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虹色のカケラ  作者: 桐谷瑞香
第八章 虹色のカケラ
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8‐12 過去を断ち切る剣

 ダニエルに支えられていたシェーラは気力で自分の足で立ち、両手を前に突き出した。目の前からは加速しながら迫ってくる細かい大量の刃達。前方からだけでなく、四方八方とシェーラを囲むように飛んでくる。いつもより速さは遅い。それは肝心なところで魔力が切れないように、自重していると思われる。おそらく近づいてくれば速さを上げて、瞬時に刺していくだろう。

「シェーラ、その体で魔法を使うのは無理だ! 俺が盾になるから逃げるんだ!」

「ダニエル部長、狙いは私ですよ。私が逃げても意味がありません」

「死ぬつもりか!?」

「まさか、そんなわけないじゃないですか。例え私が死ぬことが定めだとしても、徹底的に最後まで足掻きます! ただ呆然と死を認めるなんてしません」

 手からは本当にか細い風が流れ始める。それを軽く刃のようなものを出しながら、すっと風を流す。ほんの少しだけ迫ってきた細かな刃が地面に落ちる。だが地面に落ちても、なお浮き上がり刺しに向かい始めていた。



 シェーラの顔に焦りの色が浮かんでいる。だが彼女の瞳の奥に潜んだ光は決して諦めてはいなかった。

 クロウスは一刻も早くシェーラの元に行くために、振り返ろうとする。

『待ちなさい。枝葉の所だけを見て、それをどうにかすれば終わりだと思っているの?』

 足の向きを変えるのを止めた。昔聞かされた言葉が脳内に流れてくる。

『根の部分を見なさい。そこをどうにかしなければ永遠にそれは繰り返されるわよ。それに、やるのなら得意な所で攻めなさい。相手に合わせていては絶対に勝てない』

 クロウスは途端に踵を返し、シェーラに背を向けて走り始めた。

 その光景を見たシェーラは少しだけ口元に笑みを浮かべる。そして引き続き、ほとんどない魔力を絞り出すために集中し始めた。

 クロウスは剣をしっかり握りながら、手を地面に向けている青年に向かって一気に間合いを詰める。振り切ろうとするが、ケルハイトは軽々と右手で持っていた剣で受け止めた。

「あの女の元に行かなくていいのか?」

「俺がお前を倒せばそれで終わる」

「また……無理なことを」

 次々とクロウスが繰り出す斬撃にケルハイトは簡単に切り返す。だが左手をずっと地面に向けたままからか、動きがさっきよりも遅い。だがそれはシェーラへ刃が迫っていることを意味している。

 必死に斬り付けながらも特に変わりない展開にケルハイトは肩を竦める。そして無表情に冷たく言い捨てた。

「茶番は終わりだ」

 クロウスの剣は弾かれ、その時出来た隙に、ケルハイトは一直線に肩から腰まで斬り下ろす。

 だがクロウスは全く動揺していなかった。

 その先を見据えており、弾かれた剣を流れるように戻し、逆にケルハイトの剣先を弾き返す。

 滑らかな足捌きで一気に中に入り込み、過去からの出来事を脳裏によぎりながら、ケルハイトの右胴を一気に斬り抜けた――。



 クロウスの姿にシェーラは魔力を込めるのを忘れて、見とれていた。クロウスはケルハイトを斬った後も、滑らかに反転し、再び剣を向けて構えている。

 ケルハイトの殺気が弱くなると、シェーラに向かって放たれていた細かな刃は全て地面に落ちた。もう目と鼻の先である。一瞬でも遅かったら、穴だらけの体になっていただろう。

 そう考えると、急に死という恐怖が襲って来てしまい、思わず腰が抜けてしまった。すぐ傍にいたダニエルが心配そうに顔色を覗いてくる。それに対して大丈夫ということを表すため、表情を緩めた。



 クロウスの目の前にいる青年の右胴からは血が噴き出している。だが青年は血を流してもなお、戦意は喪失していないと言わんばかりに、剣を地面に突き刺し、肩膝を付きながら睨みつけていた。

「始めから……これだけを狙っていたのか」

「ああ、時間が間に合うか微妙な所だったが」

「一歩間違えれば、彼女は死んでいたぞ?」

「例え間に合わなくても、彼女は死なないよ。強く生きたいと願っている。その気持ちがあればどうにかなる――」

 ただ生き続けたい――、その想いは何よりも大切だとクロウスは思う。

 いつだったか、一人旅に出て間もなく、崖から滑り落ちて死にかけたことがあった。このまま死ぬのならそれも運命。エナタの元へ()けるのなら、それでいいと、生きる気力を無くしてしまう時もあった。だが、その時に助けてくれたのもエナタだった。

 橙色の石のカケラの温かみと光のおかげで、数日間体を持ちこたえさせ、そして放浪者に発見される手助けもしてくれたのだ。その時に感じた人の温かみは今も忘れはしない。

 それから弱気になる度に、まるでエナタが傍にいるかのようにカケラが叱咤してくれた。

 いつか出会う、同じカケラを持った人々に会える日を待ちながら――。

 ケルハイトは胴に手を触れて、自分自身の血を見ている。加減なしに斬ったためか、止めどなく床に流れ出ていた。

「斬られるというのは中々痛いものだ」

 クロウスはその言葉に耳を疑う。今まで何十人も斬り去ってきた青年が出す内容とは思えないのだ。

「酷使しすぎた。もう魔法を出す気にもなれん。いや、始めから魔法など出したくはなった――」

 この隙にもう一斬りして、止めを刺すべきなのかもしれない。しかし、突然の告白話に耳を傾けてしまう。

「昔、私は魔法が全く使えない女性と出会った。魔法が使えないのに、何一つ不自由などしていないという風に振る舞っていた、天真爛漫な彼女に私は気がついたら惹かれていたよ。そして――結婚の約束までしていた」

 床にある血溜まりはなお増え続けている。

「だが、その結婚に気に入らない人物がいた。――私の家族だ。血統を大事にしており、よりいい子孫を残すために、なるべく純血に近い人と結婚させたかったらしい。だから私が話を出した時は猛反対された。逆純血と結婚するなんて、どうしてわざわざ血を薄めなければならないのか……っと」

 血の巡りを大事にする人は、昔から今までよくあることだ。より力を維持したいがために血を求める。それはグレゴリオが血を求めるのと同じ考えだ。

「その後、彼女から結婚を断られた。何故だと問い詰めても、酷く痩せ細った顔で何も答えなかった。だが予想はつく。家族に問い詰めたら、すぐに吐いてくれた。彼女に多大な罵声を浴びさせ、暴行を加え、ここから消えろとまで言ったと。私は家を飛び出して、村から出て行ってしまった彼女を追いかけた。聞きたかった、どうして私に相談もせずに出て行ってしまったのかと。だが彼女は――」

 ケルハイトは長剣から手を離し、胸元から小さな小刀を取り出した。古びているが、とても上品そうだ。

「この刀を使って、命を絶っていた」

 クロウスは息を呑んだ。ケルハイトの言葉に、あの光景が蘇ってくる。命を絶ったあの女性(ひと)が――。

「私は怒り狂ったよ。彼女を傷つけた人達、それに気づかなかった己に対して。私は彼女について何も知ろうとしなかった。ただ傍にいるだけでいいと思っていた。彼女の心が弱っているなど微塵も疑っていなかった。その後、家にいた全ての人を葬り去った。――それは八年前デターナル島で起こった有名な殺人事件として人々の耳に入っているだろう」

 その事件はノクターナル島であまり情報が入ってこない村に住んでいたクロウスでさえ知っている出来事だった。あまりに凄惨な現場で、それを見た人達の多くが卒倒し、気を失ったと聞いたことがある。

 だがこの内容と今までの行いとでは、かなり腑に落ちない部分があった。

「だがお前は血の濃さを気にするグレゴリオの元に付いたじゃないか。血の因果を嫌っているのなら、何故……」

「グレゴリオ様の最終的な目的に賛同したからだ。私の究極の目的もそこにある」

「一体何がしたい、グレゴリオは……」

「それは自分の耳で聞いてくればいい。私の口からは言うことはできない」

 ケルハイトを支えていた剣は音を立てて細かく砕け散る。支えを失った体は倒れ込んでしまった。何故か駆け寄ろうという衝動に駆られたが、そこはぐっと堪える。

「私がもう少し彼女を気にかけていれば、あのようなことにならなかったのかもしれない。こんなに昔のことを思い出したのは久しぶりだ。君達二人の固い絆が羨ましい――」

 やがて目を閉じ、何も言葉を発しなくなった。

 予想外のことに慌ててクロウスは駆け寄る。警戒の構えは解かずに、見降ろした。金色の髪が血で染められている。出血の量はおびただしいが、辛うじて胸の辺りは上下していた。それを見て、胸を撫で下ろす。

「……クロウスも、一歩間違えれば、こいつと同じ運命を歩んでいたかもな」

 スタッツが右手と歯を上手く使いながら、左腕にタオルを巻きつけて横に立っていた。所々に血は飛び散っているが、平然と立っている姿から、重症ではないと悟る。

「想い人を失ったからって、それで全てが終わるわけじゃないのにな。これだけの剣の腕があれば、他の人を(あや)めるのではなく、生かすことができたはず」

「きっとケルハイトには止めてくれる人がいなかったからだよ。俺はスタッツがいたおかげで、あの時を乗りきれたんだ」

「そうか、その言葉、貸しとしてありがたく受け取っておくよ」

 ふふっと陽気な笑みを出された。

 実際、あの事件を乗りきれたのはスタッツはもちろんだが、記憶に残っている彼女の真っ直ぐな瞳のおかげでもある。

 視線を何気に前に持ってくると、飛び上がりそうになった。

 亜麻色の短髪の女性が静かに佇んでいるのだ。少しきつそうだが、ぱっちりとした目。何ごとにも真正面から取り組む、姉御肌のエナタがいたのだ。

『伝えたいことがあって、そのカケラに私の想いを込めておいた』

 ポケットに入っているカケラは仄かに輝いていた。エナタは顔を暗くしている。

『……ごめん、あの時は。いくら時間がなかったとはいえ、あの行動は……よくなかったよね』

 そんなことはないと言いたかったが、口が開かない。

『ああ、一方的に想いを伝えているだけだから、クロウスは何もできないよ。――そのカケラは確かに他のカケラの持ち主へとお互いに導いてくれたのね。よかったわ。あなたがイリスやあの女性に会えて』

 どこか寂しそうな表情をしている。

『クロウス、彼女は私より強くもあるけど、弱くもある人。だからしっかり守ってあげなさいね』

 思わず首を傾げそうになる。どういう意味なのかよくわからないのだ。

『意味がわからないって顔をしているわね。もう少し観察力を鍛えなさいよ。――あのね、弱音を他人に吐けること、つまり自分の内面を晒すということって相当勇気が必要なのよ? 私みたく自分の中に全て押し込めておくより、誰かに伝える方がよっぽど難しいの』

 はっきりと言いつつも、諭すように言ってくるその姿がクロウスには懐かしかった。

『それじゃあ、よろしくね。……この国を、そしてあなたが大切に想っている人を――』

 満面の笑みだった。今も記憶の片隅に残っている、エナタの笑顔が。

 だが、瞬きをすると、エナタはいなくなっていた。

 隣にいたスタッツは何事もなかったかのように、淡々とタオルを巻き付けている。

 白昼の夢だったのだろうか。カケラが見せた幻影だったのだろうか。

 どちらにしても、エナタの言葉は優しくクロウスの過去を新たに包み込んでくれた。過去を包んでいた鬱蒼とした空気は、あの時確かに刃によって断ち切ったのだ。

 気がつくと、息を切らしている娘が目に入ってきた。そして前まで来ると、力を込めて言い放たれる。

「馬鹿。何やっているのよ。私を殺すつもり!?」

「いや、シェーラなら大丈夫だと……」

「いくら死の淵を何度も掻い潜ったことがあるとはいえ、あれは心臓に悪すぎよ!」

「ご、ごめん。いい案が思いつかなくて……」

「全く……」

 急にシェーラが倒れ込んでくる。それをクロウスはそっと受け止めた。

「ごめん、ちょっとさっきの疲労が……」

「俺で良ければいいよ。こんなに疲れているのに、余計な負担を心に掛けさせて、ごめん」

「……わかればいい。それにクロウスが無事でよかった」

 ぎゅっとクロウスの服を握りしめてきた。顔は伏せているため表情は見えないが、泣きそうな顔をしているのかもしれない。

 そんな彼女の黒髪を撫でながら、クロウスはほんの少し安堵の息をついたのだった。



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