地味探々
「いえ。瓶底のようなレンズで、黒縁が望ましいのですが……」
店員の勧めるスタイリッシュな銀縁のフレームを丁重に断り、青年は希望を告げる。
店員の笑顔が微妙に引きつった。
「お客様……」
それは逆に目立ちますよ、と店員は喉まで出かかった言葉を口にすることが出来なかった。
店員の様子に目の前の青年は軽く首を傾けると、その黒瑠璃のような切れ長の瞳をぱちりと瞬かせた。
そんじょそこらのホストなら太刀打ち出来ない位綺麗な造作しているのに、なぜそんな野暮ったさここに極まれりなメガネを所望するのか分からない。変な人だ、と店員は思った。
しかし、それは青年こと次郎も同じである。なぜこの店員はメタリックな赤やら銀色なぞを勧めて来るのか。しかも最初に勧めてきたのはコンタクトだった。それでは意味がない。つけているのかいないのか、皆目分からないではないか。変な店員だ。
自分は地味になりたくて、ここを訪れたというのに。
※ ※ ※ ※ ※
付き合っていた女性に、
「案外つまらない男ね」
と言われて振られた。自分の話題性のなさと面白みのなさが彼女を失望させてしまったのか、それは悪いことをした。猛省した次郎はそれを教訓として、次の女性にはアンタッチャブルばりのギャグを織り混ぜて接してみた。
「無理しなくていいよ」
と言われた。どうしろと言うのだ。次郎は途方に暮れた。
しかもそんなことを繰り返していたせいか、学校では『見かけ倒しの男』のレッテルを貼られてしまった。自分なりに真面目に生きてきたつもりだが、人生はまことままならぬ、と溜息を吐く次郎。
そして考え抜いた末、彼はある結論に達した。
「地味になろう」
見かけと中身が伴っていないのなら、どちらかを合わせればいいのだ。自分の中身がつまらないのなら、見かけもつまらなくなれば問題はない。ビバ地味。マーベラス路傍の草。そして地味の代名詞と言えばメガネであろう。
次郎のボキャブラリーは貧困の一言である。
ぼさぼさの髪、猫背がち、そして瓶底レンズに黒縁のメガネとくればパーフェクトだ。髪は待っていれば伸びるだろうし、猫背も努力次第でなんとかなる。だが、メガネばかりは購入しなければならない。そう思った次郎は、矢も楯もたまらずメガネ屋へと直行した。
そして冒頭へと話は戻る。
とりあえずの目標は、生まれた時からここに鎮座ましましておりました、という風情が漂う程にメガネが似合う顔になることだ。本人はいたって真剣だが、これを他人に話して聞かせると、怒られるか殴打されるかの二択であろうことは想像に難くない。
次郎の考えは、スタイル抜群の美女が「私、もう少し痩せたいわ」とのたまう世迷言並みだということに、本人は気付いていなかった。
<了>
女衒だのの妙な商売を覚えなかった次郎はギリギリセウト(笑)だと思います。