7‐14 未来へ導く決断
「……デストロイ・オルディフ……」
オルディフが笑みを浮かべながら、馬鹿にしたような目つきでシェーラを見る。決して屈しないように、意思をしっかり持ち、手をぎゅっと握った。
「あなたの本当の目的は時間稼ぎ。グレゴリオ達、夜の軍団を中央にある孤島へ侵入させるために、私達の注意を惹きつけて、少しでもその知る事実を遅らせようとするため……でしょう?」
レイラが目を丸くする。思ってもいなかった人物の名に驚いていた。
オルディフの口元も若干引き締まり様子が変わったように見られたが、すぐに反論される。
「時間稼ぎ? 何を言っているんだ。そもそも孤島に行って何がある。しかもあそこは行けないじゃないか、それは誰もが知っている事実だろう?」
「孤島には魔法の源と呼ばれる、魔法の力を欲していれば誰もが手を出したくなるものがあると言われている。そこに行こうとするでしょう、グレゴリオなら。そして――今なら孤島に行ける。なぜなら封印が解かれているから」
一同の眉が一斉にひそめる。魔法を調査するために、孤島に行こうとした事実は記録に多数残されていた。始めのうちは技術が足りなく、孤島に辿り着く前に船が沈没する、動かなくなるなどあったが、ここ最近は近づくと謎の嵐や原因不明のトラブルなどによって、進むに進めない状況になっている。それはここにいる人達なら誰もが知っていた。
「孤島に近づけないのは、何らかの理由があって。何かがとりついているという考えもいいかもしれないけど、近づけないように予め魔法の封印を張られていたという理由の方が、私達は納得できるはず」
ざわめき息を呑む人々を置いといて、核となる言葉を紡いだ。
「そしてその封印の正体は――魔法を使える全ての人の意思。そして多くの人の意思が揺れた瞬間、封印は解ける。そう、今のように、大切にしていた橋を爆破されたという事実に心が驚き、不安になったとき」
オルディフの様子は明らかに豹変した。目を見開き、まさかという表情を浮かべている。そして下打ちをしながら、一刻も早く逃げたいとルクランシェの腕の中でじたばたし始めた。しかし、ルクランシェの強固な構えはびくともしない。
「くそっ、放せ……!」
「放せと言って、誰が放すか。あなたも馬鹿な人だ、これくらいで動揺されるような小さな器の人間だったとは」
「何だと!?」
激しく睨みつけるが、それを平然と受け流す。相手にしてもらえないとわかり、すぐに怒りはシェーラに向けられる。
「小娘……、お前のせいで俺の時間稼ぎが数分で終わっちまったじゃねえか。どうしてくれる!」
あまりの殺気にシェーラは後ずさる。クロウスはすぐに前に出て、シェーラを背中に隠した。
けっと言いながら、唾を床に吐きつけ、自棄になって言葉を滑らす。
「ああ、そうだよ。俺の目的は時間稼ぎさ。グレゴリオ様のためにな! だが後悔はしていない。無事に封印は解けた。お前たちがもたもたしている間に孤島へ行って、源を得るだろう。どう足掻いても遅すぎるんだよ!」
レイラは目を細めながら、荒れ狂うオルディフを見る。ルクランシェは器用に猿轡を巻き始めると、オルディフの言葉は小さな唸り声へと変わってしまった。それを見ながら、言葉を選びながら悟りかける。
「……遅いかどうかは全てが終わったあとに決めるものです。ルクランシェ、別の部屋で尋問の準備を。まずは情報を――」
「そんな暇はあります?」
レイラやシェーラ達は今までずっと口を閉ざしていた女性が立っているのに気づく。ノルデンは息を深々と吐いた。
「この人の話だと橋を爆破した後、すぐにでも孤島へ向かう。魔法の源っていうのが本当にあるのなら、それを奪われたら相当厄介なのでしょ。それがわかっていて……こんな所で地団駄踏んでいるつもり!?」
「地団駄とは、そんなつもりでは……」
「この人から今から得られる情報なんてたかが知れているわ。そんなのあなたも分かっているはずでしょう!」
レイラはノルデンの迫力、内容から思わず視線を下げてしまう。そこから逃れさせまいと、声を荒げる。
「あなたは魔法管理局のトップなのでしょう!? どうして魔法の行く末が危ぶまれているときに、それを即座に止める行動をしないの。上に立つものがしっかりしなくてどうする!」
ノルデンの容赦のない言葉にレイラは戸惑っている様子に見えた。だが、シェーラの知っているレイラはこんな所で止まる人ではないとわかっている。だから敢えて言葉が出るまで待っていた。
その想い通り、レイラは目をしっかりと顔を上げ、ルクランシェに向かって凛としたはっきりと伝える。
「ルクランシェ、オルディフや他の夜の軍団達の人は治安維持局の人に任し、局に連絡をして船の準備を。孤島探索のために数年前に使った船がビブリオの沖合にあるでしょう。他の魔法管理局の者は急いでビブリオに向かう準備を。一度局に戻ったら、おじさま部長達に話をつけるのに時間がかかるからね」
その言葉に思わず失笑してしまう。レイラの二倍以上生きている、部長達はたくさんいる。そんな人達に話をしていたら、それこそ時間が水のように流れて行ってしまうのだ。
「孤島に行って、グレゴリオ達に魔法の源を手に入れるのを阻止しましょう。これは私達が最低限やらなければならない行為よ!」
はいっと小気味のいい返事を一同でした。それを受け止めたレイラは少しだけ皮を向けたように見える。
だが、一人だけ顔を顰めたままの老人がいた。
「クレメンさん、水を差すようで悪いが、一ついいかな?」
スードラがその場に流されることなく、諭すように続ける。
「魔法の源を手に入れる前に、グレゴリオ達の行く手を阻止できればいい。だがそれが無理だったらどうするつもりだい? 例えば阻止する時間もなく、もうその人達の手の中に入ろうとした場合や、すでに彼らのものになっていた場合、そして手中に収め、あまりの力の使いように手を付けられなくなった時、どうするつもりだ?」
最悪の状況を偽ることなく、真っ直ぐに言い放つ。それを聞いて、昂っていた気持ちが一瞬で冷めていく雰囲気が感じられる。
レイラの目は戸惑っているようにも見えるが、それに対する答えはあるようだった。
か細い声でどうにか返そうとする。
「そのような場合になったら、この手で……」
だが言葉が詰まった。その様子にざわめきを抱く。
シェーラにはレイラの気持ちが分かっていた、答えは一つしかないだろうが、その一つがとてつもなく重いものであるのだ。
言葉に出すことは心に想っているだけとは全然違う。言葉一つで状況が全く変わる。それこそ上に立つ者の一声は今後を左右することもある。躊躇う背中を押してやろうとシェーラは思った。クロウスの横から出て、レイラと目を合わす。
「レイラさん、その言葉、そのまま言っていいと思いますよ」
驚いた顔で振り返られる。周りが見えないほど、かなり躊躇しているみたいだ。
「俺もそう思います」
隣から、低く温かみのある声が聞こえてくる。
「今止めている言葉は、いつか誰かが言わなければならないことになると思う。今の豊かさを手放す行為は誰もしたくない。このまま続けばいいと、俺でさえ思う。けど先送りにしたら何も知らない未来の人に、多大な迷惑を掛けるかもしれない。そんな状況を作っていいのですか?」
はっきりとしたクロウスの声はシェーラが言いたかったこととほとんど同じだった。
魔法が使えないクロウスにとって、レイラが考えていることをされても直接的には痛くはないかもしれない。しかしほとんどの人にそれなりに衝撃を与えるだろう。
だが考えていることを実行しなければ、直接的にも間接的にも全ての人に影響を与えてくる。そう、今だけでなく、未来の果てまでも――。
クロウスが以前出した言葉が脳裏をよぎる。
“俺達が使っているものは、今の時代のものだけではない”
もっともな言葉だ。今、魔法を使っているという当たり前の環境や、平和に続いている毎日は、今の時代だけではなくこれからの時代にも受け継がねばならない。
ただ、もしどちらを選ぶかと言われたら、多くの人の幸せを考えるとするのならば――出す言葉は一つしかないのだ。
だから躊躇う理由など全くなかった。
「レイラさん、今決めないと、もしかしたら手遅れになるかもしれませんよ!? 過去を、現在を、そして未来のためにも……! 私達は今こそ勇気ある決断をすべきだと思います。私も一緒にその決断を背負いますから」
偽りない言葉だった。もしレイラが言わなければシェーラが言うつもりだ。だが、是非ともレイラに言ってほしい。
これからの分岐点を定める決断だから――。
「レイラが言うことにはもちろん従うさ。三人で背負ったら苦しいだろう?」
ルクランシェはいつのまにかオルディフを結び上げ、治安維持局の人に手渡していた。爽やかな笑顔を出しながら、レイラに向いている。
「プロメテがいたら同じことを言うんだろう? そんなに堅苦しくなくてもいい。うるさいおじさま部長には俺から上手く言っておいてやるから」
ダニエルの大きな手がレイラの肩を軽く叩く。幾つもの戦を乗り越えてきた大きな手が温かく、優しい。
「未来を守るためにするんだろう? どうして躊躇うんだよ」
素直な想いをアルセドは伝える。まだ、世界が広いという事実に気づいたばかりの少年に。
「誰だって、一大事の決断は躊躇うものだ。だがその決断をした時こそ、後世に文だけでなく、想いを伝えることができるはずさ」
スタッツが腕を組みながら、まるで今までの要所の出来事を見てきたような口ぶりをする。
それらに続くように、その場にいた人達は賛同の意を言っていく。それを聞くだけで、レイラは涙ぐみそうになっていた。
「私達が島々の代表として受け答える。だから安心していい」
「早く言いなさいよ。時間がもったいないわ」
胸に手を当てながらウェルナーは恭しく言い、苛々しながらノルデンも言っていく。
そしてスードラは再び尋ねる。
「さて、その場合はどうするつもりかね……?」
レイラは周りを見渡しながら、心の中にもたついていた想いをまとめ、喉から出し上げた。
「――この手で源を破壊し、この国から魔法を消し去ります」
誰もが思っても言えなかったことだった。まだまだ魔法が続くと言われても、明日にでも魔法が使えなくなると言われても、自分からそのように言いきる人はいないだろう。
だがレイラは多くの人の支えがあって、初めて言えた人物だった。
言葉に責任を持ち、きっと何があっても貫き通す人物だからこそ、信用されて言えたのだ。
少しずつだが確実に時間は進み始めている。遠く果てしない先に通じる時間が――。
これで第7章は終りとなります。ここまでお読み頂き、ありがとうございました!
懐かしい方々を出したり、シェーラとクロウスの関係を深めたりと、今までとは穏やかな感じで書けました。
いよいよ第8章。盛り上がりも最高潮です。様々な想いが絡み合いながら迎える、決戦の時。
戦闘場面も多くなりますが、頑張って執筆しますので、引き続きお読み頂けると幸いです。