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9 王太子

 王太子ライルは苛立っていた。


「父上はなぜ会ってくださらないのだ!?」


 一向に自分の思った通りに進まなかった。噂では、王は最近頻繁に愛妾に産ませた子供と会っているという話だ。さっさと目障りな父親を引きずりおろし、今すぐにでも自分が王になりたいというのに。


「フン! 悪足掻きだな。また一人ギロチン送りにする人間が増えるだけだ」


 ライルの表情は最早物語のヒーローのそれではなかった。

 

 あの美しかった元婚約者をギロチン送りにしてまで手に入れようとしたモノはまだ遠くにある。


 彼の元婚約者はパミラと親しく接する自分を強く叱責した。他にもいつも小うるさく説教してきたのも気に入らなかった。身体も決して許さなかった。あの美しい見た目以外、全てが鬱陶しく感じた。


「パミラはどこだ?」

「大神官様のところへおいでになっております」

「チッ!」


 ライルとパミラは最近上手くいっていない。レティシアの首が落ちるまではそれはもう情熱的に愛し合っていたというのに。だが最近は計画がうまく進まないことにお互いイライラとしていた。

 パミラはレティシアと違ってライルを立てるのがうまかったし、ライルの気難しい母親とも上手くやっていた。見た目こそレティシアには敵わなかったが、ライルはそれでもよかった。女など掃いて捨てるほど寄ってくる。困ることはない。


「久しぶりにあそこに行くか」


 下品な笑顔で呟いた。

 そこは一部の貴族や大金持ちしか利用することのできない娼館だ。利用するには三人以上の会員からの紹介が必要で、気に入った娼婦がいても身請けは出来ないが、その分外に情報が漏れることがない、匿名性の高さに人気があった。そこで暮らす娼婦は、一生その娼館で暮らすことになる。そして旬を過ぎれば()()された。


 王太子は有名人だ。公務で一般人の前に顔を晒すことも多い。たとえ匿名性が高い場所であったとしても、彼は必ず変装して利用した。髪色を変え、つけ黒子を目の下に着け、眼鏡をかけた。


「ミケーラはいるか」


 案内の人間がいつもと違ったが、彼は気にはしなかった。早くミケーラに会いたいくてたまらない。彼女はいつもニコニコとライルの全てを受け入れてくれた。

 だが通された部屋にいたのは神官だった。しかも大神官の側にいつもいる偉そうな奴だ。まだ若いが、彼は次期大神官として名が挙がっているほどの人物でもある。一瞬、部屋を間違えたのだと思った。ここでは顔見知りの神官を見かけることもあったからだ。だからそれほど驚かなかったのだ。はじめの内は。


「これ以上貴方の後ろ盾になることは厳しそうですな」

「なっ!? 何を言っている!!?」


 王太子の自分に対して冷たく言い放ったその神官に一瞬怒りを感じるが、それはみるみる戸惑いに代わっていった。

 扉の外からライルの護衛兵が捕えられる声が聞こえた。そして自分も奥から出てきた聖騎士に取り囲まれている。

 

 この娼館はすでに王と大神官の管理下に置かれていた。この国で娼館の経営をするには許可がいる。国からの許可だ。このあたりも長年教会と王家が相容れない理由の一つでもある。もちろんこの娼館は無許可で開かれていた。

 実質ここ以外でも沢山の無許可の娼館がお目こぼしを受けていたが、()()あった場合すぐに厳しい処罰が下される。その時居た利用者も含めて。


 ハッキリ言ってこの娼館は入れ食い状態だった。教会も王宮もたっぷりと膿を出すことが出来た。ここの経営者はすでに財産を取り上げられ、暗く汚い牢の中にいる。

 ここで働いていた者達は教会に保護され、一部は公爵家の下働きとして受け入れられることがすでに決まっていた。


「いつから……いつからこんな愚かになったのだ」


 絞り出すような声だった。悲痛な表情で王は息子に視線を送っている。


「父上! 早くここから出してください!」


 王太子が入れられた牢はかつてレティシアが入っていた牢だった。それが彼には余計不気味に感じられて嫌で嫌でしかたがない。


「沙汰を待て」

「どういうことですか!? なぜ私が!?」


 王の悲しそうな瞳にライルが気付くことはなかった。


(あの老いぼれめ……!)


 王が立ち去りしばらくした後、暗い廊下からコツコツとヒールの音が響いてきた。どう考えても兵の靴の音ではない。


「パミラか!?」


 よかった。助けに来てくれたと安心したその瞬間、目の前に信じられない人物が現れた。


「まあ殿下、このお部屋が良くお似合いですね」

「うわぁあぁぁぁぁぁぁ!」


 ミケーラは敢えて、レティシアがこの牢の中に入れられた時と同じ、真っ赤なドレスでやってきた。


「もうお忘れですか? またお会いしましょうと言ったではありませんか」

「誰かぁぁぁぁぁ! 誰か来てくれぇぇぇぇ!!!」


 牢の格子ギリギリまで近づいてライルを覗き込む。ライルは出来る限り離れようと壁際にまとわりつくも、彼女の瞳を見つめずにはいられなかった。逃れられなかった。レティシアのその顔はライルの()()()()()()()笑顔をしていた。ニコニコと、まるで娼館で会うはずだったあの彼女のように。


「ヒィィィ! くるなっ! くるなっ!!!」

「私の顔だけは褒めてくださっていたではないですか。そういえば処刑後この瞳をほじくり出してやると仰っていましたが、残念でしたわねぇ」

「わあああああああああ!!!」

「あらあら……」


 ライルは体中から液体が漏れ出していた。


「着替えを持ってきてくれる人がいるといいですね」


 ミケーラはそう言うとまたコツコツとヒールの音を立てて暗闇の中へ帰っていった。

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