負けない:???の場合
その人はずっと前から、それこそ生まれる前から自分のことを優しく見守ってくれていた。
母の胎内からでも感じた、暖かな力。
そして生まれたあとも、時折我が家へと顔を出し柔らかな笑みを向けてくれる。
――だから、貴女を好きになるのは当然のことだと思うんだ。
「ただいま」
「おかえりレオン。早かったわね」
玄関を抜け、扉を開いてリビングに入ってすぐ母の声が出迎えてくれる。
「当然。今日はリアが来るんだろ?」
「……相変わらずねぇ。
あんたが赤ん坊の頃初めて呼んだ名前がパパでもママでも無くて“リア”だった時から私、あんたの将来が心配だったわ」
「その話は耳にタコが出来るぐらい聞きあきた」
「生意気な男は嫌われるわよ」
「リアが俺を嫌うわけ無いだろ」
「あーらそうね。
そもそも嫌うもなにも、男として見られてないものねー?」
「んなっ、母さんひでぇ。
別に今はそうでもきっとそのうち…」
「エルーシャ?帰ったぜー」
「あ、お帰りなさいサージェント!」
ヒートアップしていった口論は父の帰りにより霧散する。
母はパッと身を翻して玄関へと向かい――息子にはそんなことしないくせに、いつまでも無駄に熱々だ――夫を出迎えた。
しかし母のことを馬鹿には出来ない。
自分も玄関へと早足で向かう。
だって父が帰ってきたと言うことは一緒に―――
「いらっしゃいフィリア!」
「お邪魔するわ」
「――リア!」
このオルアース王国の守護神であるフィリアが、我が家にやって来たという事なのだから。
レオンとフィリアの関係は、彼が生まれる以前から始まる。
まだレオンをエルーシャが体に宿してすぐの頃、フィリアに転びそうになったところを助けられたらしい。
その後エルーシャの恋人が城でも親しかったサージェントであることも判明し、家族ぐるみの付き合いとなった。
フィリアは守護神、そして国王の専任術師として多忙をきわめつつも妊娠中のエルーシャの世話を何かと焼き――長生きした分色々と経験豊富なのだと彼女は言っていた――、レオンの出産にも立ち会った。
その後もちょくちょく家に遊びに来たり泊まりに来たりしていて、今晩も晩御飯を食べに我が家へとやって来ている。
「最近なかなかフィリアが来なかったから、レオンすごく拗ねちゃって大変だったのよ」
しかし食事をとりながら母が発した言葉に、レオンはぎょっとした。
「母さん!」
「確かに、分かりやすかったな。
だから今日俺も無理して誘ったんだぜ?
ルークの目が痛いのなんの」
「〜〜〜っ、父さんまで」
「あら、私は嬉しいわ。
レオンにそんなに会いたがってもらえるなんて。
……確かに、ルークは仕事を押し付けるのかってかなりご立腹だったけれど」
「あらぁ、王様付きも大変ねぇ」
ニヤニヤしている母に横目で見られ、レオンは眉間に皺を寄せた。
「王様、まだ結婚しないの?」
「そうよね。もうすぐルークも30だし、そろそろ誰かとそういう関係になってくれると嬉しいんだけど」
「フィリアが見合いの書類持ってったら泣きそうな顔してたよな」
「そんなに嫌なのかしらね」
話の内容に苛々しながらもフィリアの鈍さに安心する。
自分でさえ国王の気持ちはまるわかりなのに、彼女は全く気がついていないのだ。
「案外、片思いしてるのかもしれないわよ?」
「片思い?ルークが?
……それじゃあその人となら、結婚するということかしら。
サージェント、誰かそれらしい人知ってる?」
「んー、そうだなぁ。
ルークの片思い相手ね……案外近くにいるやつなんじゃないかと、俺は思うけどな」
「近く?」
「もうその話はいいだろ!
リア!今日は泊まっていかないの?」
怪しい方向に進みそうな話に、レオンは慌ててストップをかけた。
なんて性根の悪い親なのだろうか。
「ごめんなさい、明日朝早くにルークと他国まで行くことになっているの。
だから今晩は城に帰るわ」
「………」
また国王様。
黙りこくったレオンに罪悪感がわいたのか、フィリアが困ったように眉を寄せた。
「ごめんなさいね。
また次の機会に、ね?」
「うん……」
何とか返事をしたものの、やはり自分より長く一緒にいた国王には勝てないのだろうかとため息が出た。
翌日の夕方、レオンは母に頼まれて西大通りの店へと夕飯の材料を買いに来ていた。
「全く、息子使いが荒いったらないよ」
ぶつくさ文句を言いながら、両手いっぱいに荷物を持って歩く。
しかしそれによって足元の注意が疎かになってしまっていたのか、レオンは何かに躓いて体勢を崩した。
眼前に固そうな地面が映る。
衝撃を予期して、ぎゅっと目をつぶった。
「ふぅ、危ないところだったわね」
しかし次の瞬間には、レオンの体は地に打ち付けられることなく、柔らかな腕に抱き止められていた。
「………リア?」
声に驚いて顔を上げる。
予想通りそこには、昨晩別れたばかりの彼女がいた。
フィリアはにっこりと笑うとレオンを立たせ、その手の荷物を取り上げる。
「あっ、」
「危ないわよ、こんなに荷物を持っていたら。
ふふっ、なんだかエルーシャに初めて会ったときを思い出すわね」
――確かに、母と彼女の出会いはまさに先程起こったことそのままだと聞いている。
「リア、別に俺持てるよ。
っていうか、何でここに?
今日は他の国に行ってるんじゃ――」
「フィリア、ここにいたの?
急に転移するから何かあったのかと心配したよ」
レオンの言葉は男の声にかき消された。
聞き覚えのあるその声にそちらを向いて、やはりと顔をしかめる。
――国王だ。
父が近衛であり王相手に気安いため、何度かその姿を間近で見たことがあった。
視線に気がついたのか、彼がレオンを見下ろす。
「レオンよ。サージェントの」
「あぁ、息子だよね。
うっすらとなら覚えてる。
前会ったときはまだ小さかったのに、成長したんだね」
「レオン、分かってると思うけどルーク。
今丁度こっちに帰ってきたところで、どうしても西大通りに顔を出したいって言うから城に戻る前に寄ったの」
全く困った王様よね、と苦笑するフィリアはけれどどこか楽しげだ。
何だかムッとする。
「それで、また転びそうになったところを人助け?」
「あら、私守護神だもの。
この国の人達はみんな私の庇護対象よ。
それが大切なレオンなら、尚更でしょ?」
「リア……!」
嬉しくて抱きつく。
しかしそれもすぐに引き離された。
「ふーん、大切なレオン、ねぇ…」
国王である。
「それで、彼を家まで送っていくんだろう?
彼の母親にしたみたいに」
「ええ、そのつもりよ」
「なら俺も付き合うよ」
「えっ」
「………」
思わず嫌そうな声を出してしまった。
ム、と鋭い青の瞳に睨まれてサッとフィリアの蔭に隠れる。
「何怒ってるの?
でもルークが一緒に来てくれるなら護衛としても助かるわね。
それじゃあ、行きましょうか」
「待ってフィリア」
歩き出そうとしたフィリアを引き留めると、国王は彼女が持っていた食材を取り上げた。
「ルーク」
「重いものは男が持つものだろう?」
しかも手の甲にキスまでして。
ぐぬぬ、と睨むが鼻で笑われる。
――そっちがその気なら、こっちにも手がある。
王が離した手を奪い取り、フィリアの注意を引く。
「リア、手つなご?」
「いいわよ。レオンとこうするの、久しぶりね」
「リアってばなかなか泊まってくれないんだもん。
また一緒の布団で寝よ?」
「ごめんなさい。
そうね……次に行くときは泊まれるようにするわね」
「やった!」
どうだ、と国王を得意気にみる。
案の定彼は顔を険しくさせてこちらを睨んでいた。
胸がスカッとする。
そのままフィリアの手を引いて、家へと急いだ。
「ありがとうフィリア。
それにルーク様も」
「いいのよ。昨日だけじゃ話し足りなかったし、楽しかったわ」
「俺も久しぶりにゆっくり城下を散歩できたし、よかったよ」
家について母に大通りでのことを説明すると、母はしきりに二人にお礼を言った。
フィリアにはともかく、国王にまでそんなに感謝することはないだろう。
何しろ彼は道すがら幾度となくフィリアにちょっかいをだし、レオンと張り合ってきたのだ。
こんな性格の悪い国王と一緒にいるなんて、 フィリアは心が広い。
「レオン、あんたからもお礼ぐらい言いなさいよ」
「わかってるよ。
リア、今日はありがと。
そのお礼に夕飯でも食べていかない?」
「レオン、あんたって子は……」
母の呆れた目線にもレオンはめげずにぎゅっとフィリアの手を握って彼女を見つめた。
「悪いけど」
と、彼女の肩を国王の手が抱く。
「フィリアはこれから俺と夕食をとって仕事をしないといけないんだ。
だからそれは出来ないね」
「………」
「ごめんなさいねレオン。
そういう訳だから、今夜は無理なの」
「そっか……でも今度は泊まってくれるんだよね?」
「ええ、約束だもの」
「ならいいんだ」
「………あ、そう言えば今日パイを焼いたの。
仕事があるなら夜食に持っていって!」
暫く黙ってレオンとルークの攻防を見守っていた母が声を上げる。
確かにアップルパイを焼いていた。
切り分けてくる、と言った母にフィリアも手伝うとついていく。
男二人がその場にのこされた。
「……ずいぶん、俺の女神を気に入っている様だね?」
国王が口火をきった。
「俺の?ふん、リアに結婚勧められてるくせに」
「ぐっ………その結婚相手を、フィリアにするさ」
「もうすぐ30のオジサンが?
年考えろよ。リアの外見年齢20だぜ?」
「それで言ったら君も年を考えた方がいいんじゃないかな?
君達が並んで歩く姿はどう見ても姉と弟にしか…おっと、失礼」
「………っ、俺はその分伸びしろがあるんだよ。
俺が20になってもリアの姿は変わんないんだし。
むしろそっちのがヤバイだろ」
「…言うじゃないか。
でも俺はフィリアとはもう十年以上の付き合いだからね」
「俺なんて生まれた時からだぜ」
「だからこそ弟にしかみられてないんだろ、年下くん?」
「リアから見たらそっちだってガキみたいなもんだろ」
「「………」」
お互い無言で睨み合う。
終わりがないかのように思われたそれは、けれど戻ってきたフィリアと母の声が終了の合図となった。
手をふって帰っていったフィリアと、相変わらず仏頂面の国王を思い出して、レオンは眉をよせた。
「なーに難しい顔してるのよ」
「……母さん、俺絶対王様に勝つ」
年下だろうが、弟にしか見られていなかろうが、関係ない。
いつか彼女に追い付いて、追い越して、そうして告白するのだ。
そのためには、あんな相手に負ける訳にはいかない。
決意を新たにする息子へ、母は冷たい視線を投げた。
「………あんたまだ十歳でしょうが」
と言うわけでサージェントとエルーシャの息子レオン君(10)のお話。
十歳と張り合うなんて、ルーク(29)は大人げないですね。
ちなみにレオンがフィリアのことをリアと呼ぶ理由↓
~レオン二才~
「ほら、フィリアよ、フィ、リ、ア」
「あぁーう」
「……難しいのかしら。リア、はどう?」
「いぃー、あ?」
「リ、ア」
「りぃ、あ!」
「!聞いた?ねえ、ふたりとも、聞いた!?」
おおはしゃぎなフィリアさん。
~レオン五才~
「じゃあフィリアはかーさんに初めて会ったときリアって言ったの?」
「えぇ、その時は内緒だったの。
でもすぐにバレちゃったのだけどね」
「じゃー今はだれもリアって言わない?」
「そうね。皆フィリアかフィーって呼ぶわ」
「ん……じゃあおれ、今日からリアって呼ぶ!
おれだけ、ね?いい?」
「……っ、可愛い!」
デレデレなフィリアさん。
城でも可愛さ語りまくりでその時からルークくんはライバル出現に苛々していた(かもしれない)。




