真夏の午後
半月ほど前に正式に梅雨明け宣言が出されてから、連日30度を越す快晴の日が続いている。
夏の盛りの真っ青な空。照りつける太陽は強烈で、洗い立ての洗濯物は、ほんの数時間でパリリと乾く。清潔に仕上がった温かな衣類のくれる、ほんのちょっとした幸福感。
真っ白に輝くシーツをベランダの物干しから取り込んだ時、頃合いを見計らったかのように電話が鳴った。
『はい、西条です』
あ、こんにちはあ。リカですー。
『リカ!?あんたなの!?』
やあだ、んな声出さないでよおー。あはは。
『アハハじゃないわよバカ!あんた今どこにいんの?』
ははは。内緒。
『内緒じゃないわよ、もー、本当にバカなんだから。いい年こいて家出なんかして……。和孝さんがどれだけ心配してるか分かってんの?!』
怒んないでよう。いいんだって、あんなバカ旦那。それよりたまには、一人で独身気分満喫ってのも楽しいよお。あはは。
『一人じゃないでしょ。子連れで何が独身気分よ』
あはは。ごもっとも。
『…夏樹ちゃんの様子はどうなの?こないだ肺炎で入院したばっかりじゃないの』
うん、ナツは大丈夫。でもまだ食欲無くて、ちょっと発疹出てるから油断出来ないけど。
『発疹?病院行ったの?』
んー、まだ。でも青ってか紫っぽいのが薄ーく出てる程度だよ。肺炎の時に貰った薬飲ませてるから、とりあえず様子見てる。
『呑気ねえ。駄目よ、三才くらいの子なんて次から次に病気にかかるんだから。少しでも異変があったら即病院!これ鉄則よ』
んー、そだね。でも熱とか完璧に下がってるしなあー。
『そーやって油断してたから、肺炎の時も大騒ぎする羽目になったんでしょ』
あはは、ごもっとも。
『頼りないわねえ…。やっぱ様子見に行くわ。おとなしく潜伏先を白状なさい』
んー………。でも。
『何よ、親友の私に来られちゃ困るってわけ』
いやー、そうじゃなくてえ……
『和孝さんに居場所喋られないか心配って?』
うんー…。
『信用ないなあ。てか、いい加減に和孝さんのこと許してやったらどうなの?』
…だってさあ。だってあいつ、よりによってナツに対してあんなひどいこと言ったんだよお?ナツがもう………だなんて。そう簡単に許せないよ。
『それだってもう、和孝さんは反省してるわけだし。自分が大人になって許してやるべきなんじゃないの』
………。んー。
『ま、旦那に内緒って言うなら私は何も言わないからさ。とりあえず遊びに行かせてよ?夏樹ちゃんに買った玉子屋のプリンが駄目になっちゃうじゃないよ』
え、玉子屋の?あの並ばないと買えないって言う名物プリン?マジ?
『言っとくけどあんたにじゃなく、夏樹ちゃん用に、よ』
はーいはい。
『ったく、あんたがいきなり連絡取れなくなるから、賞味期限ギリギリだよ』
だーから、連絡しなかったのはゴメンって。じゃ、旦那には本当ーに絶対内緒だよ??
『分かってるってば。信用してよ』
へへ。じゃあメモしてねー。○○町2249の7△△ウィークリープラザ……
電話を切った後、私は震える手を必死で宥めて受話器を置いた。
全身にびっしりと嫌な汗をかいている。
「…緑?」
隣室にいた夫が気遣わしげに私の名を呼び、優しく震える肩を抱いてくれた。
私は夫を振り返り、微かに頷いて見せる。
「リカの居場所が分かったわ。すぐに和孝さんに連絡して」
夫が無言で電話に向かうのを見届け、私は窓の向こうに視線を移した。
輝く夏の、快晴の空。
真っ白に輝く太陽。あまりの気温の高さに、蜃気楼のように歪む大気。蝉の声。 私は強い吐き気を催す。
親友のリカが、肺炎で亡くなった娘の遺体を病院から盗み出して逃げてから、すでに二週間が経っていた。