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虹色のカケラ  作者: 桐谷瑞香
第八章 虹色のカケラ
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8‐6 天秤にかけるもの

 掌がびりびりと痺れている。だが異様に気分は高まっていた。

 アルセドは広げた掌と意識を失っている男を見比べる。スタッツに助言をもらったとか、誰かのお零れをもらったとかではなく、自分の体が無意識に動いてやったことの結果。だが無我夢中過ぎて、果たしてこれが本当にアルセド自身でやったことなのかと疑ってしまう。

 気が付くとスタッツが縄を使ってムスタを縛りあげ始めていた。

 慌てて近づこうとするが、足元をまともに見ていなかったため、石に(つまづ)いてしまう。あわや頭から突っ込むかという所で、誰かが腕を掴んでくれたおかげでそれは免れる。

 後ろに首を伸ばすと、クロウスが微笑んでいた。

「よくやったな」

「え……?」

「一人で対処できたじゃないか。体術や戦闘について、本格的に始めた日は浅いが、見事だったぞ」

「ありがとう……」

 素直に出された言葉に照れてしまいそうだ。だが軽々とアルセドを立たせてしまうクロウスの力にはまだまだ敵いそうにない。

「アルセドは元々、観察力は優れている方なんだ。だから見極めや飲み込みは早い方さ」

 しっかりと縛りあげられた男を背にして、スタッツは近づいてくる。だがクロウスと違って、険しい顔をしていた。

「だがな、少し時間が掛かり過ぎだ。それに三発目で直接仕掛けるのはあまり賢いとは言えないさ。たまたま当たり所がよかったから、大人しく寝ころんでくれたものの、悪かったらそのまま弾き飛ばされているぞ。帰ったら、もっと特訓だな」

「ええ!?」

「甘ったれるな。まだまだアルセドのレベルじゃ、人なんて守れない、自分を守ることで精一杯さ」

 厳しい言葉を突きつけられ悔しかったが、その通りで言い返せない。ほとんどかわすことしかできなかった。今回は相手の体力が思った以上に少なかったから、上手く行けたものの、そうでなかったら逆にこちらがバテテしまい、その隙に返りうちにされていただろう。

 スタッツはそのまま横を通り過ぎ、他の戦闘が終わってレイラの元に集まっている一同の方へと歩いて行った。

 その後ろ姿を見ながら、若干俯く。少しは肩を並べるくらいになったかと思ったが、その考えは甘く、まだまだ到底追いつけるものではない。

 少し落ち込んでいるのに気付いたのか、クロウスはアルセドの後頭部をくしゃりと撫でる。その手は大きく、温かみのあるもので、ほっとできるものだった。



 特に魔法管理局側に酷い怪我もなく、戦闘の合間に一息を吐く。シェーラやレイラはアルセドの活躍に驚きつつも、次なる行動に移るべく話し合いをしていた。ここにいた夜の軍団達は動くのも辛いほど、全員が縄で縛りつけられている。だが他の誰かの手によってその縄が切られるとなると厄介だ。

 先ほどのような恐ろしい殺気を出さなくなったルクランシェが渋い顔をしていたが、すぐにレイラに対して意見を述べる。

「このまま置いておこう。これ以上理由もなく戦力を分散するわけにはいかない」

「そうだとしても誰かが来たら……」

「それが団体だったらどうする。数人じゃ、相手にできないかもしれない。……動けなければいいんだろう? 少し麻痺性の薬でも飲ましておくからそれでいいか?」

「……あなた、いつもそんなのを常備しているの」

「情報を得るには動けなくして、吐きださせたほうが楽なんだよ」

 さり気ない発言によって背筋に悪寒が走る内容を言っているのに気にも留めずに、ルクランシェは中瓶を取り出しながら、近くにいた軍団達に液体を飲ませ始める。苦笑いをしながらその様子を見ていたレイラは切り傷を負った人の手当をしながら、ルクランシェがことを終えるまで待っていた。

 やがて軍団達は怖いくらいに至って静かになり、すぐにルクランシェは戻ってくる。

 レイラは再び続く通路を見ながら、一同を見渡す。そしてランプを手にして、スタッツを先頭に入ったときと同じ体型で駆け出し始めた。



「全く、少し焦っちゃったじゃない!」

 暗がりの通路を再び進み始めた中で、シェーラは声をひそめて、口を尖らしている。

「土の塊は当たりはしたが、かすっただけだよ。その後、スタッツに視線を送られて、アルセドが参戦するのを黙って見ていたんだ」

「でも――」

「シェーラだって、謎の液体をかけられたんだろう? 何でそんなに無理して接近したんだ。もし濃い酸とかかけられていたらどうするつもりだ!? ……危ないだろう」

 思わず声を荒げられてシェーラは肩を震わしたが、すぐにクロウスの寂しそうな顔につられてしまう。

「……ごめん。気を付ける」

「いや、俺も言い過ぎた。ごめん」

 何となく二人の間に沈黙が走る。ほんのささいな炎で見えなかったが、お互いの顔はどこかしら火照(ほて)っていたかもしれない。

 シェーラは真っ暗な闇に眼を向けた。走っても、走っても暗がりは解けない。先が見えない不安、そしてその先に待っている強敵に恐れがないとは言えなかった。

 ――どうしてグレゴリオは国を統合しようとしているのかしら。

 突然、素朴な疑問がふつふつと出てきた。

 白い髪の男性。世の中に対して不満を持っており、今の国を島単位で見るのではなく、全てを統合しようと目論んでいる。その際、皆を平伏すために魔法を使うと宣言。表面上を聞くだけなら筋が通っていると言えるが、よく考えれば思わず首を傾げる部分が多い。

 もしかしたら魔法を得ることで、力を謳歌(おうか)させたいのかもしれない。だがそれにしては唐突過ぎる所がある。

 まず、なぜ兵士という立場を作ってまで、純血の人をかき集めているのか。大勢でやったほうが効率はいいかもしれないが、大々的にやればそれに対して不満や牽制を仕掛ける人が出てくるのも事実である。むしろ細々と血だけを採取した方が、量は少なくても、たくさんの種類が得られるだろう。

 次に、純血に関してだが、研究所の詳細を聞いたときに、グレゴリオ達はどこか純血の人を毛嫌いしている印象を受けた。扱い方は粗雑。血だけを得られればいい。しかし、もし国中を平伏すために利用するのなら、彼らや彼女らをコマとして使ったほうがいいのではないだろうか。純血の人を操り、上手く使った方が力の差を見せつけ易いはずだ。

 そして、どうして今やらなければならないのか。もう少し策を練ってからのほうがいいのではないだろうか。まるで時間制限でもあるように思えるが、外見年齢から言って、まだ数十年は動けるはずだ。焦ってやる必要はどこにあるのか。

 他にも、国を統合したいと考えている割には、やけに戦乱を起こさせたいという想いが強い気がした。もし国を統合させてその後に繋がることをしたいのなら、戦乱によって荒廃してしまった土地から新たなことを始めるのは分が悪いはずだ。

 考えれば考えるほど、頭が混乱してくる。

 プロメテは何か気付いていたのかもしれないが、もう――聞けない。

 ただ、散々考えても、唯一変わらないことがあった。

 グレゴリオに魔法の源を与えてしまったら、確実に今の生活はなくなる。

 やっと掴みかけた、自分自身や大切な人達。それを失うわけにはいかない。けれども、どちらかを天秤にかけろと言われたら、迷わず自分以外を選ぶのはわかっていた。

 首から下げている、緑色のカケラをそっと握りしめる。

 そして片腕に手を移動させ、藍色のカケラが埋め込まれている腕輪に触れ、解除の呪文を呟くと静かに外れた。

 その音を聞いていたのか、クロウスが眉をひそめて見つめてくる。

「腕輪の封印、一つ解除したのか」

「ええ。これからどんな相手が出てくるかわからないけど、一つくらい外さないと対処できない人もいると思って。大丈夫よ、一つ目の封印はよく解いているから」

「……どこまで解除するつもりだ」

「まあ相手によるでしょう」

 真実なんて面と向かって言えやしない。だがクロウスもその気持ちには気付いていた。

「……ペンダントまで外すのか?」

「だから相手によるって」

「なら解除するな。その時は俺がその代わりを務めるから」

 真っ直ぐ過ぎる発言にシェーラの心は痛みそうだった。彼なら無駄だとわかってもやりかねないから怖い。

 ペンダントをもう一度外したら、おそらく膨大な魔力が溢れ出るということは悟っていた。今はプロメテだけでなく、イリスの魔力までも入っているのだから。そしてそういう状況になった場合、必然的に体に負担が掛かるということも。

 この前外した時、一発の魔法で一ヶ月意識を失った。それ以上のことが起こることをクロウスは恐れているのだろう。

 喉に汗がつたっている。シェーラ自身も怖かったが、努めて平静な顔をして返した。

「何言っているのよ。私が封印を解除する相手はたいてい魔法を使う人よ。そんな人、クロウスに押し付けられない」

「だからって言っても――」

「クロウス以外にも頼れる人はたくさんいるわ。いざとなったら、その人達に助けを求めるから。――クロウスはケルハイトのことだけ考えてればいいのよ」

 さっと表情が強張る。その言葉はクロウスの心の急所を射抜いていた。

 彼にとって因縁の相手。過去の想い人を追い詰めた張本人。

 たとえシェーラがその彼女以上の存在になれたとしても、消える事実ではないし、許せることではない。

 いつかは決着を付けなければならない相手のことであると、認識している。

 だからこそ、自分には構わずクロウス自身の過去とその相手にしっかりと対峙してほしいとシェーラは思う。

「……なるべく解除しないから」

 気休めとも捉えられる発言だが、出すしかない。

「シェーラ……」

「あの時の私とは違う。絶対にクロウスの前からいなくならないから。お願い、そんな顔しないで」

 悲痛そうな顔がおぼろげな炎の中に浮かび上がっている。

 嘘など吐くつもりはない。偽りのない真実である。

 しばらくおいて、ようやく気持ちが伝わったのか、クロウスは悔しそうな顔をしながら視線を()らす。いざとなったときに助けられないのを悔しがっているのかもしれない。それは嬉しい想いだ。言葉に出さずに、そのまま胸の内にしまった。

 やがて風の流れが変わってきていることに気づく。そこから微かに流れている今までに感じたことがある殺気にも。

 シェーラはクロウスを差し置いて、少し前に出た。スタッツと並ぶと目配せをして、先に行くと合図する。

 ほんの少し前を走った。後ろから走ってくるスタッツの灯りだけが頼りだ。

 手に風を(まと)わり付け始めた。すぐに大がかりな魔法を出せるよう準備をする。

 そして通路の終わりが見えてくると、赤々とした大きなものが目に入ってきた。それがこっちに近づくと同時にシェーラは手を大きく広げて、巨大な風の壁を作る。

 次の瞬間、風と炎は音を立ててぶつかりあった。



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