禁断の爆破呪文「リア充爆発しろ!」
この時期、世間でやたらめったら唱えられている呪文がある。
「リア爆発しろ!」
この呪文を唱える際の消費MPはほぼ0だが、この呪文を唱えるに至るまでに個人差はあるものの、精神的ダメージを受けてかなりのHPを消耗しているケースも少なくない。
残念ながら、呪文を唱えたところで、術が発動する率は非常に低い。
だというのになぜ、人は呪文を唱えるのだろうか?
かくいう俺も、術が発動しないのを分かっていて呪文を唱えたうちの一人だ。
しかし、俺の予想とは裏腹に、術が発動してしまったのだ。
俺がその呪文を口にした事を激しく後悔したのは言うまでもあるまい…。
***
俺は里谷 潤。、大学2年生だ。性格も明るくないし、顔だって見るに耐えないほどブサイクというわけではないもののパッとしない。年齢イコール彼女いない歴の非リア充だ。アダ名は「リヤジュン」。名前を音読みにしただけなのだが、正直悪意を感じる。知らない人が聞いたら「リア充」と聞こえるはずだ。
「潤は気にし過ぎだって。」
そう言うのは俺の親友、茂木 有也。控えめな性格だけど友達思いのいい奴だ。
アダ名は「モテキ」。
彼も俺と同様、つけられたアダ名に悪意を感じているらしい。なので、お互い名前で呼び合っている。
同じゼミで似たような趣味を持ち、食べ物や色んなものの好みも結構似ているし、そんな縁もあって、入学以来ずっと仲良くしている。
有也も年齢イコール彼女いない歴。
だが彼の場合、顔は悪くない。いや、むしろ良く見ればイケメンだ。しかも身長だって割と高い。
髪型や服装に無頓着で、猫背で、某魔法使い風の丸眼鏡でかなり損をしているが、眼鏡を外してスーツを着た姿は結構様になる。男の俺ですら普段とのギャップにドキリとしてしまった位だ。
今から2ヶ月程前、そんな有也に彼女が出来た。
彼につけられたアダ名の通り、モテキが来てしまったのだ。
きっかけは、学祭のお笑いライブ。たまたま近くに居合わせた女の子達と連絡先を交換した事から始まる。
その日を境に、有也は変わった。
「なぁ、潤。買い物付き合ってくれないか?」
「もちろん。こないだ言ってたフィギュアか?」
「いや…そうじゃなくてさ…服が欲しいんだよ…。」
「有也、何色気付いてんだよ?」
「実はさ…気になる子とデートすることになったんだ…。」
「良かったな!」
俺は笑いながらそう答えていたものの、内心焦っていた。こいつに彼女が出来たら…俺はどうなるんだろう?
とはいえ、親友の頼みだ。彼が恋をしているのであれば俺は応援しようじゃないか。
有也は魔法使い風の丸眼鏡から洒落た眼鏡に替え、人生初の美容院(それまでは床屋だったらしい)へ行き、シンプルだけどそこそこセンスの良い服を着るようになった。
マジで別人。
っつうかマジでイケメン。
彼が見た目に気を使うようになってから、有也に対する同じゼミの女子達の態度が変わった。
俺に対する態度は相変わらず。なんか惨めだ。
「モテキにリアルモテ期がキター!!リヤジュンも早くリア充になれるといいね!」
俺たちにアダ名付けた奴にそう言われた時、俺は笑ってやり過ごした。腸が煮えくりかえっているのを悟られないようにするのに必死だった。
有也に彼女が出来るのに、そう時間はかからなかった。彼女の方から告ってきたらしい。
もちろん相手は、学祭で連絡先を交換した一つ歳下の「美久ちゃん」だ。
小柄で童顔、黒髪ツインテールのよく似合うなかなか可愛い女の子。初めは中学生かと思ったなんて本人にはとても言えない。
それ以来、俺と有也の話題の中心は「美久ちゃん」になった。もちろん、有也が一方的に話しているのは言うまでもないだろう。
何しろ人生初の彼女だ。しかも合法ロリ…じゃなくて、好みのタイプの美少女とくれば仕方あるまい。
俺が逆の立場でも同じ事になっていると思う。
だが、恋愛経験のない俺に相談されても正直困る。アドバイスのしようがない。というわけで、一緒に少女漫画を読み漁って女心について勉強した。
その甲斐あって、彼の恋愛の充実っぷりはハンパなかった。
完全なるリア充だ。リア充のくせに、非リア充の俺にアドバイスを求めてくるのは如何なものだろうか…。
「潤、お洒落で美味い店知らないか?」
「クリスマス、ディ◯ニーランドとU◯Jだったらどっちが美久喜ぶと思う?」
「壁ドンってさぁ…どうやったら良いんだ?」
だんだん俺は彼をウザいと思う様になった。俺に聞くな。自分で考えろ。そう言いたくても言う勇気など、その時の俺には無かった。
日々積み重なっていく不満。苛立ち、妬ましい気持ち、孤独感。
そして、俺は遂に禁断の呪文を口にしてしまった。大きく息を吸い込み、無意識に足は肩幅に開いて踏ん張っている。両手は拳を握り、腹の底から思いの丈を叫ぶ。
「リア充爆発しろぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
次の瞬間、有也はフリーズした。驚きのあまり、思考が停止しているような表情をしていた。
彼の表情を見た途端、俺はいたたまれなくなり逃げ出した。
その日の夜、有也からラインがあった。
『潤、気付かせてくれてありがとう。本当に感謝する。』
絵文字もスタンプもない文面を見る限り、俺の気持ちを察し反省してくれたのだろう。
これでノロケ話を聞かずに済む。
そう思うと気持ちが楽になった…。ハズだったのに、翌日会った有也の発言は想像の斜め上過ぎてついていけず、俺は混乱していた。
「潤、本当にありがとう。俺、勇気をもらったよ。美久への思いが強すぎて、もう爆発寸前だったんだ。そんな時、爆発すれば良いと潤がアドバイスしてくれたお陰で…俺は自分の気持ちを開放する事が出来たんだ!俺は美久が好きだぁぁぁぁぁぁぁ!!愛してるんだぁぁぁぁぁぁ!!潤のお陰で、俺は幸せだぁぁぁぁぁぁ!!」
えっと…俺はどうすれば良いんでしょうか?
リア充が爆発した。爆発したのは、彼女が大好きでたまらないという有也の気持ち。
その結果大声で叫び始めるとか…誰得?
俺は爆発に巻き込まれた模様。HPはもはやゼロ。この先の記憶はナシ。彼とどうやって別れ、どうやって帰ったのかすら不明。気付くと自宅のベッドの上。もしかしたら、自宅が神殿で、ここで復活したのかも…。
数日後。
リア充が爆発して、それに巻き込まれた俺にもクリスマスイブはやってきた。一人孤独に過ごす俺。クリスマスなんてなくなっちまえ!俺はキリスト教徒じゃねぇ!!
そんな事を心の中で叫んでいる時、俺のスマホに届いた画像。それを見た俺は思わずふいた。
臙脂と黄色のボーダーのマフラーを首に巻き、黒いローブを着た有也。
彼がかけている眼鏡は、彼女と出会う前に彼がかけていたものだ。おでこには雷模様の傷があり、手には箒まで持っている。しかもドヤ顔。
もはやコスプレ…。妙に完成度が高い。しかも超似合うし…。
どうやらディ◯ニーではなく、U◯Jにしたようだ。
俺は、手に持ったボールペンを画面に向かって一振りし、呪文を唱えた。
「コンフリンゴ!」
ちょっとスッキリした(笑)
***
「リア充爆発しろ!」
その呪文は、ごく稀に発動する。
その際は、爆発に巻き込まれないよう、くれぐれも注意していただきたい。