8‐2 家族が開く道
皆で準備をしたかいあって、さほど時間はかからずに必要最低限の荷物を乗せられた。一週間分の食料、遭難した際の救命ボートなど、小さな船の中はもので溢れている。
船員が乗り込むと、次々とレイラ達も乗り込み始めた。それぞれが思い思いのことを考えながら、船の上に足を下ろす。シェーラやクロウスも初めて乗る船に若干戸惑いを覚えながらも続いていく。
情報部員で残る人や探索部の面々が見送りをするため外に出ている。それを見下ろしながら、腕に傷がある男性は大きな声で言った。
「では、行ってくる。何かあったらすぐに救難信号を送るから、よろしく頼んだぞ!」
そう言うと、操縦席に行って舵を取り始めた。
ゆっくりと船が陸から離れ始める。波に揺られながらも確実に船は海の中に投げ出された。その波は誰もが感じている漠然とした不安に似ているようだ――。
船がようやく軌道に乗り始めたときには、陸地はほとんど見えなくなっていた。真っ暗な闇の中をおぼろげな灯りだけで進むのは心許ない。
三人程度の交替制の見張りをし、それ以外の人は船内で待機と言う形になった。大広間の待機所では、自分の武器を確認する人や仮眠を取る人で大半を占めている。レイラやルクランシェ、ダニエルは上陸した後のことを考えるため、別室で話し合っていた。
予定として、孤島には日が明けて数時間したら着くと言う。およそ半日程度で着く計算になる。
シェーラは特にすることもなかったので、ランプを傍に持ってきて、何となく虹色の書を広げていた。書はクロウスやアルセドでも持てることが分かっている。だが、魔法を一番駆使する彼女が持っているのが適任であろうと言われ、イリスが重傷を負った後はずっとシェーラが持っているのだ。
虹色の書の中身は古代文字で書かれているため、イリスの翻訳を参考にしなければ読み進めるのは不可能に近い。その翻訳は書に常に挟まれていた。それを丹念に読み解き始める。
もう何度も読み返していた。読めば読むほど、納得していき、魔法有限説は高まるばかりである。だがそんな中、根本的な疑問に辿り着いていた。
――一体、誰が何の目的でこの本を書いたのか?
魔法が現れ始めたのが三百年程前。少なくともそれ以後だと考えられる。
何故古代文字で書いたかは、おそらく知識を迂闊に悪用されないため。これをスラスラ読めるようになるまでは相当な日数を要する。
しかしいつ書かれたかはわからない。保存状態としては悪くなく、紙がばらばらに解かれることなく、本の状態を保っている。何らかの魔法を使って、状態を保っていたのかもしれないから、判断が付きにくい。
時代がわかればその当時の様子を調べながら、書いた目的を具体的に考えることができただろうが、現段階では難しいだろう。
考えても堂々巡りするだけであったので、ひとまずそのことは脳内の隅に置いとくことにした。
「なあ、シェーラ」
隣で剣の手入れをしているクロウスが刃を見ながら、話しかけてきた。
「船、やけに揺れているよな……」
そう言われて、シェーラは首を傾げる。そこまで揺れているとは感じない。ランプがその場からずれ落ちることなく、保っていた。他の人々を見たが、特に異変らしきことを感じた人はいないようだ。
「そうかしら。気にしすぎじゃない?」
「何というか……これからもっと揺れそうな気がするんだ、孤島に近づくにつれて。俺、ちょっと甲板に出てみる」
「あ、待って。私も行く!」
クロウスの発言を不思議に思いながらも、慌てて書を持って立ち上がり、後に続く。
甲板に上がると、額に雨粒が落ちてきた。それは数滴であるが、雨が降ってきた事実を表している。
波は先ほどと同じくらいしけっている。クロウスは見張りをしている事件部の人に話しかけていた。特に異常な所はないかと聞いているが首を横に振られて返される。
思い違いかと思った時、急にシェーラの体はよろけた。何歩か横に進んで、どうにか足を踏ん張って立つ。
「おい、危ないから、用があるやつ以外は中に引っ込んでいろ!」
舵を取っていた男性の怒鳴り声がしてきた。段々と波の高さが上がり始めているようだ。
「ちっ、やっぱり孤島に近づくのは厳しいのかよ」
「無理じゃないと思いますよ、きっと夜の軍団は孤島に着くはずですし……」
「確かに以前調査に来た時よりは少しだけ穏やかだ。だがな、往路は行けたとしても、復路はかなり厳しいぞ。孤島に不時着するのがオチだな」
あまり嬉しくない事実を聞いたシェーラ達。夜の軍団はそれくらいの封印しか解けていないと知っていても、強行突破で行ったのか。まあ、魔法を我がもののように使えるようになれば、船など必要ないものかもしれないが。
突然、ドアが激しく開けられると、息を切らせているレイラが出てきた。
「さっきの大きな揺れは何ですか!?」
どうやら船内にも衝撃は伝わったらしい。
「いつものことだよ、副局長さん。これくらいの波なら、どうにか孤島に不時着はできるぜ」
「不時着って……」
「それくらい覚悟はしているんだろう? だったら大人しく中で待っていろ」
荒々しい言葉を吐きつけられたレイラは悔しそうに口を閉じる。今は何もできなかった。例え水を主戦としている彼女でも海の脅威には敵わないのだ。
「あの日も……雨が降っていた」
本格的に降り始めようとしている中で、クロウスは空を見上げながら呟く。それに気づいたシェーラは上手く感覚を取りながら、甲板を歩いた。
「クロウス、そろそろ中に入った方が……」
「雨の中、エナタは必死に祈りの石を守ろうとしていた。本当に一体どうしてだろう?」
「あの石が誰かの手に渡ったら、魔力が増幅するからじゃないの? ほら私達のカケラのように」
「けどイリスの時、ケルハイトは破壊しようとしていた。魔力を増幅するものなら、破壊するより得た方がよくないか?」
クロウスの突然出た疑問にシェーラは目を丸くして、驚いた。
「確かに。それじゃあ、破壊することで、何か利点があったのかしら?」
「おそらく。ちょっと前にスタッツに頼んで調べてもらったことがあるんだ。あの祈りの場所にある石や小屋はいつ頃からあるかって。そしたら、魔法が使えるようになった三百年前くらいに石が置かれるようになり、百年くらい前に小屋ができたらしいんだ」
「へえ、さすが情報屋さん……」
思わず感嘆の声を漏らしつつも、その発言を聞いて、どこか気になる点が浮かんでくる。
「小屋はその当時、誰かそれなりに力や技術がある人が作ったのよね」
「ああ、そういうことになる。それともう一つ興味深い事実が出てきたんだ。――橋と小屋を作るよう指示したのは同一人物らしいと」
耳を疑った。目を瞬かせながら、クロウスを見る。
「確か百年前よ、魔法を使う技術が急速に発達し始めたのは。橋と小屋が同じだなんて……、かなり意味深ね」
「そうなんだ。そして、スタッツがまた面白いことに気づいてくれたんだ。石の一部が何か鋭利なもので大きく切り取られた痕跡があるって。そんな大きなもの、切り取ってどうしたいのか、疑問に思っていたらしい」
「石なら、魔力増幅でしょう。そのまま持って自身の魔力を高めるか、もしくは魔力を高めたい所に置いておくかどうか――」
何気なく発言した言葉に待ったがかけられた。
同じ時期に作られた二つのもの、そして同一の人物――。
橋と孤島への封印と、四本の橋と四つの石――。
「もしかして、橋にも魔法の源の石が取り込まれている……?」
それなら、あの大がかりな封印魔法を使えたのも納得できる気がする。橋は度々改修されたが、全壊したことはない。そう、全く使えなくなったことはないのだ。
「それじゃあ、橋の封印、つまり孤島への封印と祈りの場所の四つの石は関係あるって言うことか?」
クロウスの発言に頷き返す。推論ではあるが、関係性は大いになるだろう。
「孤島への封印は、橋と祈りの場所の石によって、八か所に分かれて行われているのかもしれない。完全に封印を解くには全てを破壊しなければならないけど、一つでも破壊できれば、多少は緩くなるのでしょうね。それと人々の心が揺れれば」
「そうか、だからあんなにも祈りの場所の石を守ろうとしていたんだ。石が破壊されれば、封印は緩くなり、孤島への上陸が容易になるから。……その石の封印が解ければ、きっとこの航海も楽になるんだろうな」
クロウスは苦々しげに荒れ狂う海を眺めた。せめて半分くらい封印が解ければ、状況は好転するだろう。
「石を守ろうとした家族の想い、カケラに通じられた家族の想い。どっちにしても、私達はベーリン家に感謝しっぱなしなのよね」
「シェーラ、ちょっと待ってくれ、その発言」
不思議に思いながら横を向くと、クロウスが何か思いついた表情を浮かべていた。
「何かわかったの?」
「いや……、想いを通じた同士のものって、上手く調和することはできないのか? カケラに込めた想いが、石に込められた想いに通じるとか」
風になびかれている髪を触れるのを止めた。
いや、あまりの推論に固まったと言った方がいいだろう。
突然、船が大きく揺れた。意識をそっちに持っていかれていたシェーラは自然と体が船と共に揺れることになる。それをクロウスはたたらを踏む彼女の手を取って、そのまま胸に押し付けた。
「まったく危ないだろう……」
「ごめん、ありがとう」
雨に打たれているはずなのに、温もりを感じられて冷たさなど感じられない。その一瞬がホッとできる時だった。
「ラブラブ御二人さん……」
低く地味に威圧するような声によって、慌てて二人は離れた。声のした方を見ると、アルセドが物陰からじっと見ているのだ。
「何かしら、アルセド」
「妙に熱い気配を感じたから。そんなことより、中に入れよ。また怒鳴られるぞ、さすがに」
舵を取っている男の痛々しい視線が感じられる。
「わかったわ。ただ、ちょっとやってみたいことがあるのよ。アルセド、黄色い石のカケラ、ある?」
「もちろんあるさ」
「カケラを握って、強く念じてくれない? 孤島への航海が無事に成功するように」
「何でだ?」
「イリスがそのために血を流したかもしれないのよ」
そう言うと、アルセドは言葉に詰まり、すぐにカケラと取り出して、ぎゅっと握りしめる。詳しく言う必要もあったが、時間がないので、一番衝撃的な内容で返したのだ。
クロウスもシェーラの意図に気づいたのか、アルセドと同様に橙色のカケラを取り出している。
異変に気づいたレイラがシェーラに視線を求めてきたので、緑色のペンダントを見せて、二人の様子に気づくよう促す。状況を何となく理解したレイラも紫色のカケラを手に込めた。
三個のカケラに想いが乗せられる。だが状況はあまり変わっていない。
何も変化がないかもしれない。無駄な行為かもしれない。それでもやってみる価値はあると思う。
シェーラは書を両手で抱えながら、瞼を閉じた。
――想いがカケラから石に通じるのなら、どうか私達の想いを……!
するとカケラが少しだけ温かくなり、微かに光始める。それは持っている人が少しだけ感じられる現象だ。
不思議な感じがしたと思うと、突然脳内に声が響いた。
“やっと、わかってくれた”
はっきりとした活発的な女性の声。それは以前意識の中で聞いたことがあった。
“石への血の封印はあなた達の考えの通りよ。さあ、道を開くわ。あとは……よろしく”
あっという間に声は消え、胸元が激しく光始めていた。目を薄らと開ければ、腕輪にペンダント、そして書が光っている。他の人達も同じ現象が起きていた。
やがて進行方向に向かって、真っ直ぐと光の線を伸ばし始める。
海の上には七色の鮮やかな光が続く。まるでこの先を進むよう促しているようだ。
だが、どこまでも果てしなく進む光は唐突に消えた。
予想外のことに眉を顰めるシェーラ。急いで身を乗り出す勢いで手すりから海の方を眺めた。
遠くの方は依然、荒々しい波がうねっている。だがふと視線を落とすと、ほとんど波はなく、穏やかに揺れていた。
「揺れが和らいでいるぞ!?」
舵を取っている男性が驚きの声を発した。よく見れば、その揺れの穏やかさは船の周りと進む方向だけなのである。
「何があったんだ?」
あまりの現象に呆然としているクロウスが来た。
「たぶん……あの家族の想いが道を開いた」
そう言うしかできなかった。
あの時、頭の中に響いた声――エナタ・マーベル、つまりアテナ・ベーリンのものであり、彼女は道を開くと言っていた。そしてその後実際に孤島への穏やかな道が開かれたのだ。
何を言っても事情を知らない人にはうまく伝わらないだろう。ただの幸運とでも思っていればいいのかもしれない。
だが、シェーラやクロウスはあの家族が必死になって、石を守ろうとした理由がわかったのだ。
カケラと想いの先にあるのは、孤島へ導くもの。魔法の行く末を導くもの。
ある家族の想いを乗せて、船は速度を上げながら孤島へと急ぐ。