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R E D  作者: 弓弦葉
第1章
29/29

ロビー


 拓海は病院の救急診療室の待合室に座っていた。

 眉間に皺を寄せ、腕を組みながら考え事をしている。

 

「タク、金持ってる?」


 蓮がポケットに手を入れ、腕にジャケットを挟みながら拓海の方へ歩いて来た。

 シャツの襟元は汚れ左袖は怪我の血が滲んでいた。ズボンの裾もところどころ引き裂かれ、高そうなタキシードはボロボロになっていた。


「なんだ? 警官にたかる気か? 治療は?」

「終わった。それより、自販機に行ったらカードが使えないんだよ。日本円持ってないし、喉渇いた。」


 父親になってもまだまだ子供だなと思いながら、拓海は待合室の椅子から立ち上がり、蓮と共に自販機へと向かった。静かで薄暗い病院の中を静かに歩いて行く。


「親父から聞いた?」

「あぁ。もうすぐ久世さんが来る。詳しい話が聞きたいそうだ。」


 いわゆる事情聴取というやつだろう。

 蓮の診察中に類は拓海に後藤の件を話していた。それを聞いて驚愕する。根は真面目で任務に対しても頭の回転が早く、そつなくこなしていた後藤が、能力者と協力し犯罪を犯すとは信じられなかった。

 拓海も警察官である。たとえ親しい相手だろうと、家族だろうと、犯罪を犯した者を報告しないわけにはいかない。

 頼りになる兄の広海は手術中だ。凪紗は連絡をもらい駆けつけた。今は家族の待合室で手術が無事に終わるのを待っている。

 拓海は久世に連絡をし、類から聞いたことを一部始終電話で伝えていた。

 類は斉藤と共に先に自宅へと向かった。自宅にいる2人が心配なのだろう。後藤が来ないとも限らない。


「タクにさ……頼みたいことがあるんだけど。」

「俺に? なんだ?」

「人探し。」


 蓮はシュナイダー博士のことを伝える。後藤に頼んでいたが、こうなってしまっては報告を聞くことはないだろう。

 類から拓海にはアメリカにいる同級生がFBIに所属していることを聞き、お願いしてみることにした。

 拓海は承諾し、頼んではみるが見つかるかどうかはわからないぞと忠告をする。

 蓮は博士の写真と特徴などの詳細を伝え、拓海は携帯電話でそれをメモしていた。そして腕時計を見る。


「あっちは朝か。電話してくる。」


 拓海は蓮に千円札を渡し、ロビーの待合室で待っていろと告げ、出入り口へと向かった。

 蓮は貰ったお金で自販機で飲み物を購入し、待合室の椅子に腰掛ける。

 誰もいない薄暗い静かな待合室だ。ここ数日でいろんな出来事があった。疲労も溜まっていたのだろう。

 蓮はいつのまにか眠っていた……。

 そして、誰かが静かに近づいて来る。

 蓮が横に置いたボロボロのジャケットを取り、そっと蓮に掛けた。


(やはり、車にあった無線機で話を聞いていたのか)


 そして、眠っている蓮の首に手を掛けようとする。


(お前さえいなければ!!)


 蓮は誰かの殺意には全く気付かず、深い眠りについていた。






 蓮は目を覚ます。頼人が泣き叫んでいたからだ。

 ベビーベッドのそばに行き、頼人を抱いた。

 そして、壁に掛けてある時計を見る。


(ミルクの時間か……。)


 蓮はベビーベッドの横に置いてあるワゴンから、哺乳瓶を片手で取りミルクを作り始めた。ウォーターサーバーの熱湯で粉ミルクを溶かし、水を入れて適温に調整する。手慣れた手つきになっていた。

 ベッドに腰掛け、頼人にミルクをあげる。勢いよく飲み始めた。お腹が空いていたのだろう。

 ミルクを飲んでいる頼人を見つめながら、ふと思う。


(昨日、どうやって帰ってきたんだっけ?)


 蓮には病院に行った記憶しかなかった。そしてルームウェアに着替えている。もしや、また母に着替えさせられたのかと苦い記憶を思い出していた。

 部屋の扉からコンコンとノックをする音がし、扉が開く。


「起きてたのか。」


 そう言って蓮の部屋に拓海が入って来た。


「うん、さっき……。俺ってさ、昨日どうやって帰ってきたか知ってる?」

「覚えてないだろうな。眠っている蓮を俺がここまで運んだ。」


 拓海から話しを聞くと、どうやら起こしても起きなかったようだ。

 蓮は待合室の椅子に横たわって眠っており、起こそうとするも起きる気配が全くなかった。

 事情聴取は明日にしようと久世が配慮し、車で自宅まで送ってくれたというわけだ。

 その際、久世は斉藤に事情聴取をするが、特に変わった様子もなくいつも通り任務に就いていたということだった。そして、後藤の荷物を押収し帰って行った。

 ちなみにルームウェアは蓮が寝ぼけながら自分で着替えたらしい。それを聞いて安心する蓮。

 久世とは広海のいる病院で待ち合わせをしている。そこで、蓮から話しを聞く予定だと聞かされた。


「広海さんはどうだった? 手術は上手く行ったのか?」

「一応な……。」


 広海は神経の再生手術を行なった。幸い、他の神経を用いて繋ぎ合わせることには成功したようだ。

 今後リバビリと薬での治療となるだろう。動けるようになるには、数ヶ月……数年かかる場合もある。しばらくは車椅子生活になり、生活や仕事は今まで通りにはいかないだろう。

 蓮はそれを聞いて少し心配な事があった。


「海星や聖海夜には伝わっているんだよな。聖海夜の様子は大丈夫なのか?」


 機械室で停電が復旧した時、蓮と聖海夜は広海のひどかった怪我の状況を見ている。

 聖海夜は自分を庇ったせいだと、責任感を感じ落ち込んでいた。


「かなり落ち込んでいる……。気にするなとは伝えてはいるが……少し時間はかかるかもな。海星が慰めているよ。」

「俺も後で会いに行くよ。」

 

 頼人はいつのまにかミルクを飲み干していた。蓮は拓海に頼人のお世話を頼み、部屋の奥にあるウォークインクローゼットの扉を開け、中で着替え始める。

 

「なぁ、蓮。このネックレス……。」

「それな。あの能力者達が付けてものにそっくりだろ? 同じやつなのかな? 外そうとしたら頼人が泣くから付けたままにしてあるけど、外したら護身獣とか現れたりしてな。」

「頼人に能力あるのか?」

「能力? あぁーっ!!」


 蓮は何かを思い出し大きな声を出した。そして着替えている途中で勢いよく飛び出してくる。


「ちゃんと服を着ろ。いきなり大きな声を出したら頼人がビックリするだろ。」

「もしかしたら! 頼人が助けてくれるかもしれない!」


 興奮を抑えきれない蓮に対し、拓海は何を言っているのかわからず首を傾げていた。当人である頼人はお腹がいっぱいになり、拓海の大きな腕の中で包まれる様に眠りについていた。



 

 病院のVIPルームの一室。

 テーブルにパソコンを置き、マウスを熟練の技のように操っている。真剣な眼差しだ。


「あぁー! やられたー!!」


 大きな声出し、頭を抱えて悔しがっている。

 どうやら、パソコンでネットゲームをしていたようだ。

 扉からノックの音がし、誰かが入って来た。


「外まで声が聞こえてるよ。しかもVIP扱いって。」

「うるさくて他の人に迷惑がかかるからって凪紗さんが手配したらしい。」

「あぁ……。」

「納得するな!」


ベビーカーを引いた蓮と拓海が広海の病室に入り、VIPルームを見渡していた。

 個室にはキッチン、バストイレは別々になっており、豪華なテーブルとソファー、ホテルの一室のような雰囲気だ。


「事情聴取だろ? 頼人も連れて来たのか。」

「母さんにいつまでも甘える訳にはいかないし、広海さんはまだ頼人に会ってなかっただろ?」

「そう、会いたかったんだよー。蓮も父親になったんだな……。」


 広海はしみじみと少し大人になった蓮を思った。産まれた時から身近な距離で見守ってきた。父親のような気分だろう。

 蓮はベビーカーから頼人を抱き上げ、広海の元へと近づく。そして広海は頼人を優しく抱いた。頼人は嬉しそうな表情を浮かべる。


「蓮にそっくりだな。瞳は母親似か? 蓮が産まれた時は嵐だったことはよく覚えてるよ。そして、嵐のように問題を起こす。頼人はそうなるなよー。」

「えぇ!? 俺は問題児なの? それは広海さんだろ?」

「いや、俺の方がマシだろ。」

「どっちも似たようなものだ。」


 拓海の一言で、どっちが問題を起こしているかの口論となった。

 そこに誰かが扉をノックして入って来る。

 

「それだけ元気なら退院しても良さそうだな、警視正。」


 病室の扉から入って来たのは、久世とその横にはもう1人の男がいた。坊主頭で顔には傷があり威圧感があった。蓮は少々萎縮した。


「この事件の担当者の武田警部だ。先日あった軍の関連会社の事件も担当している。」

「武田です。本日はよろしくお願いします。」


 武田は見た目とは裏腹に、癒されるような優しい低い声をしていた。

 そして、美波が巻き込まれた事件も担当している。今回の件と関連している可能性が高いということなのだろう。


「事情聴取はここでするのか?」

「警視正が詳しく話しをまだ聞いていないのなら、ここでしても良いとは思うが、どうする?」

「ここでいいよ。俺たちがいた方が蓮も良いだろうし。」


 蓮は少しホッとし、ベッドの横にあるテーブルと椅子に腰掛けた。隣には拓海が座り、向かいには久世と武田が座る。広海はベッドで頼人をあやしていた。

 事情聴取が始まった。内容については久世が昨日拓海から大体のことは聞いている。

 久世は聞いた内容を話し、間違いや訂正がないかを蓮に確認をする。


「PubLisはどこから聞いたのかな?」


 久世は蓮に質問をした。PubLisは大樹から聞いた話しだが、ここだけの話しと言われていた。


「噂で危険なものとだけ聞いたぐらいで、詳しい内容とかはよく知らない。」

「警察内でも噂になっているからね。大方、そのへんからの噂かもしれないな。」


 そう言いながら久世は拓海に視線を送る。


「あと……蓮君に話しておかなければならないことがある。君には酷な話かもしれないが、落ち着いて聞いてくれるかい。」


 久世は前置きをし、昨日の病院であった出来事を話す。

 拓海は蓮の姿が確認できる場所に出て電話をしていた。指名手配されている蓮には見張っておく必要はあると判断したのだろう。

 そこに久世が電話をしている拓海のそばへとやって来る。

 そして事件は起きた。

 誰かが蓮のそばに近づいたのだ。ロビーは薄暗い。誰かはわからなかった。

 拓海と久世はそれを目撃し走り出す。それに気づいた犯人は蓮の首から手を解き逃げた。拓海が追いかける。久世は蓮のそばへと駆け寄り安否確認をする。

 幸い、眠っているだけだった。

 拓海は犯人を追い詰めるが、消えたかのように途中でいなくなった。そして蓮の元へと戻る。

 その後、蓮を自宅まで届け、防犯カメラで確認をする。映像分析の結果がでたのは、つい先程のことだ。

 拓海もまだ報告を聞いていない。

 

「犯人は後藤だった……。」


 それを聞いた拓海も驚いたが、蓮はそれ以上に驚く。

 未だに後藤が犯した罪を信じられなかった。

 蓮が留学してからずっとSPとして8年近く家族よりもずっとそばにいた。

 裏切られたショックは大きい。


「大丈夫か? 蓮。」


 隣にいた拓海は蓮を心配し様子を伺う。蓮は呟いた。


「なぜ、ゴウさんは俺を?」

「わからない。今は捜索中だが、必ず本人を探しだして聞いてみるよ。」

「俺が聞いてもいい?」


 蓮以外の4人は顔を合わせる。久世は少し悩み、答えた。


「わかった。その時は連絡をしよう。そのかわり、約束してくれるかい?」

「約束?」

「今日から君のSPは隣にいる東宮司警部が任務に就く。1人で勝手な行動は慎むように。君は頭が良いからね、何かとこの件に関わって行動を起こしそうだ。すでに何かしてるんじゃないかな?」


 久世の眼鏡がキラリと輝く。

 何かを見透かされているようだった。蓮には図星だったらしく動揺を隠せない。

 それに気づいていた拓海は手を差し出した。


「お前のそのポケットにあるものはなんだ? 携帯かと思っていたが、まだ購入していないよな?」


 ズボンのポケットには、ちょうど携帯電話くらいの大きさの黒い機械のようなものが入っていた。

 この場には警官が4人もいる。逃げ場のない蓮は、諦めたかのようにそれをポケットから取り出し、拓海の掌に置いた。

 機種の古い携帯電話だった。画面を開くとアプリが1つだけありそれを起動させた。

 すると、地図が表示される。テーブルにいた3人はそれがGPSだとわかる。

 少々怒り気味の拓海が、蓮を睨みながら誰の居場所だと聞いた。目を逸らしながら答える。


「………ゴウさんの持ってる腕時計かな。」


 蓮は後藤に以前腕時計を渡していた。ただの腕時計ではなく、蓮にも使用した睡眠スプレーが仕込まれいる。横のボタンを押せば、反対側の穴から睡眠薬が噴射するようになっている。以前は発信機の役割をしていたが、それを改良したものだ。発信機は針の中央にある留め具に細工している。後藤はそのことを知らない。

 

「1人でここに行くつもりだったのか?」

「いや……まさか……、後でちゃんと報告するつもりだったよ。」


 4人は疑いの眼差しで蓮を見た。


「他に事件の関連で何も隠してることないだろうな? 警官の前だ。今のうちに言っといた方がいいぞー。」


 広海がベッドから煽る。


「もうないって……。……いや……待てよ。事件の関連?」

「どうした?」

「事件と関連あるかはまだわからないんだけど……。」


 蓮は昨日のパーティーの出来事を話す。

 蓮がパーティーに参加したのは、母のかわりに同伴者となったこともあるが、もう1つ目的があった。

 赤木製薬の赤木社長に会うことだ。

 事件の薬との関連性があるわけがないと思うが、ラボでの成分が一致したこともあり、何となく聞いてみようと思ったからだ。

 赤木社長には息子が3人いた。それぞれ海星、蓮、論とは同級生だったこともあり、よく知っている。

 パーティーが始まる前にお互いに気付き、挨拶をしていた。

 久しぶりに会って昔話しをしていたが、赤木社長から最近送られてきたメールのことを尋ねられる。

 身に覚えがない蓮は詳しい話しを聞いた。

 メールには薬の構造図とこれを作れる人を紹介して欲しいという内容だったらしい。

 自分で発明することが好きな蓮が、他人任せにすることは考えにくいし、薬の構造図もおかしかった。

 赤木社長はこれは蓮からのメールではないと思い、返信はしなかった。

 赤木社長は蓮からのメールではなかったことに安心していた。

 しかし、内容が気になる蓮はそのメールを転送して欲しいとお願いし、別れを告げた。


 

「美波さんの事件とは関係ないとは思うけど、念の為メールは見てみようとは思って。メールは親父の方に送るって言ってたからまだ見てない。」


 久世は蓮の話を聞いて、おかしな点に気づく。


「登録されていない薬の成分を見つけるのには時間がかかるのに、大したものだな。」

「ラボに登録されてなかったら俺でもわからなかったよ。でも論の能力のおかげで現場に行ったタクと論が感染してなくて良かったよ。な?」


 蓮は拓海の方を向いたが様子がおかしい。青ざめた顔で武田と目で会話をしていた。

 久世をメガネを光らせて静かだ。

 広海は知らないフリをして、頼人を足の間に置いて寝かしつけている。

 蓮はこの場の雰囲気を察知した。


(俺は何か言ってはいけないことを言ったのか?)

 

「副総監。事情聴取はこの辺りで終了してよろしいですか?」

「あぁ、そうした方が良さそうだな。武田警部。蓮君、貴重なお話しを感謝する。今からはプライベートの時間だ。自由に過ごして良いよ。」


 蓮はそれを聞いて会釈してその場を立った。


「では、俺もこれで失礼します。」

「待て、武田。拓海が不法侵入したこと知ってたな。話してもらうぞ。」

「拓海から話せよ。」

「久世さんは玄真(けんしん)に聞いてるだろ。」


 テーブルに残った3人は口論が始まった。

 蓮は広海のいるベッドへ移動し、眠りについた頼人を見つめる。


「広海さんごめん。何か俺余計なこと言ったみたいだ。」

「気にするな。バレたもんは仕方ない。()()()()俺ならこの場から即退散してたけど、こうやって見るのも悪くないな。」


 いつもの広海なら一目散にその場からいなくなるだろう。しかし、今は左足が動かない。

 蓮はそっと頼人の手を左足に置いた。


「広海さんの足がよくなりますように。」


 蓮はまだ不確かな頼人の能力が発揮することを願った。



最後まで読んでいただきありがとうございます。

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