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語られることのない物語  作者: 美羽
緑の柱番外編
3/10

騎士達と少女の夜 下


注文した酒がテーブルに運ばれてきた。

どうやら麦酒のようだ。



「まずは麦酒からだ」


「飲んでいく物が決まっているの?」


「あぁ、大体な。

まずは麦酒を何本か空けて、その後はワイン、最後にウイスキー。

段々強くなっていくように、な」


「なるほど」


「それじゃ改めて、乾杯」



カツン、とグラス同士を合わせる。

お互いに一気に干した。



「おっ、一息とはな。

なかなか飲み比べのこと分かってるじゃないか」



次をグラスに注ぎながらサージェントがニヤリと笑った。



「ふふっ、グレイ翁に教えていただいたの。

お酒はこうして飲むものなんでしょう?」



初めて酒を飲んだ折り、フィリアは最初ちびちびと飲んでいたのだが、グレイにそう言われてからは大抵そうしていた。



「…そう言えばお前、俺達が潰された後グレイ殿と飲んだんだったな」


「グレイ殿、というと赤の族長にあたる方ですよね?

かなりの酒豪で有名ですが」


「へぇ、あのグレイ殿と!

そりゃあますます楽しみになってきた」



どんどん酒は注がれていく。

しかし二人は顔色も変えずにそれを干していった。



いつの間にか麦酒はワインへと変わり、そしてウイスキーへ。

サージェントも最早手加減は一切なしだ。

その頃には周囲も二人の飲み比べに気づき、その様子を固唾をのんで見守っていた。



「なかなか、やるな……」


「そうかしら?」



最早どれ程の酒を空けたのか。

面白がって途中参加した何人かの若い者は既に潰れ、床に転がっている。

サージェントも顔が赤くなり、呂律が回らなくなってきていた。

しかし、フィリアは始まったときと何ら変化なく、楽しそうに新たな酒を開けていく。



「フィリア、お前こんなに強かったのか…」


「いやはや、驚きですね」


「……すごいな」



三人は驚愕の面持ちである。

フィリアは苦笑した。



「そんなに言うほど?」


「そうだぜ!

まだ俺は、負けてねぇ…

おーい店主、アレを持ってきてくれ」



サージェントの言葉にフィリアを除く全員がぎょっとした。



「アレ、って?」


「おい、サージェント」


「この店で一番度数の高い酒です。

それを飲むつもりなのでしょう。

しかも、原液でね」


「これを飲みきった方の、勝ちだ!」



運ばれてきた酒を、危うい手つきでサージェントがグラスいっぱいに注ぐ。



「それじゃあ、これで決着ね」



フィリアとサージェントは目を見交わした。

最早それは同志の目線である。

頷き合うと、二人は席から立った。

そして、同時に杯に口をつけると、勢いよく喉へと通してゆく。


フィリアのグラスが、空になった。



「美味しいわね、これ」



にっこりとフィリアが笑う。



「…俺の、負けだな」



サージェントはそれを見届けると、そう言って意識を失った。



「ちょっと、大丈夫?」



慌ててフィリアが支えた。

その姿は今まで何十杯も酒を飲み干してきたとは思えないほどしっかりしたものだ。



「バルド、手伝って。

流石に重いわ」


「あ、ああ…」



声をかけられ、ハッとしてフィリアを手伝う。

しかし周囲は呆然としたままだ。

まさか、あんな可憐な少女がこの中で一番酒に強い近衛兵団長を潰すとは、誰が予想したであろうか。


サージェントが手加減したのでは、と思った何人かは残っていた酒を一口口にしただけで意識を失った。

その様を見ては、この結果を信じるしかない。



「…貴女には驚かされますね」


「素晴らしい」



カインとオルベも、揃ってフィリアを絶賛した。



「そんな、誉めすぎよ」



照れるフィリアに、他からも飲み比べの申し出が入る。

フィリアは笑顔でそれに応じた。






「……なんと言いますか、悲惨な光景ですね」


「鍛え直さねば」



確かに、とカインもオルベの意見に同意する。

サージェントとフィリアの勝負から数刻後、あれほど賑わっていた酒場には、彼等とあと二人しか意識のある者はいなかった。


その二人、フィリアとバルドは店の者と共に飲み潰れた者たちを介抱している。

とは言っても、彼等をそうしたのはフィリアなのだが。


サージェントとあれほどの量を飲み干したと言うのに、フィリアは酔った様子が全く見られず、彼の後に飲み比べを挑んだ者達を次々と潰していった。

今もけろりとした様子で慌ただしく動き回っている。



「この者達には後できつく言い含めておかなければいけませんね。

まさか城の騎士達が揃いも揃って一人の少女に負けるとは…」



頭が痛い、とカインは額に手をあてる。



「特にサージェント」


「そうですね。

彼には灸を据えねばなりません。

…まあ、そんなことで懲りるような男ではありませんが」


「また挑むだろう」


「フィリアに、ですか。

まあ良いでしょう。

これで彼が部下を飲み潰して翌日に全く使い物にならなくなることは無くなりそうですし」


「そうだな」



ただ、今日のこれはどうしたものか。

二人は頭を悩ませる。

これでは、もしも明日敵が攻めてきたらひとたまりもないだろう。

つくづく結界が戻って良かったと思う。

こうなった原因はその結界を戻した人物にあったとしても。



「次からは、フィリアに挑む者は一回につき10人までとしますか」


「それがいい」



こうして、その日から城の兵達には共通の決まり事ができたのだった。











後は自分達に任せてもらって構わない、というカインとオルベに甘え、フィリアとバルドは帰路へついた。

よほど長い間酒場にいたようで、周囲は真っ暗だ。

そのなかを楽しそうに歩くフィリアは、クルリと少し後ろを着いてくるバルドを振り返った。



「今日はすごく楽しかったわ。

飲み比べって素敵ね」


「お前がそうなら良かった」



今夜潰れた兵士達は、明日二日酔いと騎士団長、近衛兵副団長による鍛え直すと言う名目の地獄が待っているだろうが、とバルドは苦笑した。



「今夜のことだけじゃなくて、昨日の王都を歩いたことも、とっても楽しかったわ」



再び前を向いて、歩きながらフィリアは語る。



「今まで経験したことがないくらい、気持ちが踊ったの」


「……そうか」



目を細める。

今まで森で孤独に過ごしてきたフィリア。

フレイやドラゴン、木々も彼女と共にいたが、彼等との関係性は、今フィリアが経験しているものとは少し違う。

けれど―――



「お前は、この後どうするんだ?」



投げ掛けられた言葉に、ピタリとフィリアは立ち止まった。

バルドもそれに伴い足を止める。



「わからないわ」



バルドを見ることなく、フィリアは告げた。



「宝石を全て触ったけれど、記憶は完全じゃない。

……もう、完璧に戻ることはないんじゃないかって、諦めている部分もあるの」


「……俺もルークも、お前のことを大切な仲間だと思っている。

だからこそ出来れば城にいて欲しいが、無理にとは言わん」



フィリアは微かに笑った。



「ありがとう」






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