黒猫
「どこから報告すればいいですか?」
黒羽は視線を広海へ向けて尋ねた。
「そうだな。橘と現場に着いてから、どうやって2人の少年の元へと行けたんだ?」
「……猫のおかげです。」
「…………。」
(そうだった! こいつの報告はいつも書類だったから忘れていたが……口下手だった!)
広海は頭を抱える。
黒羽は無口だが、頭の回転は良く、理解力、暗記力の才から国家試験を難なく合格する。そして最終面接では質問されるであろう答えを予め暗記し、堂々とスラスラ答える。面接官の印象も良く、難関試験を突破して入庁したエリートだ。
しかし、人に説明をするのは苦手だ。脳内で簡潔に説明する要点の処理はできているが、いざ言葉にしようと思うと面倒になるのだ。
能力者である彼はCIPに配属されるが、現場より事務処理をしていることが多い。というのもCIPの責任者である広海がするべきなのだが、事務系は苦手であることからそれをフォローをしている。広海は右腕のような存在ができ、現場で暴れ放題だった。
「すまん。橘……お前も入って報告してくれ。」
「わかりました。ちょっとだけお時間いいですか?」
橘は黒羽とは寮で同室となったことで、大体の性格は把握している。
橘はベッドのそばにあった広海のパソコンを見つけ、借りてもいいですかと確認を取ってから黒羽に渡した。
「先輩。面倒くさがらずにちゃんと報告しないとダメですよ。RINちゃんと結婚するんですよね? ここには弟さんも一族の方もいます。印象を悪くして破談になりたいんですか? すぐにやれとは言いません。俺が報告している間、報告書を作成してください。そうすれば自分の言葉で言えますよね?」
「ん……そうか。頑張る。」
橘の言葉に黒羽はパソコンを開き、ものすごい速さでタイピングしていく。
「いや……なんか橘さんが黒羽さんの母親みたいな感じだな。しかしタイピングの速さが異常に早いな。」
一連のやり取りを見て蓮は呟き、黒羽に感心していた。
「俺、13人兄弟の長男なので、環境が母親みたいな役割だったんですよ。黒羽先輩とは寮の同室なんですけど、弟や妹達のようについ小言を言ってしまうんですよね……。」
13人兄弟に驚かれることには慣れているようで、さほど気にしておらず、黒羽には申し訳ないという顔をしていた。
でもCIPのメンバーは橘に感謝している。どう扱っていいのかわからない黒羽は悩みの種だった。そこに橘が加入し、黒羽を慕いながらも叱るおかげで助かっている。橘の家庭の環境の賜物だろう。
「えっと、報告ですよね……。俺と先輩が現場に着いてからの……。」
橘が話し始めようした時、肩のあたりを誰かがポンポンと叩いた。
「どうしたんですか? 先輩。」
「できた……。」
「え? もう!?」
パソコンの画面には、ずっしりと並べられた文章が見てとれた。普通はものの数分で出来上がるものではないが、黒羽だからできたのだろう。
橘は報告書の出来に拍手をする。それにつられたのか、皆、拍手をしだした。ではその報告書を警視正に伝えてくださいと言い、まるで発表会のような雰囲気だ……。
そして、黒羽が経緯を説明する。
◇◇◇
午前11:30頃、CIPに応援要請が入り橘巡査と現場へと向かう。現着するとマンションの一室が燃え上がっていた。
すでに住民は避難し、消化活動が開始されていた。市川署の千成巡査から、数名の不審者の目撃情報を得る。
現場近くの工場跡地で東宮司警部と合流した後、不審者と能力者の襲撃にあった少年2人の捜索を行った。
東宮御所警部と橘巡査は工場内、黒羽警部は工場の周りを捜索し、目撃者である黒猫を発見する。
黒猫の目撃情報だが、少年2人は工場に積み重ねられた鉄筋のそばに隠れていた。そして、突如2人の足元に現れた黒い円形のようなものに吸い込まれるように消えていく。
少年達が消えた場所に行き、3人で調査をしたが特に変わった様子はなかった。
黒羽警部は現れたかであろう場所の記憶を辿る。
そして黒い円形のものが地面に渦巻くように現れた。
出現した原因は不明、罠という可能性もある。
話し合いの結果、3人で突入することは危険だと判断し、2人が突入、1人は待機することになった。
しかし、黒羽警部に抱かれていた黒猫が暴れ出し、それを巻き込むように3人と1匹は2人の少年の元にワープして救出した。
「待て待て。ワープってなんだ? 猫に3人とも巻き込まれて落ちたのか?」
広海は黒羽の報告に質問をした。
猫に巻き込まれたと説明しているが、少し違う。
黒猫が黒羽の胸から飛び出し、着地しようとするところが黒い円形の場所だった。黒猫が入ってしまわないように捕まえようとした黒羽だが、前にいた2人にぶつかる。押される様な形となった2人はそのまま黒猫と共に落ちていった。
残された黒羽はどうするか悩みながらも、興味本意で自ら入って行ったのだ。
無事に帰還できたから良かったものの、何かあった時の場合に備えて1人は待機することを話し合いで決めていた。事実が明るみになれば橘からの説教は免れないだろう。先に落ちた橘は事実を知る由もない。
「ワープ……なんて言えばいい?」
「んー。無重力空間に放り込まれて落ちる感じですかね? 先に体験した2人はどう思ったかな?」
橘は聖海夜と伶青に優しく尋ねた。
尋ねられた2人は、体験した出来事を思い返しながら話し出した。
「暗闇の中フワフワしながらジェットコースター乗ってる気分だった。」
「異次元な空間? 出口があったから良かったけど、なかったらあの中でずっといるのは怖いかな。」
「……という感じです。」
聞いたところで感覚は体験した者にしかわからない。想像して納得するしかないだろう。
広海は帰りもそのワープで帰ってきたのか?と尋ねる。
拓海からの報告で聖海夜達は名古屋に居ることは聞いていた。そこから交通機関を使って帰ってきたとは考えにくい。
「ここからは俺が説明します。報告書、ここで終わってるんで。」
橘はそう言って自ら申し出た。
ワープの出口の先は、幸いにも聖海夜達が捕まっていた場所だった。
3人は2人の近くに着地し合流するも、ここは敵地だ。
突如現れたワープに3人が来たことに驚きながらも、伽耶は特殊な繊維を無数に出し攻撃をしてきた。
すかさず、橘は能力であるバリアーを張り、敵からの直接的な攻撃を防ぐ。
黒羽は拓海の異変に気づく。医師免許を持っている黒羽は体の症状からみてアレルギー反応だと診断した。拓海は咳き込みながら、ネコと伝える。
先に落ちた黒猫がワープに驚き、拓海にしがみついてきたのだ。猫アレルギーの拓海は落ちている間、ずっと一緒にいたことになる。
共に来た黒猫は着いた途端に拓海から離れ、どこかに隠れた。
黒羽は聖海夜達に小さな声で尋ねる。
俺達をここに連れてきた能力者は誰か知っているか?と。それを聞いた2人は髪の長くて細いやつだと伝えた。
黒羽は2人から聞いた特徴の彼の眼を見る。黒羽の能力を知っている後藤は奴の眼は見るな!と叫ぶもすでに遅かった。
操られた彼は能力を使い出し、5人のそばにワープが現れた。
聖海夜達が先に行き、黒羽は拓海を腕で担ぎながら入る。橘はバリアーを張りながらワープの中へと入って行った。
ワープの先は病院の救急の出入り口へと繋がっており、拓海は救急搬送される。
「先輩がいなかったらどうなってたことか……警部が安定して本当に良かったですよ。」
橘は先輩を褒め称えた。無事に帰還ができたのは黒羽の能力のおかげだろう。聖海夜達はお礼を言った。
「蓮さん。先輩が能力使うと眼に紋様が現れるんです。それで前髪伸ばして隠してるんですけど、前が見えずに物にぶつかるし、人も認識してない時もあるんです。能力を使用している時に眼を隠せるものって開発できますか?」
橘は蓮がいろいろと開発していることを聞きお願いした。現場に行っては自分や物にぶつかって破壊されて、苦労していたのだ。
蓮の能力も使用する時には、眼に紋様が浮かびあがる。能力を隠すためにと、コンタクトレンズやメガネ、ゴーグルとすでに開発していた。
「それなら家のラボにあるよ。取りに来る? それとも持って行こうか? 俺はもう必要ないし。」
それを聞いて橘は喜んだ。蓮に感謝の言葉を述べ、黒羽には絶対着けて視界をよくしてくださいねと念を押す。寮も近いからと仕事が終わった後、取りに行くと告げた。
「でも蓮さん。体調が良くなってよかったですね。毒で死にかけてたのを見てたから、今日会えて嬉しかったです。」
「え? なんで知って……。」
蓮は一族しか知らないと思っていた出来事を、橘の口から聞くとは思っておらず、不思議そうな顔をする。
広海は、あ……。と思い出しかのようにバツが悪そうな顔をした。
「警視正……俺、余計なこと言いました?」
「いや、橘は悪くない。俺達が言い忘れていただけだ。」
不安な顔をしていた橘はホッとする。
蓮が帰国して襲撃に遭い、REDへと運び込まれてからの経緯をまだ説明していなかった。




