計画実行
都内の三つ星ホテルでは慌ただしく車が出入りしている。ドアマンも大変そうだ。警備の人も通常に比べて多い。一般人から見れば、何事かと思うだろう。有名人でもいるのかと、携帯で写真や動画を撮る者もいる。
ホテルの入り口に1台の車が到着した。1人が助手席から降りてくる。拓海だ。そして安全確認してから、後部座席の扉を開ける。そして類と蓮が降りてきた。
長身の3人が揃うと一際目立つ。そしてホテルへと入って行った。
蓮は周りを見渡し、あるところへと向かう。
「蓮様、こちらですよ。」
蓮は拓海にズカズカと近づいた。
拓海の横で類は笑っている。
「やめろよ! 普通でいい。まだ時間あるだろ。俺は寄りたいところあるの!」
「後藤さんはいつもこんな感じだっただろ? いつも通りでいいのか? それで、どこへ行く気だ?」
「母さんにお土産。帰りに買えるかわからないだろ?」
蓮は母に頼まれたものを購入しに行く。本来であれば、母が類のパートナーとしてこの会場に来ているはずだが、いろいろと事情が重なり蓮の華々しい社交界デビューとなった。
パーティーの会場に着くと受付でボディチェックを受ける。なかなかの厳重体制だ。そして中へと入った。会場は1,200名ほど収容できる大きな会場だ。
現総理の就任パーティーということもあり、政治家に有名人、企業家などと招待客も華やかだった。
「おーい。」
声を掛けてきたのは広海だ。横には凪紗がいる。広海の頬にはガーゼが貼られ、目の当たりは少し赤紫色に内出血していた。
「どうしたんだ? その痛々しい傷は。」
「ん? これは兄弟喧嘩から、まぁいろいろあって。」
類と蓮は後ろにいる拓海を見る。拓海は申し訳なさそうな顔をしていた。相手を吹っ飛ばず威力がある拓海に殴られたのであれば、骨にヒビが入っていてもおかしくはないが……今回は少し事情が違うようだ。
「まぁ、今回は広海さんが悪かったですし仕方ないですね。たまには一発殴られた方が良いです。」
「え? それはどういう意味?」
「あなた、昨日も今日も皆さんに我儘言ってご迷惑をお掛けしてるでしょう? これ以上私に良からぬ噂を耳にしたら、別居解消、離婚案件です。」
「それについてはあとで話し合おう。な?」
広海は必死に凪紗のご機嫌をとる。小柄で幼な顔の彼女だが中身は芯のある強い女性だった。
「蓮君。昨日は主人がご迷惑をお掛けしたようで、申し訳ございません。これ私の連絡先です。何かありましたらご連絡下さい。お力添え致します。」
「ありがとうございます。凪紗さん。」
蓮は凪紗から名刺を受けとった。
「それでは皆様。本日はよろしくお願いいたしますね。広海さん、行きますよ。」
そう言って、広海を強引に引っ張りながら颯爽と去り、挨拶周りを始めた。
蓮は凪紗からもらった名刺をみる。裏にメッセージが書かれてあった。
"現着30"
類に渡し、それを拓海にも渡す。名刺はもう1枚あった。
"海星が学校を休んだそうですね。今後、同じ過ちをした場合、強制送還させるとお伝えください。"
蓮はメッセージを見て、隣にいる類に相談する。
(なぁ、親父。本人にいま伝えた方が良いのか?)
(伝えろと書いてあるしな。渡してみるか?)
「かい……じゃなかった。タク。お前にメッセージだ。」
「メッセージ? 俺に?」
蓮はメッセージが書かれた名刺を渡す。それを見た拓海は凪紗を見た。視線に気づいた凪紗はにっこりと微笑みを返す。
(俺が今日サボったのバレてたのか……。いやいや、父さんのせいだろ)
数時間前ーーー
「1つ問題があるってどういうことだ?」
「今日のパーティーだよ。そこには久世が来る。今回の潜入はスピード勝負だ。痕跡を全て消す余裕がないからバレるのが早い。途中で抜け出して、潜入したのがバレたら、その場にいなかった俺達を疑うことも考えられる。」
「なるほど。久世さんが問題だな。」
「そこでだ! 俺の作戦なんだが……。」
広海は作戦を説明する。
今回は防衛省のパソコンからPubLisの情報を知ること。俺と拓海が現場で待機し、大臣もパーティーへと出席する為に外出するのを見計らって潜入する。その間に俺達の替え玉もパーティーに参加しておく。始めから来場していたというアリバイ作りだ。ただ、今回は入念な準備をしていない。中止するかどうかは現場で判断する。そして、俺達はパーティー会場へと戻り、替え玉と交代する。
「俺達の替え玉をパーティーに参加させておくのはわかったが……それって、まさかとは思うが……。」
拓海は不安そうに海星と聖海夜を見る。2人もそれに気づいた。
「まさか、俺達のこと!?」
「そういうことだ。面白そうだろ?」
「いやいや、父さん。いくらなんでもバレるだろ。」
「そこは協力者と連携する。最悪の場合は逃げろ。」
「協力者って?」
「凪紗と類。あいつらも招待されてるだろ?」
「無茶言うなよ、兄貴。他の方法を探そう。」
天宮司家ーーー
類の書斎では蓮と類が話しをしていた。蓮が報告しておきたいことがあると部屋に来たからだ。内容はラボで薬が判明したのは赤木製薬の構造図をみたからだと。あれは類が赤木製薬の社長に頼まれ、蓮に渡ったものだ。それで蓮はサンプルの構図を持っていた。
赤木製薬が関わってるとは思えず、ただの偶然かとは思うが、類には報告しておこうと思ったようだ。
「うーん。赤木さんが人柄を見ると関わってるとは思えんがな。」
「俺も。赤木のおじさんは何度か会ってるけど、真面目で優しいお父さんって感じだし。ただ、それがなかったら知ることはできなかっただけさ。」
扉からノックされる音がした。類が返事してから、拓海と海星が入ってくる。
「来たか。大体の話しは広海から聞いてるが……本気でやるつもりか?」
「俺も反対はした。ただ今日の機会に潜入するというのなら方法はこれしかないかなと。すでに兄貴は聖海夜を連れて凪紗さんのところに行ってる。」
類は広海の計画には難色を示していた。似ているとは思うが、さすがにバレるだろう。それに久世という男が関わってくると細かいことにも気づかれそうだ。
「要はバレなきゃ良いんだろ?」
「蓮には何か策でもあるのか?」
蓮はちょっと時間くれと言って、海星を連れて出て行った。残された類と拓海はとりあえず待つことにする。そして15分程経ち蓮達が戻ってきた。
「どうだ! 拓海にそっくりだろ? 母さんに頼んで変装手伝ってもらった。あとは俺の変声機を使えばバッチリだ。」
「類君、どうかしら? 少しメイクも施してみたのだけど。」
元女優の母、花の力を借りたおかげなのか、類には拓海にしか見えなかった。
「類兄、どうする?」
「いいだろう。作戦は実行しよう。海星は拓海に扮して俺達のSPって役割だったな。」
「類君、それなんだけど。今回は蓮が行った方がいいんじゃないかしら? 蓮の発明品で役立つものがありそうだし。その方が海星君も心強いでしょ。」
海星は蓮に来るように頼む。気心知れた蓮がいた方が確かに心強い。そして、類からは赤木さんも来るだろうからさりげなく聞いてみるのもいいんじゃないかと提案される。こうして、3人がパーティーへ参加することとなった。
拓海は聖海夜が兄貴の代わりができるのかと心配していることは言うまでもない。
一方、広海と聖海夜チームは、凪紗の家に来ていた。部屋が荒れているのを見ると、一悶着があったようだが、凪紗に今回の計画を話す。
「わかったわ。私も広海さんの隠し子かと思ったほど、似ているものね。なんとか誤魔化せばいける気もする。 ちょっと面白そうだし。」
広海は安堵する。
来て早々、聖海夜をみた凪紗が隠し子だと勘違いし、修羅場化した。拓海に殴られたところは少し引いていたものの、さらに悪化し腫れがひどくなっていた。
「ただし! 私が危険だと判断した場合は中止にします。現場も一緒よ、無理はしないこと! パーティーには戻ることが約束!」
「わかった。約束する。聖海夜は大丈夫そうか?」
「不安はあるけど、潜入捜査みたいで楽しそう。俺、やってみたかったんだー。」
こうして似たもの同士3人組も計画に参加することになるが、1つ不安要素があった。それは広海の怪我だ。聖海夜に広海の怪我の特殊メイクが必要になる。
凪紗は電話でメイクをしてくれるところを探していた。
バチッ!と鈍い音がする。聖海夜が床に倒れた。
「聖海夜。これが終わったら、新車のバイク買ってやるから……。すまない。」
「痛って……! 確かに……殴られた方がリアルだけども! いきなりはやめろよ!」
「それだと避けるだろ。」
「新車のバイク、絶対だぞ!」
この後広海は一部始終見ていた凪紗に激怒され、聖海夜に新車のバイクを購入するという契約書を書かされた。
そして、現在。
凪紗から現着30とメッセージをもらった。広海から連絡があったのだろう。それをさりげなく名刺に書き伝える。
広海と拓海が現場に着いた。そして潜入し、30分後にはここに到着する予定ということだ。
任務開始の合図が鳴った。
「行くぞ。俺は早く戻って凪紗のご機嫌とりをせねばならん。」
「そうだな。俺は聖海夜の傷の事を兄貴から聞かないとな。」
「なぁ……、新車のバイクっていくらするんだ?」
「ん? 物にもよるが……数百万くらいか?」
「………。」
任務の成功を祈る……。




