とある夜の攻防:アル・エルの場合
こちらはあくまで『もしも』の話になります。
ご注意下さい。
「フィーリーアー!」
「準備できたー?」
階下から響く二人分の声に、フィリアはクスリと笑みを浮かべた。
しかし返事をせずに放っておくと後が大変だということが分かっているため、フィリア自身も声を大きくして返す。
「ええ、今行くわ!」
忘れ物が無いことを確認して、フィリアはアルとエルの待つ一階へと降りて行った。
「待ち疲れたよー」
「ごめんなさい」
「僕はフィリアのことなら何時間でも待てるけどね」
「うわ、エルずるい!
僕だって待てるよ!」
「ふふっ、二人ともありがとう。
それじゃあお城に行きましょ。
ルークもいい加減待ちくたびれているだろうし」
フィリアは今、青の民の街である夢幻の都にある族長の館に住んでいる。
女神として覚醒したフィリアは最初のうち城で過ごしていたが、彼女を見る城の貴族たちの目線が嫌で数週間と経たずに城を出ることにした。
その時に声をかけてくれたのがヘルミナと、この二人である。
彼らは館に住むことをフィリアに進めた。
フィリアも遠慮していたがそのうちそれにほだされ、結局館に居着いて二年の月日が経っている。
その間に青の族長は代替わりし、今ではアルとエルの二人が史上初の双子での族長を務めている。
ヘルミナは引退すると同時に館を去り、今では各地を放浪してたまに夢幻の都に戻ってきては、フィリア達に各地の情勢を話してくれたり、土産をくれたりしていた。
「ね、フィリア。
今日は何の日だかわかる?」
「……え?」
今までのことを思い出していて思わず反応が遅れたフィリアに、アルは唇を尖らせた。
「まさか、今日が何の日だか忘れたの?」
「ふふっ、そんなことないわ。
今日は貴方達の誕生日でしょう?
確か、今日で18歳になるのよね?」
「正解!」
「さっすがフィリア!」
喜ぶ二人にフィリアは目を細めた。
彼等も大人になっていくのだ。
自分にはない、時の流れ。
いつか彼等に置いていかれてしまう日が来るのだろうと思うと、胸の奥がチクリと痛んだ。
それに気がつかないふりをしながら、双子に微笑む。
「だから今夜はご馳走の予定なの。
楽しみにしていて?」
「やった!」
「それじゃあ夜までお腹減らしておかないとね」
はしゃぐ二人にフィリアも楽しくなって、料理を頑張ろう、と意気込んだ。
「「ただいまー」」
「おかえりなさい」
支度のために先に帰っていたフィリアは、双子の声に返事をしながら慌てて最後の皿をテーブルに乗せた。
それとほぼ同時に二人がリビングに雪崩れ込んでくる。
「うわ、すごい!」
「どれも美味しそう」
「二人のために頑張ったのよ?
さ、乾杯しましょう?」
グラスにワインを注いでそれぞれに手渡す。
「18歳、おめでとう」
「「ありがとう」」
チン、とグラスを合わせて、三人は料理と酒に舌鼓を打った。
「ね、フィリア」
「なぁに、エル?」
声をかけてきたエルに首を傾げると、そのまま抱き締められる。
「エル?」
「あ、エルずるい。僕も!」
それを見たアルも反対側からフィリアに抱きついた。
「どうしたのよ二人とも」
両脇からきつく抱き締められ、困惑するフィリアに、二人はそっくりな顔を同じ様にほころばせた。
「「プレゼント、ちょうだい?」」
「……その、その事なんだけど」
「「?」」
「なにをあげればいいのか分からなくて、何も用意できてないの。
二人とも、欲しいものを教えて?」
フィリアに用意できるものなら、それを二人にあげたい。
フィリアに居場所をくれた、大切な二人に。
「僕達が欲しいもの、くれるの?」
「えぇ、私にあげられるものなら」
「絶対?」
「そうね、無理なお願いはだめよ?
それ以外なら、なんでも」
頷いたフィリアに、アルとエルはにっこりと笑った。
「なら大丈夫」
「だって僕達の欲しいものは」
「フィリアじゃなきゃ用意できないものだから」
「ねぇ、だから」
「「僕達に、フィリアをちょうだい?」」
「え……?」
フィリアは言葉を失った。
フィリアとて馬鹿ではない。
記憶を取り戻す前ならいざ知らず、記憶を完璧に取り戻した彼女がアルとエルの瞳に宿る熱に気づかないはずがなかった。
「わかってると思うけど、冗談じゃないよ?」
「酔ってるわけでもない」
「フィリアが欲しいっていうのは、言葉通りの意味」
「フィリアは僕達がここに来る前に言った言葉、覚えてる?」
その問いに、フィリアはこくりと頷いた。
城から出て、青の領主の館に身を寄せることを決めたフィリアのもとに、その夜アルとエルは真剣な顔をしてやってきた。
そこで驚くフィリアに、こう言ったのだ。
――僕達はまだ子供だ。
――でも、いつかフィリアを追い越して、君を支えられるようになってみせるから。
―――それまで、待っていて。
「まさか、あれって」
呆然と呟くフィリアに、そうだよ、と双子は頷いた。
「僕らなりの精一杯のプロポーズだったのに、フィリアってば気づかないんだもん」
「あれはショックだったなー」
「……それは、その」
「まあ、いいけどね。
そうやって範囲外だったからこそ色々甘えられたし」
「役得だよね」
「でも、それだけじゃもう嫌なんだ」
真剣な顔をしたエルが、顔を寄せる。
「僕達はもう子供じゃない。
フィリアだって本当は気づいてるくせに、知らないふりをするんだもん、ひどいよ」
アルも同じ様にフィリアの耳元で囁く。
「僕達は双子だ。
好きになるものはいつも一緒。
だから二人でフィリアを好きになった」
二人に挟まれ、フィリアにはもう何もかもがよくわからなくなって行く。
「だから、二人でフィリアを分け合おうと思うんだ」
「フィリア、好きだよ」
「「ねえ、フィリアは僕達のこと、好き?」」
「……だめよ、そんなこと」
尋ねられて、フィリアは静かに首をふった。
二人の動きがピタリと止まる。
それを感じて、苦く笑った。
「貴方達には幸せになってほしいの。
それには、私じゃ駄目だわ。
もっと他の、相応しい人が――」
続く言葉は、アルの口の中へと消えていった。
触れていた唇を離して、アルは眉間に皺をよせる。
「フィリアは分かってないな」
「分かってないって、そんな」
再び同じ方法で、今度はエルに口を塞がれる。
「分かってないよ。
僕達が幸せになるにはフィリアじゃなきゃ駄目だし、相応しい人はフィリアしかいないんだからね」
再び言葉を失う。
「そんな、だって…」
「ん、もう黙って?」
「大丈夫、師匠の許可も貰ってるし、今夜一晩かけてじっくり僕達の想いを伝えてあげるから」
そう言って、二人はそれぞれフィリアの衣に手をかけた。
翌朝フィリアは疲労のため全く動くことができず、双子は嬉々として彼女の世話を焼いた。
けれどそれをフィリアは嫌がらずに少し頬を染め、心なしか嬉しそうにされるがままでいたという。
というわけで、食べられました。
料理と一緒に美味しく。
ロイ君は言葉を尽くすタイプ。
双子は行動で示すタイプ。
……民族性から言えば逆のはずなのですが(笑)