お嬢様と、お嬢様を見守るバイトくんの話
「お父様。わたくし、思うの」
大富豪の娘、蔵野美咲は、真剣な顔つきで言った。部屋にある掛け軸が風に揺れる。
「もう高校2年生。社会を知る必要があると思うの。だからわたくし、アルバイトをやりたいわ」
美咲はアルバイト募集のチラシを父親に見せた。
《コンビニバイト募集! 時給1500円〜》
「むぅ……」
チラシを読んだ父親は、部屋においてあった壺を彼女の目の前で落として割る。
「それは、お父様の大切な焼き物!」
「……これで、言い訳は許されなくなった。壺を買い戻せるくらい働きなさい」
「……!」
「どうした、怖気付いたか」
この壺は80万ほどするのだが、そんなことは重要ではない。美咲の度胸を試したのだ。
美咲は、しばらく考えたあと、
「わたくし。がんばる!」
面接の電話をかけた。
……、
…………。
「やったわ、お父様! 一発合格よ! 明日から働けるのですって!」
「ふふ、そうか」
嬉しそうな娘を見た父親は、裏側でいろいろな手配をしている。その事を美咲は知らない。彼女は、明日に向けて様々な用意をしていた。
「出社のお土産はデパートで済ませて良いのかしら。取り寄せるには時間が……服装はどうすれば……ああ、ドキドキしてきましたわ!」
バタバタと慌てる美咲を見て、父親は腕組みしながら「大丈夫だ。ワシが守ってやるからな」と満足げに笑った。
翌日。
「えーと、今日のスタッフは、新人さんとベテラン隙間バイトの2名ですね。蔵野美咲さんと、浦部学くん……今日は2人で回してちょうだいね。サポートは私がするからぁ!」
店長が緊張した面持ちで二人の紹介をする。
「よろしくお願い致します!」
「……ス」
元気いっぱいに挨拶をする美咲と対象的に、どこか覇気のない返事をする学。深く帽子をかぶっていて素顔が見えない。そんな彼のことを心配したのか美咲は、
「一緒に、がんばりましょうね!」
そう言って学を元気づけた。
「あ、どーも……」
学は、素っ気なく返す。何を隠そう、彼は美咲のアルバイトを、サポートするアルバイトをしているのだ!(数多くいる美咲の親戚だよ!)
(……ま、適当にサポートしたら纏まった金入るし。いっか)
学は、常に美咲と同じポジションにつかされていた。
「じゃあ、美咲さん。えっと……段ボール。持てるかな。重いけど……」
「持てます!」
最初は、ビールが入った段ボールを開けて棚に入れる作業を任された。
しかし、
「うー!」
スーパーの惣菜より重い荷物を持ったことがない美咲は、段ボールを持つことができない。
「しょうがないな」
学は、ため息をつきながら、
「僕が段ボールを持ってるから、君はビールを棚に入れていって」
「あ、ありがとう! 学さん!」
ヒョイヒョイと、ビール缶を棚へ入れていく美咲。学は違和感を見逃さなかった。
「そこ、炭酸飲料の棚じゃない?」
「あ、ホントだ!」
やりなおし。
しかも、どう直せばいいのか分からない。美咲が迷っていると、
「僕が外側から押すから、そこから入れ替えて」
学がまたしても助けた。
「わ、分かった!」
「ほんとに?」
「……うん!」
学が表に出て飲料コーナーをのぞくと、床にドリンクが散乱していた。一部の飲料は損壊していて、床がびしょびしょだ。
(何があった!)
慌てて学がバックヤードに戻ると、引っかかった段ボールをあらゆる方向に動かしている美咲の姿があった。
「ねぇ、なにしてるの!」
「あ。えーと。段ボールを棚に引っ掛けてジュースを出したら速いかと思って」
「先ずビールを戻すんだったよね。もう、仕事が増えるから、余計なことしないで!」
「(´・ω・`)……はい」
裏方の仕事は体力がなく出来ない美咲。結果として、学は美咲の仕事を奪うことになった。
「これなら、何とかできそう!」
美咲は、パンやおにぎりなどの簡単な棚だしや陳列をしていた。
「お姉さんお姉さん」
「あ、ごきげんよう、おばさま。何をお求めですか?」
「銀座のハヤシライスはどこにあるかな」
「銀座のハヤシライス?」
銀座のハヤシライスとは、レトルト食品だ。レトルトという概念を知らない美咲は、困ってしまった。
「僕がご案内しますよ」
すかさず、学が助けに入る。お婆さんが商品を見つけると、学に「ありがとう」と言った。会計も学が行う。
「(´・ω・`)」
美咲の仕事をまた、学が奪ってしまった。
休憩中。
「ねぇ、学さん」
「……なに?」
美咲は思いの丈をぶつける。
「わたくしも、役に立ちたい」
「……立ってるよ」
(正直、君が動かない方が嬉しい)
学は、本音を喉元で留めた。ワンオペでコンビニバイトをして、ついでに御守り代を貰えるならいい仕事だ。
しかし美咲は納得していないようだ。
「わたくし、何もできていない。ビール缶は床にぶちまけるし、銀座のハヤシライスも見つけてあげられなかった」
「零したのビール缶だけじゃないけどね」
「(´・ω・`)」
学は息を深く吸ったあと、大きく吐いた。そして、少しだけ本音を言う。
「人の話を聞く。人の指示通りに動く。取り敢えずこの2点に集中して。じゃないと、社会でやってけないよ」
「はい!」
ニコニコの美咲。
不安気な学。
「……返事速いけど、ちゃんと聞いてる?」
「………………はい!」
「うーん、ま。いいんだけどさ」
気を取り直して、午後からの仕事が始まった。美咲は、レジ係になった。正直、学は彼女がこの係を任せられるのが嫌だった。
(精算が合わなかったら、給料から引かれるかも)
それは、学の痛い思い出になる。
彼は、新人のときレジ係を任されていたが精算が合わずに、不足額の支払いを命じられた。あとからそれが他のバイトの窃盗であることが判明するが、真実は闇の中である。
(ま。本当の仕事は監視役だから)
いっか。
学は、2台あるレジの一つを使って美咲を観察していた。最新型の機械にタバコの銘柄、お金を投げつけてくる客におにぎりを大量に買っていく客たち。みんなみんな、美咲にとって初めての経験だった。
「おにぎり×128個って、初めて押しました。パーティーでもするのですかね?」
「え。君まさか……」
おにぎりの味によって値段は異なる。学は青ざめた。そして厳し目に言う。
「ここにメモあるよね。鮭とか昆布とかイクラとか、何のためにメモしたと思ってるの」
「え、えーと。整頓のために……」
「ちがうよ!」
これでレジの精算が合わないことが確定した。
「君はバカだ。社会、向いてないよ」
(あ……)
学は、思わず口を閉じた。
あまりにも世間知らずで人の話を聞かない美咲にイライラしてしまったのだ。しかし、彼は監視役。美咲の仕事がうまくいくよう導けなかった彼にも非はある。
「(´;ω;`)わたくし、社会向いてない……」
「あー、えっと。だから、一緒に勉強していこうねって話ですよー……ん?」
学は、2人の男の不審な動きを察知した。1人は入り口でキョロキョロとしている。もう1人はポケットに手を突っ込んで美咲の事をチラチラ見ていた。
(怪しいな……)
学は、美咲にバックヤードに居る店長を呼んでくるよう言って、1人レジで様子を伺っていた。一万円が入っているBOXに鍵をかけて、非常用ボタンに手を当てて立つ。
一方美咲は……。
(おにぎりの味によって値段が違うなんて。わたくしがレジをぐちゃぐちゃにしてしまったわ。このまま店長を呼んでは、学さんまで叱られてしまう……)
バックヤードに行こうとしてUターン。目の前にはナイフを持った男が学を捕らえて恫喝する場面が広がっていた。
(! 学さんが叱られている!)
美咲は、強盗たちのことを『おにぎり料のケジメ』だと勘違いした。
(わたくしのせいだわ!)
「ケジメなら、わたくしが甘んじて受けます、だから学さんを離してください!」
「え、君、何でいるの!?」
刃物を持った強盗は状況が飲み込めずに、
「な、なんだ? 下手な演技なんて効かないぞ」
と、内心ビビりまくっていた。
美咲は、覚悟を決めて、こう続ける。
「これは、指何本で許してもらえるでしょうか」
「ゆ……指!? 何言ってんだテメェ!」
強盗の心拍数が上がる。
「お父様は、昔からこのやり方でケジメをつけてきました。覚悟はできております」
「ヤクザみてぇなこと言いやがって! 怖くねぇからな!」
「お父様は、ヤクザではなく○○組という会社の長です! 最近はラーメン店も始めてるんですよ! 美味しいんですから!」
それは、巷で有名なヤクザの名前だった。美咲は、組長の娘だったのである。
「ひ、ひぃ〜すんません! に、逃げろー!」
強盗は半ベソをかきつつ、コンビニから出ていった。
(あーあー、隠してたのに……)
学が帽子をさらに深くかぶる。
遅れてやって来た店長は「大丈夫かぁ〜?」と、青ざめた顔で美咲のことを見ていた。
「おにぎりの件。許してくれたのかしら?」
美咲の一言で、店長も学も、床にずっこけた。
◇
後日談。
美咲は、ネイルや美容に興味を持ち、立派なネイリストになるべく勉強をしている。
「これなら続けられそうです。お父様!」
「うむ。がんばれよ、美咲」
おしまい
最後まで読んでくれてありがとうございます!
少しでも楽しんでいただけたなら嬉しい限りです!




