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虹色のカケラ  作者: 桐谷瑞香
第一章 風の導き
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1‐10 剣を振るう理由

 クロウスは三ヶ月ほど前にふらりとイリデンスに訪れた。それ以前も点々と村や町などを旅して回っていたが、ここが一番長く滞在していた。雰囲気が自分の故郷に似ていたのも滞在理由の一つもあるが、ソレルとアストンに出会ったのも大きかったかもしれない。



 村では薪割りなどの簡単な肉体労働で、宿や食事代を稼いでいた。

 他の村と同様、一ヶ月くらいで去ろうと考えていたときだった。イリデンスにノクターナル兵士が一人迷い込んできて、村人に対して切りかかったのだ。その兵士は疲労困憊で冷静な判断ができなくなっていたらしく、剣をやたらと振り回し始め、多くの人に危害を与えようとしていた。

 偶然にもその傍にいたクロウスは剣を抜き、兵士の剣をはじき飛ばす。だが、その兵士の凶行は止まらず、腰から短剣を取り出し、近くにいた子供を人質にとろうとした。

 そのときソレルが現れ、兵士の凶行を真正面から立ち向かったのだ。剣は抜かず、左手で相手の手首をひねり返す。右手で握り拳を作り、腹に一発加える。そして、そのまま兵士は倒れこんでしまったのだ。

 その後兵士は取り押さえられ、詰問所へと身柄が拘束された。クロウスはそこで簡単に詰問所で質問に答える。そして外に出ると先ほど出会った男――ソレルと出会った。

 クロウスを見るなり、ソレルははっきりと言ったのだ。

「お前、強いな。一度相手してくれないか?」

 それ以後、何度か二人は打ち合いをした。ややクロウスの方が分はあったようだ。ソレルとしては、五歳も下の相手に負けるのが悔しかったのか、日に日にその差は縮まっていく。

 そのうち、アストンも加わり剣の稽古もしたりした。そんな中で、護衛を頼まれたりと、今までの他の村の滞在以上に充実した日々を過ごしていた――。



 そんなある日、クロウスとソレルは酒場に入り、ゆっくりと話をしたことがあった。いつもはアストンも一緒で騒々しいが、護衛の任でその日はいない。もっぱら剣のことについて二人は話しをする。酔いも回ってきたのか、ふとソレルはこんなことを漏らしたのだ。

「俺は魔法がほとんど使えないせいで、子供のころに馬鹿にされたことがあった。いじめられたりもした。だから剣術を学ぼうと思った。そいつらに、世の中魔法だけじゃないんだぞって、言わせるために。今もそうだ。そしてこれからも」

 その時、ソレルの瞳からはとても強い意志を感じ取れた。反面、自分の過去に対して嫌っているようにも見える。

「クロウスはどうしてだ? どうして剣を振るっているんだ? しかも、相当強いじゃないか」

 返答に窮する質問だ。ほとんどはソレルと同じで、魔法が使えないから始めたことだった。だが本当の理由は違っていた。その日は適当にはぐらかして答えておいたが、ソレルには見抜かれていただろう。

 そして三週間ほど前だろうか、ソレルはノクターナル島へ向かう業者の護衛として二週間近く村を離れ、予定通り帰ってきた。だが、無表情である時間がより長くなったようだった。疑問に思いつつも日が過ぎる。

 やがて、クロウス、ソレル、アストンにイリスの護衛の話がきたのだ。



 * * *



 剣と剣が交り合う音が幾度もなく響き渡る。何回か打ち合うと、互いに離れ間合いを取った。

 それが何回も続いた。だが、決め手がなくそのままじりじりと時間が過ぎていく。

 何回も剣を交えていくうちに、いつもと違うソレルの様子がクロウスへ直に伝わってきた。

 ――ソレルの剣術が、いや感情がいつもと違っている? より憎悪が増加している感じがするような……。

 クロウスは間合いを取っている最中に大声で話しかける。

「ソレル! ノクターナル島に行って、何があったんだ!?」

 しかし、ソレルは何も答えない。そして、ふと思いついたことをソレルにぶつける。

「もしかして、操られているのか? 聞いたことがある。ノクターナル島のある人物は人間の心を操る魔法の研究をしていて、最近、その被験者を適当に選別していると。ソレルはたまたま被験者となってしまい、ここにいるんじゃないのか!?」

 ソレルは依然何も答えない。

 足を一歩踏み出し走り出すと、再びクロウスに対して力強く押しかかってきた。その斬撃を受け流しながら、なおも話しかけた。

「ソレルは今、どうして剣を振るっているんだ!?」

 ソレルの眉がぴくりと動く。ようやく表情らしいものが見える。

 その隙をついて、受け流した衝撃をそのまま利用し、思いっきりソレルの剣を弾き飛ばした。

 床に転がりながらどうにか止まったソレルは、状況が不利と気づいたのかようやく重い口を開く。

「俺はこの世の中に、魔法だけじゃないということを伝えるために振っているのだ。特に、今まで馬鹿にした奴らにこれでもかと身を持って体験させるためにな」

「じゃあ、どうしてノクターナル島側についたんだ?」

「ノクターナル島では魔法よりも剣のほうが尊重されている。他の島では魔法が使えずに非常に苦い思いをしたやつらも、そこならのびのびと過ごせるからだよ。もっと早くノクターナル島に行けばよかった。」

「ノクターナル島がそんなにいいのか?」

 クロウスはぎりぎりと歯を食い縛り、押し殺した声で言っていた。

「ノクターナル島側について剣を振るうこと、それは人を傷つけることに繋がるんだぞ?」

「目的を達成するためには、人を傷つけるのは必要だ」

 その言葉に対してか、気がついたらクロウスは我知らず叫んでいた。

「それで無関係、いや自分の知り合いを傷つけるかもしれないんだぞ!? 今だって見ろ。ソレルはそこの兵士の命を獲った。そして、アストンの命も獲ろうとした」

 アストンの苦しそうな顔が鮮明に思い出される。

「それは自分の心が殺れと言ったことなのか? それとも操られた結果なのか? どっちにしてもそれは許されることではない。自分の心に偽りを説くな。どうして剣を振っているんだ!?」

 ソレルの頬が引きつっている。

「なら、クロウスはどうして振っているんだ!?」

 噛みつく様な声で返し、クロウスを睨みつける。

 だが、ソレルとは対象的にクロウスは静かな声で語りかけた。

「俺も魔法が使えないから、剣を振るう。だがそれは自分の心を強くするためにだ。決して魔法が使える人を見下すためにしているのではない」

 クロウスはソレルの胸倉を引っ掴んだ。

 無表情に人を切っていたソレルとは一転して、明らかに動揺していた。自分の信念が歪められているのではないかという事実に気づき始めている。次から出た言葉は震えていた。

「俺が剣を振るうのは、世の中には魔法だけじゃないということをこれからの人に伝えるため……。そして人を守るため……。だから、こんな行為は俺の意思じゃない」

 ソレルの瞳から若干だが光の灯が戻り始めているようだ。それを確認すると手を放した。ソレルは力なく座り込む。うつむいたまま何も喋らない。

 しばらくの間、沈黙が続く。そして沈黙を経て、ソレルは消え入りそうな声で呟いた。

「――クロウス、俺を殺してくれ」

 クロウスは目を丸くした。ソレルはぽつりぽつりと続ける。

「クロウスの言うとおり、俺は操られているかもしれない。ノクターナル島で捕まって、どこか不思議な場所に連れていかれた後、はっきりとした記憶がない。ただそこでイリスさんを連れてくることを言われた気がする。どんなことをしてでも、たとえ人を斬ってでもいいからと。今、幸いどうにか自分の意識で操られていることを抑えることができる。だが、それもそう長くはない」

 ソレルは嘆願するような目をクロウスへ向ける。

「また剣を握り、お前と対峙するだろう。イリスさんを無理矢理にでもノクターナル島へと連れて行こうとするだろう。そこで何人か傷つけるかもしれない。自分ではない自分が人を傷つけるのには耐えられない。だから今、ここで殺してくれ。そうすればこれ以上火種は広がらないはずだ。お願いだ。頼む……」

 最後のほうは悲痛な声だった。クロウスの剣先は地面を向いている。丸腰のソレルに対してなら、いつでも斬ることができた。再び俯き、顔を上げようとしないソレルをじっと見つめる。そして、剣を鞘に納めた。

 カチャリという鞘に納める音を聞くと、ソレルははっとして顔をあげた。

「クロウス、一体何を……」

「俺はそういうことをするために剣を振っているんじゃないって、言ったよな。操られたのが魔法によるものだったのなら、元を断てばもと通りになるはずだ。だから、まだ自分の人生に見切りをつけるときじゃないと思う」

 クロウスは少しはにかんでいた。ソレルは一文字一文字、確かめるように言う。

「この殺戮者になりかかっている俺が元に戻れるのか?」

「その可能性はあるってことだ。俺は魔法には詳しくないから、他の人にあたってみる」

「そうだな。……ありがとう、クロウス」

「お礼を言われるほどじゃない。少しここを離れる。イリスさんを連れて帰らなきゃいけないから」

「ああ。よろしく頼む」

 ソレルの顔には今までの緊張から解放されたようは、穏やかな表情が浮かんでいる。クロウスは一呼吸すると、一階への階段に向かって歩き出そうとした。

 しかし、突如ソレルが呻き声を発し始める。すぐにクロウスは振り返ると、ソレルは胸を押さえながら必死に何かに耐えていた。

「ソレル!」

 急いで近寄ろうとする。だが、ソレルの精一杯の声で制された。

「来るな! また操られるようだ……。俺が俺でなくなる。このままじゃもたない。だから早く行くんだ、クロウス! 自分の処理は自分でするから」

 ソレルはそっと寂しげな顔をした。クロウスは歯を噛み締めると、彼の後ろに一瞬で回った。

「クロウス!?」

「すまん。しばらく、気を失っていてくれ!」

 そう言うと、首の急所にかけて思いっきり手刀を下ろす。ソレルは一瞬痛みを感じたが、そのまま力なく倒れこんでしまった。

 クロウスは縄を取り出すと、手首と足首をきつく縛りこんだ。ついでに、体は階段の柵に括り付ける。

「これならもし自分で抑制が利かない状況になっても、そう簡単には動けないだろう」

 クロウスは屈みこむと、静かに目をつぶっているソレルに対してそっと語りかけた。

「命を粗末にするなよ」

 そして立ち上がり、シェーラが割った窓の先を見る。

 遠くの空からはうっすらと朝焼けが見えてきていた。





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