それぞれの行方
「繋がらないか……。」
一樹は手に持ったスマホを見つめながら、溜息交じりに呟いた。
さっきまで4人いたテーブルには1人座っていた。3人に連絡を何度も試みるも繋がらない状況だ。
今は店員が注文した商品を、テイクアウト用にしてくれているのを待っている。
「お待たせいたしました。テイクアウト用の容器も含めまして、お会計が6,380円になります。」
そう言って紙袋に入った商品を店員がテーブルの上に置いた。
「6? 6,000円?」
「はい。6,380円です。」
思っていた金額よりもはるかに高く、驚きを隠せない。店員は一樹に苦笑いで伝票を渡す。
そこには確かに合計金額が6,380円と記載されている。伝票を上から見ていくと、アフタヌーンティー 3,800円と書かれていた。
伝票を握り潰しそうになる怒りを抑える。
払うお金がないわけではないが、カフェで6,000円代は学生にとっては高額だろう。
店員は心配そうに見つめていた。
「あの3段のやつを頼んだのって、色黒のガタイの良い方でした?」
「え? あ。そうです! よくわかりましたね。目を輝かせながら、出来上がるのを楽しみにされてましたよ。」
「うちの父なんです。見かけによらず可愛いやつが好きなんですよ。また連れてきますね。」
(あの3段のやつ頼んだの、やっぱり親父か!)
一樹は財布から一万円札を抜き取り、店員に伝票と一緒に笑顔で渡した。
「店員さんも3人が消えた時は近くにいましたよね? 何か気づいたことないですか? 何でもいいんです。」
「そうですね……お力添えできればいいのですが……。私もただビックリして……あまりよく覚えていないんです。神隠しとか能力者の仕業なんですかね?」
店員はなんとか思い出そうと考えこむ。
すると、その会話が聞こえていた店内の客が、目撃したことを一樹に話してくれた。
隠れ家カフェのような客席はカウンターとテーブル席が5席だ。店員は1人。決して広くはない店内だ。
青樹が逃げろと叫んでいたこともあり、店内にいた5人の客はその声に驚き、声がする方へ視線を向けていた為、全員が目撃していたのだ。
目撃した内容は様々だった。
一瞬4人消えたかのように見えた、下に吸い込まれていった、そして、二樹は先に消えたように見えたという情報に、一樹は妙に引っかかった。
一樹は情報を教えてくれた客にお礼を言い、店員からお釣りと領収書を受け取った。
そして自分の連絡先を教える。3人がまたこの場所に戻ってくるかもしれない……そう思ったからだ。
「また、皆さんで来てくださいね。」
心配そうな顔をしている店員は一樹にそう告げた。
客が突如消えたのだ。心配するのも無理はない。
一樹は店員にお礼を言い、店を後にした。
「これからどうするかな……。」
1人で潜入捜査するには危険だ。消えた3人を探すにも連絡が取れず、あてもない。
夕方の17時を回り、外は薄暗くなってきた。11月の夕闇は少し肌寒い。一樹は羽織っていたジャンパーのファスナーを上げ、ふと考える。
(ニ樹は俺がテレポートさせたのか?)
客の情報で、先にニ樹が消えたという目撃があった。青樹が逃げろと叫び、咄嗟に隣りにいたニ樹の肩に触れていた。前の2人にも掴むように手を差し伸べたが、掴まれた記憶はなく2人は消えている。
早く逃げようと焦りが出て、先に触れていたニ樹をテレポートさせていた可能性もあった。
(あの時……俺はどこへテレポートしようとしたっけ? 駅?)
一樹は咄嗟の出来事で記憶が曖昧だった。自分の不甲斐なさに頭を抱える。
ポケットからスマホを取り出し、ある人物に連絡をする。
「もしもし。広海さん? 何かえらいことになってもうてな……とりあえずそっちへ行くわ。どこにおる?」
一樹は人気のない路地へと行き、忽然と消えた。
広海のところへとテレポートしたのだろう。
◇◇◇
白い空間の場所には似たような顔の男が2人いた。周りには扉もなければ、天井もない。反響もないことから、だだっ広い無次元空間のようだ。
1人はくつろいで座り、もう1人はスマホを上にかざしてウロウロしている。
「あんま遠くへ行ったら迷子になるで。」
「うーん。携帯はやっぱ繋がらんか……能力は使えるのにな。」
大樹は携帯の電波を探していたようだが、諦めて青樹の側に近寄り、前に座った。
カフェから消えて20分は経っているだろう。
「一樹とニ樹はどこへ行ったんやろ。俺らとはちゃう場所か?」
大樹はニ樹の携帯を見つめ、息子2人の安否を心配していた。どうやらニ樹の携帯も大樹達と共にやってきてしまったようだ。
「あの2人なら大丈夫や。ここに来るまでにあった出来事覚えてるか?」
「ん? カフェからいきなりここに連れて来られたー、ってぐらいしか覚えてないで?」
一瞬の出来事だった。
何が起こったのかもわからず、通常ならば皆、大樹のように口を揃えて言うだろう。
しかし青樹は2人の行方がわかっているかのようだ。
大樹はどういうことだと言わんばかりの顔をしながら、同じ顔の兄を凝視する。
青樹はこの異次元な空間に来る直前まで、カフェで犯行グループの能力を探っていた。
護身獣が隠されるネックレスをしている状態で、能力を確認することができるのかはわからなかったが、5人の能力は青樹の能力で視ることができた。
しかし、そのうちの2人が能力を解放するのが視え、そのターゲットがカフェであることに気づく。
それを皆に伝える為に、逃げろと叫んだのだ。
青樹は能力を使用時、能力者が能力を使用すると、体の中で変化が起き、白く燃えているように視えるらしい。
解放する能力により大きさは異なるようだ。
そして、その現象はここに来る直前に一樹にもはっきりと視えた。
「え? つまり……一樹達はテレポートしたってことか?」
「たぶんな。一瞬やったけど、一樹が能力を使ったのは間違いない。外にいる2人が助けに来てくれることを願うばかりや。」
「せやな。」
2人は助けが来ることを信じながら、ここからどう抜け出すか考え始めた。
◇◇◇
「ここどこ……? なんか寒いし……。なんで1人?」
ニ樹は片手には飲みかけのぬるいココアが入ったカップを持ち、どこかのビルの屋上の真ん中に1人ポツン……と立っていた。
何が起こったのかも理解していなかった。
(さっきまでみんなでカフェにおったよな?)
事を理解するように、ココアを啜りながら自問自答し少しずつ思い出していく。
(そっか! 青ちゃんが逃げろって言うて……兄ちゃんが俺をここにテレポートしたんか)
ニ樹は状況を読み取り、そう理解した。
叔父である青樹のことをニ樹は叔父さんではなく、青ちゃんと呼ぶ。ちなみに一樹は青樹と呼ぶ。
両親が青樹のことをそう呼んでいたことから、自然とそう呼ぶようになったのだろう。
ニ樹は片方の手をポケットに手を入れた。何かを探すように別のポケットにも手を入れる。
「あれ? スマホがない……。」
ニ樹は青ざめる。
紛失したこともそうだが、連絡しようにもスマホがないとどうすることもできない。
スマホに頼りきり、連絡先も何一つ覚えていなかった。
ポケットにあった財布を取り出して、連絡先が書いてあるものがないか探すが……何もなかった。
途方に暮れたニ樹は、屋上にある手すりに向かいながら歩きだし、周辺を見渡す。
ビルが立ち並んでいた。僻地へ飛ばされたわけではないことを知り安堵する。
屋上の手すりに近づき下を見渡すと、車や人の行き来が盛んだったが覚えがない場所だった。
(ここで待ってれば、兄ちゃんが飛んできてくれるかな?)
そう一樹に期待したニ樹だった。
しかし……夜が近づき、気温も下がってきた11月下旬の屋上では耐えれそうにもない。
ニ樹は通常の人に比べると寒がりであり、早く暖かい屋内へと入りたい気持ちが強くなる。
出入り口のある扉へと目を向け、そこへ向かって歩き始めていた。
しかし、そこへ警備員が入ってくる。
驚いたニ樹は咄嗟に能力を使い、自身を透明にした。
相手からは見えていない。
警備員は周りを見渡し、不審者がいないか確認しているようだった。
屋上にある唯一の扉近くには防犯カメラが1台ある。
警備員はそこに映ったニ樹の姿を見て、屋上へと確認にしに来たのだろう。
ニ樹は警備員が扉から離れた隙に、扉へと近づき屋上から脱出した。




