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白い結婚3年目、お望みどおり離縁いたしましょう。

作者: Y.ひまわり

「三年経った。もう十分だろう」


 夫である子爵の執務室に呼ばれ、座るや否や書類を渡された。


 目の前には夫の他に、ほんの少しだけお腹の膨らんだ、華やかで可愛らしい女性が座っている。私を窺うように見て怯えた表情をすると、夫の腕にしがみつく。

 私は怒っているわけではないが、表情が乏しいとよく言われるので、怯えられても仕方ない。


 結婚初夜に私を拒み、『愛するのは一人だけだ』と宣言していたお相手が、この女性なのだろう。どうでもいいが。


 私との結婚は幼い頃、今は亡き祖父同士の約束で成り立ったもの。本人の意思など関係なかった。持参金まで決められていた、完全な政略結婚だった。


「そうですね。法律的にも白い結婚であれば認められる年数ですし」

「そうだ、証人はいくらでもいる」


 でしょうね。


 この家に嫁いでから、ただの一度も寝室を共にしていない。というか、私はずっと別邸で過ごしていたのだから。

 夫と義母が住む、派手な本邸には泊まったことなどない。お茶を出す使用人とも仲が良さそうなこの女性は、ここに住んでいたのかもしれないが。


「それでは、離縁いたしましょう。ただ……慰謝料として、私が持参金と一緒に持ってきた鉱山はお返しくださいませ」

「はっ! あんな廃鉱山などくれてやる。昔はどうだったか知らないが、無価値な炭鉱(もの)で三年もの時間を無駄にさせられたんだ! 微々たる持参金はこっちが慰謝料として貰う」


 どんな言い草なんだと思うが、何を言っても無駄だろう。大昔は魔鉱石が採れたらしいが、ある時からピタリと採れなくなったらしい。

 祖父達は、いつかまた魔鉱石が採れるようになると信じていたのかもしれないが……。


「お金の方は構いません。では、そちらの権利書と一筆お願いいたします」


「かせっ」と、私からペンを取り上げサインすると、投げるように書類を置いた。


「こちらが受理されましたら、私はすぐに出て行きます」

「さっさと出て行くといい。お前は女主人としても役立たずだったからな。これからは、美しく聡明なアンジェルがうまくやってくれるだろう。誰かと違って魔力も豊富だからな」


 魔力の量と女主人としての仕事が結びつくとも思えないが。私はろくに魔力が無いため判断できないし、もう関係なくなるのだから知ったことではない。


「左様ですか。それでは、本日より私は業務から手を引かせていただきます。引き継ぎはどうなさいますか?」

「必要ない。母上や執事がいるのだから、そちらに教えてもらえばいいのだ。なんせ、ここには我が家門の跡取りがいるのだから」


 夫はこれ見よがしに、アンジェルと呼ばれた女性のお腹を撫でた。



 ◇



 それから間もなくして――。


 離婚届は受理され、子爵家から出ていくようにとギラギラとしたドレス姿の義母が言いに来た。


 実家でもこの家の夫人としても、ろくに社交界へ出ることが許されなかった私は、ドレスの一つも持っていない。

 執事ではなく義母がやって来たのは、いつものように、私に嫌味を言いたかったからだろう。


 やり手だった、前子爵が存命だった頃をずっと引きずり続けている義母。相変わらずの散財に呆れつつも、丁寧にお辞儀すると子爵家を出た。


「やっと解放されたわ」


 思わず笑みがこぼれてしまう。


「奥様……いえ、ソランジュお嬢様。本当に、良かったです!」

「あなたにも苦労かけたわね」

「いえ、私など! ずっとお嬢様にお仕えできたことが、私の誇りです」


 実家である伯爵家からついてきた、メイドのララは元気よく言った。


「ふふ、ありがとう」

「あの、お嬢様……伯爵家の方には戻られますか?」

「いいえ、戻らないわ。あの家にも私の居場所など無いもの。廃鉱山も私の名義になったから、もう何もいらないわ」


 伯爵家には、継母の連れ子である義兄と義妹が居る。

 彼らにとって、伯爵の実子である私は邪魔でしかなかった。僅かなお金と価値のない廃鉱山で私を排除し、義兄が跡取りになったのだから、今更帰ってこられては困るだろう。

 伯爵家に籍を戻すつもりはないので、平民として生きるつもりだ。


「では、直接ギルドに向かわれますね!」


 嬉しそうに張り切るララは、呼んでいた馬車の御者へ声をかける。


「では参りましょう、お嬢様。皆様とても喜ばれると思いますよ」

「だと良いのだけど」


 ララに促され馬車へ乗り込むと、隣の領へと出発した。




 ◆◆◆




「どういうことだ?」


 せっかく邪魔なお荷物が居なくなり、その分の出費も減って更に豊かな生活になる――はずだった。


「大変申し上げにくいのですが、子爵領の税収入はだいぶ減っております」

「なんだと!? ならば、商会の方から引っ張ればよいだろう!」

「先代の旦那様が起こされた事業は、当時は画期的で確かに成功されておりましたが……今の時代では、残念ながら」

「二番煎じ三番煎じと出てきてしまったが、それでも古い顧客はいるから問題無いはずだ」

「旦那様、商会の責任者からの嘆願書はご覧になっておられないのですね」

「はあ!? 給金を上げてほしいだの、色々あったが読む価値などなかった!」


 祖父の代から仕えている執事は、まるで残念なものを見るような目を向ける。


「長くお世話になりましたが、お暇を頂きたく存じます」


 執事は退職届を机に置く。


「ソランジュ様もいなくなられましたし、使用人で一番給与の高い私が退職したほうがよろしいかと」

「な、なに?」

「あちらをご覧になれば、全てご理解できるでしょう」


 入室時、執事が持ってきていた書類の山。


「わたくしは、あまり義理人情に厚い人間ではありませんので。ただ、先先代()()お世話になりましたから。では、失礼いたします」


 返事も待たずに、執事はさっさと出て行こうとする。頭にカッと血がのぼった。

 昔から小言が多く、両親からも嫌われていたくせに生意気な奴め。

 

「お前なんか、クビだ!」


 恩知らずの執事は振り返りもせず、パタリと扉を閉めた。


「ふざけるなっ! 金が無いだと?」


 執事が置いて行った書類に目をやる。

 主にソランジュが管理していた子爵家の帳簿と、自分が却下した商会からの嘆願書だった。


 そして、読み始めてすぐに血の気が引く。


「一体、どうなっているんだ……」


 他人任せだった内情と、まだ読まなければいけない山のような書類に、不安が波のように押し寄せてきた。




 ◇◇◇



 

 ――カランカランと、扉の呼び鈴が軽快に鳴る。


「いらっしゃいませ〜」


 ソランジュは慣れたもので、接客をしながら声をかけた。


「やあ」

「まあ! ギルド長」


 ララに担当を代わってもらうとカウンターを出る。


「ソランジュさん、生活には慣れましたか?」

「はい、おかげさまで快適に過ごさせていただいております」

「それは何よりですね」


 薬師ギルドの長であるオーブリー様は、品の良い笑みを浮かべた。

 

 くっ、なんて美しいのでしょう!


 長く美しい銀髪を後ろで束ね、洗練された仕草は地位の高い貴族であると容易に想像がつく。社交界へ出たことがあまり無いので、家門は全くわからないが。

 

 子爵家を出たあと、すぐにお世話になっていた薬師ギルドを訪ねた。


 元夫の残念すぎる経営手腕と、不作続きで税収もままならなくなった領地。その上、元義母の散財に生活費。使用人たちへの給与まで考えたら、とてもじゃないが元夫から渡されるお金では回らなかった。

 

 そこで、今は使われなくなった鉱山へと行き、薬草を採り、薬師ギルドで買い取ってもらっていたのだ。

 この事実を知っているのは、ララと子爵家の執事くらい。元夫には話す機会もなかったし、下手をして義母にばれたら使い込まれるだけだからと、管理を手伝ってくれていた執事は秘密にしてくれた。


 何より、私には魔力は無いが鑑定スキルがあったからこそ、あの山の僅かに魔素を含む草花に気がついたのだ。

 

「ソランジュさん、本当にあの山を開放して良かったのですか?」

「もちろんです。あの廃鉱山には、珍しい薬草が生息してしていますが、私が採りに行ける場所ばかりではありませんから」

「それは確かに。ただ、ソランジュさんが採りに行ける範囲でも、価値のある薬草がありますよね?」

「ええ、そのおかげで子爵家をまわせていました。ですが、珍しい薬草が手に入れば、その分助かる人がいます。あの山で取れた薬草の場合は、私にも何割か入るようにギルド長がして下さいましたし……。感謝しかありませんわ」

「それは、薬師ギルドとして当たり前のことですから」


 誰かが心から必要としているものが、あの山にあるのだから、無駄にはしたくはない。薬師ギルドから依頼を受けた冒険者なら、簡単に採ってこられるだろう。

 私は聖人ではないし、立派な人間でもない。それでも、たまたま私が持って行った薬草で助かった命があったのだ。


「まったく、あなたという方は」


 ギルド長の優しく真っ直ぐな視線にドキリとした。頬がカァーッと熱くなり、見られているのが恥ずかしくなる。慌てて話を逸らす。


「あ、あのっ。その後、お兄様の容体はいかがですか?」

「もうすっかり良くなり、元気に剣を振り回していますよ」

「え……剣ですか?」


 一瞬ポカンとする。


「あの時、ソランジュさんが薬師ギルドに紫魔草を持ち込んでくれたおかげです」

「いえ、そんなっ」


 あの時は、女性であることをバカにされないようにしたかった。だから、少しでも自分に有利になるよう交渉してもらうため、かなり無理して奥まで行って薬草を手に入れてきたのだ。

 それが結果として、ギルド長のお兄様を救った。巡り合わせとは不思議なものだ。

 そのご縁で今は、薬師ギルド直営の正確に鑑定できる買取販売店として、店舗兼住居に住まわせてもらっている。


「実は、ソランジュさんに話があるのですが……聞いてもらえますか?」


 いつの間にか、店舗内には私とギルド長しか居なかった。


「もちろんです」


 和やかな雰囲気で会話していると、突然扉が勢いよく引かれた。呼び鈴が嫌な音を立てる。

 

「――ソランジュはいるか!!」


 礼儀のカケラもなく入ってきたのは元夫だった。

 

「あ、あなたは……」

「やっと見つけた! 迎えに来てやったんだ有り難く思え!」

「は?」

「もう一度、子爵家でお前を迎え入れてやると言っているのだ!」

「な、なにを仰っているのですか? 私達はもう赤の他人です」


 ピシャリと言うと、上から下まで舐めるようにみてニヤリとする。


「ソランジュ。お前はずっとアンジェルに嫉妬していたのだろう? 妊娠を偽っていたアンジェルは出て行った。だから、今度はお前だけを愛してやろう!」


 全身がゾワリと総毛立つ。


「わ、私は彼女に嫉妬もしていなければ、あなたを愛したことなんてありません!」

 

 どこに、この人を愛する要素があったというのだ。

 私が頑張っていたのは、そうするしかなかったからだ。


「な、んだと!? どいつもこいつも……来いっ!」


 手を振り上げられ、打たれると思った刹那――元夫は宙に浮いた。


 え?


()ご夫婦の会話に入ることは遠慮すべきと思ったのですが。さすがに看過できません」

「…………ぅぐっ」


 普段は穏やかなギルド長の顔はとても鋭く、投げ飛ばした子爵の首根っこを掴み、ねじ伏せている。


「ソランジュさんは素晴らしい女性です。あなたのような人には触れる資格はありません」

「ふ……ぐぅっ」


「あ、あのっ、そのままでは死んでしまいます!」


 慌ててギルド長を止める。


「ああ、それは少しまずいですね。では……」


 ギルド長が、押さえつけていない方の手を上げると――またも勢いよく扉が開き、数人の騎士がバタバタと入って来て元夫を拘束した。


 そして


「いやー、オーブリーを怒らせるなんて命知らずが居たものだ」


 最後にそう言いながら、ゆっくり扉から入ってきたのは、ギルド長とよく似た髪色で短髪の男性。

 どう見ても正装だし、胸元には勲章らしき物が沢山ついている。とんでもなく高貴な方だという予感しかない。


「兄上まで、どうしてここに?」

 

 やはりこの方はギルド長のお兄様!


「なに、ちょっとばかり用事があって陛下に会ってきた帰りだ」


 へ、陛下!? 自分の耳を疑う。


「おお、貴女は! 名乗るのが遅くなりすまない。私はこの公爵領の領主、シリル・クラレンスだ」


 さらっと、自分が公爵であると言って鷹揚に笑う。


「こ、公爵様!?」


 つまり、弟のギルド長は――。


「ソランジュさん、私の正式な名はオーブリー・クラレンスです。言わなくてすみません……これから全て話すつもりだったのですが」


 ギルド長改め、オーブリー・クラレンス様はしょぼんとする。

 代わりに(?)公爵様が軽快に話し出した。

 

「ソランジュ嬢のおかげで、私は命拾いをした。まさか敵の剣に、あんな厄介な毒が塗られていたとは思わなかった。まあ、私が死んでも優秀な弟が公爵家を継いでくれるから、何の心配もしていなかったが」


 色々と聞いては不味そうな情報がポンポン出てくる。隣のオーブリー様は頭を抱えているが――いつもより表情が豊かで、申し訳ないが可愛いと思ってしまう。


 どうやら、公爵様を蝕んだ毒は魔力を暴走させるもので、解毒剤も効かなかったのだそうだ。唯一、特殊な魔素を含む紫魔草だけが中和できたのだとか。


「お礼を直接言いたかったのもあるが、せっかく弟が一世一代の愛の告白をすると聞いたから、ぜひ見たく……心配でな」


「なっ!」とオーブリー様は騎士の一人を睨んだ。


 公爵様はクツクツと笑う。

 これって、絶対に弟の反応を面白がっているのだわ――。


 ……ん?

 告白?

 誰が誰に?


「で、どうなった?」

「まだです! 思いっきり邪魔が入ったもので」


 冷ややかに睨まれた元夫は、ヒェッと騎士にしがみつく。振り払わない騎士さんは優しい。


「こんな状況ではきちんと話せないので……ソランジュさん、また日を改めて、私との時間を取ってくださいますか?」


 今までの流れから考えたら、告白されるのは私らしいが……信じられない。

 戸惑いの方が大きくて、すぐに返事が出来なかったせいか、オーブリー様は私をヒョイッと抱き上げた。


「えっ!」

「自分で言っておいて何ですが――やはり、私にはこれ以上待てないようです」


 そう言って私を抱いたまま店を出ると、繋がれていた馬に私を乗せ自分も飛び乗り、そのまま走り出した。




 人の気配が無くなったところで私を降ろし、馬を繋ぐとオーブリー様は膝をついた。

 

「あの、ギルド長?」

「……出来れば、役職ではなく名前で呼んでほしいのですが」

「わ、わかりました……オーブリー様」

「ありがとう」


 照れ臭くてもじもじしてしまう。

 

「私は初めて会った時から、芯が強く聡明なソランジュさんに惹かれていました。そして、知れば知る程あなたの力になりたくて……子爵家に乗り込んでしまいそうになるのを、必死で堪えていました」


「……オーブリー様」


「けれど、あなたはずっと頑張っていた。ですから、私がそれを台無しにすることは出来なかった。出来得る限り手を貸し、見守ることで満足しようとしました」


 オーブリー様が好き。

 初めて会った時から惹かれていたのは私も同じ。でも――。


「私は一度は結婚し、離婚された身です。それに、もう平民ですし……」


 どう考えても釣り合わない。苦しさで俯いてしまいそうになる。


「身分など、どうでもいい。大切なのは、ソランジュ……あなたがどうしたいかなのです。私に、あなたを愛させてくれませんか?」


 優しく嘘のない言葉。真剣な眼差しを受け、もう拒むことなどできなかった。胸が熱くなり、声が震える。


「はい、どうか……私にもオーブリー様を愛させてください」


 次の瞬間には、大きく温かなオーブリー様の胸に引き寄せされ、ギュッと抱きしめられていた。


「愛しているソランジュ。一緒に幸せになろう」


 嬉しすぎて、私は腕の中で泣きながら頷くことしかできない。


 そんな私に、オーブリー様はそっと涙を拭い唇を落とした。




お読みいただきありがとうございました!


大量の誤字脱字があり申し訳ありません!

ご報告、ありがとうございましたm(__)m

訂正いたしました。


【蛇足】

・騎士の皆さんはオーブリーの護衛です。常にソランジュの店を警護していました。

・見られていないと思った告白シーンは、弟大好きな兄にしっかり覗かれていました。それが暴露されるのは、姪甥が誕生してから……。

・義母や子爵家が歩んだ末路がどうなったかは、一切ソランジュの耳に入らないように、オーブリーとシリルで徹底的につぶしました。

・そして風の噂で、新進気鋭の商会の会長が、どこぞの子爵家で執事経験があったとか無かったとか。

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