7‐10 集う島々の長達
デターナル島の中心都市ミッターク――、様々な品で溢れ、多くの人が交流し、エーアデ国で最も活気があり、最も安全であると言われている町だ。
そんなミッターク郊外には、大きな催し物や会議が開かれる際に使う建物がある。温もりのある薄茶色の壁、中は明るいランプで包まれており、窓からは一面続く華麗な色で咲き誇る草花達。小さな池も広がっており、まさに自然と調和がとれた場所なのである。
そこにいるだけで心穏やかになり、議論がよく進むということで、いつしか島会議がデターナル島で開かれる時は、ここで行うようになっていたのだ。
朝過ぎにレイラを筆頭とする魔法管理局の一同は馬を引き連れ、町の外周に沿いながらその建物に向けて歩んでいた。全部で二十人程、その半分近くが総合部の面々だ。他には警備としてダニエルらの事件部とルクランシェを始めとする情報部が若干名、そしてシェーラやクロウス達が続くと言った感じである。
島会議はあくまで、島の長達が話し合う場。魔法管理局も控えめに魔法の情報を提供する程度で、そこまで大きな存在ではなかった。だが、会を重ねるにつれて魔法の重要性に敏感になり、今では島の長並に会議の発言では権限があるようになった。
レイラにとってこの島会議は、局のトップとなって初めて議題を出す会議だ。しかもその会議にかなり重い内容をぶつけるものだから、気が気ではないらしい。いつも以上に緊張している様子が背中を見るだけでも伝わってくる。
シェーラがふと左横を見れば、強張っているアルセドが歩いていた。その様子が何だか不思議な気がして、思わず頬をつねる。それにアルセドはすぐに反応した。
「いてて……、何するんだよ!」
「何か変な感じがして。それにしても相も変わらず生傷が絶えないわね」
アルセドの半袖の下から覗く腕には白い包帯が幾重にも巻かれている。一か月間、いつもどこかに包帯が巻いてあった。
「アルセドの避け方が悪いからこうなっているのさ」
スタッツが涼しい顔で横を通り過ぎる。その言葉を聞いてアルセドの顔は固まっていた。どうやら図星であり、思いだすのも嫌らしい。
そんなアルセドの肩を叩きながら、シェーラは厳しい師匠を持った少年に少しだけ同情する。
やがて町の外周が終わる頃、何もない草原の中に大きな建物が視界に入ってきた。歩いてまだ二十分程かかるだろう。それでも見るには充分な大きさだった。シェーラの両隣からは感嘆の声が上がる。クロウスでさえも驚いているようだ。
「あら、そんなに驚くほど?」
「建物の大きさじゃなくて、その周りにある庭が凄いなって感じたんだ」
「確かに凄いわよね。私も昔、一回だけ行ったことがあるけど、広すぎてわけがわからなかった。でも、あの建物が見える範囲だったから、安心できたけどね」
まるで全てを見通しているかのような三階建ての大きな屋敷。綺麗に整えられた草を踏み分けながら、一歩一歩近付く。
そして、入口が見えた際にはすでに数頭の馬が停められていた。
「総務局の人達よ。いつもあの方々に準備はして頂いている。何て言っても、島会議が最も重要なお仕事だからね」
レイラは疑問そうに馬を見ていたクロウスとアルセドに説明を付け加える。入口付近で止まるとてきぱきと指示し始めた。
「さて、ここで解散します。総合部の人達は私と一緒に総務局の人から話を。その他の人は警備の方についてもらうため、治安維持局の人に指示を仰いでもらいます。一度、会が始まる前には集まりますので、忘れないようにしてください。後ほど場所は指定します。では、解散」
颯爽と言い切ると、レイラや総合部の人たちはすぐに中に入り始める。シェーラ達もダニエルに促されながら後に続いた。
レイラ達が左に行ったのに対し、シェーラ達は右に伸びる廊下に足を運ぶ。内部もきれいで清潔であり、思った通りにアルセドは興味を持ちながら目をきょろきょろさせていた。
「アルセド、これから偉い人達が来るのよ。もっと落ち着いていなさいよ」
「わかっているって。そこまで子供扱いするな。俺だってそれなりに場をわきまえているよ」
「あら、意外な発言」
「何だと?」
剣呑な雰囲気が出てきそうな所で、クロウスは慌てて仲裁しようとする。だがその前にダニエルが口を出していた。
「二人とも、もうお客さんが来ているんだ。そこら辺でやめておけ」
ついっと視線を前に向けると、その先には五人ほど真正面から歩いてきていた。
どの人も高そうな洋服を着ており、特にその中心の人物に思わず目が行ってしまう。
肩にかかるくらいの褐色の髪を巻いており、赤淵の眼鏡を掛けている三十前半くらいの女性。真っ赤な膝上くらいのミニスカートを着こなし、その上を黒いジャケットを羽織っている。スカートの下からは長い足のラインが綺麗にでており、ヒールの音が耳に劈くようだ。
あまりの奇抜な服装にシェーラやクロウスは目を丸くしている。
女性はダニエルを見ると、口元を吊り上げながら白い歯をこぼした。
「あら、魔法管理局のダニエルさんじゃない。お久しぶり」
「お久しぶりです、ノルデンさん。お元気そうでなによりです」
軽く笑顔で会釈する。だがネーグリ・ノルデンは首を横に振りながら苦虫を潰したような表情を浮かべた。
「そう元気でもなくて。最近は商品の流通も悪くなってきていて、利益が減っているのよ。何やらあなたの局のお嬢さんが会議で妙な話題を持ってこようとしているらしいけど、それよりも今の景気の悪さに目を向けた方がいいと思わない?」
「そうかもしれませんね」
「あとであなたからも言っておいてちょうだい。もっと現実を見なさい。魔法がなくなるよりも、景気が悪くなる方が先だと。では、失礼するわ」
ノルデンは踵を前に向けると、足早にダニエルから離れて行く。
彼女の背中が見えなくなった所で、ダニエルはほっと一息吐いた。
「ふう、何回会ってもあの人は苦手だな」
「ダニエル部長。もしかしてノルデンさんって、ネオジム島ハオプトの町長、つまりネオジム島のトップの人ですか?」
「ああ、そうだよ。ネーグリ・ノルデン――、三十過ぎで事業が大成功し、そのまま一気に駆け上がり、三十中頃で社長兼町長になった凄い女性だ。ネオジム島の島長の条件としてその町で最も利潤を上げた社長が挙げられるからね……」
「話には聞いていましたが、まさかあそこまで奇抜な人とは思いませんでしたよ。……待って下さい。今、ノルデンさんって何歳ですか!?」
シェーラは思わず声を張り出す。ダニエルの言い分だと、外見とは遥かに違う歳だと感じ取れたのだ。ダニエルが思い出そうとする前に、背後からぼそっと声が聞こえた。
「……あと数カ月で四十だよ、あのおばさん」
振り返ると、アルセドが肩を竦ませていた。シェーラは不機嫌そうにしているアルセドに目を瞬かせる。
「おばさんって、仮にもあなたの島の長でしょ?」
「長だろうけど、俺は嫌いなんだよ。親父が働いている所を潰そうとしたことあるんだぜ。そんなやつ好きになれるか」
膨れっ面をしながら、アルセドはシェーラの脇を通り過ぎて、ダニエルに進むよう促している。少しでもノルデンから離れたいようだ。あんなに機嫌の悪いアルセドは滅多に見たことがない。
「色々と訳ありのようね」
「そうだな。俺達とは育った環境が違うから、よくわからないが」
シェーラとクロウスが呆然と立ち尽くしていると、生意気そうな少年が急に振り返った。
「さっさと行こうぜ。二人きりで語り尽くす時間なんかいくらでもあるだろう!」
「なっ……! アルセド、それはどういう意味よ!」
シェーラが顔を真っ赤にしながら、追いかけ始めた。さすがのアルセドも顔色を変えて、慌てて逃げている。
ダニエルとクロウスはその様子を見ながら溜息を吐いていたのは言うまでもない。
だが駈け出した直後、アルセドは横から出てきた人とぶつかってしまった。そしてその反動で尻もちをついてしまう。ぶつかった青年は微動だにせず、ただ一言呟いた。
「大丈夫か?」
「大丈夫です。すみません……」
アルセドは素直に謝り、すぐに立ち上がって自分よりも背の高い青年を見上げる。その青年はアルセドの顔を見ると目を急に細めた。シェーラはようやくアルセドに追いつくと、引き締まった体格の青年を見て、思わず驚きの声を上げる。
「え……、どうしてあなたが……」
立ち竦むシェーラの脇に、クロウスとダニエルが追いつく。ダニエルは青年の隣にいる茶色の髪にうっすら白髪が混じっている男性を見て、感嘆の声をあげた。
「ジャン・スードラさん! 遠いソルベー島からようこそいらっしゃいました。魔法管理局のダニエルです。その節はお世話になりました」
スードラはダニエルを見ると、しわが寄っている顔に笑みが浮かぶ。
「こんにちは、ダニエルさん。こちらこそ大変お世話になりました。今回もこんな老輩ですがよろしくお願いします」
「いえいえ。はて、最近物騒ですから、護衛も連れてくるように言ったはずですが……」
「護衛なら一人で充分ですよ」
スードラは驚き固まっている青年を突き出し、ダニエルに紹介した。さすがのダニエルも青年を見て、複雑な顔をしている。
「ソレルという、私の村でも腕利きの青年だ。過去に色々あったが、剣の腕は確かだ」
スードラが固まっているソレルの肩を叩くと、おずおずと頭を下げた。
「……ソレル・ハーベンです。今回はよろしくお願いします」
顔を上げるとそこには何かにふっきれたようなソレルの表情があった。驚きも程無くして、クロウスはソレルに笑顔で話しかけ始める。
再会をシェーラ、ダニエル、そしてスードラも喜んでいるようだ。
スードラがソルベー島の代表者と知った時は、多少は驚きもあった。今回は急に行くことが決まったらしい。いつもは違う村長が行っていたが急死したため、別の血統のイリデンス村長、スードラに話が来たのだ。
クロウスがいつになく話しかけ、ソレルがそれに受け答えているのを見ると、シェーラは何だか嬉しくなっていた。
だが話し込んでいる時間もなく、スードラとソレルは予定が詰まっているからと、名残惜しみつつもその場を後にする。その様子を見ながら再び奥へと歩き始めた。
時折、通り過ぎる人に挨拶をしつつも、広い建物を進んでいく。途中でミッタークの町長ワルト・ウェルナーと会い、しばらく一緒に歩くことになった。金色の髪をしっかりと整えており、五十歳くらいの年齢とは思えないくらい、若作りしている。
「ダニエル君、今回の会議は中々荒れそうな気がするが、大丈夫かね?」
「大丈夫ですよ。何かあった場合、こちらで最小限に事態を収めます。決して失敗には終わらせません」
「そう聞いて少しは安心した。亡くなったラベオツが望んでいたことだから……、いい方向に進めたい。それにしてもラベオツも中々の後継者を選んだよ。彼女、まだ三十前だろ? 若者とは思えない落ち着きぶりに、そして貫禄がある。明日から始まる会議も楽しみだよ」
「そう言って頂き、光栄です」
こう見ていると、ダニエルの交友関係もすごいとシェーラはつくづく思っていた。町に行くたびに、何らかの知り合いがいて、話し込んでいる。ルクランシェの情報網にも負けないくらいの人脈だろう。
もう少しで目的の場所に着くというところで、ダニエルやウェルナーの右方向から足跡が聞こえてきた。少しだけ下がり、その人達を通そうとする。通り過ぎる際にその先頭の人物に軽く会釈をしようとしたが、顔とオーラを感じ取った瞬間、一同の顔が凍りついた。
真黒な色の短髪に、薄い淵の眼鏡を掛けている、少し猫背の男性。ダニエルより若干上の年齢か、四十過ぎだ。その男性の後ろには護衛らしく五人ほど武装をした男たちがいた。
「……ウェルナーか。久しいな」
低く重たい声を発した。まるで何かを狙っているような、棘の入った雰囲気。
「デターナル島の長らしいな。お前らしい選択だ」
「そういうあなたこそ、ノクターナル島の長じゃないか、デストロイ・オルディフ」
ウェルナーの額に薄ら汗が浮かんでいる。
「島の長ではない。ナハトの町長という立場なだけだ」
周りを取り込むような独特の雰囲気に誰も声が出せずにいた。オルディフはその様子を一瞥すると、鼻で笑いながらウェルナーの横を通り過ぎる。
「また明日、会議で会おう」
その言葉を受け答える暇もなく、あっという間にオルディフはいなくなってしまった。
そして息詰まった雰囲気から解放されると、アルセドは腰が抜けるように座り込んでしまう。
「な、何だ、あいつは……。いるだけでこっちが委縮しちまったぞ」
シェーラやクロウスもどうにか平静さを保っているが、鼓動は早い。
「あの人はナハトの町長、つまり今回ノクターナル島で代表として来ている人物だよ」
ウェルナーは淡々と話しながら、アルセドの手を取り立ち上がらせる。
「昔はあんな人ではなかったが……」
過去で交り合い、離れ、そして再び出会った二人の関係は何とも皮肉なものだった。
一体、ノクターナル島で何があったのか。何が人を変えてしまったのか。
そのようなことを胸に秘めつつも、今やらなければならないことに照準を必死に当てようとしていた。
シェーラ達が護衛の打ち合わせをし終えた時には、辺りは真っ暗だった。レイラと一緒の部屋で寝る予定だったシェーラだが、日付が変わっても彼女が入ってくる気配はない。無理矢理横になって体を休めつつ、一晩を過ごす。
そしていよいよ島会議が始まる――。