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虹色のカケラ  作者: 桐谷瑞香
第八章 虹色のカケラ
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8‐3 魔法の始まりの地

 航海は驚くほどスムーズに進んでいた。荒々しい波は船に近づくにつれて穏やかになり、船が進むのに適した波となっている。

 シェーラとクロウスは先ほどの推論を小部屋でレイラとアルセドに話すと、二人は興味深くカケラを見つめていた。

「いい推論ね。祈りの場所の石については、終わった後に調べてみましょう。橋の建設の詳細記録もどこかにあるはずよ。今はどちらにしても、無事に航海が出来ていることに感謝しましょう」

「これで孤島に辿り着かないというのはなさそうですね」

「たぶんね。今は休んでおいたほうがいいわ。この速度なら明け方には着くはずだと言っていたから」

 どうにか楽にしようとしても、レイラの緊張感は抜けなかった。

 シェーラとクロウスは備え付けの時計を見て、慌てて立ち上がる。そろそろ見張りの交替の時間だ。部屋から出ようとしたが、アルセドは未だに座り込んでいる。

「アルセド、もう時間よ」

「なあ、……グレゴリオはもう到着したのかな」

 アルセドの発言には誰も答えず、苦々しい顔をする。時間的に見れば、いくら速度を上げたとしても先に到着することはできない。遅くても、シェーラ達が上陸する二、三時間前には着いているだろう。

「焦ってもしょうがないわよ」

「わかっている。ただ少し悔しくてさ。イリスさん達の想いをすぐに応えられなくて。だけど俺達は今、その想いに応えるために、動いているんだよな」

「……ええ、そうよ。今まで生きてきた全ての人、そしてこれからの人達のために……ね」

 そっと立ち上がるよう促す。彼なりに実感しているのだろう、イリスだけではなく、多くの人の想いが込められて、今があるということを。

 そしてこれから起こることも、想像できない程、激しい争いになるということも。

 甲板に出て、しばらく見張りをしていると、ゆっくりと日が昇り始める。三人でその様子を眺めていた。そしてその前には小さな島の影が見える。

「いよいよね」

 シェーラの呟きに、二人は頷く。昼から今の時間まで、あっという間であった。

 昨日の昼の時点で、誰が孤島に向かうと思っていただろうか。誰が今後の行く末を左右する出来事が起きると思っていただろうか。

 七つのカケラ、そしてある家族の想いと共にシェーラとクロウス達は、魔法の始まりの地に足を踏み入れる――。



 日が昇り、一、二時間して、ようやく船は孤島に辿り着いた。雲行きは怪しいが、どうにか雨は止んでいる。

 船が停められる所を探し、素早くいかりを下ろして岸に船を着けた。場所を探している途中で特に不審な船は見当たらなかったが、時間的にすでにグレゴリオ達は孤島に侵入していると思われる。

 船には船員と護衛として事件部から二人だけ残し、他の十人で孤島を探索し始めた。

 孤島は中心に小さな山があり、その周りは森で覆われている。前に進もうとするが、伸びきっている草が邪魔で思うように進まない。シェーラが軽く風の刃を出して、切り倒すことで、ようやく小さな道が出来ていた。

 グレゴリオ達、夜の軍団がどれくらいいるか予想がつかない中、なるべく無駄な動きはしないよう気を付けている。もし何十人もいた場合には、一人で複数名の相手をしなければならないからだ。

 周りの様子に気を配りながら、黙々と中心へ歩みを進めた。

 草や葉の間から、水滴が落ちる。三百年も開拓されていない孤島は、全くの未知の世界だった。見たことがない奇抜な草や花、若干ながら大型化された動物など、人の手が付けられていない島はとても興味深いものだ。

 時間があれば、ゆっくりと見ていきたいものだが、今はそうはいかない。

 しばらく歩いていると、風の流れが変わったのにシェーラは気付く。木々の合間をぬって遠慮深く吹いていた風は、川の流れのように一気に吹いているのだ。この先には草や木で覆われた空間ではないことを、ささやかではあるが物語っている。

 そしてその予想通り、森から抜けることができ、目の前には小さな山がそびえたっていた。遠くから見た分ではそんなに大きくは感じなかったが、近くで見ると意外に大きいことが分かる。

「ここがおそらく魔法の源が置かれている所よ。どこかに中に入れる場所があると思う。探しましょう」

 額に汗を浮かべているレイラだが、決して疲れていることを思わせない、はっきりとした口調で指示を出す。

 最近は会議に出ているか、部屋の中で悶々と書類と格闘しているだけの日々だったので、久々の現地に多少は堪えているだろう。だが、それは顔には出していなかった。

 シェーラはクロウスと共に、山の脇を先に調べ始める。後ろからレイラ達が付いていく構図となった。

 そんなに大きな山ではないため、一周するのにそう時間はかからないだろう。だがそれでも、いち早く入口を探し、中に入らなければならない。

 その願いが通じたのか、すぐに開けた空間に出た。そこには靴によって踏みつぶされた土の跡がある。

 シェーラはしゃがみ込み、その跡をなぞった。まだ真新しい。雨が降っていたおかげで、足跡がはっきりと残っており、いつできたものか想像するのは容易だった。

「やっぱり来ていたか……」

「もう、衝突は避けられないわね。……さて、レイラさん達が来る前に一仕事しますか」

 足音を極力消しながら、さらに歩を進めると、人の姿が目に入ってきた。木の影に隠れて、死角に入る。

 剣を腰から下げている男が二人。出ている殺気から、それなりにできる人だと伺える。兵士から選りすぐりの人によって構成されている、夜の軍団――、名だけではなさそうだ。

 シェーラは(てのひら)にそよ風を出す。そしてクロウスに目をやり、硬い表情で頷き返されると、瞬時に強めの風を出し、男達に向かって投げつけた。

 風は男達の脇をすれすれに通り過ぎ、後ろにあった山の一部に傷を負わす。

 何者かがいると気づいた男達の目は険しくなり、すぐに鞘から剣を抜き始めた。

 それを一瞬で間合いをつめたシェーラが短剣を両手に持ち、交戦する。さすがに中々隙は与えてくれず、さばくので精一杯だ。

 だがすぐにクロウスが男達に剣を振りかざしており、それに気が散った一人はシェーラから視線を逸らした。

 その隙に男を蹴り付ける。歪めた表情を浮かべると、すぐに剣をシェーラに向かって突こうとした。

 それをクロウスが弾き返し、一対一の攻防へと持ち込まされる。

 クロウス側では、彼の剣先が男の右腕を切り裂き、その反動で剣を落としていた。そして腹に蹴りを与えると、男はくぐもった声を出して、動かなくなる。

 シェーラも剣を上手く弾き、右肩を貫いて動きを鈍くさせ、一瞬で後ろに回り、首筋に手刀を下ろして気を失わせた。

 数分の出来事とはいえ、多少は息が上がってしまう。

「さすがに傷を全く負わせない余裕はないわね」

「これくらいの強さだと、多少傷を負わすのはしょうがないな。そうでもしなきゃ、俺達が危ない。躊躇いは……時にもっと大切な物も失う可能性がある」

 クロウスから滲み出る言葉は、自分自身に対しても言っているようだ。シェーラはただクロウスの手にそっと自分の手を乗せるしかできない。

 やがて異変を察知したレイラ達が駆け寄ってきた。先ほどの攻防が耳に入ったのだろう。

「大丈夫!?」

「大丈夫ですよ、これくらい。見張り程度の下っ端にやられる私たちじゃないですよ。さて……、入口ですね」

 視線を山の入り口に向ける。いや、正確には入口であった場所だった。入口の部分だけ、頑丈な石でできていたようだ。だが今は、無残にも粉々に砕かれている。

「この石の材質は橋と同じものだな。おそらく橋を壊した人物と同じだろう」

 ルクランシェは砕かれた石をまじまじと見ながら、見解を述べる。

「けどどうして、壊すという行為に出たのかしら。封印でもされていた?」

「そうかもしれないな。見てみろ、この大きな破片を」

 視線の先には、丸いくぼみがある破片。それが四つ以上あるようだ。

「おそらくこの石は、カケラに反応するとかそういうことじゃないのか?」

 魔法の原点であるここの封印を安全に開くには、七つのカケラが必要だったのかもしれない。だが、それがないために無理に破壊したのだろう。

「どちらにしても、強行突破には敵わない程度の封印だったのね。おそらく不時着した程度や興味半分の人には近づけさせない目的だったのでしょう。この分だと、中はもう少し厄介なことになりそうね」

 やれやれと肩をすくませながら、レイラは中に続く入口を見つめる。

「時間もないし、入りましょう。ちょっと色々心配だから、先頭はルクランシェで」

「ああ、罠がある場合のことか。俺でも構わないが、もっと適任がいる」

 ルクランシェの視線はスタッツへと移動する。腕を組んで、静かに状況を見ていた男は、ゆっくり前に歩み出た。

「……俺で良ければ、先頭に行く。危険な所に足を踏み入れるのには慣れているからな」

「そう言っていただけると心強いわ。頼んでもいいかしら?」

「いいだろう。アルセド、ランプの準備をしてくれ」

 呼ばれたアルセドは、肩からかけていた鞄から、小さいランプを三個取り出す。そのうちの一つに火を()けてスタッツに渡した。他はクロウスと事件部の一人に渡す。

 そしてスタッツはランプを片手に、何も臆することなく、中へ足を踏み入れた。



 中は意外に歩きやすかった。もっと石などでごつごつと歩きにくい印象を受けていたが、簡単ではあるが整えられている。

 スタッツを先頭にその後ろをシェーラ、クロウス、アルセドが、そしてレイラやルクランシェ、ダニエルや他の局の者が続く。

 レイラは誰よりも地位が高い。かなりの魔力を持ち、使い方が卓越されているとはいえ、何かあったらでは遅すぎる。それを気にしてか、ルクランシェはぴったり寄り添うようにレイラを守っていた。

 明かりをかざしながら進むと、途中で奇妙な場所を目の当たりにする。

 道の真ん中に羽をはばたかせている大きな鳥の形をした銅像が立っているのだ。その後ろは分かれ道のようで、閉じられた入口と開かれた入口がある。

 さすがのスタッツも眉をひそめていた。初めて出会ったものなのか。

 そして更に驚いたことに、どこからか全く聞き覚えのない声が響いてくるのだ。

(なんじ)何故(なにゆえ)この地に来た」

 重々しく、野太い声。シェーラが困惑な表情を浮かべながら、銅像を指している。クロウスは首を横に傾げていた。

 返答に窮しているスタッツを横に置き、レイラは前に出る。

「私達はこの先にある魔法の源と呼ばれるものを見つけるために来ました」

「魔法の源、何故、それを求める」

「……これからをよりよい方向に持っていくために」

 “破壊する”なんて、間違っても言えないものだ。銅像はしばらく黙りこむ。動いてはいないが、まるでその場にいる人々を見定めているような感覚に陥る。

「この先に進みたいか」

「進みたいです」

「ならば証を見せよ。証が正しければ、奥にまで通じる道を開けよう。間違っていれば、引き返してもらおう」

 レイラは後ろに振り返る。証が何のことかと尋ねたいようだ。突然証と言われても何のことかとわからない。

 しかもこの銅像は矛盾したことを言っていた。先に進む道は二つある。しかもそのうちの一つはすでに開いているのだ。

「ひとまず証を……。けど一体何のこと?」

「慌てるな。こういうときはじっくり考えることに限る」

 スタッツが(いさ)めるように促す。両腕を組みながら、思案しているようだ。

「けど、グレゴリオ達はすでに中にいるはずよ。あの人達が持っているもので私達も持っているものってあるのかしら」

「いや、そういうものとは限らない」

 はっきりと言いきるスタッツに、レイラは若干ながら心配した表情をする。信用はしていなくないが、判断にし兼ねる言葉を発せられ、躊躇しているのだ。

「何がいいたいのかしら、スタッツさん」

「おそらくあの銅像が言いたいのは、証を持っていれば閉じられている入口を開け、更に奥に進めるということだろう。そして証を持っていない場合は引き下がる、もしくはすでに開ききっている入口から中に侵入するのだろうさ。その先が奥に繋がっているとは限らないが、進まないよりましだろうという考えでな。それに閉じられた入口、強めの封印がしてある」

 スタッツの的確な判断に、レイラを始めとして一同は感心していた。だが、ルクランシェだけが、それに疑問を投げかける。

「それでは証を持っていれば、グレゴリオ達より早く先に辿り着く可能性があるというわけだが、果たして証はなんだ? 俺達も持っていなかったら、これ以上先に進むのは危険だぞ」

 スタッツは顎に手を添えながら、軽く頷く。しかしすぐに溜息を吐いた。

「証は今までの展開から予想できるだろう。クロウス達が持っているカケラさ」

 視線を向けられたクロウスは、そっと橙色のカケラを取り出した。そして銅像の方に歩いていく。だが銅像は反応しなかった。アルセドも真似して近づくが、変化はない。

 口を尖らせながらシェーラは書を抱え、クロウスに近づいて、カケラを見た。

「いつもならカケラに光が宿るのに。全然、変わらないじゃない。ほら書のカケラも」

「それじゃあ、証は間違っているのか? ここまできて」

「カケラが証だとしたら、少しおかしくない? さっきの時点でもっと強力な封印をしておけばよかったじゃない。何か、二つの封印の仕方が同一人物とは思えない。何だろう……、こっちの方が新しく、懐かしい気が……」

 さらに近づくと、突然銅像から声が出た。

「それぞ、証」

「へ?」

「よろしい。奥に通じる道を開こう」

 そう言われると、重い音と共に砂埃をたたせながら、扉が開いた。

 謎過ぎる状態に一同は首を傾ける。進むのを躊躇っていると、またどこからか声が響いてきた。さっきの声とはまったく違う、優しい声。

「さあ、早く中に進みなさい」

 すると突然虹色の書はシェーラの腕から零れた。そして信じられないという顔で銅像を見つめる。レイラ、ルクランシェ、ダニエル、そしてその他の局員らも目を丸くしていた。

 よくわからないクロウスやアルセド、スタッツはその状況に不思議に思う。

「ああ、きっと驚いているだろうね。いやあ、こんなに大がかりな魔法は初めてだったけど、意外にどうにかなっているのかな?」

 飄々と出す言葉。面白そうなおじさんの印象を受ける。誰かが、銅像に声を残して行ったのか――。

「プロメテ先生……」

 シェーラの口から漏れた名前にびっくりする。声を聞くのは初めてだったが、こんなに優しい声を出す人物だったとは予想していなかった。

「一体、誰が来たのかな。そしてどういう状況で来たのかな。まあ状況はいい方向じゃないだろう。国の行く末でも決めるときかもしれない。そういうわけだから、開いている道には悪い人が奥に行かないよう、ちょっとした悪あがきを仕掛けておいた。だが、それはいつまで続くかわからないし、もう切れているかもしれない。そうなったら正しい道に行ってしまうだろう」

 悔しそうだが、死んでもなお、必死に伝えてくるのが心を打ってくる。

「だから――急いでくれ。虹色の書を持っている君たちなら、魔法をよりよい方向に持っていくのだろう? 源に辿り着いたら、虹を解いてくれ。それが……源を見て、守ろうとした人達の願いだ」

 ぷつっと声は途切れる。そして銅像は砂へと変化し、さらさらと崩れ始めた。魔法が解けたらしい。

 シェーラは腰をかがめて、書を(はた)きながらゆっくりと拾う。そしてぎゅっと胸の中で締め付ける。想いを噛み締め、そして溢れそうな涙を堪えていた。

「……証は書だったのね。何だか先生らしい」

「いい人そうだったな」

「ええ、とってもいい人だったわ。……急ぎましょう。時間がない」

 書をしまうと、シェーラは後ろを振り返り、ようやく我に戻ったレイラ達を見た。目はやる気に満ちている。

 新たなる決意と共に、開かれた道へと駆け出し始めた。



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