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1-1

続きです。まだ舞台の全貌すら見えてないですが・・・説明描写長すぎですかね;

読んで頂けると幸いです。

 今日で、この家庭の一員となってから五年が過ぎようとしております。老若男女入り乱れ、活気溢れる都会の端の、一際奥まった場所にある、あの二階建ての喫茶店ですが、外観も内装も、今もまだ鮮明に思い出すことが出来るほど強烈に、眼窩に焼き付いているのでした。

 隠れ家的、と呼ぶには些か雰囲気が足らず、閑静で過ごしやすいかと言われるとそうでもない、要するに、ただの場末の不人気喫茶でございますが、それでもあの古ぼけた借家の台所で初めて作った料理の味や、友と二人で泣き笑った日々など、私にとっては忘れたくないものが詰まった場所なのです。

 さて、私ほどの年頃ですと、年々難しくなっていく学業に運動、あるいは甘酸っぱい恋情などに時間を費やすのでしょうが・・・結論から申しますと、私はそういうものとほとんど無縁でありました。というのも、新しく「英語」なるものが時間割に入る前に、私は父と母を失ったものですから。

 ・・・ああ、この書き方だと死んだように聞こえてしまいますね。しかし、当時の私にとっては至極どうでもいいことでありました。母の顔も父の顔も、ましてその頃の自分の感情すら思い出せないのですから、ええ、きっと私が生きるにあたって忘れようとも差し障りない、例えばその日何回右足を前に差し出したかを覚えていないのと同じように、その程度のことであったのでしょう。

 しかし、いくらどうでもいいこととはいえ、決して明るくない身の上話を皮切りに書き始めるのは、起承転結にあまりにそぐわないことでありますから、この話については少しばかり待っていてもらう他ありません。例えばこれを初めに持ってきたとするならば、必ずこれに目を通すであろう一人の彼女は、重い重い心持ちで読み進める必要を迫られるでしょうから。


 まずは、取り留めない幸せ事を置いていくことに致しましょう。




―◇◆◇◆― 

 雨でもないのに、窓がとても濡れておりました。

 いつもならばその時間に鋭く耳をつつくはずの金音も、その日ばかりは体調不良であったようですが、それも致し方の無いことだったのかもしれません。丁度先日にお店で聞いたラジオ番組では、今年は「遅冬」であるというよくわからない造語を男の声がしきりに発していたのです。

 そのようなものですから―――ええと、何が言いたいかと申しますと、つまり私がその、冬以外であれば起床しているはずの時間に、暖を求めて毛布に包まったままいることも、致し方の無いことだったのです。

 実際、彼(もしくは彼女。部屋に男性をいれたことはないので、女性としましょうか)の体調不良はあくまで背中に埋め込まれたもののエネルギー不足から来るそれであって、冬も終わりに差し掛かったというのに体を慣らすことのできない「寒がり」というものから来ている私のそれは、彼女の一つ目には仮病のように映っていたかもしれません。そんな怠け者と一緒にされては、彼女もさぞ憤っていたことでしょう。人は本当に怒ったときほど物静かになると言いますが、彼女もそうだったのかもしれません。

 そんな中で、どうにか毛布から顔を出すことに決めたのは、思いの外近くから母の声が聞こえたからでした。

 なつー。

 そう呼ぶ声に小さく唸るように返事をします。

 ああ、このふわっとした春の陽気のような声は恭子きょうこさんだな、と。茶っ毛の決して長くない髪をふわふわと揺らしながら微笑を浮かべる母の姿が毛布の向こうに見えるようです。

 そうそう、「なつ」というのは私の呼称でありまして、恭子さんは私のことを季節関係なしにこう呼ぶものですから、対極のこの時期にそう呼ばれるとこれまでも、そしてこの時もよくわからない感覚に囚われるのでした。

 顔を出すと、想像通りの閉眼微笑を湛えた顔が、私の顔の位置をしゃがんで覗きこんでおりました。そうして、

「ふふ、頭ちゃんと出した?おはよう、ねぼすけさん。もう八時だよ」

 そう言って少し掌を彷徨わせたのち、私の天辺を探り当て、右に左にと撫でまわしました。全く、母性本能と言いますか、そういうものが滲み出ている方で御座います。手の感触が心地よくて、暫しされるがままにしていると、凍ってへばりついたような眠気を溶かしてくれた小さく温かな掌は、ゆっくりと名残惜しむように私から離れていきました。

「ほら、朝ごはん出来たから、着替えて降りてきなさい」

 そうして私に優しく囁いたのち、恭子さんは目を開けることなく部屋を出て、階段を下りてゆきました。

 ああ、お分かりかとは思いますが、彼女は目が見えません。目を瞑って移動しているのも、決してそういう趣味嗜好であるわけではありませんし、そういった人物がいらっしゃるのでしたら、私としても是非お会いしてみたいものでございます。

 彼女の盲いはまた少しばかり込み入った事情があるのですが、これも前の理由で、今は幸せ事にスペースを譲ることに致します。親の愛情を思い出せない私にとっては、こんな人並なこともどうしようもなく幸せに感じていたのです。

 脱線しかけておりますので、本線に戻して続けましょう。とにかく、恭子さんにそう言われたからには、手早く下りる準備を始めたはずです。恭子さんの言葉に逆らったことなど、今思い出せる限りでは大きな数回以外はありませんでしたから。

 薄灰色のスウェットを脱ぎ捨て―――自慢ではございませんが、私はこの頃、こと「お洒落」というものにとことん疎く、地味で目立たない色調の衣服が多かった気が致します。こちらのスウェットはここの方々に昔買い与えて頂いたもののサイズ違いとなりますが、可愛いものをと勧めてきた恭子さんの意見ではなく、機能重視なもう一人の意見を参考にした結果でありました。思えば、この時が初めて恭子さんに逆らった日なのかもしれません。ちなみに、私が「お洒落」というのを少しでも知り始めるのは、ここから少し後のことでございます。

 閑話休題。

 姿見の横に掛かっている仕事着に手を伸ばそうとしたところで、本日は定休日だったことを思い出し、しかしせっかく鏡の前に立ったのに何もしないのも悔しくて、小さな丸テーブルの上に見つけたブラシを使って髪を梳かすことにしました。勿論普段着に着替えたあとの話でございますが。

 私のような黒の長髪でありますと、多少の乱れでも大きく見えてしまうものです。整髪剤の類を何も使わず、ただ必死に髪を梳かし続けることの気だるさと言ったら。

 ―――前述の通り、この頃の私はお洒落というものを知らなかったわけでありますから、例えばテレビで「スプレーでシュッとひと吹きふんわりコーデ」などと言われましても、日本語なのか何なのかすらわからないという体たらく。霧を一つ二つ吹きかけるだけで髪型が自由自在などと、そんな夢のようなものが存在するとは、知る由もなかったのです。

 恭子さんは栗色のふわふわとした印象の髪でしたが、もう一人は私と同じく黒髪で、しかも私よりも癖がひどく、その上ズボラと来ています。毎朝のように恭子さんはその黒髪に、健気にブラシをかけているのだということを、私は知っています。しかし黒髪の方はきっと最後には、後ろで一纏めにして誤魔化してしまうのでしょう。それがズボラから来ているのか、それとも気恥ずかしさから来ているのかはわかりませんが。

 さて、そんなことで私は最低限の身だしなみを整え部屋を出たのでありました。正面の部屋からは気配がしませんでしたので、きっと黒髪の方は既に下りていたのでしょう。

 下への階段は恭子さんの部屋の前にありますから、部屋から出た時いつ目測(目が見えないのに目測というのもどうかとは思われますが。)を誤って落ちてしまわないかと私は気を揉んでおりまして、ここに入ってすぐに部屋の交換を申し出たことがありましたが、どうも恭子さんは今の部屋を気に入っているようで、頑として動くことはありませんでした。後から聞いた話ですが、黒髪の方も一度そのような提案をしたそうなのですが、それでも動かなかったということなので、私の申し出が受理される道理など初めからなかったのでありました。

 下駄箱からサンダルを取り出して、階段を下りていきます。この家の面白いところは、階段の前に下駄箱があるところでございます。階段を下りるとすぐに私たちの勤めるお店のキッチンに繋がっているものですから、ここでしか靴へ変えるタイミングがないのです。


ありがとうございました。

今後こういった文章がちょこちょこ出てきますが、質問があります。

行間は空白を挟むべきでしょうか。それとも現状のように段落区切りだけでも問題ないでしょうか。

こういった場所を使うのが初めてに近いので、不便に思われた方いらっしゃいましたら、どうか御助言よろしくお願いします。

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