第16話 魔犬討伐
「そういえば精霊が音楽が好きって言ってましたが」
「あれは音楽もだけど、魔力の篭もった音楽という事だね」
「どうしてお兄様の奏でた物には魔力が」
「うーんどうしてなんだろう不明だけど…」
「精霊、音楽綺麗な音と魔力が染み渡るの気持ちいいって」
「フィーナもこう言ってるし、お蔭で契約したんだから悪い事じゃないよ」
「流石お兄様ですね」
「ゥウ…なんじゃあこりゃあ」
「騒がしい方ですね、
男の叫びなんて聞きたくないです」
ある意味物凄い否定の言葉を投げつけたのはエリーゼである。だが突然倒れて目覚めたら後ろ手に拘束された上に荷馬車に詰まれて護送されているのだ、心から驚くのも仕方無い事だ。
ちなみに即時に騒がしいと判断されて轡までされてしまった哀れな野盗の頭である。
街道を王都方面に向かっている事を知って冷や汗を流しながら暴れようとして彼はその後簀巻きに処された。
だがこれも当然の理由があるのである。王都方面には野盗が移動する事を選んだもう一つの理由が存在するのである。魔犬の群れが存在するのだ。
縛られた状態では抵抗も逃げ出す事も不可能である。
そして何故自分たちが捕らえられているのか、それすらも判らないので混乱しているのだ。
(魔犬がやってきます)
(ありがとう)
「さて、じゃあ迎撃しよう」
流石に手が足りないので馬車を操る必要があったし、討伐依頼という事もあるので音楽無しでここまでやって来たのだ。
魔犬は魔狼程の強さは持っていない、だが問題になるのは何故か魔犬は複数頭居る事が多いのである。同時に発生するのかそれとも徐々に群れを形成するのかは不明であったが、魔狼と同等に恐れられているのだ。
事も無げに迎撃しようと言ってのけた声を聞いた瞬間に野盗達は己の死を覚悟した。たった2人の大人で魔獣に対処しようとしていると思ったのだ。
だがリックが弓を構えて射はじめた所から考えが変わった。
森から現れる魔犬は20メムの距離(60m)程の地点で射殺されていったのだ。
さらにフィーナが魔術を行使して左右からの群れをなぎ払い、エリーゼが止めを刺していく。
後方からの魔犬はレビンとマークが対応して防衛に努めている。
「【水霧】」
ここで霧の魔術なんて…
時間稼ぎか、と思った所にさらに魔術が重ねられる。
「【水霧】。
雷の理、稲妻の剣、千里を貫く刃となりて我が力となれ。火の理よ、神の鉄槌たる裁きの時を知らせよ。」「【神炎雷火】」
爆音と共に前方から疾走してきた魔犬の群れが一掃された。爆発の勢いで吹き飛ばされたものや直撃を食らって焼け焦げた死体が横たわっていた。
前方の脅威が無くなった事を確認したリックが背後の敵を掃討するのに回りこむ。
「レビン、マークご苦労様」
「いえ、お気になさいませんよう」
「防衛だけなら【土壁で何とでもなります」
「よし、逃げられる前に殲滅しよう【雷閃】」
「フィーナ、お兄様の手を煩わせずにいきましょう。
此方はこのままどんどん仕留めていきます」
「了解です、頑張ります」
(アラアラ張り切ってますね、手伝いましょう)
不可視の刃が渦巻いて次々に魔犬の首が落とされている。その光景を見た野盗達は恐怖に怯え逃げ出す事さえも考えなくなっていた。
◆◇◆ ◆◇◆ ◆◇◆
損傷の酷い皮は諦めて綺麗な皮と使えそうな物だけを剥ぎ取り、討伐の証として牙を切り取ってから一箇所に集めて燃やし尽くした。流石に43匹もの遺体の処理には時間が掛かったが、焼却には風の魔術で火力を強めて一気に処理された。
近場の川辺で野営をにして、翌日リック達は次の町へと到着した。
庁舎へと野盗を全員引渡し討伐完了の証明も受け取って冒険者ギルドへとリック達は向かった。
「こんにちわお姉さん」
「はい、こんにちわ、今日は何のご用ですか」
「この討伐依頼二つ分の完了報告にきました」
「……え?
ええええ!」
「お姉さん驚きすぎです」
「えっとごめんね、お使いにしては物凄い内容ね」
「一応お使いじゃないんです、これカードです」
毎回使う必要があると判断していたリックは【守秘義務お願いします】と記載された紙と一緒にカードを渡した。さすが受付の女性も2度目は我慢できたが目線をカードとリックの間を行き来させてしまったのは仕方が無い事なのである。身分証でもある冒険者組合発行のカードにはその人物のプロフィールが記載されているのだから驚きもする。
「では、こちらの2件の完了報告は受け付けました。
支払いはエルン計算で行います。
こちらの依頼書分(野盗退治)が100000エルン。
そしてこの分が70000エルンです。
皮などはどうされますか」
「組合で買取をお願いします、面倒ですしね」
「では牙が43匹分、163400エルン。
状態の良い皮が20枚、36000エルン
破損の物が5枚、4500エルンです
魔石が黒の傷なし30個、1500000エルン
黒の破片が5個、50000エルン
茶色の傷なしが5個、1000000エルン
茶色の破片が3個120000エルンです」
「お姉さん討伐代忘れてるよ」
「そ、そうでした、討伐代が17200エルンです」
合計で3215900エルンですと若干震えた手でカードに刻印していた。日本円にして3千2百万程の価値なのだから当然である。
「お姉さん、今回の被害にあってる人達は」
「魔犬に関しては早期に対応したので、
一組の冒険者が治療にはいってます、
ですが幸いにも死者は報告されていませんね。
もう一方の方は少し被害が酷くて、
商人と護衛についていた冒険者が数十組被害にあってますね」
「じゃあこれ魔犬の被害にあってる人達に、
お見舞金にしておいて、もう一方はちょっと考えるね」
そういって30000エルン分の契約魔術の証書を組合と結ぶ。
目を白黒しながら対応する受付の女性は手配が終った頃には憔悴していた。申し訳ないとリックはチップとして小銀貨を5枚渡して「美味しい物でも食べて元気だしてね」と告げると力の無い笑顔で微笑み返した。
◆◇◆ ◆◇◆ ◆◇◆
ギルドを出たリックは商人組合の館を訪れて交渉を開始した。
野盗から押収した金品に関しては討伐者の物になるのである。今回は余りにも量が多い為と考えがあったので組合を利用させてもらう事になったのである。
「いらっしゃいませ、商人組合にようこそ」
「こんにちわ、お姉さん、
この組合のできれば代表の人に会いたいんだけど」
「うーん、ちょっと難しいかなあ」
「そうなの、じゃあ表の荷物があるんだけど、
その引き取りをお願いしにきましたって伝えて欲しいんだけど」
「それなら大丈夫よ、ちょっと待っててね」
歩いて表に出た受付の女性はドアを勢いよく跳ね開けると、猛烈な勢いで奥へと走り去った。
4台の馬車が停まっていて、中に貴金属などが大量に積まれていたのである。
「ど、どういう御用件でしょうか」
商人組合の代表が慌てて対応に出てきたのだが、2流の対応としか言いようが無いのは地方都市なので仕方が無い。
「表の商品なんだが野盗から接収した物なんだ、
此方の町にある商店全てで競売を開いて、
引き取って欲しいんだけど可能かな」
「競売とは…態々開く意味がありますか」
「そうだね、このオークションを開いて貰う意味は
競り値の2割を野盗の被害にあった商人と、
護衛の人の家族への見舞金に宛てる事かな。
さらに1割の金額をこの商会の名で、
孤児院へ寄付する事もできる。
5分の手数料もこの組合に落とすけど…
不満なら他所に話を持っていくよ」
「い、いえ是非当方で」
「じゃあ契約書と契約魔術をしよう」
「はい、た、只今用意致します」
商人組合も急ぎ回覧を回して手配などしたが開催までに4日見て欲しいと頼まれた。
それならばと、リックは商会に競売を任せるので、王都での開催にするようにと提案した。翌日に一行は組合の代表と共に王都へと向かう事になったのである。