水は海と清らかさを、火は炎とあたたかみを、光は日と明るさを、闇は影と暗さを与える。

 ――これら六つが揃ったとき、万物の創生者はこの世に降り立ち、生を与えた」


 どうしてかわからないが、書やイリスの翻訳したものを見なくても、自然と言葉が出せていた。頭に過ぎ去る言葉を淡々と綴っていく。


「生を受けた者は様々な困難を乗り越えながら、奮闘をし続ける。それに胸を打たれた創生者は七つの色を与えた。それらの色は、緑は風として、橙は土として、青は水として、赤は火として、黄は光として、藍は闇として、この世を回し続けた。ただ紫の色を除いて――」


 シェーラを囲んでいたカケラから色が漏れてくる。七色のカケラ達は、シェーラとクロウスの周りを包み始めた。


「やがて初めに生を受けた以外の者も創生者によって作られる。六つの色を管理する者が。

 始めは実に上手く行動した。だが、管理するものが違うからか、生まれが違うからか、いつしか衝突していった」


 クロウスはその言葉を聞いて目を丸くしていた。もう不必要だと思い、飛ばされそうになったイリスが翻訳した紙をシェーラの手から離させる。その行為には全く気付いていないらしい。ただ、口を開き続ける。


「始めに生を受けた者はそれを止めようとするも聞き入れてもらえない。

 『闇があるから、光は生かしきれない。そんなものなくなってしまえばいい』

 『水があるから、火は消されてしまう。そんなものなくすべきだ』

 『土があるから、風は意味を持たなくなる。そのようなものなくなればいい』

 創生者は見ていられなくなり、再びその者達の前に降り立とうとした。

 だが――、その前に始めに生を受けた者が立っていた」


 この内容は今起こっている全てに当てはまる――そうシェーラは思っていた。始めから決められた立場で起こる衝突、理不尽な扱われ方。そこに誰かが一歩踏み出さなければならない。


「『皆の者、どうしてそんなことを言うのか』

 六人の視線が向けられる。

 『皆がいるから確かに衝突は起きる。だがよりよい方向に向かっているのも事実である』

 視線の先にある、荒れ果てた大地は――今はもうない。

 『お互いに切磋琢磨にしたからこそ、このような結果を生みだしている。それぞれの者に不必要なものは決してない。どれかが欠けてしまえば、循環は狂うだろう。狂えば、狂わせた自身にも影響を与える』

 六人のうちの一人がその話に割り込む。

 『ならばお前は何なのだ。お前こそ不必要ではないか』

 始めに生を受けた者はただ静かに言葉に出した。

 『私はあなた達の環境によって過ごしている生物。その環境を回している生物。生物と言っても雄でも雌でもない中間のもの。色で表わすのなら――紫だ』」


 シェーラとクロウスを包み込んでいた色取り取りの風が一気に放出し、源の周りを包み込み始める。シェーラの表情には疲労の影が浮かび始めていた。


「虹色のそれぞれに意味があるのと同様に、この世に全く不必要なものなどありはしない。だが環境の、そして人の循環を壊すものがあるのなら、それはあってはならない。本来なら、得るはずがなかった魔法というものが循環を壊しているのなら、国を壊す可能性があるのなら――」


 手から虹色の書が滑り落ちる。そして風で勢いよくページがめくられていく。呪文が書から離れて、シェーラ独自の呪文、いや願いへと変わっているのだ。

 そして、空気の流れが変わった。


「私達は決断しよう。虹色のそれぞれのカケラとともに、人々の想いのカケラとともに――、未来へ続く橋渡しを――」


 虹色の風が源に向かって包み込み、内部に入り込んでいく。源も善戦しているためか、すぐに入り込まないようになっている。だがすぐに、入り込んだ光が源の内部から徐々に発し始めた。七色に変えながら。

 そして次の瞬間、シェーラやクロウスは、そして国は眩い虹色の光に包みこまれた――――。



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