一瞬の儚さ
城下まで敵が攻め込んできた。それはつまり・・・ケセル王国の軍が負けたということ。
「ギド・・・っ!」
お願い無事でいて・・・っ。それ以外は何も望まないから・・・っ
「キャア!!」
悲鳴が聞こえ、窓からそっと外をうかがう。敵兵の前にいる子供とそして、敵兵に髪を掴まれている女性。
あれは・・・リラさん!!
夫の部下の奥さんでよく身の回りの世話をしてくれた。優しい彼女のことだ。子供が危ないと思って飛び出したのだろう。そう理解するのと同時に家から飛び出していた。
「その汚い手を離しなさい!!」
家にあったほうきを片手にそう怒鳴る。敵軍の目が私に向く。
「おいおい、腹ボテがわざわざ出張って・・・何のつもりだ?」
「私は・・・」
ねえギド・・・。あんただって、部下の奥さん見捨てたら怒るでしょ?私、あんたに約束させたから、私も・・・それなりのことするよ。
「ケセル王国3番隊隊長の妻!我が夫の意思と共にこの国を守る!!」
ほうきの先で容赦なく男の喉笛を突いた。男は血を吐き出し、後退する。毎日ギドのことを見てきた。ギドが護身術にって教えてくれた。今それが・・・役に立ってるよ。
「逃げて!リラさん!」
「ユキさん!!」
「早く!!」
リラさんは子供を抱き上げ、泣きながら駆け出した。
「やってくれたな・・・」
兵が私を取り囲んでいく。怖くないって言ったら嘘になる。けど・・・
私はずっと・・・っあんたを見てきた!!強くなるあんたを!
ほうきで敵の後頭部を打ち、斬りかかってきた男の股間を思い切り蹴り上げる。悶絶しながら蹲る兵を尻目に怒鳴る。
「私の街を壊させはしない!!」
ギド・・・私も頑張るから・・・あんたも頑張ってね・・・。
「隊長!!!」
「平気だ!!!」
背に刃を受けつつ、敵を切り伏せる。
「何故僕を庇ったんです!!」
「言ったろ!?嫁さんに言われてんだよ!部下を守れってな!!」
「そんな貴方が死んだら奥さんはどう思いますか!?」
「安心しろ」
同時に2人の敵を斬って笑う。
「俺は死なねぇ!!!」
ニドルクは暫し目を瞬かせていたが、すぐに俺と同じように敵を斬る。
「早く城下に戻りましょう!!」
「おう!!」
2人で敵を斬り、道が開けた。
「ニドルク!馬に乗って走れ!!」
「貴方は!?」
「俺の部下はオメーだけじゃないんでなぁ!」
『隊長!!』
吼えるような声に少しだけ驚いていた時、周りの敵が一気に倒された。現れたのは3番隊の連中だった。
「お前ら・・・っ」
「俺達なら平気です!」
「奥さんのところに行ってあげてください!!」
「けど!」
「あなたは俺達を見捨てる訳じゃない!!」
そう言って皆笑った。
「俺達を信じて背中を預けてくれるんです」
一瞬だけ迷った。だが、俺はニドルクと同じように馬に飛び乗る。
「必ず戻る!!それまで生き延びろ!!命令だ!!」
『はい!!』
全力でニドルクと共に馬を走らせる。戦場を駆け抜け、ひたすらに真っ直ぐ城下へと向かう。
すぐに城下の門が見えてきた。門は破壊され、兵が中になだれ込んでいるのが見える。
「退けぇぇえ!!!」
馬ごと兵の群れに突っ込み道を開く。
「ユキ!!!」
顔を上げて叫んだその先に・・・ユキはいた。街の男達と共に兵を相手にして血塗れだ。ユキは俺に気付いた直後、安堵したように笑った。そんなユキの背後で敵兵が刃を振り上げた。俺は全力で馬を走らせる。だが、俺の伸ばした手は届くことなく、目の前でユキは切り裂かれた。
「ユキぃ!!!!」
即座に馬から飛び降り、ユキの周りの敵を殲滅させる。
そして、倒れ伏したユキを抱き上げて叫ぶ。
「ユキ!!!ユキぃ!!!」
「ギ・・・ド・・・」
口からコポッと血が溢れる。抱き上げる俺の手を濡らす温かい血は止まる気配を見せなかった。
「ユキ!!ごめん・・・っ俺・・・っ」
頬にそっとユキの手が触れる。
「私・・・ね・・・。リラさん・・・助けられたよ・・・」
「ニドルクの奥さんの?」
「うん・・・。ギド・・・頑張って・・・るから・・・私も・・・」
ユキの綺麗な瞳から涙がいくつも零れ落ちる。
「元気な・・・子・・・産んで・・・あげられなくて・・・ごめんねぇ・・・」
ふとユキの腹を見れば、裂けたそこから水は溢れ、血に塗れた手足が覗いていた。絶望は更に絶望を呼ぶ。
頬に当てられていた手がゆっくりと俺の唇に触れる。
「あんたなんか・・・大嫌い・・・」
「え・・・?」
「だから・・・あんたのお嫁さんになんか・・・なりたく・・・なかった・・・」
「ユキ・・・?」
「可愛い・・・女の子・・・口説いて・・・元気な子・・・見せ・・・て・・・」
力なく落ちる手を反射的に掴む。
「ユ・・・キ・・・」
閉じられた瞳から、溜まった涙がゆっくりと落ちた。
ユキが唇に手を当て何か言うのは裏にメッセージがある。知ってんだよ。お前のさっきの言葉は、俺を思う嘘だって。
「ユキ・・・。ユキっ!ユキぃ!!!」
天に向かって吼えた声は町中に響き渡った。
ユキの体をゆっくりと横たえ、ユラリと立ち上がる。
「テメーら全員・・・」
敵を睨みつけ、唸るように言葉を紡いだ。
「皆殺しだ」
次々容赦なく敵を殺す俺を見て、奴らは一時撤退の判断を下した。それを見送った後、街に自国の兵が一切いないことに気付く。
「ニドルク。確か9番隊。10番隊はいるはずだよな?」
「はい。ここを守っていたはずなんですが・・・」
「ニドルク。お前は嫁さんとこ行け」
「え・・・」
「うちの嫁さんが言ってた。ちゃんと守れたってな。お前の奥さんはちゃんと生きてる。だから行ってやんな。お前が来るのを待ちわびてるはずだ」
ニドルクは数拍間を空けた後叫んだ。
「・・・すみません!!」
走っていくニドルクに小さく微笑んだ後、ユキを抱き上げる。
「ユキ・・・。家でもうちょっと待っててくれな」
抱き上げたユキをベットに寝かせ、俺は城へと向かった。
城は城門は硬く閉じ、その城門の上に兵達が並んでいた。
「テメーら何してやがる!!!」
「ギド隊長!?」
「街に敵兵が攻め込んでやがったのを知らねぇ訳はねえよな!?こんなとこでテメーらは何してんだ!!!」
兵達はビクリと身を強張らせながら答える。
「国王からのご命令で・・・っ」
国王の・・・?
「・・・門を開けろ」
「しかし・・・」
「いいから開けろってんだ!!!」
ギドの気迫に押され、門はゆっくりと開けられた。ギドは真っ直ぐ謁見の間へと向かった。
謁見の間には両脇に大勢の兵士と、大きな玉座には真っ青な顔の王の姿があった。
「おお!そなたは3番隊の・・・っ。そなたがここにいるということは戦は勝ったのだな!?」
「一時的に敵は引きましたが、まだ予断を許さない状況です。国王陛下・・・。お聞きしたいことがあります」
「何だ?」
「街まで敵兵が攻め入って来ていました。しかし、ただの一兵たりとも我が国の兵がいなかった。これは一体どういうことですか?」
「だ、だって・・・街に兵をやったらこの城の警備が手薄になってしまうじゃないか・・・っ」
は・・・?
「民はいくらでも変えが効く!だが、王は私一人しかいないだろう!?なら何を守るかは明白なはずだ」
「・・・よく分かったよ」
俺は腰に帯びた剣を引き抜き、目の前の王の腹部へと深く突き刺した。
「俺がクソみてぇな奴を守ろうとしてたってことがなぁ!!!」
吐き出される血が俺を濡らす。
「陛下!!」
「ギド!!貴様何をしたか分かってるのか!?」
俺を止めようと駆けてきた兵に怒鳴る。
「じゃあテメーらは何をしなかったか分かってんのか!?」
動きが止まった兵の目が俺に集まる。
「テメーらがこのクソヤローを大事に大事に守ってたお陰で・・・っ。俺の妻は死んだんだよ!!!」
ユキの綺麗な死に顔を思い出し涙が溢れた。
「分かるか!?もうすぐ娘が生まれるって二人ではしゃいで、部下達から祝いに赤ん坊用の服とか沢山もらって・・・っ。それを一度も使うことなく・・・!!どころか・・・俺は・・・出会うことすら出来なかったんだよ・・・っ」
ユキと共に大事に大事に愛そうと思ってた命――。
「お前らに分かるか!?愛しい者を同時に2人失う気持ち!!これから訪れるはずだった沢山の幸せを全て失った俺の気持ちが・・・っ分かるのかよぉ!!!!」
俺は鋭く目の前の王を睨みつける。
「俺はこいつを殺す!!その後斬首でも火あぶりでも何でも好きにすりゃいい!!俺は逃げねぇよ!!もう・・・失って怖いもんもないんだ・・・っ」
ズチャッ
剣を引き抜けば血が辺りを濡らした。同時に崩れ落ちる王は血走った目で俺を見上げる。
俺が刃を振り上げるが、止める者は誰もいなかった。
「やめ・・・やめて・・・」
「地獄に行っても俺は一生テメーを許さねぇ」
「やめてくれぇ!!」
叫んだ王の首が飛んで転がった。