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虹色のカケラ  作者: 桐谷瑞香
第七章 進み始める時間
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7‐11 島代表者会議

 島会議が始まる直前、レイラは魔法管理局の一同を集めていた。レイラはいつもと服装が違い、白いワイシャツに紺色のスーツを着こなしている。膝上くらいの長さのスカートはいつも以上に張りが入っていた。シェーラもレイラから借りた黒のパンツスーツを着ている。ルクランシェやダニエルも正装をしているが、クロウスやアルセドは普段の服の上に暗めのローブを羽織っているだけだった。

 会議の場に直接出る人は正装を、護衛専門の人は動きやすさを重視しつつも、場に合うような服装をしているのだ。

 今回は緊迫した状況と重い内容であるため、護衛の量も普段より多い。会議の席にはレイラと総合部の人が二人、その部屋の隅でシェーラやルクランシェ、ダニエルや事件部の人が二人、そして残りは別室の控室で待機となる。

 レイラは強張った表情であった。だが、声の高さは努めて平静を装いながら、一同の方に向いた。

「さて、これから今年の島会議が始まります。今回は事前にお知らせしたとおり、例年以上に何かが起こる可能性があります。なるべくそのようなことがないよう努めますが、もし万が一の場合は別室で待機する人達もすぐに来るようにしてください。――最後に何か質問のある人はいますか?」

 一同はじっとレイラを見つめているだけである。それを見届けると、レイラは小さく息を吐きながら、部屋中に響き渡る声を発した。

「では、皆さん、各々仕事をしっかり果たすようにしてください。島会議を、局長がやろうとしていた島会議を無事に終わらせましょう!」

「はい!」

 それぞれの想いが一つの言葉によって重ねられる。それを噛み締めつつ、レイラはポケットに忍ばせていた紫色の石のカケラをそっと触れていた。



 先に会議室に入って島長達を待つ魔法管理局の一同。だが会議が始まる二十分以上前には他の人も集まり始めていた。

 微笑を浮かべているソルベー島のジャン・スードラと護衛のソレルがのんびりと入ってくる。そしてきびきびとネオジム島のネーグリ・ノルデンとそのサブ的な存在の優男と護衛三人が続いて入ってきた。

 丸い机にそれぞれの島ごとにまとまり、国の縮小版のように座る。

 デターナル島のワルト・ウェルナー、その側近の男性二人と本日司会を務める女性、そして治安維持局長と局員五人も入ってきて、いよいよノクターナル島の島長だけとなった。だが五分前になっても入ってこない。痺れを切らしたノルデンは腕を組みながら、惜しげもなく嫌味を込めて言葉を漏らす。

「全く、久々にノクターナル島の人が来るから、こちらだって丁重に出迎えようと思ったのに始めから何でしょうか。少々横柄が過ぎるわ」

「まあまあ、ノルデンさん。慣れていないことが多いのですよ。少しはこちらも心にゆとりをもたなければ」

 ウェルナーは口を尖らしているノルデンを宥めようと必死だ。スードラは穏やかに総合部の男性と話している。

 その様子を見ながら、シェーラは心の中で一息吐いた。着慣れていない服を着ているせいもあるが、いつも以上に落ち着かない。手には薄っすらと汗を掻き始めている。

 クロウスやアルセドがこの場に入れなかった理由は、三人によく聞かされていた。ここ数カ月で入局した人や外部の者をこのような大事な場に置くと、後々うるさい人達からの追及をかわすのが非常に面倒だと言われ、ふてくされたアルセドはしぶしぶと了承したのだ。

 刻々と迫る開始の時間。

 まるでこのようにぎりぎりまで待たせているのも、ノクターナル島の作戦かと思ってしまう。

 だが何のための作戦か。

 ここで何か重大な発言をしても、所詮は発言だけ。もし力で何かしようとしても、あの人数だけでは少なすぎる。逆に返り討ち、そしてその後の行動は著しく制限されるだろう。それでも何があるかわからない。

 レイラがいつまでも緊張した表情を変えない理由がよくわかる。

 そんなことを考えていると、廊下から足音が聞こえてきた。消え行くような静かな足音。だが今、張り詰めている空気の部屋の中では気づくには充分だった。

 ノルデンも口を閉じ、入口を見ている。

 やがて何の予備動作もなくドアが開いた。デストロイ・オルディフは漆黒のスーツに身を包み、無表情にゆったりと中に足を踏み入れる。その後ろには同じく漆黒のスーツで腰には短剣が見え隠れしている男達が五人。オルディフはほんの少しだけ口を釣り上げた。

 そして開始の合図を告げる時計の鐘が鳴る――。



 島会議はまずは島ごとの経済事情の報告から始まった。

 島長達は、各島のことを伝えていく。それをメモに取りながら進んで行った。オルディフも口を開いたが、内容は至ってシンプルであり、「特にここ数年と悪化している様子はない。むしろいい方向に向いている」というものだ。ノルデンはそれに対し何か言おうとしたが、ウェルナーの視線によって思いとどまっている。下手に刺激したくないという、考えがあっての行為だった。経済事情は国全体で見ても、悪化しているというのが主であり、このことについては後で話し合おうことなる。

 また、治安のことや、政治のこと、物質の流れなど、報告をひたすらに繰り返しているだけだった。

 唯一、変わったことといえばノクターナル島の情報が入ってくることだろう。数年間も正式な報告を聞いたことがなかったため、ある意味新鮮味がある。ただしその報告が全て正しいとは限らないが。

 休憩を挟んで、次の議題に移る。最近の特筆すべき状況についてだ。気になったことなどをひたすらに挙げていく。そしてそのあとにいくつかを議論に持っていくのだ。これに関しては、まずノルデンが意見を出した。

「少々我が島でも争いがありまして、経済に影響を出しています」

「それはどういう状況ですか?」

 ウェルナーが相槌を打つ。

「ノベレでの事件についてです」

 シェーラはその言葉を聞いて顔を見上げた。ノルデンは躊躇う自分を押し殺して、話をしようと意気込んでいる。

「二か月以上も前のことですが、ノベレでは度々事件が起こりました。爆破事件、あるパーティの奇襲事件。今は警備を強化しているため、そのようなことは起こっていませんが、この事件によって著しく観光客が減少。特産品であるセクチレの売り上げも(かんば)しくありません。そのため今、ノベレの経済は例年になく酷い状態です」

「そうですか。話には聞いていましたが、まさかそこまで酷いとは知りませんでした」

「他にもあります。先ほどの報告でも言いましたが、最近の景気は低下の一途を辿っています。外に出ると危険だから、よくわからない島から流通している物を買いたくないなど、理由は様々です。人々の生活はかつてなく警戒心が高まっています。この状況を打開しなければ、景気は悪くなる一方でしょう。……皆様もそう思いませんか!?」

 立ち上がり、全体を見渡すように言う。ノルデンの声は迫力があり、その影響で思わず返答に詰まってしまう。

 シェーラは渋い顔をしているウェルナーと、何かを考えているスードラ、そしてノルデンの言葉にもなお興味を示そうとしないオルディフを見比べる。ウェルナーもスードラもノルデンの言葉に頷きたいが、迂闊に頷けないようだ。

「オルディフさんはどう思われますか?」

 思わず核心を突いた言動にその場にいた人々は飛び上がりそうだった。

 シェーラは横で強く拳を握りしめているダニエルを見ながら、自身も警戒心を強める。だがオルディフは顔色変えることなく、淡々と返答した。

「その警戒心を取り払えばいい」

「そうですね。ですが、その警戒している原因がどこにあるか知っていますか?」

「治安が悪化しているからではないのか?」

「その通りです。どうして治安が悪化しているのでしょうか。それはノク――」

「ノルデンさん、少々待っていただけませんか?」

 凛とした声がノルデンのけたたましい声を遮る。話を途切れさせられたノルデンは不機嫌そうに顔を向けた。

「何でしょうか、クレメンさん」

 レイラはその表情に微笑みながら、追及を和らげようとする。

「話が少々逸れているように思います。今は議論をする時間ではないはずです。それにノルデンさんがわかって話を進められても、私達にはよくわかりません。そこら辺をきちんと説明していただけないでしょうか?」

「説明ですって?」

「はい、時間が掛かるようなら後ほどでも」

 しばらく黙っていたが、やがてノルデンは椅子に座りこみ、恨めしげにレイラを睨み付ける。その視線はまるで、わかっているのに白々しい、とでも言いたそうだ。

 レイラはその視線をやんわりと受け流す。そしてそのままオルディフの方に視線を向ける。

「お気を悪くされたら、申し訳ありません。何分、不安定な世の中ですので」

「別に気など悪くしていない。進めるのなら早く進めてくれ」

 涼しい顔で言いのけたオルディフを見て、シェーラは逆に鳥肌が立った。ノルデンの顔が真っ赤になったのを必死に取り押さえている人やレイラの取りまとめ方に感嘆している人が大半であり、彼の変わった様子に気づいている人は少ない。

 レイラが司会の人に進めるよう促しているのを横目で見ながら、じっとオルディフを注意深く見ていた。



 その日は報告と提案、そして小さな議論だけで終わった。今回、最も注目されている話題については、明日残りの議論が終わり次第投げかける予定となっている。

 夜は立食形式の豪勢なディナーが振る舞われていた。正装した総合部や島長達を始めとして、別室で待機していた護衛達も一緒に談笑している。だがその場にノクターナル島の人達はいない。

「大丈夫か?」

 壁にもたれながらレイラ達を眺めていたシェーラにクロウスはグラスを手渡した。そのグラスの中身を、眉をひそめながらじっと見つめる。小さな泡が液全体に浮き出ていた。

「……こんなときに酒なんか渡すかよ」

「いや、念のために」

 それだけ確認すると、シェーラは一口飲んだ。喉が渇いていたせいもあるが、とても美味しく感じられた。

「なあ、どうだった?」

 なるべく普通の話をしているように平静を装う二人。シェーラはちらっと見渡しながら、周囲に誰もいないことを確認する。

「……あの人達は別に普通だったわよ」

 その場にいないのにシェーラは敢えて名を出さない。いや、出せなかった。

「逆に普通すぎて怖い。いつどこで何をしてくるのか全然検討がつかなかった」

 今だって客室にいるのか、それともこのパーティを裏から見ているのか予想が付かない。それほど行動が謎だった。

「このまま明日も平穏に終わるといいが」

「そのセリフ、何人が何回言っていたことか」

 肩を竦めさせながら、シェーラは溜息を吐く。だがその中でもほんの些細なことではあるが、隣にこの人がいるだけでも張り詰めていた緊張が解けてきていた。



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