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虹色のカケラ  作者: 桐谷瑞香
第八章 虹色のカケラ
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8‐9 明日へ続く風

 第三の封印を解かなければならない状況に陥るとは、島に上陸する前から薄々勘付いていた。炎使い達を相手にするには、第二まででは心許無い。緑色のペンダントに触れたのは必然のことだった。躊躇いはない。だからすぐに――。

 だが、そうする前に意識の中で誰かに呼び止められた。

「シェーラ、封印を解いたら、体に反動が――」

 亜麻色の髪の優しい笑みを浮かべている男性が手を伸ばして、止めようとしていた。それをあっさりと受け流す。

「解かなければここにいる全員の命が危ないって、わかっていますよね、先生?」

 それを聞いた、亡き局長であり、シェーラの魔法の先生はぐっと唇を噛み締めて黙りこむ。貫かれた言葉に反論する気はないようだ。

 それを一瞥すると、すぐに封印を解く言葉を言う。

「――風よ吹け、大気よ流れよ。明日のために、風を吹け――」

 流れるように言いきるとペンダントの鎖が小さな音を立てて外れた。一瞬で溢れんばかりの魔力が出てくる。その急激さに思わず膝を付いてしまう。

「この前はここまでじゃなかったのに……」

「イリスの魔力も受け継いだからだろう」

 さも当然とわかったかのように、腰に手を付けて見下ろしている。

「魔力を受け継ぐということは、想いを引き継ぐということでもある。それをシェーラは私だけでなく、イリスまでも背負えるのか?」

 心配そうに尋ねかけてくる。その想いはありがたいが、いつまでも子供扱いをしてほしくないと思う。

 ゆっくりと立ち上がり、背を伸ばしてプロメテを見つめた。

「背負います。イリスの分まで背負うって、決めたんです。それに、あの()が目覚めたとき、笑顔でいてほしいんです」

「今は魔法を出していないから、体にそんなに負担はかかっていない。だが、魔法を出し始めれば加減を忘れて、身を削るかもしれないぞ?」

「それは承知の上です。リスクなくして、向上は見込めません」

 ここまで言っても、プロメテの顔は浮かない。他人想いのこの方はどう言ったとしても、自分のしたことを責め続けるかもしれない。だから敢えてシェーラ自信の想いを精一杯伝えることにした。

「先生、私は絶対に死にません。これは自分の中で整理した結果、出した決断です。誰にも譲る気はありません」

 ほんの少しだけプロメテの顔色が明るくなる。そして、笑顔で続く言葉を言い切る。何の不安も恐れもない、今まで出したことのない最高の笑顔で。


「感じて下さい、私の風を。明日へ続く、果てしない想いを込めた風を――」



 * * *



 シェーラの目の前には赤々とした炎ではなく、どす黒い炎が広がっていた。魔法は人の心を表すと聞いたことあるが、まさにその通りである。憎悪で埋め尽くされた双子の炎はあまりにも黒かった。いつも澄ました顔で魔法を使っていたのは、溢れそうな憎悪を抑えていたからかもしれない。

 理不尽に受けられた幼き日の悲しき思い出。成長して村を出て行った二人の秘めた想い。グレゴリオと会って、何が変わったのか。暗い道に多少なりとも光でも射したのだろうか。

 同じような経験をしたからこそグレゴリオに惹かれ、魔法を得るため、そしてこのような状況に追い込んだ全ての人達に憎しみを抱いたのかもしれない。

 それはある意味素直な気持ちだろう。だが、そんな感情を抱いた双子を見て、シェーラはただ次の言葉の感情しか湧いてこなかった。

 哀しい――と。

 全ての気持ちを憎悪に向けてしまったこともそうだが、憎悪以外の感情を与えられる人と出会えなかったことが、とても哀しいことだった。

 シェーラだって、自分自身の境遇が満足いくものではないと思っている。確かに本当に不幸過ぎる境遇の人から見れば恵まれているかもしれない。だが、その中でも様々な出来事があり、どうしてこんな状況になったのかと、激しく考え、落ち込んだこともあった。

 もう嫌だ、こんな人生を投げ出したい――とさえ思ったこともないと言えば嘘になる。

 だけど、今は感謝している。辛いことがあっても、それを支えてくれる人と出会えたから。

 そんな人に出会えなかった双子の境遇があまりにも哀しすぎた。

 想いを通じあえる人、分かり合おうとする人、そして知ってもらいたいという人がいない彼女らに――。

 そんなことを考えながら、風はシェーラを包み込むように吹いている。もっとより純粋に、自然に近い風が欲しい。すると風の渦は上昇し、天井へとぶち当たった。ごぼっと奇妙な音と共に、閉じられていた空間に風が流れ込んでくる。そう――、風は天井をぶち破り、外にまで通じる穴を切り開いたのだ。

 新鮮な風が流れるように入り込んでくる。新たな風を得たシェーラは、渦に取り入れ始めた。中に()もっていたものと違って、質がかなりいい。思わず風に吹かれて、身体を委ねてしまいそうだ。

 だが、風の流れを感じた双子の炎使いから発せられる、訝しげな気配によりすぐに現実へと戻されてしまう。

 気がつくと、手を大きく広げた大人が三人並んだくらいの炎の塊、その周りには無数の小さな炎の玉が出来ていた。

 フィンスタとフェンストが手を前に大きく広げる。冷え冷えとした笑みを浮かべながら、二人同時に一声出していた。

「全てを――焼き尽くせ」

 風に包まれているシェーラはその炎を前にしても、何も恐れとかそういう感情は出てこない。ただ後ろを振り返って、心配そうな顔をしているクロウスを見た。そして、何も心配はしないようにと、笑って促そうとする。クロウスはそれを見ると唖然として、立ち尽くしていた。

 視線を前に戻し、いよいよ炎の玉はシェーラ達に向かって回るようにして動く。そしてシェーラを取り囲んでいた風の渦も一直線になり、炎へと突っ込み始めた。

 お互いに衝突し、その場で様子を見るように拮抗(きっこう)した状態になる。

 だが双子の魔力により、風は炎にすぐに食い尽され、段々とシェーラの方へと炎が近寄っていた。しかしうろたえはせず、風を信じて、今まで想ってきたことを風に込める。

 ――私に力をください。大切な人達とこの国で生き続けていくために、力を……!

 そして目前となったとき、一気に風が逆転した。炎を取り囲むようにして、どんどんと双子に寄って行く。

 だが双子もさらに魔力を込めて、お互いの真ん中の位置で止まることとなる。

 皮膚に熱気と殺気が伝わってきた。シェーラの黒い髪は激しくなびかれ、もはや艶などはなくなっている。

 自分がどんなことになろうと、後ろにいる人だけは助けたいと思った。その一心で、ひたすらに風に想いを乗せる。

 しかし、唐突に均衡は崩れた。

 ふっと熱が消え、風が消えたのだ。

 そして、激しい音と共にお互いの魔法は爆発した――。



 ――ただ、風に身を委ねているだけだった。自分は何もしていない。魔力を送っただけ。そして、みんなで生き続けたいと思っただけだった――。


 激しい爆発と同時に出た爆風によってシェーラは飛ばされそうになった。だが、身を(かが)めて、足で踏ん張り、どうにかその場にいようと保つ。前は砂埃で全く見えない。目にゴミが入らないよう薄らと開けることしかできないため、後ろがどういう状況になっているかもわからない。

 しかしシェーラ自身とは違う場所から、自分の魔力が感じられた。それはクロウスに想いを込めた剣があるということを意味している。だからきっと後ろは大丈夫だと思っていた。

 砂埃や風は少しずつ治まり始め、前方に二人の影が映った。これほどの魔力を使ったとしても、フィンスタとフェンストは倒れてないのか。正直言って、これ以上魔法を使うのはシェーラの負担的にもそして環境的にも無理があった。

 最悪、奇襲によって剣で傷つけるしかないと思い、短剣の柄に手を添える。

 ある程度砂埃は治まり、ようやく双子の輪郭が見え始めた。

 双子はしっかりと立っている。それを見ると唇を噛み締め、剣を抜きとった。

 だが、シェーラが一歩踏み出す前に、双子はお互いの手を握りながら力なく前のりに倒れ込んだ。

 その光景に唖然とした。どうやら双子も魔力を使いきって、立っているのにも困難なくらいに、体力がなくなったらしい。

 意識はあるのだろうかと不安がよぎる。魔法の加減はほとんどしていない。直撃したら命はまずないだろう。

 少し近づいて、様子を見ようと踏み出した。

 だが、突然胸が苦しくなり始める。何かが体から飛び出そうとしている。腰を屈めて、何度も何度も咳き込む。

 そして激しい苦痛と共に、口から何かを吐き出した。

 血だった――。

 量自体はたいしたことはない。ただ、急に体の力が抜けてしまい、そのまま倒れ込んでしまった。

 後ろからは悲鳴と足音が聞こえてくる。そして一目散に駆け寄った人はシェーラを持ち上げて、必死に呼びかけ始めた。

「シェーラ、おい、シェーラ、しっかりしろ!」

 大きい手がシェーラの体をしっかり持ち上げている。視点がぶれたその先には、あの心配そうに今にも泣きそうだった青年がいた。

「シェーラ……。俺の前からいなくならないんだろう……」

 口をもごもご動かすが、中々出てこない。周りにはレイラが真っ青な顔をしながら立ち尽くしていたり、アルセドも座り込んでシェーラを呼びかけている。そんな暗い状況を少しでも和らげようと、ようやく喉から言葉を出すことができた。

「だ……大丈夫だから……」

「シェーラ!?」

「ちょっと疲れただけ……。使い過ぎて疲れただけだから、心配しないで」

「でも、この血は……」

「胃に詰まっただけだから……。もう何も出てこないって」

 安心させようと、できるだけ笑みを浮かべた。それによってクロウスの頬が少し緩んだ。体自体にはかすり傷程度しか怪我はしていない。出血もほぼないといっていいかもしれない。

 別の場所から駆け寄ってくる音が聞こえる。ルクランシェが息を少しだけ切らせながらレイラに寄って来ていた。

「フィンスタとフェンストも、魔法の使い過ぎで体力が消耗したようだ。意識は失っているだけで、外傷はほぼない。ただしばらくは起きない可能性があるな」

「そう……。仕方ないわね。今後の彼女らの処遇は島を脱出してから考えましょう。――シェーラ、聞こえた? 二人は死んでいないわ。あなたの魔法と想いが彼女らに純粋に勝ったのよ」

 レイラの声ははっきりしていた。だがどこか震えているような感じもする。そして屈み込みそっと手を握ってきた。

「馬鹿ね。私の回復を待てばいいのに、どうしてそんな無理をしたのよ」

「ごめんなさい……」

「……今回は反省しているようね。始末書は少しだけ減らしてあげるわ」

「え……」

 まさかの発言に嫌そうな顔をはっきりとした。それを見た一同は笑い始める。ほんの少しだけ安堵の空気が流れた。

 シェーラの無事を確かめると、レイラは立ち上がり、先に続く道を見た。

「さて、せっかく頑張ってくれたことだし、早く先に進みましょうか」

 空気が一瞬で緊張感に溢れたものに変わる。急いで支度をし、先に進もうと準備をした。シェーラも起き上がりそれに続こうとしたが、目眩がして、置き上がることもままならない。それを一瞥したレイラは思ってもいない言葉を突きつけてきた。

「シェーラは無理しちゃ駄目よ。もう――引き返しなさい」

「い……嫌です」

「何言っているの、そんな体で動けるわけないでしょう!」

「そうだとしても、魔法の源を破壊するためには私が必要じゃないんですか!?」

「なっ……! まだそんなこと言っているの。あなたはもう詠唱もできる体力ないでしょう。戻りなさい、今すぐに!」

「断ります!」

 自由の効かない体で全身全霊をもって、叫び返した。思わずレイラは後ずさる。そしてクロウスもシェーラの言葉に微妙な反応をしていた。集まる視線は誰もが引き返すよう訴えている。ここは残り少ない魔力で一発魔法でもぶちかましてやろうかとその瞬間まで思っていた。

「……サブ、俺が面倒を見るから、先に行っていてくれ」

 意外な発言にレイラは驚いたような顔をして、その言葉の人物を見上げた。

「俺が駄目だと判断したら、無理にでも船に置いてくる。大丈夫なら――、遅れて行く」

「ダニエル部長……、あなたが何故……」

「シェーラには見る権利がある。それだけさ。何か異論でも?」

 地位はレイラの方が上だが、年齢ではダニエルの方が断然上。だから反論しようにも、レイラは言葉を出すことができない。最終的には軽く頷き返した。

「わかりました。シェーラのことはダニエル部長に任せます。他の者達は、先に進みます」

 重い言葉を口に出しながら、レイラはシェーラに背を向けて歩き始める。ルクランシェ達も慌てて追いかけた。

 クロウスはダニエルからシェーラを奪われると、隣で渋々と座りなおそうとする。それを見たシェーラはなるべく鋭い目つきを突き付けた。

「クロウスも行きなさい」

「え、俺もシェーラと一緒に……」

「まだやらなければならないことがあるって、わかっているでしょう。……しっかり過去と対峙しなさい」

 貫く様な視線にクロウスはびくっと震えあがる。そしてゆっくりと力強く首を縦に振った。

「わかった。必ず――過去の自分に蹴りを付けてくる」

 立ち上がり、きびきびとした態度で歩き始める。アルセドもその様子を見て、あたふたと走り始めた。だが思い出したように、数歩進んだ所で振り返ってくる。

「シェーラ、今度、料理教えてやるよ。クロウスを余裕で落とすくらいのさ」

 かっと真っ赤になるのをニヤニヤしながら見届けられると、いそいそと走って行ってしまった。いつシェーラが料理を苦手ということ知ったのか。また一つ知られたくないことを知られてしまったのがどこか悔しかった。

 やがて、レイラを先頭として、魔法管理局の人達は足早にその広間からいなくなっていた。広間にはダニエルとシェーラだけが残る。

 ようやく落ち着けるようになり、少しだけ気を緩めた。呼吸が徐々に元通りになっている。だが、抜けてしまった魔力は戻ろうとしなかった。

「ダニエル部長……」

「何だ、シェーラ? ああ、どうして俺がここに残ってサブを弁護した理由か?」

 軽く首を振る。

「だって、前なら絶対に怪我させるようなことはしなかったのに……」

「カッシュを思い出してさ」

「お父さん?」

「ああ。あいつもシェーラみたく真っ直ぐな想いを持ち続けていた。それに局長からも言われていて。シェーラは――必ず分岐点にいる娘だから、守ってやれと」

 大きく温かい手はクロウスとは雰囲気が違うが、安心できるものとしては同じだった。シェーラにとって、局長に続く父親とも言えるべき存在。その人と一緒にいることはなによりの休息だった。ダニエルの膝の上で、ほんの少しだけシェーラは目を閉じることにする。



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