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虹色のカケラ  作者: 桐谷瑞香
第八章 虹色のカケラ
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8‐7 水と炎の合戦

 風の膜に当たった炎はまるで風を食べるようにして、さらに勢力を伸ばそうとしていた。だがそれをシェーラは真っ向から防ぎとめる。それにより一度は食われていた風が、逆に炎を巻き込むようにして、進み始める。

 炎の渦が少し下がると、シェーラは最後のひと押しだと気合いを入れて、風に魔力を込めた。

 そして炎ごと一気に広間へと突き返す。程なくして、一瞬でその炎は消えた。

 その消えた場所では二人の女性が静かに(たたず)んでいる。一人は腰にまで掛かる黒色の長い髪を垂らしており、もう一人は肩にかからない程度の黒色の髪をなびかせていた。顔つきは同じで、髪の長さ以外に違うと言ったら身に付けている服くらいだろう。

「まさかこうも返されるとは少し意外だね」

「そうかしら。あの小娘ならこれくらいできるでしょう、フェンスト」

「三年前に会った時と比べただけ。これくらいの魔力ならフィンスタに冷や汗を()かせてもしょうがないか」

「まあ……、今度はそんなことさせないわ」

 火を操る双子の魔法使いはシェーラを鋭く睨みつけてきた。膝上のスカートで動きやすそうな格好をしている短い髪のフェンスト、(くるぶし)近くまでスカートを伸ばしている長い髪のフィンスタ。二人の隠そうともしない殺気は絶大だった。

 シェーラは殺気に負けないよう自我を保ちながら、広間に一歩踏み出し、双子に近づこうとする。この二人は自分自身の手で相手をするつもりだ。だが、気が付くと隣には金色の髪の女性が立っていた。その目は双子に向けられている。

「レイラさん、下がっていてください。危ないですよ」

「それには応じられないわ。私も相手をする」

「え……、駄目ですよ、危険すぎます!」

「シェーラだけで相手をするの? 荷が重すぎる。第一、火と風は相性がいいとは言えない。私の水ならより善戦できるわ」

「ですが……」

 躊躇っていると、レイラはきつい視線を突き刺す。そこには副局長という肩書の人物ではなく、レイラ・クレメン個人が自己主張していた。微かに感じる溢れ出るものが、シェーラの口を(つぐ)ませてしまう。

「――普通の状態なら私の方が上って知っているでしょう?」

 固い表情をしながらも、口元を緩め、笑みを浮かべる。そこにはレイラの絶対的な自信があった。

「シェーラみたく、無理はしないわよ。やばいと思ったら下がるから。自分の立場はわきまえているつもり」

 揺るがない信念が感じ取れる。振り返ってダニエルやルクランシェに視線を送ると、複雑な笑みをしつつも、レイラの意見に賛同していた。いや、事前に丸め込まれていたのかもしれない。

「あまり人がいても危ないから、ある程度魔力がある私とシェーラで行くわよ。情報部の魔法の使い手は守りに専念。そっちまで気を使う余裕はないから、何か飛んできたらよろしく」

 情報部員がしっかりと頷いた。部でも指折りの魔法の使い手である人に後続を頼んだ。

 レイラの言う通り、魔法があまり使えない人が一緒に戦闘の場に出ても利点はない。魔法と魔法の衝突は剣と剣の衝突より、遥かに広範囲で、怪我をしやすくなる。大人しく下げておくのが常識だった。そしてあまりに激しすぎると、そこら辺の土も壁もえぐることがある。同じくらいのレベルなら、尚更加減などできるはずない。

「あなた、魔法管理局のトップよね? そんな人が前線に出てきていいのかしら? 一瞬で黒焦げにするわよ」

 フェンスタが妖艶な笑みを浮かべながらレイラをじろじろと見る。

「ご忠告ありがとう。残念ながら引く気はないわ。私はあなた達に色々とお礼がしたいのよ。三年前のことや、この前のことでは随分お世話になったからね!」

 大きな声で言いきったレイラの周りが一瞬涼しくなる。感情を爆発させた衝動で、魔力が漏れた。

「……そう言うわけだから、いいわね、シェーラ」

「わかりましたよ。無理しないで下さいね、副局長」

 若干、皮肉を込めつつ、ぶすっとしながら返事をする。

 レイラと共闘するのは何年振りだろうか。少なくとも局長がいなくなってからは、そんな機会はなかった。久々ではあるが、付き合いが長いため、すぐに息の合った行動はできるだろう。

 フィンスタとフェンストが手を大きく広げると、徐々に炎が渦をなして集まり始めていた。大きな玉が一個と小さな玉が大量に出てくる。

 シェーラは体全体に風を呼び込む。神経を集中させて、周りの風と調和し始めた。

 ――まずはそこにある風をできる限り使いこなす。その環境を上手く使ってこそ、真の魔法が出せる。それがこの国での魔法の位置づけ。

 教えられたことをじっくりと吟味しながら、風を集める。きっとこんなに大がかりな魔法を使うのは最初で最後だろう。

 隣では同じくレイラが水分子をかき集めようとしていた。魔法は純血に近いほど、理論ではなく直感で使いこなされる。だがレイラは理論派の中でもかなり質のいいものが作れていた。

 クロウスやアルセド、魔法管理局側が息を呑む中、静かに魔法の使い手同士の戦いの火ぶたが切って落とされる。

 シェーラはその時感じた。

 力がみなぎるような不思議な風が吹いたことに。

 そして――すっとシェーラはその場から消え去った。



 シェーラが右横に瞬間的に飛びのくと、小さな炎の玉達が追ってきた。その後ろには短髪が軽やかに揺れているフェンストの姿が見える。

 追ってくる炎を小さな風の塊を出しながら、消し去って行った。

「あら、中々やるようになったわね」

 口を開いているにも関わらず、流れるように細剣を取り出し、シェーラに向かって突き刺そうとしてくる。それをシェーラは短剣を一本抜いて対抗した。

 その間にも炎の玉は次々とシェーラに襲ってくる。ただ念じただけで、炎を作り出せるようで、ほとんど予備動作がないのが厄介だ。

 細剣の切っ先がシェーラの頬をかすめる。そして耳元に言葉が飛び込んできた。

「それにしてもあなた、一体どうして生きているの? 死んだかと思った。もっと確実に息の根を止めていればよかった」

 三年前の出来事――その言葉によって鮮明に思い出される光景から、シェーラは思い出したくない記憶を押しとどめた。だが背中の傷が(うず)く衝動に襲われる。

「ねえ、聞いているの。答えなさいよ!」

 急に目の前に小さな火の玉が現れる。シェーラが思わず手で顔を覆った瞬間、小さく爆発した。

 若干痛みは感じるが、戦闘を続ける上では全く支障はない。すぐに未だ攻撃の手を緩めないフェンストとの間に風の壁を作り、一歩下がった。

 爆発の仕方から、さっきのチートストの瓶の中身の血はフェンストのものだとわかる。そして、加工された血よりも、本人の方が数段上の威力であることも。

 こうもちまちまと攻撃をされていては、第一の封印を解除しただけではほとんど対処できないだろう。第一の封印は魔力の底上げを主としている。基本的に魔法は放出しかできないが、その威力が上がれば必然的に強くなるのだ。

 そしてその次に出てくるのが、第二の封印――。これを解除することで、放出だけでなく、それから魔力を上手く分散化することができる。だが封印を解除していけば、体に負担がかかるのはわかりきっている事実。

 しかし、そんな悠長に考えている暇はない。貫こうとしてくる突きだけでなく、どこでも出せる炎の玉相手では、一瞬の判断が命取りになる。

 だから一瞬間が空いた所で、シェーラは残りの腕輪に手を添えた。



 一方、逃げきるのも非常に困難な炎を目の前に出されているレイラは、それを氷の壁で防ぐ状態が続いており、苦戦を強いられていた。

 一体、どこでそんな炎を出す体力と魔力があるのかと疑問に思ってしまうほどである。この閉鎖された空間ではどうしても限られた量しか作れないはずだ。渋い顔をしているレイラに対して、涼しい顔をしながらフィンスタは笑っている。

「あら、副局長っていってもたいしたことないじゃない」

「たいしたことなくて、ごめんなさい。けど、残念ながらまだ本気は出していないわよ!」

 フィンスタが少し前に出てきた所をレイラは狙いを定めて、氷の柱を作り出す。先は尖っており、触れれば痛いだけでは済まない。

 それは彼女に刺さろうと向うが、近づく前に溶けてしまった。どうやら体の周りに薄い熱の膜を張っていたのだろう。特に慌てることもなく、フィンスタは対処していった。

 この攻撃は使えないと、すぐに切り捨てる。

「氷は炎に溶かれる運命にあるのに、よくやるわね。その意気は認めるけど、もう少し考えたらどうなの、副局長」

 呆れながら一歩一歩近づいてくる。それをレイラは後ずさりしながら間を保つ。すぐにでも魔法を出せるよう、心掛けながら。

「ちょっと、あなたも勘違いしているんじゃない? 私の主戦は水であって氷でない。ただ固体の方が使いやすいから、使っているだけよ」

「そうなの。その言い方だと水や水蒸気も使えそうな様子だけど、始めから使わないということは、苦手なんでしょう?」

 その言い方に若干むっと来る。上から目線で、人を小馬鹿にしたように言われた。思わず言い返してしまう。

「あなたも炎をただ出すしかできないんでしょう。威力はそれなりにあるようだけど。それにしても、燃える元はどこから出しているのかしら。元がなければできないでしょう」

 急にフィンスタの口元が緩み、声を上げて笑い始めた。

「あははは! そんなことまでわからないの? 世も末ね。魔法管理局はあと数年、いえあと数週間で地の底に落ちるでしょう。まあ、あなたはその状況を見ずに済むのだから安心しなさい。綺麗に――消し去ってあげるわ」

 フィンスタは立ち止まり手を広げた。少しだけ時間を使いながら、魔法を出すために集中する。レイラはその様子を手を広げて、ごくりと唾を飲み込みながら見ていた。

 そして次の瞬間、大の男が一人悠々と入る程の赤黒く丸い炎の玉を作り出す。

「かなりの高温の炎よ。あなたの氷の壁は果たして耐えきれるかしら?」

 妖艶に浮かべる笑みと共に発せられる殺気に押されてしまう。

 その様子を見ていたダニエル達はさすがに焦る。圧倒的に氷が炎に不利なのは今までの状況から分かっていた。それなのにレイラは何もしようとしない。

 ダニエルは今にも飛び出して行きそうだったが、ルクランシェが手で制止した。

「ルクランシェ……」

「……ダニエル部長、勝負はもう付いていますよ」

 はっとして、ダニエルは二人の方に振り返った。

 フィンスタは炎の玉をさらに大きくし、投げつけようとした。

 その瞬間、レイラは大きくにやけた。

 そして、手を炎に向かって突きつけると、一瞬で炎の玉は水の玉に変わったのだ。

 その水の玉は地に落ちることなく、すぐに傍にいたフィンスタを取り込む。

 突然の攻撃に驚いたのか、フィンスタは口を押さえて体内に水が入らないようにするしかできなかった。

 レイラはフィンスタを逃がすまいと必死に水の玉の形状を保つ。水の中では空気が漏れていることを表す泡が出ている。

 やがて耐えきれなくなり、フィンスタはがばっと口を開けた。空気が漏れて、水が体内に入っていく。

 もう少しで窒息させて、意識を失わせられる――。

 だがその時、レイラの足元に小さな炎の玉が飛んできた。

 気づくのが遅かったため、若干かすってしまう。気が逸れた隙に水の玉は音を立てて割れてしまった。

 フィンスタが水溜りとなった地面に倒れ込む。そこにフェンストが駆け寄っていた。頬を叩きながら起こそうとする。

「ちょっと、大丈夫!? フィンスタ!」

 ごほっと水を吐き出したフィンスタは、もう一人の双子に目をやった。

「あら……、あなたに助けられたの」

「そうだよ。あんな女の口車に乗せられるなんて、どうしたのさ!」

「口車……。やっぱり副局長だけあるわね」

 ゆっくりと立ち上がった双子はぎろっとレイラを睨みつけていた。それに負けじと睨み返していると、シェーラが転がるように走ってくる。

「すみません、レイラさん。ちょっと封印を解いている最中に……」

「また第二の封印まで解いたの!? 呆れてものが言えないわ」

 そう言葉を出しつつも、ある意味しょうがないとレイラはわかっている。

 フィンスタは一発が大きいから、その分反撃はしやすかった。炎を出す源は空気中にある塵であり、それと酸素が混じり合って燃焼を起こす。その隙をレイラは突いたのだ。集めてくれた酸素とレイラが密かに集めていた水素を反応させて、水を作り出す。そして固体と液体を上手く吊り合わせながら、水の玉を作り出した。

 だがこの作業はそれなりに神経と時間を要する。二つの物質を集め、反応するまで持っていくのは骨が折れる作業だからだ。だが、今回のように水素だけ、そしてある程度時間があればできなくもない。その結果がこうだった。

 意識を失わすまではいかなかったものの、これで体力の消耗は確実にできたはずである。

 魔法管理局側の方は、レイラが足を軽く火傷をし、シェーラの体力が少し減っただけ。対して、夜の軍団側は、一人はほとんど動けない状態だ。

 誰もがすぐにこの戦いは終わると予想していた――、数人を除いて。



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