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虹色のカケラ  作者: 桐谷瑞香
第八章 虹色のカケラ
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8‐11 殺戮の闇と守護の光

 スタッツは思わず膝をつき、悔しそうな顔をしながらケルハイトを睨みつけた。だがケルハイトは澄ました顔で、放たれなかった残りの刃を手からぱらぱらと落とす。

「……()りそこなったか」

 そう呟かれる言葉にクロウスの背筋に悪寒が走った。腕に刺さっている刃は無数過ぎて、数えるのは困難である。それが非常に深く広範囲に刺さっているため、血は腕全体から流れ出ていた。そして滅多に見せないスタッツの険しい顔から、いかに酷い怪我だということが言わずとも判断できる。どうにか全身に突き刺さるのは避けられたが、左腕だけは間に合わなかったようだ。

 スタッツにここまで傷を負わす相手を初めて見た。俊敏に動き、相手を攪乱(かくらん)しつつ、攻撃をしているスタッツ。だが、そんな彼の姿を的確に捉え、しまいには一発で殺そうと試みていたなど、恐ろしいことだ。昔の攻撃よりも、遥かにケルハイトの攻撃力は上がっている。

「まあ、もう一発やれば、死ぬだろう」

 ケルハイトは近くに落ちている剣に近づこうとした。その意図に気づいたクロウスは急いで追いかける。だがケルハイが振り返ると、剣を振り下ろして作った風圧を出す。それによってふわりと飛ばされてしまう。

 剣による風圧の出し方は、兵士時代に優秀な成績だからと言われ教えてもらったことがあった。それを今ではクロウスは楽に使いこなしている。だが、ケルハイトまでも使いこなしていたとは、咄嗟のことで判断が及んでいなかった。

 態勢が整っていなかったせいか攻撃自体は軽い。空中で身を翻しながら、足から着地した。だがすでにケルハイトの手には、血にまみれた剣を握っている。刃の部分に触れると、一瞬で粉々になった。空中に浮いたかと思うと、ケルハイトは大きく口を引きつらせながら、スタッツに向かって細かな刃を投げつけたのだ。

 考えもなしにクロウスは駆けだそうとした瞬間、突然スタッツの目の前に氷の壁ができる。厚さはないが、細かい刃ごときから身を守るには充分だった。甲高い音を立てながら、刃は壁に当たりそのまま地面に落ちていく。

 スタッツは少し安堵したのか、顔を若干緩ませる。一方でケルハイトは眉をひそめながら、魔法の出所に目を()いた。

 レイラはルクランシェに抱えられながら、びくっと肩を震わす。あまりの劣勢に見ていられなかったのだろう。疲れが見えているにもかかわらず、魔法を出していた。

 邪魔をされた方としては面白くはない。ケルハイトはゆっくり体をレイラの方に向けた。ルクランシェは左手でレイラをしっかりと抱え、そして右手で小瓶を取り出し、警戒態勢に入る。

 だが瞬きする間に、ケルハイトは二人の目の前に現れていた。あまりの速さに驚く暇すらない。剣を一本しっかり握り、一気に二人に向かって振り下ろした。

 剣が触れる瞬間、小瓶を投げつけたのか小さな爆発が起こる。少しだけ目暗ましは出来たが、完全には防ぎきれず、ルクランシェに刃の切っ先が触れた。第二撃が来る前に辛うじてその空間から逃げだす。

 ケルハイトは爆発に触れた右手を見る。だらりと血が垂れていた。それを見るとにたっと口を吊り上げながら、その血を舐める。

 そしてすぐ傍で立ち竦んでいるアルセドに対して、剣を向けていた。

「アルセド、逃げろ!」

 駆け寄るにも距離がありすぎ、叫ぶので精一杯だ。アルセドははっとした顔をして、ようやく足を動かし、ケルハイトに背を向けて走り始めた。ケルハイトは無表情のまま、冷や汗を掻き、脅えているアルセドを静かに見ている。だが、一定の距離ができると、足の向きを変えて、一気に走り寄った。

 すぐ後ろまで来て剣を振られるが、辛うじてアルセドは右に飛び寄る。だが次々に繰り広げられる斬撃に、かわすのも難しくなってきた。

 クロウスがあと少しで間に合うという所で、躓いて地面に転がった。そして無情にも剣が振り下ろされる。

 必死に走って、声も出しているのに、全くケルハイトは相手にしてくれていない。まるでクロウスなど眼中にはないように、何の感情もなく他の人を斬り付けている。なぜ、そんな行為ができるのか――。

 アルセドはひいっと言いながら目を瞑っていた。だが瞬間的にアルセドから光が発する。それが目に入ったケルハイトは、一瞬手元を緩んでしまった。その隙にクロウスはようやく自身の剣をケルハイトの剣に交り合わせる。

 鈍重な音が響く。ケルハイトは依然、無表情のまま、軽々と返していく。気が付くと、手がクロウスの剣に触れていた。

 息をつく間もなく、剣に魔法が込められる。

 ――壊される……!

 ところが、少し光っただけで、特に何も起こらなかった。ヒビも入っていない。何も変わっていない。

 さすがのケルハイトも自分の思った通りのことが起きず、表情が若干曇る。その隙に一気に畳みかけようとしたが、すぐに彼は切り替えており、一本の長剣だけでも悠々と跳ね返した。

 だがそのおかげで、多少間合いができる。

 広間の中央で二人の剣士が息を整えながら、お互いを睨みつけ合う。

「なぜ、剣が壊れない」

 ケルハイトが突然言葉を発した。全ての剣を破壊し、自信の武器の一部にできたはずなのに、それが通じない。かなり屈辱的なことであろう。

 クロウスは柄の部分から、温かい想いが伝わってくるのを感じていた。今はこの場にいないが、剣に魔力を宿してくれた彼女の面影。その人のおかげで、クロウスはようやく対等な立場で因縁の相手と対決することが出来ていた。

「……その剣に何を仕込んでいる」

「何も仕込んでいないさ。普通の剣だ」

「だが、私の力では壊れなかった。それはすなわち、何らかのものが仕込まれているということだ」

「そういうことにしておけばいい」

 自分の手の打ちを(さら)すのはいいことではないし、どうしてもケルハイトには言いたくなかった。どうせ言ったとしてもこの冷酷な剣士に伝わるものではない。

「――あなたは私をどうしたいのだ?」

 突然の質問に息が詰まる。即答しないことに対し、ケルハイトはふっと薄い笑みを出した。

「殺したいのか。ただ理由もなく殺すのなら、それはただの殺戮者と同じだ」

「殺戮者のお前にそんなこと言われたくはない。俺はただ、大切な人を奪ったきっかけを作ったお前が許せないだけだ」

「私を(うら)むのか。きっかけを作っただけだが。全く……愚かだ。あなたも特にあの女も」

「――エナタのことを悪く言うな!」

 思わず大声で張り上げた。クロウスにとってエナタは自分を失わなかった唯一の光。そして今を導く、かけがえのない受け渡し人。そんな人を悪く言われて、感情が高ぶらないわけにはいかなかった。

「お前がいなければ、お前が追い詰めなければ、エナタはあんな行動にはでなかった。誰よりも気高く、勇ましい彼女が取った行動を愚かと言うなんて、絶対に許さない!」

「だが現実を見てみろ。あの女は自ら首を切った。あのまま私に連れて行かれれば、死ぬことはなかった。そしてお前が大人しくしていれば――、彼女は死ぬことはなかったのではないのか?」

 クロウスは最も突かれたくない所を突かれて、棒立ちになる。

 確かにあのままクロウス達がエナタのことを見向きもせず、脱走していれば、エナタは死ぬという行為に走らなかったのかもしれない。あの時の行動の一つの理由として、ケルハイトの意識をクロウスから逸らせるためということもあったのだから――。

「クロウス、敵の口車に乗るな! エナタは敵の手に自分が陥るくらいなら、自分の想いが消されるくらいなら、命を絶つ覚悟だったんだぞ!」

 必死に叫ぶスタッツの声に、はっと我に返る。

 あの時、ノクターナル島の祈りの場所で叫んでいた言葉が頭を駆け巡る。

“あなた達なんかに私の想いを渡さない。あなた達なんかにこの国の行く末を奪わせない”

 そしてその後に取った究極の行動。

 ――石に純血を付けることで、孤島へ通じる封印をより強化した。それは夜の軍団の動きが激しくなれば、必然的に誰かがやる行為だったのかもしれない。

 そう考えると、ケルハイトの言葉も信憑性に薄れてくる。いつしか下がっていたクロウスの剣先は、ゆっくりと元の場所に戻っていた。

「それが今の話の答えか。そうか、そんなに彼女のことを想っているのか」

 何を聞きたいのか。ケルハイトの淡々としたいつもの話し方より仰揚が感じられ始めた。

「ならば――以前話した通り、あの女の元へ送ってやる」

 言葉が切れるとともに、ケルハイトはいなくなる。どこにいったか肉眼では判断できない。目に頼っては無理だろうと悟り、両手で剣を握りながらすっと目を閉じた。

 闇だけが目の前に広がる。五感を研ぎ澄ます。

 視界は見えない。だが、音や微かな空気の違いだけは感じられた。

 ケルハイトが現れ、剣を振り下ろす場所は――、右斜め後ろ。

 無駄な動きをせずに振り向き、目を開けた途端、激しい衝撃が全身を駆け巡る。

 クロウスの剣がケルハイトの剣を受け止めた。

 光の加減かはわからないが、クロウスの剣と交わっていた剣は黒々とした色に見える。あまりにも禍々しい。

 ケルハイトは瞬殺できなかったことに顔を歪める。しかし、すぐさま今持っている剣よりも短い剣を左手で取り出し、二刀流でクロウスを攻め始めた。

 右手に持っていた長剣で突き刺し、それをかわした所を左手の短剣で薙ぐ。

 シェーラの二刀流は短剣二本のみであり、風に沿って動いていたため、流れを見きればそれなりに対処できた。だがケルハイトは風などを無視し、ただ自分の思う方向に剣を動かしている、いや動かされているのだ。剣が意識を持っているのではないかと錯覚を覚えてしまう。それゆえ、予想外の方向から攻撃が来てしまい、クロウスから攻めることができなかった。

 今までのケルハイトとは明らかに違った。ただ殺気を出しているだけの男ではなく、(もてあそ)びながら痛め付けている男ではなく――、本気で殺しに来ている。

 気を抜けば、首や胸などの急所を一気に攻めてくるだろう。一瞬の隙が、文字通り命取りになる。

 前後左右から繰り広げられる斬撃を必死にクロウスは切り返す。

 隙がないのは確かだ。だが、ケルハイトの攻撃もあまりにも体力を酷使しすぎているやり方である。

 少しの間、持ちこたえれば隙は必ず生まれる、そう思った矢先に足元が滑った。いや、ケルハイトが右脛を器用にも蹴っていたのだ。

「終わりだ」

 態勢を元通りにする暇も与えずに、無情にも剣が下される。急いで動けば免れるかもしれないのに、死を目の前にして体が止まってしまう。

 しかし、ふいに風に乗って一声耳元に届いた。

『クロウス、何、呆けているのよ!』

 夢か現実か、今は亡き女性の声が意識の中に飛び込んでくる。それに感化されて、すぐに剣を盾にするかのように両手で突き出す。剣が重く圧し掛かってくる。

 態勢が整っていないため耐えるのに精一杯だが、突如短剣がケルハイトに向かって飛んできた。

 それを避けるために、彼は軽やかに後ろに飛びのく。またの攻撃の失敗に対して、悔しそうに口元を歪めていた。

 一体、誰が助けを入れたのかと、ちらっとその人物を見ようとすると、怒った声と共に返される。

「何戦闘中に余所見しているのよ! だから甘いのよ、クロウスは!」

 元気のいい、はつらつとした声。エナタとはまた違う音程だった。だがクロウスにとって嬉しいのには変わりない。

「そんなのわかっているよ。シェーラは大丈夫なのか!?」

「口も開くな! 大丈夫に決まっているでしょう。まだ死ねないわよ」

 その声を聞くだけで充分だった。おそらくシェーラはダニエルにでも抱えられながら、無理に笑顔を作っているのだろう。だが生きていることには変わりない。

 クロウスは立ち上がり、しっかりと構えながら対峙する。

 突然の来訪者に酷く機嫌を損ねたケルハイトが、冷たい視線を突きつけていた。

「動けぬ者が何を威勢のいいことを言う。何て哀れなことだ。一思いに殺してやるか」

「彼女に手を出すな!」

「ほう……、あの女も大切か。そんなに大切な人が多くて、守りきれるのか?」

「やってみなければわからないだろう」

 ケルハイトは両手をだらりと垂らしており、クロウスの言葉に何かを考え込んでいるようだ。やがてゆっくりと口を動かす。

「――私が彼女を殺せば、あなたは私と同じように殺戮者になるのか?」

「何だと……?」

 ケルハイトは短剣を一本鞘に戻し、左手の掌を下にしてさっと持ちあげると、持ち主のなくなった剣達が宙を浮く。そして瞬時に粉々になり、大量の細かな刃がふわふわと漂う。

「これから彼女を守ってみろ」

 静かに呟く言葉と共に、細かな刃が鋭く、シェーラに向かって飛び始めた。



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