侵入者
「画面がおかしい。」
防犯カメラのモニター画面を見て1人の男が言った。
2階にある古びたバーの奥にある薄暗い部屋の1室。部屋には2人の男がいた。陽射しを遮るように窓には黒いカーテンが掛けられ、壁一面にはモニター画面が映し出されている。備え付けられテーブルにはパソコンが5台。電気は付けずモニターの明るさで過ごしているようだ。
男はモニター画面を注視していたが、急に1つの画面が暗くなったようだ。
機械の故障なのか、誰かが故意にしたのか。
彼らはあらゆる想定を考える。
ゴトッと物音が聞こえた。
「侵入者?」
「逃げるぞ!」
2人は慌ただしく椅子から立ち上がり裏口へと急ぐ。
1人はパソコンに繋がっているケーブルを外し、手に持ったパソコンを能力で消した。モニター画面はすべて映らなくなった。
( 場所が判明するのが早すぎる…… なぜだ?)
裏口の扉を開けようとするも開かない。ドアノブは動くが何かが原因で開かないようだ。
扉から離れてと言い、手を扉に向ける。掌から円球の炎が飛び出しボンッと大きな音が響き渡った。
爆破された扉の破片は飛散し、黒い煙幕が出ている。扉はかろうじて繋がっている状態だ。
残った扉を蹴破り、階段を降りようとする。
しかし、それを待っていたかのように何かが飛んできた。
1人の男は階段の下まで吹っ飛ばされ、踊り場に積んであったビールケースがガラガラと男の上に崩れ落ちた。
(何が起こった……?)
扉の付近にいるもう1人の男は、瞬時の出来事に戸惑う。
そして、頭の横でカチッと音がした。
「手を挙げろ。」
後ろから坊主頭の低い男の声がした。こめかみには銃が突きつけられている。
逃げるか……それとも捕まるか……。
「Put your hands in the air」
日本語が通じないのかと思ったのか英語で伝えてきた。
男は素直に手を挙げ、従った。
(どうすっかなぁ、これから。師匠の伝言をレンって奴に伝えないといけないのに…… )
◇◇◇
町外れのマンションの駐車場に1台のバイクが停まり、エンジンを切る。駐輪場にバイクを置きフルフェイスのヘルメットを取った。
短髪の髪型の横は刈り上げ、頭頂部の髪にはパーマをかけていた。
そこへもう1人、歩いて誰かがやって来る。
「おーい、聖海夜!」
「伶青! 早かったな。」
久しぶりの再会に2人は笑顔で手を振っていた。
聖海夜は母と暮らしていたマンションへと来ていた。警察署から母の訃報を聞き、拓海と会ってからはいろいろあって自宅へは帰っていない。
今後は東宮司家で暮らす為、荷物を整理しに来ていた。
母の思い出がたくさん詰まった家に帰ることに躊躇していた。家に帰ってもいないことは頭ではわかっているが、まだ受け入れていない自分がいるのも事実だ。
だが……いつまでも逃げるわけにはいかない。
今までは母と2人きりだったが、東宮司家という血の繋がった家族の存在が、前向きな気持ちにさせてくれたようだ。
今朝は広海の怪我の件を聞き落ち込んでいた。
海星は聖海夜を心配していたが、午前から講義があり、大学へ行かなければならなかった。
これ以上欠席をすると門限の厳しい母の家へ強制送還されることは阻止しなければならない。
今日は友達と一緒にいる方が良いという海星の言葉に聖海夜は伶青に連絡をする。
たまたま学校の創立記念日で休みだった為、会うことになったわけだ。
「連絡がないから心配したんだぞ! 元気そうで良かったよ。」
「ごめん。なんかいろいろとあって忙しかった。」
「なぁ……髪型被ってないか?」
「だよな、俺も思った。そんな髪型だった?」
「昨日、切ったばかりだ。」
「俺も。」
聖海夜は昨日事件が終息した後、広海と同じ髪型にしているとややこしくなる為散髪に行っていた。
久しぶりに会った2人は同じ髪型になっていることに大笑いする。背丈は同じぐらいだ。パッと見ただけでは見間違うかもしれない。
聖海夜は久しぶりに会った親友に、ここ数日あった話しをしながら自宅へと向かった。
久しぶりの我が家に足を踏み入れる。
たった数日家を空けただけだが、懐かしさを感じながらリビングへと向かった。
リビングにはダイニングテーブル、壁にかけられたテレビがあり、その前には小さなテーブルとソファーが置かれていた。
母の定位置だった椅子を眺め感傷的になる。
「大丈夫か?」
聖海夜の様子に気づいた伶青は声をかける。
「ん。たぶん……。」
「聖海夜の部屋に行こう。」
伶青はここにいるより、聖海夜の部屋にいる方が落ち着くだろうと思い、自室へ行くように促した。
リビングに飾られていた中学校の卒業式の写真を、伶青は見つめ手に取る。
そこには美波と聖海夜が写っている。聖海夜とは家が近所ということもあり幼なじみだ。美波のことも良く知っている。伶青にとっても美波が亡くなったことは、まだ信じ難い事実だった。思わず涙がこぼれていた。
「伶青?」
「悪い……俺もまだ信じられなくて……。」
2人は写真を見つめ……悲しみに包まれていた。
しかし、そんな2人の気持ちとは裏腹に玄関の方からドーンッ!と爆発音が聞こえ、思わずしゃがみ込む。
2人は何事だと驚き、玄関の方を見た。
「爆発?」
聖海夜はふと拓海に言われた言葉を思い出す。
"蓮が指名手配されている。もしかしたら俺達、能力者も狙われるかもしれない。1人での行動は気をつけろ。"
「伶青! 逃げるぞ!」
聖海夜は伶青の手を引き、リビングからベランダへと繋がる窓を開いた。
ベランダに出て下を覗くも、1人がニヤつきながらこっちを見ていた。
ここは3階だ。排水管を伝って降りようと考えていたがそれができなくなった。
足音がだんだんと近づいてくる……
そして、リビングに2人が入ってきた。
1人は全体的に体が大きい、横綱のような威圧感がある。もう1人は若い女性だ。
「大人しく捕まれば手出しはしない。どっちみち逃げ場はないよ。」
若い女の方が2人を見つめて言い放つ。
2人が家に入った途端に襲撃があった。見張られていたのだろうか。
相手の護身獣は見えないが……昨日の能力者のこともある。ネックレスで隠しているのかもしれない。
3人とも能力者となると厄介だ。一般人の伶青を守りながら戦うことは難しいだろう。
(リュー、こいつら能力者かな?)
(うん。昨日みたいな不吉な気ではないみたい。)
(なんとかこの場を伶青と一緒に逃げ出さないと……。)
聖海夜と護身獣のリューは、周りに聞こえないように心で会話をして作戦を練っていた。
「こいつら何者なんだ?」
「後で説明する。今は俺に任せて。」
何も知らない伶青は青ざめていた。いきなりドアを破壊され、捕まえに来たのだ。ただならぬ雰囲気だろう。
「人の家のドアを壊さないで欲しいな。弁償はしてくれるの?」
「鍵がかかってたんでな。素直に捕まれば弁償を考えてやろう。」
「あれっておじさんの能力?」
「まぁ、そんなとこだな。」
「爆破するみたいな音だったけど……こんな感じかな?」
聖海夜は相手に見えないように、手を背に向けて火の玉を作っていた。
それを床に投げつける。
ドーンッ!と大きな音とともに、黒煙が混じった爆風が起きた。
2人の能力者は吹き飛ばされそうになるのを身を構えて耐える。
部屋はガタガタと音を立て、物は散乱し、テレビにはヒビが入った。
そして火花が散り、周りに火が燃え移り始めた。
「あいつらどこ行った?」
「子供だと甘くみすぎたみたいね。ここには気配がなさそう。下で合流しよう。」
誰かが騒ぎを聞き、警察に通報したようだ。
パトカーのサイレンの音が近づいていた。
工場の跡地に2人の少年は古びた機械の裏に身を潜めていた。
設備はそのままでドラム缶や機械が残っている。
聖海夜の自宅から歩いて10分くらいのところだ。幼い頃はかくれんぼなどをして、よく遊んでいた懐かしい場所だ。
「今のところ追っては来ないな……。」
聖海夜は物陰から顔を出して周りを見渡し確認していた。人影や気配はなく静かだ。
「伶青の体調は大丈夫か? 変化とかは特にない?」
「たぶん……。初めて空を飛んだよ。」
伶青は聖海夜に能力があることは知っている。
自分が炎の龍になったことは驚いていないようだ。
聖海夜とリューはあの場から逃げることを考えていた。能力のない伶青を危険な目に合わせるわけにはいかない。
そして考えた結果、伶青も融合して逃げることだった。
聖海夜が火の玉を投げつけ、爆風と黒煙で妨げている間に炎の龍となり素早く逃げ出したのだ。
リューにとっても宿主以外と一体化するのは初めての経験だった。
能力のない者と融合することはできると昔に聞いていたが、それをすることによって伶青の身に危険が生じる可能性もあった。
しかし、あの場から守るためにはそれしか方法が見つからなかった。今のところ特に変化は無さそうだ。
「とりあえずはあそこから逃げられて良かった。」
「俺がいたせいでごめんな。……大切な場所が火事になった。」
伶青は聖海夜と美波が過ごした大切な場所を、やむ得ないとはいえ自分のせいで火に包まれたことを嘆いていた。
「伶青のせいじゃない! 巻き込んだ俺が悪かったんだ。ごめんな。」
"伶青がいなかったとしても あの状況は危険だった能力者3人だと厳しいよ "
「あいつら全員能力者だったのか……。」
「うん。3人とも能力者だ。どうして狙われてるのかはわからないけど……。」
"とりあえず状況を拓海に連絡しよう"
「拓海って聖海夜の父親だよな。」
「……………。ん?」
聖海夜は驚いて伶青の顔を見た。拓海の話しをしたのはリューだ。能力者以外は聞こえないはず。
リューもそれに気づいた。
まさか……。
"伶青 もしかして僕の声が聞こえてる?"
「え? 聞こえる……あれ? 聖海夜の声じゃない? 誰の声だろ?」
聖海夜とリューは顔を見合わせた。
伶青はリューの声が聞こえている。一体化したことによって変化が現れたのだ。
「俺の横にいる護身獣は見えるか?」
「横に? 何も見えないぞ?」
どうやら、護身獣のリューの姿は見えてはいないようだった。声だけが聞こえている。
「もしかして……能力も使えたりして……。」
「俺が? 聖海夜みたいに手から炎が出せたりとか? 」
伶青はそんなわけないだろと笑いながら、掌を出した。
すると、指の先から微かに炎が現れる。
2人は目を疑う。信じられないような顔をしていた。
どういうわけか伶青にも炎を出すことができるようになっていた。
「え……。もしかして……俺も能力者になっちゃったの?」
「どうしよう……。」
"融合して解除した時に能力が渡ったのかな"
3人はまさかの事態に驚きと焦りが出ていた。