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虹色のカケラ  作者: 桐谷瑞香
第八章 虹色のカケラ
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8‐14 終焉の足音

 激しい光は急速になくなり、辺りは一瞬闇に包まれた。光の反動で目がくらんだかと思ったがそうではないようだ。

 すぐに闇がなくなり、目の前には先ほどと変わらず、グレゴリオとナータが立っていた。源には特に変化はない。一体、今の現象は何であったかのかと首を傾げる。

 グレゴリオは目を瞑りながら無防備にも立ち尽くしていた。

 シェーラは前に出ていたレイラの耳元でこっそりと囁く。

「レイラさん、魔法の源は極力壊さない方向ですか?」

「ええ……。グレゴリオの動きを止めることが先決よ」

「わかりました。――レイラさんは下がっていてくださいね」

「え、待ちなさい、シェーラ!」

 レイラの制止を振り切り、シェーラは飛び出して行く。クロウスもそれに続こうと剣の柄を握り締めて、走りだす。

 あっという間にグレゴリオの前に辿り着くと、シェーラは右手で短剣を抜き去り、そのまま振り下ろした。逃げる暇も与えないくらいに速く。

 だが突然グレゴリオが目を見開くと、シェーラは何とも言えない風圧によって吹き飛ばされてしまう。床に叩き落とされそうになった所をクロウスはしっかりと受け止める。よく見るとシェーラの全身には無数の傷が出来ていた。痛みに耐えるかのように、歯を食い縛っている。

「ふむ……、これくらいではその程度のことしかできないか」

 グレゴリオが腕を曲げながら、自分の体の調子を確かめている。

「全身に魔力が流れ込んでくる。これがこの国を作ったともいえる魔法か。ははは、全くいいものだな!」

「まさか源から魔法を得たとでも言うの……?」

「そのまさかだよ、風使い」

 シェーラを抱えていたクロウスに向かって、手を軽く振りかざす。すると何十発も炎の玉が出てきた。

 必死にかわすが、玉に追尾機能でも付いていたのか、追いかけてくる。咄嗟にクロウスは剣を抜きとって、玉を次々と斬り付けた。斬られた炎は霧散したが、いくつかは当たってしまう。

「っく……!」

 予想以上の痛みに膝を付く。それをシェーラは心配そうに見つめていた。

「私のことは構わなくていいのに……」

「そんなことできるか。さっきできた傷だって、痛くないはずがないだろう」

「……気遣ってくれて、ありがとう。さて、これからどうしようか。相当やばいわよ」

 シェーラは頬から垂れている血を拭いながら、グレゴリオを睨みつける。ほんの一瞬の行為で、魔法によって大量の風や炎を出させた男。恐ろしいことに疲れているそぶりは見えず、まるで虫を適当にあしらったような顔をしている。

「本当、余裕ありすぎ。こっちはかなり疲弊しているっていうのに。まあそんなこといつまでも言っていられないわ。クロウス、とっとと片づけるわよ。レイラさんの手を煩わせるわけにはいかないもの」

 淡々と強気な言葉を並べつつも、シェーラの顔は強張っていた。手を見れば震えているのがよく分かる。クロウスにとっても今の状況はかなり厳しいものがあった。それでも自分たちがやらなければ事態は進まないとはわかっている。

「どうやって、攻める?」

「クロウスと組むの、何気に久々だったわね。まあいつも通り、援護をよろしく」

「無理するなよ」

 シェーラは軽く手を振ると、短剣を二本取り出して、両手で持つ。それを見てクロウスは目を剥いた。あれほどの相手に魔法を使わない、いや使えない状態でも飛び込んで行こうとする愚かさに驚いたのだ。

 これはまだ体力に余裕があるクロウスが、しっかり援護をしてくれると信じているからこその行為なのかもしれない。

 シェーラは地を蹴って走り始める。グレゴリオがそれを見て、掌をシェーラに向けた。そして何の予備動作もなく、シェーラの足元に先端が尖った土の塊が出してくる。

 それを飛びあがりながらかわし、再び地面に着地した。魔法は使わずとも、もともと鍛えていたため、かわすのは難しいことではないのだろう。

 グレゴリオの視線がシェーラに向いている隙に、クロウスは鞘から静かに剣を抜きとって、死角に沿って駆け出し始める。

 石が静かに置かれている以外は何も妨げる物はない。だが、シェーラがグレゴリオに土の塊を出させたり、炎を出した所をレイラが水の魔法と衝突させて、水蒸気を出させたりと、独自に障害物などを作りだしているおかげで、接近することはできた。

 スタッツもシェーラと一緒に参戦し始め、二人でグレゴリオを翻弄させる。右から繰り出される二本の剣、そして二つの拳を魔法でかわしながら、じりじりとグレゴリオはクロウスに背を向けて後ずさっていた。

 近くにあった石に隠れ、気配を隠しながら待機する。剣を握ることで、不思議とシェーラの今の想いが伝わってきていた。

 ――本気を出させる前に、確実に……!

 心を落ち着かせながら、その言葉に応えようとする。自身の速さと間合いを計算して、飛び付けるギリギリの範囲を割り出す。その範囲が傷を負っているシェーラとスタッツの頑張りによって迫ってきている。

 そして、間合いに入った所を感じ取ると、躊躇いもせずに飛び出し、剣を振りかざした。

「浅はかな考えだ」

 呟かれる言葉を振り切り、あと頭一つで体に傷をつけられるという所で、突然クロウスの目の前に鮮血が舞った。腕が風の刃によって斬り付けられているのだ。それに耐えつつも攻撃の手は緩めない。

 しかし、あっという間に全身に風の刃が斬り付けてきた。シェーラのより鋭利で、殺意を持った刃が体にのめり込んでくる。そしてその時発生した風圧により、壁のほうまで叩きつけられ、力なく地面に座り込む。衝撃で思わず口から血が吐き出してしまった。

 剣を握ろうとするが、力が入らない。自分の体をよく見てみれば、おびただしい量の血が流れて始めていた。クロウスがケルハイトに対して出させた血と同じくらいかもしれない。

 急に視界がぼやけてきていた。シェーラの悲痛な声が聞こえる。

 ――彼女を……守りに行かなくては……。

 そう思いつつも、意識が急に途切れた。



 シェーラに視線を向けたままグレゴリオはクロウスをなんなくやり過ごした。その光景に目を見開く。

「なんてことを……!」

「さて、風使いは土が嫌いだったかな?」

 不気味な笑みに、今は接近することは不可能だと思い、すぐにスタッツと共に下がり始めた。魔法がほとんど使えない今、相手に魔法を出されるのは非常にきつい展開を強いられる。

 だが、下がる最中に急に地面が盛り上がった。すぐに盛り上がっていない所に移動したが、そこでもまた体が浮き上がる。

「シェーラ、上よ!」

 レイラの叫び声に反応して、シェーラは頭上を見上げた。岩石がぱらぱらと落ち始めている。そこまで大きくはないが、量が多い。

 それを器用にかわしながらも、遠ざかろうとするが、突然何かによって足を掴まれてしまった。土が足に巻きついているのだ。抜こうとするが、頑丈に固められているため、動けない。土と辛うじて反発できる風はほとんど出せない。最悪の状況だ。

「プロメテが得意としていたやり方だ。傷つけたくないから、動けなくさせる――それは甘すぎる考えだ。これをした後に完全に動けなくなるまで攻撃するのが、戦場でのやり方だよ」

 頭上からさらに激しく岩石が降り始めていた。あれに直撃したら怪我どころではすまない。

 だが険しい顔をしたスタッツがすぐ傍にいた。ルクランシェからもらったのか小瓶に入った液体を振りかけると、一瞬で土の塊はなくなり砂となる。一目散に岩石が落ちる地帯から離れ始めた。

 岩石は重力に従って落ちている。だからその場所から逃れればいい――はずだった。

 グレゴリオの口が大きく歪むと、石が地面に落ちる直前で細かく分裂し、風に乗ってシェーラに向かって追いかけ始めたのだ。反撃する余裕などなく、ただ必死に逃げまとう。

 だが突然グレゴリオが前に立ちはだかった。そしてシェーラの肩を握ると、近くにあった石に叩きつけたのだ。

「痛っ……!」

 その叫びも頭上から降り注いでくる岩石の刃によって、かき消されてしまった。激しい痛みが全身を駆け巡る。実体のない風の刃と違って、いつまでも刃は残っている。

 呼吸も荒く、あまりの痛みに感覚が麻痺した頃には、シェーラは目を閉じて地面に伏せてしまっていた。

 魔法の源の一部が音を立てて、砕け散る――。



 シェーラの援護をし、岩石からは逃げ切れたスタッツもグレゴリオからの突然出てきた炎の玉に対処できなく、全身を打ちつけられた。完全に燃やす気はないらしいが、激しい負荷が体にかかっている。

 そして炎に気を取られていたスタッツは、足元から感じられる冷気に気づくのが遅れてしまっていた。あっという間に冷気は氷の壁となり、スタッツを包み込んでしまう。中からは鈍い音が聞こえてくる。

 すぐに氷の壁は溶けたが、スタッツは血だらけになって息も絶え絶えにして倒れていた。溶けた内側の壁からはとげらしきものが見える。

 グレゴリオは薄らと笑みを浮かべ、レイラのほうに視線を向けた。

 一瞬で手だれのものが三人も戦闘不能になったのを見て、レイラは衝撃を受けていた。

「レイラ、アルセドを連れて、早く逃げろ」

 ダニエルがレイラを背中で隠しつつ、剣を握りしめていた。

「ですが、ダニエル部長……」

「その言葉、呑み込め。お前はトップなんだ。トップがいれば、いつか立て直せる。時には非情な決断も必要なんだ!」

 ダニエルに言われて、出かかっていた言葉を呑みこんだ。ルクランシェもダニエルの言葉に続くだけ。

「いいか、飛び出したら一目散に通路に走れ。もうカケラの想いとか、魔法の源を破壊するとかそんなことは考えるな。生き残ることだけ考えろ」

 それにはっきりと答えることはできなかった。一緒にここで戦いたいという想いもあったが、立場上やってはならない。だから皮膚に爪が食い込みながら耐えつつも、その想いを振り切った。

 ルクランシェとダニエルがグレゴリオに向かって駆け出し始める。それを一瞬見届けると、レイラは呆然としているアルセドの手を無理矢理引いて、来た道を戻り始めた。

 大きくも小さい通路。少しでも隙間があれば飛び込める。ダニエルの叫びながら剣を振りかざす声、ルクランシェの持っていた小瓶が割れる音、全てが耳に入ってきた。

 ――絶対に振りかえっては駄目。振り返ったら、立ち止まってしまう!

 あと五秒あれば通路に入れるというところだった。

 突如として、入口が土によって覆われ始められたのだ。それを防ごうと、氷の魔法を放つが、やんわりと跳ね返される。

 そしてレイラ達が辿り着いた時には通路に繋がる入口が封鎖されていた。壁を叩いてみるが、かなり厚いのか壊れそうにもない。ぎりっと奥歯を噛み締めつつ、魔法で壊そうとした。

「何だよ、来るなよ!」

 後ろについていたアルセドの声が入ってくる。

 次の瞬間、アルセドが隣の壁に叩きつけられ、地面に倒れ伏していた。

 顔が恐怖で歪んでいるのが分かりつつも、ゆっくりと振り返る。

 グレゴリオが涼しい顔をして立っていた。後ろにそびえる源はさっきより欠けている。

「もう逃げ場はない、副局長」

「そんなことないわ。逃げ場がないのなら、作れば――」

 魔法を放つために右手を開こうとする前に、左手で易々と首根っこを捕まえられた。

「かはっ……!」

「往生際が悪い。さすがプロメテの弟子と言ったところか。言っておくが、まだ誰も死んではいない」

 軽々と持ち上げられる。この男、こんなに力はなかったはずだった。魔法で筋肉までも増幅されているのかと思ってしまう。

「お前がこれから作る新たなる国の最初の犠牲者だ。魔法管理局のトップが最初。何ともいい響きだ」

 グレゴリオの右手には氷でできた鋭い棒切れが握られている。水系なら変換することができると思ったが、そんな余裕はなかった。

「自身のお得意の主戦魔法で殺される、有り難い話じゃないか。さあ――、優しい先生の所に連れて行ってやろう」

 ゆっくりと切っ先が心臓のあたりに向けられる。必死に足掻きたいが、言うことがきかなかい。グレゴリオの狂気が肌に突き刺さってくる。

 その狂気によって恐怖や悔しさ、様々な想いで感情が支配されていた。哀れみや切なさもあった。

 そしてそれらはただ一筋の涙として表に現れる。

 グレゴリオはそんなことにも一瞥せずに、冷めた顔で一直線に胸へ切っ先を押した。



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