第20話 決闘と婚約
「今回は呪文の詠唱についてです」
「お兄様に最初に教わった物ですね」
「うん、仕組み簡単だけど、やるのは難しいんだよね」
「一生懸命覚えるます」
「では、まず最初接続の部分『火の理よ』ここで何の魔法を使うのかを選んでるわけだね、属性によって違うよ、そして選択の部分発動の種類を選び魔力を使用しながら練り上げる部分だね、術だからってイメージが適当だったりすると【詠唱破棄】できないようになるから注意だよ、そして最後、起動の部分で魔力を込めながら術名を唱えるんだね」
「すっごい集中の必要があります」
「なれれば【詠唱破棄】も簡単だよ」
「そんなに簡単じゃないですよ」
「ご主人様は特別です」
「最近、フィーナの言葉遣いが上手になったね」
(照れてますわ、お兄様ったら)
(照れってっててー)
ある意味これは避けて通る事の出来ない儀式だったのだとリックは諦めた。
やんわりと先延ばしにしたのは事実でそれに腹を立てられても致し方ない。そう考える事にしたのだが、これは実は的外れである。言うなればリリアーヌが引っ込みがつかなくなっただけの暴走なのである。
そして其れを止めるはずの大公は娘に甘かった。質実剛健は自分とその部下に用いられる事らしい。ただの親馬鹿になっている彼の力は当てに出来なかった。
「一応、本当は決闘としてしまいたいのですけども、
貴方はまだ小さいから試合で済ませてあげますわ」
自分も十二分にまだ子供な事を棚に上げてそう宣わった。
「リック君、信じてはいるが、怪我は駄目だよ」
微笑んでいるように見せているが目が据わっている。許婚どうこう言ってた時の厳格な君主の顔ではなかった。
「お任せを、傷を付けないで対処します。
ただ、自信を無くされたとしても文句は言わないで下さい」
ほう、と大公は少し驚いた、これまで彼女が散々に配下の騎士の子供を打ち倒し続けているのは知っているのである。それを傷つけないと言い切ったのだ。態度、胆力、政治的な駆け引き、ここまで既に合格点を出しているリックに対する評価がストップ高を振り切る予感がする。
「安心したまえ、元々許婚としての予定で話していたんだ。
仮に傷ついても嫁に貰ってもらうだけだからね」
君主としての風格を取り戻した大公がそう告げて離れていった。
そしてその言葉を聞いたリリアーヌは怒りを爆発させてしまった。剣の師匠から冷静に常に周りを確認し、自分と相手の力量を考えろといつも言われている事等、既に頭には無かったのである。
「やああああ!」
開始の合図もなく切り掛かってくるリリアーヌ、彼女はこれは決まったと思った。そして合図を忘れた事を思い出した瞬間、リックの姿が目の前に無かった。
リックは既に身体強化の魔術を己自身に掛けていたのである。すでに魔法といっていい領域の発動なのだが本人も気が付いていない。
リリアーヌ相手ならば魔術無しでも問題なく対処出来るのであるが、完全に傷一つつけずと為れば圧倒的な技量でもって当たる事が望ましい。自信を無くしてもと言った意味の一つ目はこの事である。魔術も併用しますよと暗に告げたのだ。
まだ肉体強化の魔術を使えないリリアーヌからすれば年下のリックが魔術を使う等とは考えも及ばない。
偶々、切り掛かった己に迷いが生じて其処で躱されたのだと信じ込んだ。
自分に出来る事が他人にも出来ると思い込んだり、その逆で出来ない事が出来ないと思い込む事など普通であるし、ましてや年下であったのがリリアーヌの判断を完全に狂わしたのである。
上段からの打ち降ろす攻撃は身を翻し、横に避け、蹴りは剣の腹で受け止めて後ろに飛びのく。
剣戟に関してはリリアーヌは子供用とはいえ大剣の模造剣であるから重いしそれなりの破壊力がある。一方でリックは訓練用の剣の中では比較的に軽いサーベルを取り試合に臨んだのである。
馬車まで戻れば訓練用の刀もあったのだが、直にでも始めないと怒り狂いそうだったリリアーヌの為にある物で我慢したのだ。
(流石にこの剣だといなすのが精一杯だろうね)と考える故に全ての攻撃を1セムで見切っては躱していたのである。もっと大げさに躱す事も可能ではあったがそうすれば此方の狙いにも気が付かれるのでギリギリを見極めているのだ。此時点で実力差などありすぎて話にもならないのだが、リリアーヌとしてはもう一息だと勘違いしてしまった。ここで先日覚えたE級の魔術で驚かせてやろうと剣を振りながら詠唱をした。
これは非常に悪手である。リックとしては避けて躱す事も可能であるし、魔術でレジストもそして防御さえも可能であるし、一撃入れて良いなら此処で終らせる事さえもできるのだ。
ちなみに才能はあるが座学が苦手すぎてリリアーヌはE級の魔術で止まっている。実際に子供でE級を使えるのはそれなりの才能の証でもあった。
だがしかし、この悪手が通じると思って成長する事はリリアーヌにとって非常に良くない事である。
剣をなんども打ち合わせながら詠唱を唱えるのは相手に撃ちますよといっているのと同じであるからだ。いっそ使わないか、F級でも構わないから【詠唱破棄】の魔術で虚を突いた方がまだマシである。
今の実力で、魔術まで込みの戦闘であれば、フィーナは勿論としてエリーゼもリリアーヌよりも強い。
そして間違えを正すにはその方法では何にも為らないと、正しい使い方を教えるのが一番である。
傷はつけない、まあ濡らすぐらいはごめんなさいと心で早口で謝ったリックは【詠唱破棄】で水玉を10個程背後に作り上げて、詠唱が終る直前で体をそらしてリリアーヌに向けて発射した。
「っわぁ」
この瞬間呪文の詠唱が止まってしまった。これでは魔術は発動しない。だが負けを認めないリリアーヌは再度剣を合わせながら呪文を唱えようとした。
「火のことわぁああ」
二度目はもう少し水の大きさを変えて頭上から落とした。反省がない場合は御仕置きが必要なのである。
「ちょっとどういうことよ、魔術詠唱できないじゃない」
物凄い言い掛りである。ゴロツキでさえも此処までの理不尽は言わないのでは無いかと思う程の一言に思わず笑って答えてしまった。事の成り行きを唖然とみていた大公も笑いを堪えるのに必死である。
「試合中に、ハハハ、邪魔したからって怒るのは酷いなあ」
「違うわよ、何処に魔術師を隠してるのって言ってるのよ!」
「心外だなあ、そんな真似する訳ないじゃないか、
それに此処は君の城<いえ>の庭だろ、不可能だよ」
「じゃあ今のは何よ!」
「唯の詠唱破棄のF級魔術だよ」
「貴方の年で出来るわけ無いでしょ」
怒りながらも剣を振るうのを止めないのは凄い気迫ではあるが困ったものである。
だがその剣さばきには疲れが出始めていた。いくら同い年で負け知らずと言えど空振りというのは非常に疲れるのだ。一撃すら剣を合わせていないのだ。
全てを避けられる事で自信を失うかも知れないとリックは言いたかったのだと大公は理解していた。その上にあの【詠唱破棄】での一撃である、傷つけないという約束を守った上での一撃なのだ、アレが土でも雷でも火でもなく水を態と使っているのがわかる。これは娘の大敗だが…あの子が果たして諦めるだろうかと大公は溜息を吐いた。そしてリックならば上手くやるんだろうという信頼の眼差しを向けたのだった。
(そろそろかな)
リックはタイミングを計ると大きく地面に刺さってしまった剣に足を乗せて体重をかけて剣を手放させて喉元にサーベルを逆刃で当てた。
「それまで!」
「大丈夫ですか、リリアーヌ様」
声を掛けてきたリックが汗一つ出てないことを知ったリリアーヌは、そこで気がついてしまったのである。自分より小さいこの子がどれだけ手を抜いて戦っていたのかを、そしてそれが自分を傷つけない為の方法であって屈辱しての行為ではない事も、さらには水を掛けた行為も諌める為であったと。
急激に恥ずかしくなってしまい、泣いて逃げ出したくなるぐらいだったがこれまで同年代には無敗できた女傑である。これぐらいの事で泣いては自ら泣かしてきた貴族の子息達と同等のレベルに落ちてしまう。
彼女の矜持はこの年にして立派に大公家の人間として誇れる物であったのだ。
そして何よりも素敵なのがこの子が自分の結婚相手にできる存在だという事だった。
女心と秋の空なんて言うが、少女の心は先程までの闘争本能から完全に恋する乙女のそれに変わってしまった。そして同時に淑女としての教育を疎かにしていた過去の自分を呪っていた。間違いなく10分前の自分にあったら蹴り倒してでも勝負なんて挑まなかっただろう。だが後悔というものは必ず後になって悔いるから後悔なのである。
「リック様、その、申し訳ありませんでしたわ」
「「え」」
リック所か大公までもが奇妙な声を上げながらつんのめってしまった。
日本のある地域なら一流と言われるような転けっ振りである。あの娘が年下の子供とは言えど男性に対して様付けで呼んだのである。失礼な話ではなく今までそんな事が一度も無かったのだ。
そして大公は自分で婚約を奨めておいて撤回したくなった程で、今のリリアーヌの可愛さなら嫁にはやらんぞとまで思わせる仕草なのであった。だがこれほどの息子が出来るならばとも思う葛藤が生まれたのだ。
一言も婚約を受け付けると言ってないリックからすれば困惑極まる思考状態でフリーズした大公はさておき濡らしてしまったリリアーヌをそのままには出来ないので城内へ一旦戻る事を告げた。
再起動した大公とともに談話室へと移り、リリアーヌは着替えに自室へと戻っていった。
◆◇◆ ◆◇◆ ◆◇◆
リリアーヌが戻ったのは2時間後である。当時の大人の貴族の女性の仕度以上の時間であった。
コルセットをまだ使わない年齢に関わらず異常に時間が掛かりすぎであった。リックの周囲にはコルセットをする女性は居なかったがそれでも女性の用意は時間が掛かるものだと教え込まれていたので辛抱強く待ったのである。
ちなみにコルセットの代わりとしてリックは下着の開発を織物と同時に指示しており、健康に害があるコルセットの着用を廃止するようにと進言していた。貧血や筋肉の低下など良いことが無い下着なのである。
祖母や母を中心として進められている計画は一代センセーションを巻き起こす事になるのだが後日の話である。
現れたリリアーヌはドレスを着ていた。リックからすれば普通なのだが、大公は思わずお茶を少し噴出した程に驚いていた。娘のドレス姿なんてそれこそ無理やり着せる誕生日会や式典のみである。重要出ない場合などはそれこそ鎧で登場してもおかしく無い女傑がドレスを纏い恥ずかしそうに入ってきたのだ。感動しすぎて涙を零しそうになったのは致し方ない事だった。
母親は既に部屋で号泣していたのである。
失礼しますと入ってきた娘はそれ以降一言も喋らず置物と化してしまった。原因はリックの一言である。
「とても素敵ですねよくお似合いですよ」
これでコロっといってしまったのだ。迂闊と言えば迂闊、当たり前の一言といえばそれまでだが、この一言は強烈だった。顔を真っ赤にして俯いてから身じろぎ一つしなくなってしまったのだった。
これがいい年の間柄であればリックも気をつけただろうが5歳と7歳の会話にそこまでの配慮はしなかったのだ。
斯くして、此処にまた一人リックにやられた乙女が出来上がった。
4日後に両親に懇願する一人の少女の姿があった、前日にリックが役目を終えて両国の友好と軍事的な強力を取り付けることにも成功して出立した後の事である。
なんとしても婚約をしたいと言い出したリリアーヌである。彼以外に夫となれる人など居ないと言い放ち、それまで真面目に受けていなかった淑女教育を真面目に受ける代わりにあるお願いをしたのである。
両親は喜び娘の願いを叶える為の手はずを整える準備に移った。リックがこの事態を知るのはまだ先の事であった。




