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虹色のカケラ  作者: 桐谷瑞香
第八章 虹色のカケラ
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8‐5 奮闘する少年

 アルセドはスタッツの呼び出しを呆然と受け止めていた。何を言われたかわからない表情を浮かべる。だが、鋭い視線によってすぐに我に戻され、走り始めていた。何かやってやるなど、この状況を好転に持っていくなど全く考えていない。ただ、呼び出されたあの戦況の中で、まずは自分の身だけでもしっかり守ろうと思った。

 心臓が高鳴っている。だが不思議と恐怖は感じていなかった――。

 腹を押さえながら、膝を付けているクロウスが目に入る。辛そうな様子だがかすった程度で、まだ余裕はありそうだ。

「アルセド、そいつは腕の長さを生かした拳と咄嗟(とっさ)に土の塊を出して攻撃してくる。迂闊(うかつ)に近づかない方がいいぞ」

 クロウスからの言葉はシェーラのように一歩引いたものではなく、同じ戦場にいる者としての対等なもの。それがどこか嬉しかった。

 スタッツがムスタとやり合っているのが見える。ムスタよりも細い腕であるが、長さは劣らず、的確に急所を狙っている辺りは充分に分がある。それならば、なぜスタッツはアルセドを呼んだのか疑問だ。

 近づくと、スタッツに山なりの土の塊を出し、その隙にアルセドに向かって、ムスタの拳が飛んできた。

 それをすれすれながらかわす。まともに直撃したら、動けなくなるのは目に見えている。

 次々に繰り広げられる拳を危うい所でかわす。アルセドは頬を引きつらせながら、必死に拳の道筋から逃れた。

 自分の身は自分で守れと言われている。スタッツが何を考えているか本当にわからなかった。だがいつまでも逃げ続けているわけにもいかない。

 ムスタの攻撃をかわした直後、足の関節の部分を狙って蹴りを入れた。

 それに驚いたのか、ムスタは手で慌ててそれを制止する。魔法は出てこなかった。

 不思議に思っていると、地面が揺れ動いている。すぐに飛びのくと、柔らかい腰ぐらいの大きさの土の塊が薄らと出てきた。

 しかしそれは一瞬で消え去ってしまう。その様子に首を傾げそうになる。

「お前は一体……」

 何故だろうと考えている隙に、目の前に拳が現れていた。それに対して、身をよじってかわす。

 スタッツからの助力を待つかと思う暇もなく、かわすことに専念した。

 だが、ほんの少しだがムスタの動きが遅くなっていることに気づく。

 ――疲れが出てきた? いや、それなりの実力があるのに、これくらいでくたばるはずが……。

 ちょろちょろと動きながら、様子を観察していく。

 ムスタは長い腕を生かし、近づけさせないようにひたすら連続して鋭い拳を繰り広げてくる。そして近づいてくると、拳もしくは土の魔法で相手をはねつけるという感じだ。

 パターン化され、ある意味型に乗らせてしまえば、非常にやりにくい相手だ。だがそれを崩せば、勝機はある。

 ほころびが見えそうになりつつも、まだしっかりと相手の様子をアルセドは観察し続けた。



 一方、ルクランシェは悠々とチートストに近づいて行く。腰より少し短い両刃の長剣、細剣よりは幅広な剣を左手に持ちながら、ゆっくりと歩いている。

 チートストはその余裕っぷりに、そして一瞬で瓶の中身が言い当てられたのが余程衝撃を受けたのか、先ほどのような勢いはなかった。

「さあ、投げたらどうだ。お得意の魔力の血が入っている瓶で」

「そんなに迂闊に投げてたまるか。お前こそどうなんだ、剣士ならとっとと俺を斬ればいい!」

「あまり人を斬るのは好きじゃないんでね、極力斬らないようにしている」

「何だ、ただの臆病者か!」

 その言葉が言い終わるかどうかのうちに、ルクランシェは走り込み、チートストの剣をなぎ払おうとした。その接近に笑みを浮かべたチートストは胸から赤黒い瓶を取り出し、投げつける。

 だが投げるのに気を取られていたチートストは、足に何かが掛けられたのを直後になって気付く。

 ただの水かと思った矢先、突然掛けられた部分が氷漬けになった。

「な……!」

 ルクランシェに投げられた瓶はそのまま地面に落ち、その場にささやかな水が出ただけだ。

「不発かよ! 畜生、もう一本」

「そんな余裕はあるのか?」

 チートストの目の前にルクランシェが現れる。そして腹に一発お見前した。その衝撃で尻もちをつく。

 そしてすっと目の先に剣先を突き刺した。

「こんな距離ならいくらでも投げられるだろう。ほら薬品を投げたらどうだ? 今度は質のいい血だといいがな」

 冷淡な声はチートストの動きを止めるのに充分だった。足の氷は溶ける気配を見せず、むしろ固くなっている。

「お前は純血なのか?」

 何気に発した言葉にルクランシェは薄く笑みを浮かべる。

「自分の情報を易々と声に漏らすのは低レベル過ぎる人だ」

 それにかっと頭に血が上ると、チートストは懐から掌程の瓶を取り出して、ルクランシェに向かって投げつけた。色は限りなく黒に近い。ルクランシェは慌てることなく、その瓶に自ら取りだした小さな瓶に入った透明な液体を振りかざした。

 その瞬間、瓶は激しい音を立てて割れる。液が飛び散りはしたが、ほとんどがそのまま重力に従って、チートストの元に落ちて行く。

 触れた瞬間、肉が焼ける音がした。悲鳴を上げる。そして見る見るうちに、肉は焼け、赤い斑点ができてきた。服の上からも激しく被ったためか、服を通り抜けて皮膚に触れているらしい。

 チートストの瓶の中身は小回りが利く炎を使う純血のものだった。ルクランシェも掛かりはしたが、全てマントの上であり、焦げ付いた跡だけが残る形となる。

 必死に喘ぎながらも逃れようともがく。それを静かに上から見下ろす青年。

「……魔力がほとんどないからと言って、魔法に頼るのはお門違いだ。そのまま違う道を歩めばよかったものの……。これは私からの餞別だ。静かに寝ていろ」

 手に収まるくらいの小瓶の蓋を取り出し、動きまわるチートストの口に一気に飲ます。

 その数秒後、目が閉じられると、ぴくぴくと動きながらも、静かになった。

 氷が依然解けないことを確認すると、ルクランシェはゆっくりとレイラの元へと歩き始める。



 シェーラは一部始終を見て、唖然としていた。このように冷淡なルクランシェを見たことはなくはない。だが、ここまで恐ろしい殺気を感じるのは初めてだった。そしてこういう戦闘の仕方を見るのも初めてである。

「あの人も私もだけど、本来は実験部所属希望だったのよ。正直言って、彼に対して薬品の使い方には勝てたことなかった。先生でさえも、そして他の誰もが敵いっこなかった」

「じゃあどうして、情報部に……」

「……ちょっとある実験に失敗してね、追いだされたのよ。ただはっきり言えないけど、むしろ失敗をなすり付けられたっていう話。その後数年、局から遠ざかって、帰ってきたら、情報部に所属希望出したものだからびっくりしたわ。確かに頭の回転は速くて適しているとは思うけど、肉弾戦は強いとは言えなかった。だけど戻ってきたときは、すっかり変わっていた」

 シェーラがルクランシェと出会ったのは、情報部の一員として活躍している時。そこまで戦いを好まない人とは微塵も思わなかった。

「ただ、変わらないことはあった。薬品調合は好きだった。今でもひっそりと実験室の一角で調合している。血とかそういうのを利用するのではなく、今あるものを使って、新たなものを作ろうとしたのよ」

 何を作ろうとしていたのか。そこまでは教えてくれないのか、レイラは口を閉ざしてしまった。

 普段は忙しく書類を見ているのに、そんな暇があったのかと思ってしまう。きっと誰にも邪魔されないように、そして静かに黙々と調合をするために、実験室で深夜遅くにしていたのかもしれない。

 ルクランシェが柔らかい笑みを浮かべながら近づいてくる。レイラはそれに対して、右手を軽く振りながら呼びかけに応じた。目に見えない信頼がそこには確かにあったのだ。



 チートストとの戦闘が静かに終わった頃、ムスタ側にも変化が生じ始めていた。ひたすら器用に逃げ回るアルセドを追いかける手が、確実に遅くなり始めているのだ。そしてもう一つ、わかったことがあった。

 アルセドは太い縄を一本取り出し、それに軽く火を付ける。本当にささやかでランプに付ける程度の炎だ。

 それをムスタに向かって投げつける。ムスタはそれをなぎ払い、蹴りを入れようとしたアルセドを土の壁で防ごうとした。だがアルセドはそのまま突っ込まず、脇によって脛の辺りを思いっきり蹴り付ける。

 その反動とすぐに来る反撃に後ずさりながらもかわす。

 そしてようやく傍観していたスタッツが横に現れた。

「どうだ、アルセド。何かわかったか?」

「これだけ動いていればだいたいわかりますよ」

「よし、それなら言ってみろ。正しいかどうか確認してやる」

 その不思議な言い回しに反論しないほど、今のアルセドは戦闘に集中していた。

「二つあります。一つは確実にあいつの体力が低下していること。おそらく魔法を使うのがそれほど得意ではないのでしょう。二つ目は……魔法と肉弾戦は同時にできない。肉弾戦に移る場合はすぐに魔法の壁を消さなければならなく、その隙が若干ながらあるということが、今わかっていることです」

 スタッツは満足そうな顔をしている。

「いいだろう。それじゃあ、それを踏まえた上で、こいつに勝つ方法は?」

「……誰かが囮になって、その隙を突く……」

「悪くはない方法だ。まあ……正直言って別にその必要はないがな」

「……え、スタッツさん!?」

 アルセドが何かを言う前にひょいっと、再びムスタの前に放り投げ出させられる。

 驚き、抗議する暇もなく、ムスタの拳が飛んできた。それを交わしながらも、スタッツが早く来ることを願う。だが腕を組みながら少し離れた所で立っている。

 ――スタッツさん、一体何を考えているんだ……!?

 攻撃を交わして、ほんの些細な隙を見つけるのに精一杯なはずなのに、それにも関わらずスタッツは加勢してくれる素振りを見せなかった。クロウスを見つけて、助けを請う余裕などない。

 そんな中、突然ぽたりと汗が地面に落ちた。ムスタの荒い息が聞こえてくる。

 直感的に今のムスタの状況を悟った。

 その後は、アルセドは無我夢中で行動に移す。

 少し離れて、持っていた小さなナイフを取り出し、投げつける。それは土の壁によって阻まれた。

 その隙に今度は手近な棒きれに炎を付けて、右脇からムスタに投げつける。土の壁をなくして、すぐにそれを叩き落とした。

 だが、その前にアルセドは土の壁があった所から大きく跳躍し、額の部分を思いっきり殴ったのだ。

 固かったが、いい音が響き渡る。

 ほぼ無防備のまま殴られた状態になったムスタはそのまま激しい音を立てて、倒れ込む。軽い脳震盪でも起こしているのだろう、動く気配はない。

 そして同時にアルセドもバランスを崩しながら、地面に不時着した。

 呼吸も荒く、ほとんど行き当たりばったりだ。だが、確かにこの瞬間、アルセドはムスタを戦闘不能にさせたのだった。


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