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虹色のカケラ  作者: 桐谷瑞香
第八章 虹色のカケラ
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8‐13 声に隠した想い

 ようやくお互いの心の突っかかりが取れて、シェーラとクロウスは一時の安らぎを得ていた。このままその状態が続けばいい――、そう思える瞬間でもある。

 だが集まり始める人々の気配を感じ、二人は慌ててお互いを引き離し、視線を逸らした。

「クロウス、シェーラ、大丈夫か!? てか、もっといちゃついていてもいいんだぞ?」

 褐色の髪の少年が惜しげもなく恥ずかしいことを言ってくる。それをシェーラは笑顔で受け取り、近くに来た少年の頭をぎゅっと掴んだ。

「あら、アルセドも大丈夫かしら? もう少しで殺されそうだったじゃない」

 込める力が強くなっていく。アルセドもさすがに苦痛を感じたのか、思いっきり力を込めていたシェーラの手を振り払った。

「痛いなあ。何だよ、事実を言ったまでだろう。別にいいじゃねえか、男と女がいちゃ――」

 言い終わる前にシェーラはアルセドの鳩尾に深々と拳を入れていた。それをものの見事に受け入れてしまい、腹を抱えながら座り込む。声にならない悲鳴を上げているようだ。

 うるさいのがいなくなった所で後ろを振り返ると、レイラが口を一文字にして立っていた。幾分、疲労が見える。

「レイラさん、大丈夫ですか?」

「私は大丈夫よ。――シェーラ、本当に始末書を増やしたいみたいね。たとえはったりだとしても、今度そんな無茶をするのなら、ただじゃおかないからね!」

「……一応、その言葉は受け取っておきます」

 別に無茶をした覚えはないものの、そういう風に取られてしまい何だか釈然としない気分になっていた。だが、レイラは言い始めると止まらない。適当に流しておくのが一番だった。

 傷付いている女戦士やルクランシェ、そしてスタッツの姿を見ると、ケルハイトが一筋縄では決着をつけられなかったことが分かる。特にあのスタッツが傷つけられたことは驚くべきことだ。予想以上の素早さを見誤っていたのか。いや、ケルハイトの心の奥に棲み付いていた、彼自身に対しての憎悪の度合いを予想できていなかったのだろう。

 クロウスがじっとケルハイトを見下ろしながら立ち尽くしている。もしあそこでクロウスのカウンターが決まっていなければ、事態は最悪の方向に行っていたかもしれない。

 あの時の告白話から、ケルハイトはどこかクロウスを試していたようにも感じられた。同じような境遇――大切な人を失った事実をどう対応するのかを見ているかのように。ただ殺すだけならば、それはケルハイトと同じ道を歩んだことになる。その場はしのげるだろうが、その後の人生は暗いものだろう。

 ケルハイトの少しだけ救われたような安堵の表情。それをクロウスはただじっと見つめていた。

「ねえ、クロウス……、この人はこのままでいいの? だって、彼はクロウスの……」

 シェーラは意地悪気に聞いてみる。だがその返答する表情は穏やかだった。

「いいんだ。俺には始めから殺すという選択肢はなかった。俺の想いが勝っていたとわかった、その事実を知れただけでいい。それにエナタは俺が手を汚すことを望んでいないから。……やっぱり、甘い考えか?」

「いいえ、クロウスらしい考えよ」

 にっこりと微笑み返した。

「さて、簡単な止血もできたし、急いで先に向かうわよ」

 レイラが手を腰に当てながら、みんなに呼び掛ける。それに一同は振り返り、次なるレイラの言葉を待った。だがルクランシェが急に横から口を挟む。

「レイラ、その前に一度人員を整理した方がいいだろう。事件部の彼女、目は死んでいないが、もう動くのも困難な状態だろう?」

 女戦士の眉が微かに動く。癖毛の青年の肩に寄りかかるように立っている。足に巻きつけられたタオルからは血が滲んでいた。

「事件部のその二人と、情報部員の一人は一度船に戻るべきだ。その際、余裕があれば夜の軍団の船の場所を聞き出し、奪い取った方がいい」

「ルクランシェ……?」

「いいか、こういう抗争は最終的にどれくらい生き残ったかで、その後の状況が大きく変わるんだ。このままグレゴリオの野望を阻止したとしても、夜の軍団が動き、人々を傷付け、恐怖に落とし入れたという事実は変わらない。だから何故そのようなことを起こしたのか、何故傷つけなければならないのか、それをはっきりとさせる必要がある。――その内容をこの国全ての人に知らせなければならないからな」

 今は動けず、気を失っているケルハイトを見下ろす。

「それらを知るにはできるだけこちら側も相手側も多くの生存者が必要となる。俺達がこのまま進んで絶対に死ぬと言っているわけではない。だが可能性論を言っているだけだ。ここから先は本当に何が起こるかわからない。全滅する可能性も大いにある」

 きつく言い渡される事実にシェーラの鼓動は速くなり始めていた。これから起こる出来事に少しずつ恐れが募ってくる。魔法の源にグレゴリオが手にしていた場合――、今回よりもかなり厳しい戦闘になるのが目に見えていた。

「けど、人数が減った方が激しい戦いになった時により状況が悪化するんじゃない?」

「そうかもしれないが、今とさっきの戦闘でわかっただろう。束になってかかればいいって言うことでもない。――だから、三人は先に進まずに引き返した方がいい」

 邪魔だとも取られる発言に、言い渡された三人は悔しそうな顔をする。

 ルクランシェのどこか冷たい雰囲気にシェーラは若干の違和感を覚えた。だが視線を下げると、震えている拳を見て目を見開く。何かに耐えながら、自分を押し殺しているのだ。そこからルクランシェの想いが感じ取れた。

 ――きっと、できる限り死なせたくないのだ。

 時に冷たく、情報を得るためには慈悲すら認めない情報部部長。先を読むのに卓越しているため、人よりも知らないことを多く知っていることがある。だから、誰かが気づくよりも先に、これから起こる事実に気付いているのだ。その時、誰かが苦渋の判断に迫られることがないように、先に心を鬼にして言っているのかもしれない。そう、特にレイラのために――。

 レイラの表情はどこか憂いているように見える。

「――わかりました。俺達は先に戻っています。それでいいのでしょう、ルクランシェ部長」

 癖毛の青年がこくりと首を振った。何かを言おうとした女戦士を宥めながら、その言葉の意味を汲み取り、飲み込んだようだ。シェーラよりやり手の情報部員も首を縦に振っている。それを見ると、ルクランシェの肩は荷が下りたように、少しだけ口元が緩んでいた。

「他にもなるべく戻った方がいいのではないでしょうか?」

「ああ、その通りだ。レイラ、カケラをなるべく一人の人に集めることはできないのか?」

 レイラは渋い顔をしながらその回答に応じる。

「できなくはないと思うわよ。理由はどうあれ、シェーラは三つもカケラを持っているわけだから」

「それなら――」

「カケラを持っているだけでは駄目だと思います。想いを受け継がれた人が持ってこそ、カケラは真の意味を見出すのではないでしょうか」

 ルクランシェが目をパチクリしながら、シェーラを見る。

「真の意味とは言っても、一人でも多くの人を――」

「わかっています。けど、カケラを託した人達も命を張っていたんです。――部長、私達はある家族の想い、様々な人の想いも一緒に背負っているんです。悪いですけど、誰もカケラを誰かに託そうとはしませんよ?」

 クロウスは見ずとも固い表情で頷いているだろう。前にいる少年に目をやると、強張りも見せずにシェーラに視線を送っている。決意は確かにそこに見られた。

 その決意に圧倒されたのか、ルクランシェは視線を下に向けて、言葉を発さなくなる。

 やがてレイラは話の先が見えた所で、意見を集約させた。

「それでは、三人は先に戻っていてください。――何かあったら、私達は置いていきなさい。まあ、そんなことは絶対にありえないけど」

 頬を緩みながら、優しい笑みを浮かべている。それは、副局長としての威厳と自信の表れだった。



 すぐに二手に別行動を取り始めた。癖毛の青年が女戦士を上手く支えながら、情報部員と共に来た道を再び歩き始める。その後ろ姿をレイラは心配そうな表情でじっと見ていた。それに気づきつつも、ルクランシェは先に進むよう促す。

 シェーラやクロウスはケルハイトを一瞥しながら、暗がりが広がる通路へと走り始めた。

 カケラが徐々に熱を帯び始めている。この先に魔法の源があるのは自明のことだろう。

 魔法がもうすぐなくなるのかもしれないことに、不思議とシェーラには恐怖はなかった。今まで生きてきて、時には酷使し、頼り切っていたこともある。あったほうがいいものだとわかっていた。

 だがそれによって、様々な問題が起きたのも事実である。生まれてきたときから決められた人間の立場、魔力を求める争いなど、魔法がなければ起こらなかったことがたくさんあった。

 生活を良くも悪くもする有限のもの。そんなものにいつまでも頼りきってはいけない。

 そのことはおそらくいつか、多くの人に分かってもらえる日が来るだろう。

 だから今はただ、グレゴリオの野望を阻止するしかない。

 通路を駆ける七人の想いは同じだった。様々な運命の巡りあわせで出会った人々の絆は一段と高まっている。

 未来への分岐点を前にして、不思議と心が躍っていた。シェーラを取り巻く風もそう言っている。

 少しずつ先に通じる通路から、光が漏れてきた。今までとは違う、松明以外の光。人工的でなく、自然を連想させる光。それに目がけて走り込んだ。



 まず目に入ったのは、大きな石の塊。三階建て以上の高さはありそうな大きな石だ。その石は所々で輝いており、赤や黄、橙などカケラの七色と同色のものが出ている。その周りには、祈りの場所にあったのより一回り大きい七つの石が置かれていた。それはあるものは赤色、あるものは黄色など、個々に色づいている。それはシェーラ達が持っているカケラの元と言ってもいいかもしれない。

 そして大きな石の塊――魔法の源の下には一人の白髪の男性とフードを被った女性がいた。源は所々で欠け始めている。

「ほう、フィンスタもフェンスト、そしてケルハイトまでも倒されたか」

 白髪の男性が呟くと、振り返りシェーラ達の方に視線を向けた。冷めた目で見下している。レイラは一歩前に足を出した。

「まあ、来るとは思っていたよ。プロメテの弟子たちだからな」

「グレゴリオさん。一体何が目的でこのようなことを? 橋を壊したのも、島会議で襲わせたのもあなたの指示ですよね?」

「そこまでわかっているのなら、想像はついているだろう」

「あなたの言葉で判断したいのです」

「――最後まで人を信じるというやつか。さすがあいつの弟子だな。そうさ、思っている通りさ。この魔法の源を得るために、島会議を襲い、橋を壊して気を取られている間に、ここに来たのだ。これで満足か?」

「なぜ、魔法の源を得たいのですか。これを下手に扱ってしまえば、今までのような生活はできなくなるかもしれませんよ」

「そんなの百も承知だ」

 グレゴリオの手が源に触れようとする。シェーラは反射的に小さな風の刃を作り出して投げつけていた。だがそれは隣にいたフードを被った女性ナータによって叩き落とされる。

 手を触れた瞬間、静かに地面が小刻みに揺れ始めた。

「結界が解除されている……!」

 レイラの顔に急に焦りの様子が見られ始めた。結界が張られていると期待していたようだが、まさかすでに解除されているとは思っていなかったのだ。

「残念ながら虹色の書よりは楽に解かせて頂きました。むしろ解きやすかったです、あなた達が魔法を使ってくれていたおかげで」

 フードの向こうから笑みを浮かべていた。魔法は源を削って出している。それにより、結界が緩んだのかもしれない。

 グレゴリオの行為を止めようと走り始めたが、すでに魔法の源は彼と共鳴していた。

「――私の願いは、全ての破壊だ」

 その言葉と共に、眩く、激しい光が迸った。



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