追憶 2
自宅から自転車で30分走らせ、街で大きな総合病院に着く。
まだ朝の8時前だ。開院前だからか、ホールの待合室は静かだった。
年配の清掃の人が待合室の椅子を掃除しているのを横目に足早に通りすぎる。
エレベーターに乗り、降りる階のボタンを押した。
306号室。
蓮は扉を開けて、そっと覗きこむ。そこにはアメリがベッドに横たわり蓮に微笑んでいた。
「お疲れ様。」
蓮はメアリに労いの言葉をかけ、周りをキョロキョロと見渡す。
「フフフ…。赤ちゃんは湯浴みしてるよ。もうすぐしたらここにくるんじゃないかな。ナースステーションの横のガラス張りのところで…」
メアリの話しを最後まで聞くことなく、颯爽と去っていく。
残されたメアリは呆れたが微笑みながら見送った。
(ナースステーションってエレベーターの近くのところだよな。)
我が子に早く逢いたい気持ちからか、地に足がつかない感じだ。
エレベーターに向かう途中で、ガラス張りの部屋を見つけた。保育器に入っている新生児たちがいる。
泣いている子もいれば、健やかな顔で眠っている子、ミルクを飲んでいる子もいる。
(俺の子はどこだろう?)
真剣な眼差しで保育器のプレートに書かれた名前を順番にみている時、横の扉が開いた。
ナースと保育器に入った新生児がでてくる。
産まれたてにしては端正が整い、髪はブロンドに近かった。
「あなたがパパね。髪の色ですぐにわかったわ。おめでとう。」
ナースに言われ、自分が父親になったことを実感する。そっと腕の中に我が子を抱かせてくれた。小さな温もりを感じながら愛おしい眼でみる。
「頼人、やっと会えたな。」
我が子の名を呼び、蓮は微笑んだ。
「髪の色は蓮と一緒ね。」
「あぁ……ブラウンの瞳に長い睫毛はメアリにそっくりだな。」
そう2人は寝ている我が子を愛でるように見つめながら話す。
「時間は大丈夫?今日は大事な発表会があるんでしょ?」
今日は論文の発表会がある。博士からの推薦もあり、出向かないわけにはいかないのだ。
「どうして今日なんだろ。行きたくないなぁ。ずっとここで3人で過ごしたい。」
蓮は重い腰をあげ、リュックを背負い、行ってきます、とメアリと頼人に、キスをする。
「愛してる。」
「俺も、愛してる。」
2人が交わした最後の言葉だ。
家族3人で過ごす時間が永遠に続くとこの時は思っていた。
自宅から車で40分ほどのホテルの会場で論文の発表会が行われていた。
開催者の最後の挨拶が終わり、拍手が場内に響き渡る。お偉いさんと知人に挨拶をして会場をでた。周りを気にしながら非常階段で地下の駐車場へ急ぐ。
(いったん家に帰って、シャワーを浴びてから病院へ行くか)
出入口から離れた目立たないところに停めてある、黒のクラウンの後部座席へと乗り込む。
「蓮様、お疲れさまです。」
「ゴウさん、自宅まで頼む。」
「かしこまりました。」
SPはつけるなと父親には伝えてはあるが、一応、大企業のご子息である。誘拐や命が狙われることがないわけではない。実際、危険に巻き込まれた事もあった。目立たないように監視という形で守ってる感じだ。
幼少期からの顔馴染みのSPである後藤さんと斎藤さん。40代前半ぐらいだろうか。下の名前は教えてくれない。ゴウさん、サイさんと愛称で呼んでいる。
「蓮様。先程、言われた通りに旦那様に蓮様のご子息が産まれたことをメールでご報告いたしましたが、旦那様にはこの件に関してはお伝え済みですよね?」
「うん。ゴウさんに言われた通りにちゃんと連絡したから大丈夫だよ。」
「わかりました。」
(たぶん、伝わってないだろうな。相手の情報を探れと命令がくるはずだが、それがない。)
(これは一悶着あるな。)
リーダーの後藤と運転している部下である斉藤は、眼を合わせながらそう思った。
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