表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
虹色のカケラ  作者: 桐谷瑞香
第八章 虹色のカケラ
115/140

8‐10 冷酷な剣士

 シェーラのことが気になりつつも、クロウス達は暗い通路を足元に気を付けながら駆けていた。石に度々躓きそうにもなったが、それでも絶対に走るのをやめない。とにかく急いで先に進みたかった。

 この先には剣士のケルハイトやグレゴリオがまだいるだろう。もしかしたら、今にも魔法の源を手中に収めてしまうかもしれない。そう考えると、必死になって守ろうとしたベーリン家を始めとする多くの方々に申し訳がなかった。もちろん体力の限界まで魔法を出し続けたシェーラに対してもそうだ。

 本当はあの場でクロウスはシェーラを抱きしめたい衝動に駆られていた。細く華奢な体を使って全身全霊で出した魔法により、倒れ込んでしまった彼女。心の底に燃えている灯から、大丈夫だとわかっていた。命に別状はない、ただ疲労がでてしまっただけ。それでもシェーラが動けるようになるまで、ずっと一緒にいたかった。

 だがそれをシェーラは望んでいない。そして誰よりもクロウスのことを第一に考えて、背中を引っぱたいたのだ。

 だからその想いに応えるためにも、奥へと急ぐ。

「なあ、クロウス、お前はどうするつもりだ?」

 軽やかに走っているスタッツが隣から話しかけてきた。

「どうするって、何が?」

「個人の復讐と、国の行く末、どちらに重みを置いている?」

 暗くてよく見えないが、スタッツはどこか陰りがある表情をしているだろう。疑り深く声を顰める。

「何が言いたいんだ? もしかしてケルハイトのことか?」

「ああ……そうだ。お前自身、やつとどう対峙したいんだ?」

 それを聞いて、含みのある前座がわかってきた。スタッツなりにクロウスに対して気を使った発言をしたのだろう。何といってもクロウスがケルハイトに強く固執する理由を一番知っている人物であるからだ。

 ケルハイトへの対峙の仕方は始めから決まっていた。皆を第一に考える行動をするだけ。しかし実際にはそれは表面にある想いであり、心の奥底にある想いとは違っていた。奥底にあるのは自分勝手な判断。言えるはずがない。クロウスは自分自身を押し殺しながら、努めて平静な声を出す。

「スタッツ、愚問な質問をするんだな。もちろん国の行く末が優先さ。一気にケルハイトを付けよう。だから力を貸してくれ」

「それは本心か?」

「当り前だろう。こんな緊迫した状況の中で、どうして自分のことだけを考えていられる。この国がなくなったら、意味がないだろう」

 エナタが命を賭けて守ろうとした国。内部が崩壊してしまっては、何も意味をなさない。グレゴリオ達の影に脅えながら過ごす毎日のどこがいいのだろうか。たとえケルハイトを自分の手で決着を付けたとしても、その後そのような日々が待っているのならば、エナタは喜ばない。

 一時の感情だけで振り回されてはいけない――それはまるで昔のクロウスに対して言い聞かせているようだった。

 スタッツはそれを聞き入れたのか、ただ小さな声で返事をする。

「そこまで言うのなら、わかったよ。さて、ケルハイトに対して、どう攻めるか……」

「この前と同じでは駄目か?」

「悪くはないが、あいつだって何らかの対策は施してくるだろう。同じようにしても、結果はあまりよくないだろな」

「何か意表を突くようなことがあればいいんだが。事件部の人達にも一緒に連携を取るか?」

「そうだな。それなりの腕の人達なら、ケルハイトの攻撃に耐えられるだろう。話を付けて来てくれるか?」

「わかった」

 クロウスは首を縦に振り、少し速度を落として、レイラの後ろを追走していた事件部二人に話しかけようとした。一人は小柄で女性ながらも健康的に焼けた肌を露わにしている赤茶色の短髪の女戦士。そしてもう一人は金色の癖毛でひょろっとしている、戦士というよりどこかの商人という雰囲気を漂わす青年だ。

 二人とは何度も鍛錬に付き合ってもらったことがあったので、顔見知りである。クロウスを見るなり、目をパチクリさせてきた。

「どうした、クロウス。こっちは大丈夫だぞ。先頭の方頼むよ」

「わかっている。ただこれから剣を交える相手に対して、ちょっとお願いがあるんだ」

 その言葉を聞くと、青年の顔は引き攣っていた。

「もしかして……、あの凄腕の剣士とやらと相手をしろとでも?」

「よくわかったな。さすが観察力は鋭いな」

「褒めてくれてありがとよ。でも、そのお願いは受け付けられねえ。無理だって、俺が相手をするなんて」

「いや、みんなで相手をするだけだ。二人はそんなに近づかなくてもいい。もしかしたらその周りに部下とかがいるかもしれない。その時は、そいつらを相手していればいいから」

「なんだ、そんなことか! よし、任せろ。周りの奴らは俺が――」

「全く、情けない発言しているんじゃないよ!」

 ぽかっと青年の頭が殴られた。頭を抱えながら青年は殴った女戦士に対して口を尖らせる。

「一体、何するんだ。痛いじゃないか。これで俺に何かあったらどうする!」

「お前に何があっても、何も変わらないよ」

 その言葉は容赦なく青年の胸に突き刺さった。呆然と項垂れながら、速度を落とす。女戦士はそれを気にも留めずにクロウスに諭した。

「……クロウス、なるべく一緒に戦おう。話を聞いている限りでは、一人で相手をするのは危険すぎる。私も魔法には心得がない方だからシェーラの時は加勢できなかったが、今回は戦闘に参加するから安心してくれ」

「ああ、ありがとう。期待しているよ。それじゃあ、また後で」

 思わぬ単語を出されて表情が硬くなる前に、クロウスは二人の元から離れ、前へと駆けていった。何かを言いたく、離れる背中をじっと見続けている女戦士の様子を知らぬふりをして。

 女戦士はシェーラとも交流があり、よくお互いに稽古をしているときがあった。その関係はレイラとはまた違った仲の良さがある。だから先ほどの戦闘で何も手を出せなかったのが悔しかったのだろう。

 スタッツの元にまで戻ってくると、ようやく通路が終わろうとしていた。前を見ると微かな灯りが見える。だが何故か胸騒ぎがしていた。その先に続くのはただの広い空間のはずなのに、何か恐ろしいもの、炎よりもさらに恐ろしいことが待ち構えていると、何となく感じ取っていた。

 近づくにつれて、徐々にその正体が実際に感じ取れてくる。異様な臭いがした。思わず鼻を腕で覆う。何かが静かに滴り落ちる音が聞こえる。

 広間に入った途端、先頭を走っていたクロウスとスタッツはぴたりと足を止めた。レイラやアルセドも何だと思いながらも足を止める。

「おや、君たちか。もう少し遅く来るかと思った」

 広間の中央にいた金髪の青年は無表情にぽつりと呟く。

「もう少し用意してから一気に貴方達の蹴りをつけたかったが、仕方ない。これだけでよしとしよう」

 剣を握り直す音が聞こえる。スタッツはクロウスからランプを引っ手繰って、備え付けの松明に炎を移した。おぼろげではあるが、広間全体を見渡せるようになる。そして、クロウスは目の前に広がっている光景に絶句していた。あのスタッツまでも目は険しい。レイラは口を手で押さえ、アルセドも呆然と立ち尽くしていた。

 ケルハイトの周りには服を血で染められた人達が大量に伏せっている。その人、血の量は半端ではない。ケルハイトの剣先からは赤い液体が滴り落ちていた。

 この青年は夜の軍団の一部を斬り去ったのだ――。

 クロウス達はその事実に気づき、あまりのことに声を失っていた。ケルハイトは血の水溜りの上を歩きながら近づいてくる。

 そして――、冷たい笑みを浮かべた。

 その様子にぞくりと背筋が震えあがる。一歩一歩、クロウス達に血塗られた剣を持った青年が近づいてきた。

 誰も声を上げることはできない。あまりの殺気に委縮してしまっている。

 だが、カケラだけは違った。まるでしっかりしなさいよと言わんばかりに、光始めたのだ。

 それを手に触れると、不思議と体の硬直が解けていった。クロウスは柄に手を付けて、ゆっくりと引き抜く。シェーラの想いをたくさんに詰まった剣がクロウスの前に出てきた。

 その剣をしっかりと握り、目の前に突然現れた青年を激しく剣を交り合わす――。



 クロウスとケルハイトの剣が交えた瞬間、一同はその場から飛びのき、スタッツや事件部員の二人は一気にたたみ込み始めた。

 レイラはルクランシェや情報部員と共に、端の方に寄り戦況を眺める。アルセドもさすがに加勢するのは不可能とわかったのか、レイラと共にいた。固唾を飲みながら静かにその成り行きを見つめる。

 激しく金属が交わる音が鳴りだされ始めた。

 クロウスはケルハイトの容赦のない剣の()ち込まれ方に、辛うじて(さば)くので精一杯だ。以前よりも遥かに攻撃力は上がっている。いや、前は本気を出していなかったという方が正しかったのかもしれない。

 度々スタッツの蹴りや拳が飛んでくるが、いとも簡単にかわされる。

 二人の戦士の突きや斬りも、まるで赤子の手をひねるように扱っていく。近づくことは許されない。

 ふと攻撃が軽くなったと思うと、女戦士が脇に転がるように飛びのいたのが見えた。ケルハイトの左手は空いており、その懐から細かな刃を出していたのだ。

 片手だけでも充分重みのある攻撃をしているのに、器用にも魔法を出している。これが敵でなかったら、賞賛してしまいそうだ。

 左手から出される刃によって、事件部員の二人が近づくのがより難しくなる。歯を食い縛りながら、負担が増えたクロウスは猛烈な攻撃をかわす。

 だが突然、くぐもった声が聞こえる。次の瞬間、癖毛の青年が女戦士を抱えて、ケルハイトから離れようとしていた。

 女戦士は足を負傷してしまい、血が流れ出ているようだ。このままでは彼女が蜂の巣状態に陥ると判断した青年が、咄嗟にその場から脱出することを決めたのだろう。

 ケルハイトはそれをちらりと見ると、近くで血を流して倒れていた男の剣に触れて、破壊する。それは大量の細かな刃となり、二人に向かって投げつけたのだ。青年の顔の血の気が引く。

 クロウスはそれをさせまいと隙をついて、間合いを脱し、放たれた刃に向かって、思いっきりひと振りした。独自に作った風の波が刃に衝突し、いくつか落とされる。

 残りは二人を刺そうと襲ってきた。だが、少なくなった刃に若干ながら脅えが取れたのか、癖毛の青年は愛用の細剣で次々と叩き落とし、上手くかわしながら刃の軌道から逃げきるのに成功する。

 それを見届けて、ほっとしたのもつかの間、獲物を捕らえられなくて、激しく叱咤しているケルハイトが剣先とともに飛んできた。

 そして一気に押し込んでくる。今のケルハイトは少しばかり悔しそうな顔をしていた。無表情で、何を考えているかわからなかった青年に少しずつ感情が見えてきたのだ。

 鍔迫り合いが続くが、クロウスはケルハイトの後ろからやってくる赤毛の青年に合わせて、一気に剣を引いた。それと同時にスタッツの蹴りがケルハイトの左脇に直撃する。その勢いで転がった。

 だがその間にもケルハイトの攻撃の手は緩めておらず、スタッツに対して細かな刃をだしていたのだ。大きな一撃の後で隙も出来ていたスタッツにとって、どうにかしてかわすしかできない。

 そして、舌打ちをした音がクロウスの耳に届いた時には、あのスタッツの左手から血が流れ出ていた。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ