第4話
「ありがとうございます。おかげで娘を追放しないですみます。そうでした、改めて私の名前は玉藻と申します。何でしたら“お義母さん”と呼んでもいいですよ。娘は稲荷と申します。親子共々、どうぞよろしくお願いしますね」
にこやかに微笑む玉藻さん――その笑顔が優しいのに、どこか圧を感じるのは気のせいだろうか。
いや、気のせいであってほしい。
それにしても“お義母さん”呼びは早いだろう。まだ結婚どころか、正式に付き合ってすらいないんですが。
「そうだ、そちらに自己紹介させておいて、まだこちらはしてませんでしたね」
俺は姿勢を正し、深呼吸してから口を開いた。
「俺は阿部野裕二。現在は……まぁ、色々あって無職の男です。ですが、これからはまた頑張って生きていこうと思ってます。よろしくお願いします、玉藻さん、稲荷ちゃん」
「まぁまぁ、律儀な方ですね。大丈夫ですよ、私達がいますから今後のことは心配いりません。それに、しばらく働かなくても生きていけるくらいの余裕はありますから」
軽く笑う玉藻さん。その笑顔は本当に人間離れしている。
それに続く言葉が、さらに俺の頭を混乱させた。
「それに……しばらくはあまり出歩かないほうが宜しいかと。どうやら裕二様は、祖先に“強い力”を持った方がいるみたいですね。懐かしい匂いがします。稲荷と繋がりを持ったことで、あなたの中に眠る力が目覚めたようです。そのおかげで稲荷の傷も早く癒えたんですよ。……運が良かったですね」
俺の中に力? 祖先がどうとか?
正直、頭がついていかない。でも、稲荷ちゃんが無事で、こうして笑っていられるのなら、それでいい気もする。あの日、あの時――あの出会いが偶然でなく必然だったのなら、運が良かったという言葉も悪くない。
「ですが、強い力は時に“余計なもの”を引き寄せます。だから、しばらくは気をつけてください。安全を確保できるまでは、私も近くにいますから。あ、でも二人の邪魔はしませんからね、ふふふ」
いや、怖いってその笑顔。
でも“安全確保”って言葉に説得力がありすぎて何も言い返せない。
……しばらくは大人しく引きこもるとしよう。今の時代、食材も通販で届くし、生きるのに支障はない。たぶん。
「稲荷、人間の姿に戻りましょう。今後なにがあっても動じず、人の姿を維持できるように練習をしていきます。もし狐だとバレたりしたら……わかりますね?」
笑っているのに、背後にゴゴゴ……と効果音が見えるような圧。
稲荷ちゃんはまるで糸で操られた人形のように、コクコクと首を縦に振る。完全服従だ。
「さて、それではまず――引っ越しをしましょうか。二人で暮らすにはこの家では少し不便ですし、防犯も甘いですから。幸い裕二さんが荷物を整理してくれていたので、楽に済みますよ」
いやいやいや、ちょっと待て。
今、俺“引きこもる”って決意したばかりなんですが!?
なぜ急に“引っ越し”になる? これが俗に言う、狐に化かされるってやつか……?
「引っ越しのことなら任せてください。知り合いに専門業者がいますので、手続きなどは全てこちらで済ませます」
そう言って、玉藻さんはどこかへ電話をかけ始めた。
……なんだろう、この不安しかない展開。
「ヤタちゃん? 話した通り、引っ越しの件お願いできるかしら? そう、その住所。荷物も少ないから大丈夫。ええ、支払いは私宛でお願いね」
どうやら、この引っ越し――最初から“予定に組み込まれていた”ようだ。完全に掌の上だな。
とはいえ、どのみちこの家に長居するつもりもなかったし……まあ、心機一転するのも悪くないか。
「お待たせ。話は済んだから、後は任せておけば大丈夫よ。信頼できる相手だから」
「あの……ちなみにヤタさんという方も、妖怪の方、なんでしょうか?」
「ええ、そうよ。ヤタちゃんは有名だから聞いたことあるかもしれないわね。八咫烏のヤタちゃんよ。ちなみにこちらでは“八咫烏運輸”という会社を経営していて、引っ越しは“烏天狗”の子たちが“鴉引っ越しセンター”の名で請け負ってるの」
……八咫烏。
その名は俺でも知っている。
つまり、この世の中には――俺の知らない“存在”が、本当にたくさんいるってことか。
狐も、烏も、そしてもしかすると――もっと別の何かも。




