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もうひとつの物語:ルークの場合

これはもしもアルザス王があの戦いではなく、寿命による死を迎えていてフィリアちゃんがずっとお城に留まっていたら、というお話です。

ずっとお城にいるので記憶を無くしていませんし、そもそも宝石もずっと剣に嵌まったままになります。

そしてルーク君とは彼が幼いときに城で出会います。

以上を踏まえてお読みください。

――女神と共に、初代国王アルザスが打ち立てたオルアース王国。

彼が死んでも、そこに暮らす人々を女神はずっと見守っている。



それが、国民や他国の人間に伝わる有名な話。

けれどルークは知っていた。

女神は案外とても近くで、自分達を見ていてくれていることを。











ルークが“彼女”と出会ったのは、十才の時。

オルアース王国の王である父ハロルドに手を引かれ、城の広大な中庭を訪れたのが始まりだった。



「父上、どこにいくのですか?」


「うむ、我が国を守護して下さる女神様にお前を会わせようと思ってな」


「女神さま?」


「女神様のお伽噺は知っているだろう?

この国を我らの遠い祖先、アルザス王と共に作った話だよ」


「はい!大好きです!」


「その話に出てくる方だ。

さあ着いた。女神様、お待たせ致しました」



そう言って、ハロルドが背の高い草をかき分けルークに見せたのは。

――まさに、夜通し世話係にねだるお伽噺の通りの光景だった。



「……わぁっ」



とても大きな――大人が十人ほど手を繋いでも囲いきれないような太い幹を持つ大樹。

その根本に、彼女は座していた。

簡素な白のワンピースと神にしか許されない銀の髪が風に揺れ、物憂げな緑の瞳がルークとハロルドを映す。



「随分と遅かったなハロルド。

それに今日は、新顔がいるようだ」


「はい、息子のルークを連れて参りました」


「ほう、それがそうか…」



綺麗な緑の瞳に見つめられ、ルークの心が浮き立つ。

物語の中の人物が、今目の前にいるのだ。

つい我慢できなくて、ルークは父の手を離し女神の元へと駆け寄った。



「ルーク!」


「構わぬ。幼子は元気のよい方が良い」



ハロルドは焦るが、女神は気にせずルークを迎えた。



「本物の、女神さま?」


「そうだ」


「アルザス王と、冒険したの?」


「あぁ」


「すごい!!」



きゃっきゃと走り回るルークに、女神は苦笑する。



「そう走っては、そなた転ぶぞ」


「ルークだよ!」


「………そうだったな」



まさか注意を受けるとは思わなかったのか、女神は一瞬キョトンとした顔をした。

そんな彼女に続けてルークが問う。



「女神さまは、なんて名前?」


「……我の名を知りたいのか?」


「うん!」


「――我はフィリア。

フィリアと呼べ、ルーク」



彼女の声は、鈴の音のように軽やかにルークの耳に響いた。











――それから、7年。

ルークは十七歳になった。

そんな彼には7年前から毎日欠かさない日課がある。



「フィリア、おはよう」


「……また来たのか。

そなたも毎日毎日、よく飽きぬものだ」



中庭で過ごすこの国の女神、フィリアを訪ねること。

彼女は春も夏も秋も冬も、晴れの日も雨の日も風の日も一日中、そこにいた。



「フィリアに一日一回会わないと落ち着かないんだ」


「面白いことを言うのう。全く変わり者だな。

そなたのように毎日我の元へやって来た者はアルザスくらいだ」


「またアルザス王?

フィリアはその人の話ばっかりだ」


「当然だ。アルザスは我が唯一認めたら人間だからな」



ルークは顔をしかめた。



「はいはい。一緒に旅して、しかも祝福をあげたんだもんね。

――ねぇ、俺には祝福はくれないの?」



祝福とは、神が人間に与える特別な力のこと。

この世界には目の前にいるフィリアを含め五柱の神が存在する。

他の神はどうか知らないが、フィリアが祝福を与えたのは何千年の間アルザス王ただ一人。

神に認められ、そして信用された証であるとされるそれが、ルークは堪らなく欲しかった。



「そなたはまだその様な器ではない。

祝福を与えたところで、力に呑まれるのが落ちよ」


「けち」


「よう吠える。

……さて、迎えが来たようだ。

そろそろ戻ると良いぞ」



その言葉と同時に、ハロルドからルークのお目付け役として与えられているバルドの声が中庭に響く。

彼が毎日ここへルークを迎えに来るのももはや日課だ。



「ルーク!いい加減政務の時間だぞ!

……またここにいたのか」


「もうそんな時間?

まだ全然話し足りないのに」


「さっさと行け。

仕事も満足に出来ぬなど、愚王になるぞ?」


「女神様の言う通りだ。

ほら、行くぞ」


「……わかったよ。

それじゃあフィリア、またね!」



フィリアは無言でヒラリと手を振ると、立ち上がり一跳びで高い枝に上る。

あの場所は彼女のお気に入りなのだ。

バルドに引きずられながらも、名残惜しげにルークは何度も振り返って彼女の姿を見ていた。






「まったく、毎日毎日…」


「そう怒らなくてもいいじゃないか」



執務室で政務を片付けながら、ぶつくさと文句を言うバルドにルークは唇を尖らせた。

バルドはルークが国王の息子だからといってへりくだった態度をとらない。

むしろ彼が尊敬しているのはルークの父である元国王のみなので、扱いは結構雑だ。

敬語などとうの昔に無くなっている。

そこが良いところなのだが、お説教は勘弁である。



「毎朝中庭までお前を迎えにいく俺の身にもなれ!」


「じゃあ迎えに来なければ」


「そうしたらお前は一日中女神様の元に居座るだろうが!」



確かにその通りだった。



「だってフィリア、寂しそうなんだよね……」


「寂しそう?女神様がか?」


「そうだよ。大体何で皆フィリアのこと女神様、って呼ぶかな?

名前があるんだから、フィリアって呼べばいいのに」



名前を呼ばれないのは、悲しい。

そうでなくとも彼女はいつだって一人で中庭の奥深く、あの木の傍にいるのだ。

寂しいに決まっている。



「だが、不敬だろう」


「フィリアはそんなこと気にしないよ」


「………」



「あまりバルドに無茶を言うものではないわ」



黙ってしまったバルドに助け船を出したのは、突然部屋に現れたルークの母である王妃ルーシアだった。



「母上、どうしてここに?」


「妃殿下」



驚くルーク、慌てるバルドを見てしてやったり、といった表情をしてルーシアは執務室に置かれてあるソファーに座った。



「ちょっとルークに話があって来たの」


「俺に?」


「貴方、もうすぐ成人でしょう?」



この国での成人は十八とされている。

ルークは王太子。その成人の儀は国単位で祝われる。



「成人の儀で、正式に貴方に剣を継承するわ」


「剣って、あの王家の?」


「ええ。国を守る結界を張っている、女神様の力が宿ったあれよ」



オルアースは以前、闇の者という魔物の脅威に晒されていた。

そこから人々を救ったのがこの国の初代国王アルザスと、女神であるフィリアだ。

そして闇の者の侵入を阻むためオルアースがある大陸には結界が張られており、それを支える役割を持つのが王家に代々伝わる宝剣である。



「宝剣を、俺が…」



父王の腰にいつもさがっているそれは、ルークの憧れだった。



「あとついでに、婚約者も決めて欲しいのよね」


「は!?」



しかし剣の継承に心が沸き立っていたところに、とんでもない爆弾が落とされる。



「こ、婚約者って……」


「将来結婚する人のことよ?」


「それぐらい知ってるよ!」


「ならよかったわ。はい、これ目録」



ぽい、と机に投げられた紙の束に、ルークは恐る恐る目を通す。



「………」



予想通りそこには、ルークと年齢の合う貴族の令嬢の名前がずらりと並んでいた。



「それじゃあ、考えておいてね?

数日後には顔合わせの舞踏会も開くつもりだから、名前と身分は頭に入れておいて頂戴」



もう言いたいことは言い終えたのか、ルーシアは来たとき同様勝手に執務室を出ていく。

おおよそ王妃には思えない言動だが、間違いなく彼女は王妃である。



「婚約か。確かにそろそろだな」


「全然まだいらないよ…

大体その年で結婚してないバルドには言われたくない」



書類を覗き見ながら呟いたバルドに、ルークは落ち込みながらもしっかりと言い返した。






「成る程、それでそなたはそんなに沈んでおるのか」



その日の夜、相談がしたいと婚約者選びの話をしたルークは愉快そうに笑うフィリアを恨みがましげに見つめた。



「他人事だと思って…」


「確かに他人事だからな。

しかし婚姻は大切なことだ。

国にとっても、そなたにとってもな」



緑の瞳を細めて、フィリアは呟く。



「自らの唯一。死によって別たれるまで共に生きる番。

なればこそ、真剣に選ばねばならぬ」


「………俺はまだ誰ともそんな関係にはなりたくない。

剣の修行や王太子の政務で手一杯だし」


「青いな」



フィリアはにやりと笑った。



「色恋沙汰というものはその様にしたい、したくないなどと、理屈でするものではない。

よいか?恋とは墜ちるものだ。

今のそなたには分からんかもしれんがな」


「……フィリアは分かるの?」



ルークの質問に、フィリアは少し驚いたように目を見開き―――次いで微笑んだ。



「……そうだな。我は昔、恋をした。

そなたにもいつか、分かるときが来るだろう」


「………」


「どうした?」



フィリアが反応のないルークに小首をかしげて、その時ようやく我に帰った。



「な、なんでもない!

………その、俺はもう寝るよ。おやすみフィリア」



口早に捲し立て、中庭を立ち去る。

背中に訝しげなフィリアの視線を感じたが、それに構ってはいられなかった。


自らの宮に入り自室の扉を勢いよく閉じて、ズルズルとその場に座り込む。

思い出すのは、恋をしたことがあると言った彼女の少し寂しげな、けれど幸せそうな微笑み。



「…………っ、」



ドクン、ドクンと鼓動がうるさい。

顔が熱くて、心臓が何かに掴まれたようにぎゅっと痛くて――



「………なんだろ、これ」



初めて感じる、嬉しいような悲しいような、切ないような楽しいような形容し難いその感情に、ルークの胸はざわついた。






そして恋に落ちるルーク君。

これから彼には

自覚→両親の説得→外堀を埋める→フィリアさんをオトす

という沢山の難関が待ち受けているはずです。

頑張れルーク君、負けるなルーク君(笑)

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