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虹色のカケラ  作者: 桐谷瑞香
第八章 虹色のカケラ
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8‐8 憎悪に溢れる炎

 シェーラは隣で息が上がっている女性をちら見していた。久々に本気で動き、しかも出した魔法も半端ではない。努めて平静を装うとしているようだが、魔力の衰えは隠せるものではなかった。微かに漏れる魔力は小さくなっており、もうあのような大がかりな魔法を出すのは至難だろう。

 それを考えると、一瞬隙を見せてしまった自分が悔やまれる。それを挽回するためにも、残りはシェーラが相手をし、早めに蹴りをつけてしまおうと思う。だが、フェンストから流れ出るオーラからそうはさせないという想いが伝わってきている。

「よくもフィンスタをこんな目に……!」

 黒髪の短い髪を揺らしながら、レイラに対して怒りと憎悪の視線を突きつけてきた。

「よくもって、先に仕掛けてきたのはあなた達の方でしょう。私達だって、別に好きで相手をしているわけではない。大人しくしてくれるのなら、降伏してくれるのなら、危害は加えない」

 それがいかに甘い言葉であるかは誰しもわかっていた。レイラは罰するということに関しては、経験も少なすぎるせいか、甘すぎる。それでもどうにかしようと精一杯の努力はしているのだ。

「そんな言葉、信用できるか! もういい。全力であなた達を潰す!」

「ちょっと待ちなさいよ! どうして私達の邪魔をするのよ。理由もなくかかってこないでよ」

 シェーラは思わず声を大にして言い返す。ずっと気になっていたことだ。利害が一致しないからという目的からかもしれないが、それでも何故か引っ掛かる所がある。

「理由もなく? ……グレゴリオ様の邪魔をしているって言う立派な理由があるじゃない。何を……馬鹿なことを言っているの。これだから嫌なのよ、温室で育った人達は!」

 フェンストは壁に向かって小さな炎の玉を投げつけた。音を立てて当たり、壁に焦げ跡が残る。

「もう埒があかない。フィンスタ、一気に肩を付けるわよ」

「……あれを試すつもり?」

「そう、多少は殺せるはずでしょう。それにある人を致命傷以上にすれば、確実に勝てるわ」

 その言葉を聞いて、シェーラはさっとレイラを背に隠した。魔力が少なくなっているとはいえ、彼女らと一番相性が悪いのはレイラ。炎を氷の壁で阻み、水を降らして消えさせるからだ。だからレイラさえどうにかなれば、かなり有利になるはずだと踏んでいるのだろう。

「レイラさん、下がって下さい。私が止めます」

「何言っているのよ。風じゃ、炎を完全に止められないでしょう」

「立場はわきまえているって言ったじゃないですか!」

「状況によ――!? シェーラ、前!」

 はっとして、双子の方に向くと炎がうねうねと揺らめいている。二人で同時に炎を出したのか。やがてそれは細長くなり、巨大な蛇のようにくねらせ始めた。

「炎の蛇!?」

「初めて見たわ、生きている炎……」

「見とれている場合じゃないです。逃げますよ!」

 だがレイラは下がらず、両手を前に突き出していた。それは目の前に魔法を出す態勢。徐々に周りが涼しくなり始める。

「レイラさん……、ルクランシェ部長にメーレさんはどうするんですか!?」

「いいから黙っていなさい!」

 聞いたことがないくらいの大きさで制止され、思いっきり後ろに押された。レイラの顔は歪んでいる。そこには個人と副局長の間に挟まれ苦悩している姿が如術(にょじゅつ)に表れていた。だが今は勝っていた、個人の想い――誰かを守るということに。

 ――先生もそうだ。身を張って……!

 炎の蛇がレイラに向かって一直線に突っ込んできた。レイラは目の前に分厚く大きな氷の壁を作る。それが激しく衝突した。

 この壁が破れれば、そのまま炎は人々を飲み込んでいくだろう。それだけは決してさせまいと思っているのか、壁は固くなるばかりである。想いが魔法に影響されるのは嘘ではなかった。

 これに耐えきれれば、後は隙をついて双子を戦闘不能にさせればいい。こんなに膨大な魔力を使った後には必ず隙が生まれるからだ。

 レイラの意地が双子の憎悪に(まさ)ろうとしていた。

 しかし、分厚い氷の壁の向こうで揺らめいている炎が変形する。丸く円を描くように変化し、まるで地面を走り抜ける車輪のように回転しながら壁に当たってきたのだ。

 魔力の加減がしっかりできていない状態でそんなに強く激しく切り付けるように当たってくるのは、完全にレイラの予想外だった。

 音を立てて壁が割れたと思ったら、炎はすぐに蛇状に戻りレイラに突っ込んでくる。

 全身に水の膜を瞬間的に作り、炎自体から逃れたはいいが、あまりの体当たりに勢いよくふっ飛ばされた。

 そのまま近くの壁に叩きつけられそうになる。だがシェーラが風を呼んだおかげで、レイラが壁に激突するのをどうにか回避することが出来た。

 ルクランシェが急いで近寄り、安否を確認する。呻き声を出しながらも意識ははっきりしていた。最悪の事態は免れたが、レイラはそのままぐったりとしたまま横になってしまう。

 シェーラはすぐに双子の方に視線をやった。二人の後ろには先ほどの炎が球状になって、ふわふわと浮いている。いつでも攻撃はできるというわけらしい。

「あのまま食いつくしてやろうと思ったけど、さすがに一筋縄に行かないか」

「それでも動けなくなったわ。あとは掃討戦だけ。造作もないわ。フェンスト、頼むわよ」

 フィンスタはしゃがみ込み、自信の体力を回復させ始める。さすがにレイラの攻撃は効いていたようだ。

「了解。さあ、炎よ」

 短髪の女性がそう言うと、大きかった炎が小さく分裂していく。無数になった炎の玉が人々の目に焼きつく。

「――あいつらを全て焼き尽くせ」

 次の瞬間、玉が勢いよくシェーラやレイラ、そして後ろで見守っていたクロウスにまで飛んできた。

 多くの者が慌てて魔法を出したり、逃げようと走り始めるが、あまりに多過ぎて、そして早過ぎて、間に合わないと悟る。

 だがシェーラは動じなかった。一番早く炎が近づいているが、目を閉じて何かに対して集中しているためか気付いていない。

「シェーラ、危ない!」

 クロウスが思わず叫んだとき、見るも鮮やかな現象が起こった。

 シェーラがぱんっと手を一叩きすると、一瞬で全ての炎が粉砕したのだ。

 ひらひらと燃焼していた塵が地面に落ちていく。

 そして、すっと目を開けた。

 シェーラの視線の先には驚き、唖然としている双子の姉妹がいる。

「一体、何をしたのよ……」

 フェンストは一瞬で消されたことに対してショックを隠せない。

「……これくらいの小さな炎なら、空気を無くして燃えるきっかけとなる酸素を霧散(むさん)することくらいできるわよ」

 腕輪は両方外されていた。そしてさっきよりも魔力が(みなぎ)っている。

「あなた、さっきまでそんなことできなか――」

 言い終わるよりも早くシェーラは間合いを詰めていた。フェンストの目の前まで来ると、その勢いで腹を蹴る。

 衝撃で飛ばされたが、すぐにフェンストは魔法で応戦し始める。

 ばちっと静電気を感じたような気がすると、その場所が小さく爆発した。一回目に左足付近をやられたが、二回目以降はほとんど場所が感じ取れるため対処ができる。

 その場所に風の刃を送り、爆発を未然に防ぐ。それをしつつ、短剣に風を纏わりつかせ、寄ってくる炎を切り裂いた。

 あっという間に悔しそうな顔をしているフェンストに近づくことはできたが、後ろから飛んでくる少し大きめの炎の玉を感じて、すぐに飛び退く。

 フィンスタが呼吸を荒くしながらもまだ魔法を出していた。シェーラはきっと睨みつけつつ、警戒を解かないよう注意する。

「全く……油断ならない娘ね。こういう風にやられるとは……。どうやら私があなたを先に相手をすればよかったわ」

「今、気付いても遅い。魔力も体力もほとんどないあなた相手なら、私だって対処できる」

「減らず口を叩く娘ね。とっとと早く、殺してやればよかった……!」

 憎悪を剥き出しにしてフィンスタが睨みつけてきた。フェンストは再び傍に戻っている。発せられる言葉にカチンとしつつも、何故か哀れみを感じていた。

「あなた達の魔法からは憎しみしか感じられない。そんなに凄い血を引いているのに、破壊するしかしないなんて、両親や祖先に失礼じゃない!」

 咄嗟に出てきた言葉だった。正直言って、プロメテやイリスから血を受け継がれなければ、シェーラが二人相手にここまで切迫した状況を作り出すのは無理だっただろう。それほどまでに、純血に近い――純血かもしれないが、双子が羨ましくもあり、それを他人のために使おうとしないのに腹が立っていた。

 だがシェーラの言葉に対しての返答は吐きつけるような声だった。

「両親に失礼だって……? あれほどまでに愚かで酷いことをするやつらを親なんて思いたくないわ!」

 フェンストが髪を振り乱しながら叫んでいた。フィンスタも長い黒髪をそっと触りながら、震えを抑えようとしている。

「あいつらのせいで、何もかも奪われたのよ。あんたみたく、親にちやほやされながら育った子供に何が分かる!」

 それと同時にシェーラの周りで爆発がする。だが全く当たる様子はない。集中力が途切れているためか、正確な場所に与えられていないのだ。

 何故、心が乱れているのか理由がわからないシェーラは首を傾げるばかり。何らかの確執があったのかもしれない。殺意を抱く以上の何かが。

「あなた……、魔力の突然変異ってわかるかしら」

 フィンスタは呼吸が乱れているフェンスタを宥めながら、聞いてくる。

「わかりますよ。魔力が衰えている両親から突然優れた魔力を持った子供が産まれることですよね」

 そんなに珍しい現象のことではない。魔法自体が得られるきっかけも適当と言ってもいいことだから、突然変異が起こってもおかしいことはないのだ。

「その通り。じゃあ、村人全員が魔法を使えない所で、突然魔法が使える子供が産まれたら、何が起こるかしら?」

 それはつまりある所に全く違う種類の人が現れるということ。仲良くしようと奮闘する人もいるかもしれない。だが一方で、その人物に疑問を抱き、自分とは違う人間として、嫌がらせなどをしてくるかもしれない。

「その村では魔法という言葉が出されることは一切なかった。閉ざされた空間だったのよ。そのため私達が産まれたとき、両親は酷く狼狽したわ」

 自分とは違う能力を持つ子供を産んだら、驚き、慌てるかもしれない。もしかしたらその先には――。

「ああ、今日も傷が疼く。全く、印みたくいつまでも残っているから、嫌になるわ」

 フェンスタはちらっとスカートを捲りあげる。そこには、痛々しいほどの火傷が残っていた。

 虐待――。

 その言葉が脳裏に浮かぶ。

 自分たちとは違う種の人間だと思い込み、忌み嫌い、そして子供という弱者に当たり始めたのか。

 そんな話、シェーラは聞いたことがなかった。ノクターナル島では魔法をほとんど利用していない村があるとは聞いていたが、まさか魔法自体もない村があるまでは知らなかったのだ。

 そしてこの双子はその村で突然変異によって産まれ、村人だけでなく親からも忌み嫌われ、村から逃げたのかもしれない。

 衝撃の事実を聞き、固まったままのシェーラを嘲笑うかのように見下してきた。

「魔法管理局に所属している人が、魔法が絡む現実について知らないなんて、笑ってしまいそうよ」

 ちらっとレイラやダニエル達の方を見る。彼女らはじっと視線を下に向けていた。知っていた事実らしい。逸らしたかった事実をまざまざと見せつけられて、悔しがっているようだ。

「――何て不幸な世の中なのかと思ったわ。私達は何もしていないのに、ただ血が少し違うだけなのに、こんな理不尽なことをされるなんて」

 フィンスタは泣きそうなフェンストをそっと抱きしめる。辛い事実を思い出し、それに耐えている現状。

「魔法があればなんでもできる。それを証明して、私達を馬鹿にしたやつらを全て葬りたいのよ!」

 フェンストの膨れ上がる怒りと共に、二人の背後から大きな玉とその周りに小さな玉がいくつも取り囲んでいる炎が突然現れた。灼熱の炎のように燃え盛っている。

「あんた達も例外じゃない。魔法管理局は国の魔法を管理する所? 笑わせるじゃない、全然こんな現状をどうにかしようともしないんだから!」

 さらに炎はうねり始める。

「全てが燃え尽きればいい。だから私達は――、あなた達を全力で殺してあげるわ」

 その恐ろしい殺気を感じた人々は体を竦ませてしまう。だがシェーラだけは別の感情が芽生えていた。

 美しくも恐ろしい双子を見て、ただあることを感じたのだ。

 そして気が付くと、手には緑色のカケラが埋め込まれているペンダントをぎゅっと掴んでいた。




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