決戦前夜
___明日だ。目の前の、不届き者共の住処。難攻不落を嘯く忌まわしき石積みの城壁。だが、王の軍勢ならば。王たる者ならば。きっと、容易に打ち砕けるだろう。
英気を養え。闘志を燃やせ。
我らの輝く未来のために。
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大盾戦士、鉤爪を付けた武闘家、巨大なフレイルを持つ鎧騎士…前衛職が集まるこの部屋の、大きな机の上には、王都周辺を細かく記したのであろう大きな地図が敷かれていた。そして、その1辺に立つ大男が、声をあげる。
「改めて、集まってくれてありがとう諸君。前衛の君達の指揮を行う、フォルテリア・グラトスだ。早速だが、今回の作戦を伝えさせてもらう。」
そう言うと彼は、地図に目線を移す。
「と言っても単純だ、俺たちの役割は、とにかく防衛ラインを突破させない事。前線を保ち、後衛の魔法使いや弓使い、錬金術師たちを守りながら、数を減らすこと。もちろん、簡単な事じゃない。特に、作戦上重要であるこの地点の突破が重要なことは奴らもわかっているはずだろう。」
地図にいくつかピンを刺した彼は言葉を続ける。
「奴らの数は膨大だ。その上、指揮系統も優秀。エリート個体の力はAランクの冒険者にも匹敵する。下手に突撃すれば被害は拡大するばかりだろう。どんなに腕に自信のあるものでも、首狩りや将軍には5人以上の集団で立ち回れ。そして、危うくなったら退け。それぞれの出現場所の伝令も忘れるな。1体でも後ろに通してしまえば、一気に崩れる可能性もある。十分に気をつけろ。」
ギルドマスターは、より一層険しい表情で言う。
「そして、『白原の恐皇』。奴が来たらBランク以下は全力で逃げろ。死ぬだけだ。」
作戦会議は、その後もつつがなく進む。
陣形や隊の割り振り、地形の危険性有用性など。諸々の指示が終わり、その後は明日のため英気を養うようにと解散する流れとなった。
明日、魔王種と、その軍勢と対峙する。実物は見た事もないが、耳にする逸話だけでも体が震え上がるような怪物だ。今の俺でどこまでできるだろうか。そもそも、何か出来るだろうか。不安ばかりだが、そんなことを考えていても仕方がない。頬をぺちぺちと叩いて、気を引きしめる。そうして、もはや当たり前に帰るべき場所のようにも思える宿にたどり着く。
「ただいまです!」
戸を開け、アイラさんを探すが姿が見えない。おや?と思い探していると、何やら音がする。音の出処は床のさらに下のようだ。もうしばらく探していると、受付の裏の本棚からアイラさんが出て来た。
「えっ…え!?」
「おや、帰ってのかい。おかえり。」
「あ、はいただいまです。…ってそれより今ほ、本棚から…?」
「あぁ。これは擬光の帳…幻影を作ることが出来るまほーさね。」
「な、なるほど…」
そんなことも出来るのか…今の今まであれが幻影であることにまったく気付かなかった。すごく色んなことに応用が効きそうだ。
「そ、そういえば何してたんですか?地下に居たみたいですけど…」
「んー…見に来るかい?」
「えっ、いいんですか?」
「あぁ。構わないさね。おいで」
そう言って手招かれるまま本棚に向かって歩くと、本当にそのまま通り抜ける。その先には、地下に続く階段があった。
「さ、ここだよ。入りな」
案内された先にあったのは、重厚な鉄の扉だ。アイラさんが数言言葉を紡ぐと、ゴゴゴと音を立てて開き出す。
「よーこそ、私の魔術室へ。」




