7‐13 舞い降りる黒き翼
オルディフの口元がにやりとつり上がり、恐ろしい殺気を存分に出し始めた。まるで隠していた真っ黒い翼を一気に開き、獲物を襲う鳥のようである。
シェーラ達はレイラが小刀の軌道から顔を逸らし、隣にいたウェルナーを抱え込むように机の下に潜ろうとした瞬間には動き始めていた。
オルディフの護衛の一人が次々と島長達の顔に向かって真っ直ぐに小刀を投げつける。それが突き刺さったくらいでは致命傷には程遠い。あくまでも混乱を起こさせようとしているのか。
他の護衛達が一斉に島長に斬りかかろうと近づき、剣を抜き去る。
そして外にいたオルディフの護衛も若干名傾れ込んできて、一瞬にして護衛は兵士――いや、夜の軍団へと形相を変えた。
それぞれの島の護衛達はすぐに島長の前に立って、盾になる。
ダニエルもすでにレイラの前に陣取り、大きな剣を抜いて、誰も来ないように威圧を出す。
ソレルはスードラを庇いながら、体格のいい男と剣を交り合っていた。
他の人達も島長達に触れさせまいと奮闘している。
しかし完全に優勢だと思っていたが、ノルデンの側近だった優男が腕を斬られて、膝を付いた。
剣の切っ先はそのまま真っ青に顔が染まっているノルデンへと向かう。
シェーラは飛び跳ねるようにその二人の間に降り立ち、ショートソードを盾にして、その剣を受け止めた。
大の男の体重が一瞬にしてシェーラの小柄な体に掛かってくる。
優男がすぐに応戦に来ると思ったが、体が小刻みに震えて蹲っていた。
――即効性の麻痺。
触れたらまた面倒な展開になると思い、一刻も早くこの男から離れようと考える。だがかわす際に、一瞬でも皮膚を斬られる可能性があった。
風を出すのもいいが、こんな狭い場所では加減が難しい。ましてや傷つけてはならない人達がいる中で、魔法を使用するのは難しかった。
ひとまず体重を移動して剣を引こうとしたとき、男が手を緩める。
そして左手から、隠しナイフを取り出すと、シェーラに向かって斬り付けた。
身を逸らしながら、辛うじてかわし、すぐに反撃をしようと構え直す。
しかし、男ははっとした表情をすると、ナイフを投げ捨て、シェーラに背を向けた。男の大きな剣と何かが交り合い、音を立てて響く。
クロウスがビルラードに打ってもらった剣を握りしめながら、険しい顔をして立っていたのだ。
男が何度か打ちつけるが、それを適確に受け止める。
一瞬の隙ができた所で、一気に剣先を右胴に向かって斬り抜けた。
男の胴からは若干の血が噴き出される。
シェーラは近くにあった斬り付けられる所だったナイフを掴み、動きが鈍くなっている男の右腕をそれで思いっきり切り裂いた。
切れた服の間からは血が滲み出る。すぐに男は麻痺によって体を想うように動かけなくなり、膝を付いた。
そして後ろから首筋に手刀を下ろす。その衝撃で気を失った男の体は前に倒れ込んだ。
シェーラは汗を拭い、息を吐きながら、近寄ってくるクロウスを見る。
「大丈夫か? 怪我はないか?」
「心配してくれてありがとう。助かったわ」
一人でもどうにかできたとも言えなくないが、それではこの心配そうな青年の意思をくみ取れない。だから少しお世辞を交えながら答える。
辺りを見渡すと、すでに他の所での抗争も終わっていた。
ソレルの目の前には足を斬られて唸る男、ダニエルの横には大きな瘤を作って気を失っている男など、夜の軍団達は皆、力なく床に伏している。たった一人、スーツを着た男を除いて。だがその男の自由は既になかった。
オルディフの首元にはルクランシェが手を回して、ナイフを突き付けている。両手を上げながら、降参の意を表しているようだが、口元には依然笑みを浮かべていた。
「ははは、全く数分しか経っていないのに、このざまか。人数の差はあったといえ、一人も殺せないとは」
ルクランシェの腕に力が入る。オルディフが少し呻き声を出すが、まいる様子はない。
「おおっと、そんなことしても無駄だよ、情報部部長のルクランシェ・コルネス。私を傷つけても何も出てこない」
「ああ、お前を傷つける気などさらさらない。だが質問をしている間は大人しくしていてもらおう」
眼鏡の奥がきらりと光る。今は優しい部長の姿ではなく、いかに情報を得ようかと目論んでいる、一介の情報部員だった。
「おい、レイラ」
眉をひそめながらルクランシェは腰に両手を付けているレイラに目をやる。服が汚れているが、特に怪我をした様子はない。
「何かしら」
「お前が質問するといい。どうせ考えていることは同じだ」
「あら、私に質問権をくれるの?」
「お前が一番偉いだろう。上に譲るのが普通だ」
「ありがとう。じゃあ、お言葉に甘えて」
レイラはルクランシェの好意をありがたく受け取る。そして鋭く睨みつけながら、オルディフを見て、ただ一言。
「一体、何が目的?」
それだけだった。だがその一言がこの場にいる全員が聞きたいのだ。
もの凄い形相でオルディフを睨みつけるノルデン。よほど怖かったのか、未だに腰が抜けて座っている。ウェルナーは心配そうに見つめていた。まさかオルディフが首謀者だとは考えたくないのかもしれない。依然難しい顔をしながらスードラは固唾を飲んで、成り行きを見守っている。
遅れて入ってきたスタッツやアルセド、他の護衛達も夜の軍団が目覚めないことに気を配りながら、レイラとオルディフを見比べていた。
「――デストロイ・オルディフ……、奇襲という目的だけじゃ、あまりにもお粗末よね?」
鎌を入れながら、嫌みたっぷりに質問する。
しかし、返答はけたたましい笑いだった。
「はっはっはっは……! 本当にお前たちもおめでたい奴だ。目の前のことしか見えていない。この島会議だけにな!」
その言葉に違和感を覚えたレイラは近くにいたダニエルや総合部の人達に視線を送った。何か見落としている点はないかと。だが誰もが首を傾げている。
その様子をにやにやしながら、オルディフは見渡していた。
夜の軍団が動いている気配はあるが、そんな大層な動きをしているのか。
そんな中、シェーラはふと胸元が温かくなるのを感じた。温かみの元を思い出すと、急いで緑色のペンダントを取り出す。
激しく光を発している。よく見たら、両腕のカケラも光っていた。
横にいたクロウスを見ると、胸元が橙色に光っている。同じような現象がアルセド、レイラの所でも起こっていた。
シェーラはペンダントを握りしめながら、瞬間的に出てきた言葉を発する。
「……魔法の源が危ない」
「え?」
呟いた言葉にクロウスは首を傾げる。
「想いを繋がれたカケラの所有者はここに皆いる。赤色のはここにいる人たちでなければ持てない。なら、あとカケラに関係する所はどこ? 祈りの場所の石とそして孤島の――」
シェーラの言葉を遮って、勢いよくメーレが入ってきた。何か連絡を受けたのか、ノベレの爆破が起こった時よりも真っ青な顔をしている。
「メーレ、取り込み中よ!」
レイラが止めるも、メーレは気にせず中に入ろうとしたが、足元の状況を見てさすがに止まった。血を流している男が倒れている。
あまりよくない状況だとわかっていたが、それでも緊急の用件には勝てなかった。
「サブ、大変です! そしてここにいる方々も聞いて下さい!」
ただ事ではないのはわかっている。だが、それでも次の言葉は衝撃的であった。
「ノクターナル島とソルベー島を繋ぐ橋が……粉々に爆破されたと連絡を受けました! 爆破されたとき、客を大量に乗せた馬車が走っていたため、怪我人多数、いえ、行方不明者や死者の人が多数いると言うことです」
誰もがその言葉を聞いて戦慄を覚える。
だがオルディフだけは満面の笑みだった。
まるで、あの時のことが再現されているようである。ノベレで爆破事件が起こった時も、総合部の人が血相を変えて伝えに来た。あの時の目的の一つは虹色の書の在り処を知っている、ゲトルへの宣戦布告だろう。
ならば今回もそれと同じように捉えられるのではないかと、シェーラは判断した。おそらく今回はここにいる人達、いや国の人、すべてに対しての宣戦布告。
「一体……、何をしたの」
レイラの言葉からは今まで感じたことがない殺気が漏れている。オルディフはそれを鼻で笑う。
「さあ、知らないな」
「嘘をつかないで! 大方、火を操る女性にやらせたものでしょう。何が目的? 橋を破壊して一体何をするの!? せっかく百年前の人が一生懸命作ったおかげで、今こんなにも楽に移動できているのに……!」
「その様子じゃ、作られた理由は知らないのか」
その言葉を発した後で、オルディフはしまったと苦虫を潰した様な顔をする。その様子を目敏く見ると、レイラは厳しい視線を送り、ルクランシェはさらに首をきつくしめた。
「作られた理由って、他に何か理由があるの?」
「大人しく質問に答えろ。逃れる術はない。五体満足でいたいのなら大人しく言うことだ」
ルクランシェからも普段の様子からは想像できないほど、冷たい発言が出る。
橋の存在――、島同士で往来が不都合だから架けたという理由しか考えられなかった。だが、現実には他にも理由があるようだ。
それをオルディフは知っている。何故と言われれば、おそらくグレゴリオが絡んでくるのだろう。国を支配しようとするために、魔法の力を欲している男。
おそらくその男はいつか孤島にあるであろう、魔法の源に手を掛けるはずだ。
どんなことをしても。
そう考えて、シェーラは目を見開いた。そして他のことと橋を関連付けさせる。
――孤島には封印が施されているはず。もしより強固な封印をしようとしたらどうでるのか……? 一人の魔力を最大限に使って封印する。もしくは多数の人の魔力で封印する。……そう、この国で魔法を使える全ての人々によって封印すればそれは最高のものとなるはず。
昔得た知識を無理矢理持ってきながら、おぼろげな考えのカケラを組み合わせていく。
――封印の魔法を破るには術者による解除しか基本あり得ない。だけど、もし術者が他のことに気を取られていたら、その魔法の威力は半減するはず……。
思い当りそうな推測に息を呑む。だがそれはあくまでもシェーラの考えでしかない。局長だって知らなかった事実かもしれない。それを口に出すのは躊躇われた。
だがレイラ達は依然難しい顔をしながら、オルディフを睨みつけている。おそらくこのままではただ時間が過ぎるだけであろう。それを最もオルディフは望んでいるのかもしれない。
それを打開するには、少しでもオルディフを動揺させる方法が必要だった。
手が震え、心臓が激しく胸打っている。早くしないといけないのに、動くに動けない。
だがそんなシェーラの手が大きく温かい手によって包まれた。視線を上げれば、クロウスが微笑んでいる。きっとクロウスはシェーラが何かを思いつめていることに気づいたのだろう。今にも“俺が付いているから、大丈夫だ”と言いたそうな様子である。
その微笑みや想いは止まっているシェーラを少しだけ突き動かすには充分だった。
レイラや他の人の目に留まるように、クロウスの手を優しく振りほどき一歩前に出る。一同の視線は若干シェーラの方に動く。
そして深く息を吐いてから、オルディフの方を見据えた。