魔法を覚えよう(上)
ノーヴに来て二週間。
参謀になってしまった翌日からさっそく現場に出されました。
もうどこから見ても熟練の参謀です。
「ちょっと~、うちの農園にゴブリンが住みついちゃって~」
「おらほの牛っ子が産気付いちまってよ~」
「行商の許可をもらいたいのですが」
「スズ姉~。御茶しよーよ!」
「こないだはありがとな。今朝獲ってきた魚置いてくから食えよ」
「スズネさん、野獣討伐の報告書置いておきます」
「スズネおねーちゃん、『いせかい』のおはなしきかせてー」
「ふぉっふぉっふぉ」
「はい、討伐隊を出しますので詳しく聞かせてください。
それは私に言われてもしょうがないので獣医さん呼んでください。
必要な資料を出しますので、記入して行政書官に出してください。旅券と屋号章はお持ちですよね?
伊予ちゃん、仕事しなさい。
お魚ありがとうございます。また何かあったら来てください。
天龍さん、その書類は私じゃなくて出撃部隊の上司承認です。
ごめんね~。お姉ちゃんちょっと忙しいから、夕方くらいで良いかな?
玄武さん、サボってるなら手伝ってください!」
参謀ってなんだっけ。
「む。暗くなってきたかの」
冷やかしに来た玄武さんを捕まえ、書類の整理をしているといつの間にか外は夕暮れ。
「『明かりよ』ほれ、スズネ君。暗い中で文字を読むと目を病むぞぃ」
魔法なのかな?玄武さんはふよふよ浮かぶ光の玉を作りだしてくれた。
「ありがとうございます。私も明かりくらい作れるようにならないと不便ですよね……」
前の世界では魔法使いやってたけど、その前の世界じゃ魔法使えなかったし……。
世界によって魔法違うから厄介なのです。
私、剣とか使えるわけでもないので魔法が無いと不便!
「うむ?これ位の魔法は皆使えるぞぃ?」
そんな『常識ですよ』的に言われても……。
「いえ、こちらの世界での魔法は全然です。暴発しちゃっても嫌なので、前の世界の形式は試してないです」
「ふむ。……それでは今から魔法の練習じゃな」
「え!?もう外は暗くなってますけど!?」
明かりが必要な時間なのです。
車で走るならライト点けないと怒られる時間なのです。
……たぶんこの世界も車ないけど。
そんな訳で連れてこられました。
御城の裏手、演習場です。
いつもは野良ゴブリンが迷い込んでいたり、野獣が群れで御邪魔したり、銀狼さんの隊が遊んで(訓練して)いたりする場所です。
「何も大きな魔法使う訳じゃないんですから、こんなに広い場所じゃなくても……」
「念のためじゃよ。……ふむ、来たようじゃな」
御城の方からふらふらと青年が。
あんまり見かけない人だけど?
「ったく、何の用ですか。寝起きに呼び出さないで下さいよ」
ぼさぼさの白髪(銀髪っていうのかも)に、よれよれのローブ。手にはボロボロの本。
はい、先生!分かりました!この人、学者の人です!(偏見)
「っと、爺さんだけじゃないのか……お嬢さん、初めてお会いしますね」
うん。良く見るとイケメン様じゃないですか。
なんですか。こちらの世界はイケメンと美少女しか居ないのですか。
……うん。おばちゃんとおじちゃんも居たね。お昼に受付?で会ったね。
「この美味しそうな、吸い尽したくなるような魔力の香り。カムイのスズネ様ですね」
訂正。この人ダメなイケメンっぽい。
「なんか変な覚えられかたしていますが……『カムイ』は良く分からないですけど、この間やってきた三笠 鈴音です」
頷きながら舌舐めずりしないでください。
美形(一応)にそんなことされると怖いです。
「これは失礼。私は皇立魔法学院に籍を置いているウィルヘムと言う者です。一応、夜の眷族の一員ですが……まぁ、気にしないでください」
闇の眷属と言うと……あぁ、吸血鬼かサキュ/インキュバスな人ですか。
流石にグールやらリッチやらには見えないし。
どうもこの世界、少し風流な?言い方(回りくどいとも言うね)が多いみたい。
『天の護り手』が、天竜さん達の竜一族(トカゲみたいな姿の子竜も含むみたい)を指す。とか
教えてもらわないとそんな言い回し知らないよ!的なモノが多いね。
「こう見えてもこやつは学院長兼魔術師団長じゃ。今まで顔を合わせなかったのも問題じゃが……こやつは夜しか起きてないからのぅ」
「だって日中は眠いじゃないか。そもそも私は『時間は問わない』と聞いたから宮仕えしてるんだからな」
なるほどなるほど。道理で……。
「時間は良いのですが……今日こそ報告書の決裁お願いしますね。この二週間分だけでも魔術師団は書類溜まってるんですから」
道理で担当の子(栗毛の可愛い少年でした)が困ってた訳です。
決裁責任者が夜しか居ないんじゃ遅れてもしょうがない。
「むぅ、そういえば君は参謀をしてたか。私の不手際ですまない事をした。今後は気を付けよう」
「ふぉっふぉっふぉ」
「玄武さんは日中居るんですから書類溜めないでください」
「ふぉっふぉ……善処しよう……」
「善処ではなく対応してください。国外船舶通航書なんて何枚溜まってると思ってるんですか」
「流石にカムイの前では不動の玄武も形無しだな」
不動って「仕事をしない」と言う意味ではないと思うなー。私は。
「さて、寝起きに呼びだした理由はこれだけじゃないのだろ?何用なのだ」
「今日は教官の仕事じゃよ。スズ嬢に魔法を教えるだけの簡単な仕事じゃ」
「ん?魔法って……まぁ、良いか」
なんですか。その意味深な……。
「ん~……まぁ、サクっといきますかね。『炎よ』」
ウィルヘムさんの手のひらに火が灯った。
熱くないのかな……。
「こんな感じに起動語のみで発動させる簡単な魔法が簡易魔法です。これは発音を真似るだけです」
「ふむふむ。こんな感じですか?<<炎よ>>」
何も起こらず……。
「ん?<<炎よ>>、<<ほ~の~お~!!>>、炎ちゃんおいでー!!」
むぅ。
「えーっと……共通語で『炎』ではないのですが……」
「共通語って何です?一応、聞こえたように発音してみたのですが」
特に違う言葉って訳では無いように聞こえたんだけど……?
「まずそこですか。流石カムイ様です」
だからカムイって何なのさー。
ニュアンス的に「おバカさん」みたいな意味じゃないかと思い始めましたよ。
「まず、発動中の翻訳魔法解いちゃってください」
「はい?翻訳魔法?」
何それ?な感じです。
「私、こちらに来てから魔法なんて使ってないのですが」
「そうなると魔道具系統ですかね。見たところ魔力反応の有る衣装では無いようですね」
そりゃそーです。丈夫なだけが売りの冬制服(ボタンは外れやすいけど)に魔法なんて掛かってません。
「古代魔術語を含む多言語翻訳なんて高次元魔法、魔道具にすると大分複雑な構成になるとは思いますが……」
「良く分かりませんけど、特に前の世界から持ち込んだもので魔法の道具とかは無いですね。服も……私の世界の物を直しながら使ってるだけです」
「ちょっと試してみて良いですか?」
何をでしょう?と返すよりも先に、火の玉を投げつけてきたウィルヘムさん。
熱いじゃない!止めなさい!
「あ、はい。大丈夫だから爺さん、圧縮魔法解いて……」
ふよふよ飛んできた火の玉、目の前で消えました。
驚かせないでください。
「急に何するんですか。危ないですよ!」
「むぅ……魔力干渉とな……」
「流石に完全無効は予想していませんでした……」
な、何ですか。私なにもしてないですよ!
「結論から言いましょう。スズネさん、あなたの魔力は規格外です」
ノーヴでは軍で一般的なギルドのような仕事もします。
実力主義かつ「動ける人が動く」な国なので、三公も良く現場に出ています。