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虹色のカケラ  作者: 桐谷瑞香
第一章 風の導き
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1‐9 二人の剣士

 二階では一通り兵士を戦闘不能にさせたクロウスと、先ほど二人に話しかけた兵士だけが立っていた。兵士は汗を大量に流しながら三階への階段に背を向け、剣先をクロウスに向けている。二階の構造も一階と似たような作りで、左右に窓が一つずつある。

 一方クロウスは少し息を切らしたくらいで、汗などほとんど出していない。剣先は地面を向いており、普通に見たら隙だらけだ。

 しかし、兵士は一歩も動こうとはしなかった。

 いや、動けないらしい。

 クロウスは彼を見て、涼しそうな顔をして言う。

「急いでいるので、申し訳ないけど少々気絶していてもらいます」

 ふと見ると、戦闘不能になった兵士達に切り傷は見当たらない。剣は剣を払うだけに使われ、ほとんどは体術によって倒されていた。

 クロウスはほんの少しだけ足を前に出し微弱に間合いを進め、飛びかかろうとする。

 その時、三階への階段から激しい足音が聞こえてきた。シェーラのものではないと判断し、クロウスは警戒しながら降りてくる相手を見据える。兵士も思わず、後ろに顔を少し向けた。

 一人ではない――、二人だ。

 足音が次第に大きくなり、降りてきた人が現れた。人を肩に担いでいる優男と――ソレルだ。

 ソレルは剣を抜いて優男の後ろにおり、やや後方にも目を向けている。優男が背負っている人は、顔は後ろに向いていたが、体格と両手両足が縄で結ばれているところから、直感的にイリスだと判断できた。

 その場にいた兵士は後ろに自分より上の位の人物が現れ驚きを声にする。

「隊長! ソレルさん、一体どうしたのですか!? 自分達の不注意で上に行かせてしまった女は!?」

 クロウスははっとして三階を見上げた。二人が降りてきたということは、少なくともシェーラは動けない状況になっている可能性が高い。心の中で自分に舌打ちをし、ソレルの力量を見誤り、先に行かせて対峙させたことを後悔した。

 隊長と呼ばれた優男の額にはなぜか冷や汗が浮かべており、呼吸は荒い。まるで恐ろしいものでも見たようだ。ソレルはそんな隊長を見かねて、淡々と簡潔に話す。

「女は適当にあしらっといた。殺すとなると時間がかかりそうだから、少し動けなくした」

 クロウスは一筋の汗が流れるのを感じる。ソレルがさらりとそのような言葉を出すなんて思ってもいなかった。この男はこういうやつだったのかと、首を傾げたくなるほどだ。

 ソレルは少しだけクロウスを見たが、すぐに兵士に視線を戻す。

「これだけの兵士がいたのに、誰もあいつに傷をつけられなかったのか?」

 彼はぐっと飲み込み、顔を下に向けてしまった。そして自分達の不甲斐無さを噛み締めながら、答える。

「……申し訳ありません。先手を取られまして」

「そうか。わかった」

 ソレルは振り返り、優男を見た。

「隊長、私が道を開きますので先に行ってください」

「あ、ああ」

 口数が少なくなった優男はただ頷くしかなかった。

 再び前を向くと残っていた兵士を見て、ぽつりと言う。

「邪魔だ」

 それだけ言うと、彼へ剣を振り上げ、振り下ろした。

 次の瞬間、激しい音をたてて背中から倒れる。肩から腰にかけて、ぱっくりと血が噴き出す。信じられないという顔で、空に視線を向けていた。

 クロウスは一瞬の出来事に驚いたため、次のソレルの行動に対して反応が遅れてしまう。

 だが、何かが風を切るように動いたことから、思わず刃先を左手で、右手で柄をしっかりと持ち、剣を自分の前で構えて、防御の体制に入っていた。

 そしてカキンと、甲高い剣と剣が交り合う音が響く。そこでようやくクロウスはソレルが自分に対して刃をむけていることがわかった。

 クロウスは押しきられないように、必死に踏んばる。少々顔に力が入っているが、依然表情が見られないソレル。

 その後ろで優男はソレルから自分への視線を感じ、恐る恐る足を横に動くと、いっきに一階への階段に向かって走り始めた。クロウスもその行動に気づいたが、まったく動けない。

 階段を駆け降りる音が聞こえ徐々に小さくなると、優男とイリスは二階からいなくなってしまった。

 なおも、ソレルは押しこんでくる。体勢的にはソレルのほうが圧倒的に有利。

 だが、クロウスは足に力をしっかりと入れて、思いっきり押し倒し返す。

 その力に驚いたのか、ソレルは剣を放し、後ろへと数歩下がり、間合いを取る。

 二人とも一瞬の出来事だったが、息が上がっていた。お互いにじっくりと相手を見据え、剣を構える。

 じりじりとお互いの間合いをつめると、再び激しい甲高い音が何回か響く。

 だが、すぐに壁に飛び下がる。クロウスは三階への階段寄りに、ソレルは一階への階段寄りに。

 ソレルに対して、隙がまったく見当たらない。

 これは長期戦になるのが避けられなくなりそうだとクロウスが思ったとき、三階へ続く階段から今度は軽やかに人が降りてくる音が耳に入る。後ろにも注意を向けてちらっと見ると、降りてきたのはひどく不機嫌そうなシェーラだった。

 シェーラはクロウス、そしてソレルを見て、辺りを見回すと悪態をつく。

「イリスさんは、連れてかれたのね……!?」

 クロウスはソレルに顔を向けたまま頷いた。

「大丈夫なのか?」

「ちょっと首の急所を肘で入れられて、少し動けなかっただけだから大丈夫。油断したわ……」

 クロウスはその言葉に思わず驚いて、顔をシェーラのほうに向けてしまう。特に傷ついているところはなかったが少し辛そうな顔をしている。もうローブは脱いだのか、初めて出会った時の緑色の服が目についた。

 シェーラは振り返ったクロウスに対してさらに嫌悪の表情を浮かべていたが、はっとした顔になると、近場に転がっていた兵士の所持品である短剣を拾い、クロウスの脇から投げつける。

 カキンっと短剣を振り払う音が聞こえると、ソレルはもうクロウスの目の前に近づいていたのだ。前に向いたクロウスは振り下ろされた刃を再び剣で受け止めた。

 後ろにいたシェーラもその状況に息を呑む。

 すぐに斬撃は跳ね返した。ソレルはクロウスが反撃に転じる前に再び下がる。

 シェーラは囁くようにクロウスに言う。

「私は大丈夫だから、今はあの人に集中して」

「わかった。シェーラはイリスさんを追っかけてくれ」

「そうね。そうしたいけど、あのままじゃ一階への階段に辿りつけないわよ」

 ソレルは一階への階段に背を向けている。一階に行こうとする者は何があっても切り去るようだ。何とも効率的な時間稼ぎだろう。

「だけどほんの少し隙があれば、私もどうにか外に出られると思う」

 シェーラは横の窓を見ながら、悪戯っぽく囁いた。クロウスはシェーラの意図を察すると、溜息を吐く。

「そのやり方は仕事上何回かやったことがあるのかい?」

「これくらいなら普通の日でもやっているわ」

「……君には危機管理というものがないのか?」

 また、おどけて返答されると思ったが、シェーラの雰囲気が変わる。逆にひどく真面目な言い方でクロウスだけに聞こえるくらいの大きさで言い返された。

「自分のことより他人のほうが大事だから、自分への危機管理なんて少しもない」

 それはシェーラから心の底から溢れる強い意志だった。

 その言葉に対して、クロウスはシェーラが誰かと被る。心の底に置いてきた、思い出の中にいる誰かに。

 だがそれにもお構いなしに、シェーラはまた元に戻ると、明るい調子で返してやった。

「まあ、ほんの少しでいいから、ソレルさんの気を完全にあなたに引き寄せて。出来れば、右側のほうに真中に空間を空けるように」

「……わかった。無理するなよ」

「ありがとう。あなたがいてくれて本当によかったわ」

 再びその言葉がある人と被る。だがそんなことを考えている暇はない。

 シェーラは腰に下げていた短剣を確かめ、軽く手足を動かす。

 クロウスはぐっと口を噛み締めると、剣先をしっかりソレルに向ける。

 息を吸い、自分の右斜め前、ソレルからは左斜め少し前に向かって走り出した。

 ソレルもそれに反応し少し左に動くと、クロウスが振り上げた剣を受け止める。激しい金属音が響く。

 最大級の力を持って、クロウスはソレルに隙を与えさせなかった。少しでも油断すれば、そのまま押し切られるくらいの力で押す。

 その時間は数秒だったが、シェーラにとっては充分なようだった。

 クロウスがソレルと剣を交り合う直前に、真っ直ぐではなく左にある窓に向って走り始める。

 その行動が目について、ソレルは初めて険しい表情を出す。もしシェーラが真っ直ぐ行けば、クロウスを逆に押し切って妨害できたかも知れないが、より遠く離れたほうに行かれては、そんな時間はない。

 次の瞬間、ガシャンという激しい音をたてて、顔を手でかばいながらシェーラは窓ガラスを体で割り、自らの体を外へと持って行った。

 それを見届けると、クロウスはソレルを思いっきり押し切って、自分は二、三歩後ろに下がり間合いをとる。

 二階から飛び降りたシェーラは特に激しい音をたてるのでもなく、地面に着地をしたようだ。あの身体能力と地面の濡れ具合、そしていざとなったら風を使って威力も最小限に着地できることから、クロウスはしぶしぶと了承したのだった。

 再び静寂に包まれる。

 これで事態は逆転した。今度はクロウスがソレルに対して圧力をかけ、できる限り時間稼ぎをし、彼とあの優男を合流させないようにすればよい。だが、その考えは始めからクロウスの頭の中にはなかった。

 涼しそうな顔をしているが、内面では静かに激しい闘志で燃えている。

「ソレル……、お前はここから先には進めない。しばらく大人しくなってもらおう」

 二人の剣士は再びお互いをじっくりと見据えあった。



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