騎士達と少女の夜 上
バルドに誘われ、近衛兵の集まりに参加した夜のお話
バルドに連れられフィリアが訪れたのは王都の有名な酒場だった。
入り口から中を覗くと、そこはたくさんの男で溢れている。
どうやら貸しきり状態らしい。
「近衛の人ってこんなにたくさんいるの?」
「いや、どうやら近衛だけでなく城で働く騎士達が集まっているらしいな」
なんでも、近衛と衛兵、騎士団ではそれぞれ鎧や服についている紋章が異なるらしい。
バルドの服の袖部分にも縫い付けられている、王冠と二振りの剣を用いたものが近衛。
城と二本の槍が描かれているのが衛兵。
剣と盾をあしらったものが騎士団のものだそうだ。
今後のためにも覚えておこう、とフィリアが思っていると、二人の存在に気がついたのか、一人の男性から声がかかった。
「おっ、バルド!
待ってたぞ、噂の彼女は……こりゃまた想像以上だな」
親しげに話しかける彼は、バルドと同じ近衛のようだ。
フィリアに近づき、恭しく方膝をつく。
「初めまして、お嬢さん。
俺は近衛兵団長国王付き、サージェントと申します。
以後お見知りおきを」
「フィリアと申します。
あの、私のことはバルドの様に呼び捨てでかまいません。
城ではそうもいかないと思いますが、ここはそうではありませんし。
敬語も結構です」
サージェントは驚いたように目を見開き、次いで破顔した。
「それではそうさせてもらおう。
よろしく、フィリア。
俺のこともただのサージェントで構わない」
フィリアが了解したことを確認し、彼は二人を酒場の中へと誘った。
どうやら彼の座るテーブルの席を二人分空けておいてくれていたらしい。
そのテーブルにはもう一人男が座っており、フィリアとバルドに気がつくと小さく頭を下げた。
「騎士団長のオルベだ。
ちょっと無口で無愛想だが、悪いやつではないからよろしくな」
サージェントの言葉に頷き、先程と同様に挨拶する。
ようやく席に座り落ち着くと、店の者が飲み物を運んできた。
それを確認して、サージェントが立ち上がる。
騒いでいた者達もそれに気がつき注目した。
「皆、今日の主役が揃った。
結界を戻す旅に出た俺達の仲間バルドと、少しは知っている者もいるかもしれないが、噂の君だ。
名前が知りたきゃ、自分から話しかけるんだな」
サージェントにブーイングがとぶ。
それを笑って流し、彼は言葉を続けた。
「流石に王太子殿下はここには来ることができないから、チャンスは今だぜ?
それじゃ、二人の偉業に乾杯!」
所々から乾杯の声が響いた。
フィリアも同じテーブルの三人とグラスを合わせる。
「お祭り騒ぎね」
グラスの中身を一気に飲み干し、フィリアは苦笑した。
「ま、血の気の多い連中ばかりだからな」
「皆嬉しいんだよ。
バルドが無事に戻ってきてくれて」
サージェントの言葉にオルベも頷いて同意する。
「バルドは近衛なのに、衛兵や騎士団の人とも親しいの?」
「俺たち近衛は元々衛兵や騎士団として働いていたところを王族の方々に引き抜かれたんだ。
俺もバルドも、近衛になる前には騎士団にいたから、知り合いも多いのさ」
「へぇ、そんな風になっているのね」
「あのっ!」
料理をつまみつつ話していると、声がかかった。
見ると、若い近衛兵の青年達が数人、緊張した面持ちで立っている。
「おっ、早速来たか」
「お前が煽るからだろう…」
オルベも呆れたようにサージェントに目を向けている。
この中の誰かに用だろうか、とフィリアは席の三人を見つめた。
「フィリア、俺たちではなくお前だ」
フィリアの視線の意味がわかったのか、バルドが訂正する。
「私に?」
「は、はいっ! 俺達は…」
「おや、上司を差し置いてお近づきになろうとは、感心しませんね」
青年の言葉を遮るように、別の声が響いた。
そちらを向くと、一人の男性が立っている。
眼鏡をかけたその姿に、フィリアは見覚えがあった。
「貴方は、確か王妃の宮で…」
「おや、覚えていて下さいましたか」
男性は意外そうに目を見開き、改めて挨拶する。
「近衛兵副団長王妃付き、カインと申します」
「やっぱり。
昨晩ルーシア様の護衛をされていた方ですよね」
「その通りです」
親しげに話すフィリアとカインを見て、青年達はすごすごと引き下がっていった。
首をかしげるフィリアに、構いませんよと声をかける。
「私も同席しても宜しいですか?」
皆カインの言葉に異存は無いようだ。
但し、周囲の一般兵はフィリアの周りを上司に囲まれ、近づくことが出来なくなり恨みがましげな視線を投げている。
「バルド、久しぶりにどうだ?」
その後たわいない話を暫く続けていた一同だが、サージェントの言葉に騎士達はため息をつき、フィリアは訳もわからず目を瞬かせた。
「お前な、明日も仕事があるだろう…」
バルドの呆れ果てた様子にも彼はめげない。
「いいじゃないか、お前のほかに相手してくれるやつはなかなかいなくてな」
「残念だが、俺は母からフィリアを宮に送り届けるように言われているからな。
今日はやめておく」
「えー、いいじゃないか少しぐらい」
「バルド、何をするの?」
不満そうな顔のサージェントに、フィリアは自分のせいでと申し訳なくなりバルドに尋ねる。
「ん?…ああ、飲み比べだ」
「飲み比べ?」
「どっちが酒に強いか勝負するんだ。
意識がなくなるか、降参したら負け。
勝った方は負けた方に、何でも一回だけいうことを聞かせることができるんだ」
「面白そうね」
「フィリアもやってみるか?
みたとこなかなか酒にも強そうだし」
フィリアは既に何杯か飲んでいるが、顔色が全く変わらない。
サージェントの標的がバルドからフィリアに移る。
「おいおい、止めておけ」
「女性相手に飲み比べなど、感心しませんよ」
「…ああ」
三方から制止の声がかかるが、サージェントは止まらなかった。
「構わないだろ別に。
フィリアが潰れてもバルドが送るなら心配はないし、俺も手加減するさ。
な、フィリア」
乞われてフィリアは考える。
確かに、帰りの心配はない。
明日もレッスンがあるだろうが、3つあったうちの2つは既に終了している。
赤の領主の館でグレイとも飲んだが、彼も自分は酒に強いと言っていた。
「いいわよ」
「おい、フィリア…」
「乗せられてはいけませんよ」
「……」
「よっしゃ決まりだな!
おい、酒を頼む!」
三人に構わず、サージェントが店員に注文し、フィリアもそれを笑って見ている。
その様子に、仕方がないと周囲も諦めの境地に入った。
サージェントは自分がやるといったらどこまでもやる男だ。
フィリアも頑固なところがある。
もはや止めることは出来ないだろう。
三人はともかくフィリアが潰れないように、いざとなったら力ずくでも止めよう、と決意し二人を見守った。